先日、思い立って、JRで2駅分の距離を歩いてみました。130円得しました、終わり。なんてことではなく、それでこの原稿を思いつきました。やはり歩く、体を動かすことは大事だなということです。外に出て、いろいろなものを見、聞き、感じると頭も活性化します。机にじっと座っていてもアイデアなど浮かばない、とはよく言われることですが、本当にそうです。その意味では歩く機会をできるだけ増やすことは頭と体、双方にとっていいことなのです。
ところが、世の中が便利になればなるほど、われわれから歩く機会を奪っていくのですから皮肉なことです。小学校に通うのに昔は1時間歩いたとか、2時間歩いたという話を聞いたことがありますが、それはそれでよい面もたくさんあったように思います。江戸時代、東京?大阪間の徒歩の旅はどんなに大変だったでしょうか。そして、どんなに心浮き立つような旅だったでしょうか。今は新幹線で2時間半、コーヒーを飲んで新聞を読んでいるうちに着いてしまいます。弁当を食べる暇もありません。
名古屋あたりで、さて弁当でも食べるかと、弁当を買って、包みを解いて、割り箸を割って、まずは蒲鉾に手をつけようか、玉子焼きにしようかと悩んだあげく、蒲鉾を二口ほど食べたところで窓をを見ると、もう新大阪のホームにすべり込んでおり、あわてて飛び降りるという具合です。(ちょっと誇張してます)そこには何の面白みも、出会いも、冒険もありません。便利なだけで味気ない旅です。
どこへ行くにも、何をするにも、世の中はこういう方向に向かっています。ITの進歩はさらに、こういう味気ない旅の機会さえ奪っていきます。「わざわざ行かなくても、ネットで全部できるじゃないか」ということになり、われわれは益々体を動かさなくなり、画面とにらめっこしている時間ばかり増えます。けれども、そういう環境では体がなまるのはもちろん、脳の働きまで停滞してしまうのです。
合理性を追求するのはよいことです。世の中が便利になるのもよいことです。けれども一方で人間は生身の存在なので、そこに一直線に巻き込まれてしまうと辛いのです。そこで、ではどうすればいいか。
天邪鬼になるしかありません。楽VS苦。簡単VS面倒。という選択の場面で、10回に1回でもいいので、後者を選ぶようにするのです。
日々、便利さを享受しつつも、時々、不便を選んでみるのがいいと思います。世の中、便利になったからといって、100%その方法を選択しなければならない義務はないのです。あえて不便を選択する自由があることを忘れないことが大事だと思います。
メールで済ませられるけれども、あえて手紙を書いてみるとか。電車で行けるところを歩いてみるとか。そういう遊び心があると、頭も体も活性化するのはもちろん、手紙をもらった相手を喜ばせたり、さまざまな効果があるでしょう。
東京?大阪を歩いてみるのもいいですね。これは今や、相当ぜいたくな旅行になってしまいますが。もしかすると、そういう潜在需要は案外多いかもしれません。
「東京?大阪徒歩旅行 東海道五十三次の旅」なんていう企画を旅行会社が出したらどうでしょう。市民マラソンに、あれだけの人が参加するのですから、やってみたいという人が少なくない気がします。
便利、お手軽がものすごい勢いで進展した今、あえて「不便、苦痛、困難」を売りにした新商品、新サービスが増えてきそうな予感がします。
ブロガー紹介
投稿型電子書籍サイト「ポケットjp」(http://pocket.jp)を運営する。実践主義の経営ジャーナリスト。近著に『不動産業界を変える ハウスドゥの挑戦』http://tinyurl.com/2jt5nqがある。
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こんにちは
先日月収100万円から下がったことのない人たち20人くらいとのみに行きました。
彼らが求めているのは
コミュニケーションの場
だそうです。
皮肉といてば、一人きりになりたくてネットの世界に入ったのに、気がつけば多くの人と実際にお会いして話をしています
高橋さんと僕のように。。。
ではでは
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