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    モノの競争力からライフスタイルの競争力へ

    2010-01-17 01:35:00

    プロフィール

    村上敬亮

    長年、官の立場からIT業界に携わり、政策の立案、実行をしてきた経済産業省 商務情報政策局の村上敬亮氏が、日本の情報産業がさらに発展していくための課題や可能性について語ります。
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     生活に必要な機能が充足しつつある今、モノに力を与えるのは、ユーザーの生活力ではないか。その生活の中にぴったとはまるモノだからこそ、そのモノにも競争力が生まれるのではないか。

     ケン・オクヤマさんの話の後半をと言いながら、はや2か月以上が過ぎました。ですが、先週ちょうど、奥山さんのお話以来、整理しよう、整理しようと思っていたことをお話しさせていただく機会がありました。本当であれば、半年前にやるはずだった講演なので、関係者の方には本当にご迷惑をおかけしてしまったのですが。

     で、今回は、その内容と勢いが頭の中から消えない今のうちに、モノの競争力からライフスタイルの競争力へ、ということで、今、考えていることを整理してみようかと思います。

     

    1.日本の競争力とソフトパワー

     

    (1)モノの競争力からライフスタイルの競争力へ

     

     昨年、コンテンツ産業の担当をしていたときに、資料作りで良く悩んでいた話の一つが、「ソフトパワー」っていう言葉と、「アニメ・マンガ」、「アキバ」といった典型的な事例との間にある、曰く言い難い距離感でした。グルメあたりが事例だったらまだいいのですが、これって、ただのサブカル?みたいな。

     でも、「エコ」担当に異動してきて、「エコ」と「コンテンツ」の共通点を考えるようになって、ふと感じるようになりました。何で「エコ」って、こんなに強力に浸透するんだろう。(苦笑) 「エコ」自体の重要性はもちろんあるのですが、そもそも、そういう求心力のある動きを必要とする背景が、社会の側にあるんじゃないか。だからこそ、「エコ」自身も動かし難く強固に普及をするんじゃないか。

     っということだとすれば、実は、そういう「求心力のある動きを必要とする背景」にこそ、競争力の源泉があるのではないだろうか。そんな風に考えるようになりました。

     

     確かに、何が普及するモノなのかを改めて思い返してみると、おそらく、僕らが今欲しいものって、速く走る車とか、画面の大きなテレビとかそういう高機能な「新しいモノ」ではない。

     例えば、プリウスが売れているのは、スピード・馬力やドライビング・プレジャーが理由ではない。クルマとしてはそこそこの機能が有ればよい。正直、燃費が良いこと自体が最大の選択理由なのかどうかすら分からない。でも、普通のクルマじゃなくて、エコな車に乗っている。必要なのは、そういうスタイルへの満足感。

     最近、一人暮らしの若者の多くが、テレビも、下手をすれば冷蔵庫もいらないと言っている。良く話題になるように、クルマも必要ないと考えている子が多い。生活に対して機能やモノが不足しているという感覚がない。むしろ、欲しいモノもない。欲しいのは、モノより、わくわくするような「新しいライフスタイル」。

     おそらく、多くの人にとって、「エコ」で大事なのは、本当にそれで海面が何メートル上がるかじゃなくて、「エコ」という新しいスタイルなのではないか。Walkmanや携帯から離れて、iPodやiPhoneにに走る理由も、それが機能的に優れているからというより、iPodやiPhoneを使いこなすライフスタイルへの欲求が高いからなのではないか。アニメ・マンガファンの日常を突き動かすのも、その作品の世界観/空間を常に身近なところに置いておきたいという欲求なのではないか。

     

    大切なのは、モノ自体ではなく、そのものを必要とするような生活空間や言語空間。

     

     自分がいて心地よい空間を作るためには投資をするけれども、機能として必要なものは、その時々に調達すればいい。「空間を作る」。日常的な言葉で言えば、「ライフスタイル」が一番近そうな気がするのですが、自分なりの空間をデザインするっていう感じですかね。

     これからは、モノ自体の競争力だけで勝負するのではなくて、ライフスタイルの競争力で勝負をする。で、そのライフスタイルに必要不可欠なパーツであれば、それ故にモノやサービスが競争力を持っていく。こういう構図がより鮮明になるのではないでしょうか。

     

     で、思ったのですが、僕がギャップ感に悩んでいた正体って、ここ?こういうライフスタイルこそが、「ソフトパワー」?

     

    (2)議論すべき「ソフトパワー」の正体? 

     

     「ソフトパワー」という言葉自身は、軍事力とか経済力といったハードパワーには頼らない外交という文脈の中で、非・ハードパワーという意味として出てきた言葉です。だから、今ここで言っている「ソフトパワー」っていう言葉の使い方って、ジョセフ・ナイが考えたような元々の意味とは、ちょっと違うのかもしれません。でも、「ソフトパワー」を、その国独自の「スタイル」だと積極的に定義してみたらどうでしょうか。それが一番色濃く出てくるのが、「ライフスタイル」だと考えてみたらどうでしょうか。

     作り手が気持ちを込めて、こんな作品・スタイルを提供したい。そう思ってモノやサービスを市場に送り出す。使い手の側も、こんな感性や思いのこもったモノやサービスを使いたい。そう思って、そういうものを一生懸命探す。そうしたやりとりの間で、形になってくるような、その国独自の生活空間や言語空間がある。エッジのたった作り手や使い手の間の相互作用が高まれば高まるほど、エッジのたったライフスタイルができてくる。

     グルメでも良いですし、映画、音楽などのコンテンツでも良いですし、生活に必要な電子製品でも台所用品でも良い。ある種のデザインやスタイルを、作りの個性を、使い手の個性にリンクしていく。そんなやりとりに、本格的にニーズが集まり始めている気がするのです。

     

     同じことですが、こんな風に考えてみるのも一案かもしれません。

     

     僕の親か、そのちょっと上の世代は、子供時代に食べ物にもモノにも苦労した。だからこそ、高度成長期の猛烈社員時代にも、見返りとして提供される物資的豊かさの向上に、相当の満足感があった。

     次に、僕らの世代から親の世代は、子供時代に食べ物では苦労しなかったけれど、欲しいモノには「苦労」した。欲しいモノが次から次へとたくさんあった。モノという機能とその価格に対して猛烈なニーズがあったからこそ、家が狭くてもモノは売れた。まずモノを持っているということ自体が大事だったので、生活空間そのものの乏しさは、あまり問題にならなかった。

     

     でも、今は違う。食べ物にもモノにも苦労していない世代が出てきた。この世代には、「必需品」というコンセプトはあまり頭の中にない。実家に行けば必要なモノはいくらでもある。実家が無くても、コンビニが有れば、最低限必要なモノはいつでも手に入る。買い置き、などという発想もおよそ無い。

     家庭の中が便利なモノに満ちて、コンビニに行けば生活に最低限必要なモノは何でもあって、運動するところから、くつろぐ場所から、掃除サービスから、外食サービスまで、あらゆる生活局面に便利な生活のアウトソース・サービスがある(その中で数少ない、不足する必需品・必需サービスが、子育て、教育、高齢者支援などの分野に残されていると言うことなのもしれませんが・・・)。

     こうなってくると、生活の中での必需品は、いつどこに何があるのか、必要なつながりを持つ人がいつどこで何をやっているのか、そうした情報を入手するための手段、携帯やネットなどのコミュニケーションツールに集中してくる。逆に言えば、携帯やネット以外の日常生活用品の多くが、実は必需品ではなくなってしまった。生活用品の多くが、必需品から嗜好品へと、「財」としての性格を変えてしまった。

     

     こうした傾向は、実は若者だけじゃない。大人だって、本当は、家の中に溢れるモノに途方に暮れ、より大きな収納に永久の幻想を抱いている。それぞれの人にとってスタイリッシュだと思える理想の生活こそが欲しい。強烈に欲しいモノがあるのは幸せな趣味人。理想とかけ離れたステレオタイプな日常と理想の生活との間のギャップに、いつも不満を抱えているが、そこで足りないのは、決してモノではない。もっと肩の力を抜いて、気軽に、必要なときに必要なモノだけがすっと手にはいるような、そういうスマートな生活への憧れは、確かに、僕の中にもあるような気がすします。

     

     まあ一種の贅沢病だと思いますが、でも、時代は、本当にそうなりつつあるのではないでしょうか。

     

    (3) ものづくり・政策作りと、生活の24時間化 

     

     こうした現象は、日本国内に限りません。世界的に見ても、モノにも食べ物にも苦労しない社会階層が相当に拡大しつつある。こうした状況の中で、「機能」や「性能」だけで争う市場をいくら造ろうとしても、こうした社会階層に対しては、「機能」/「性能」を必要とする生活自体をデザインしてかからなければ、そしてその生活に魅力がなければ、モノの方にも、誰もコミットしてくれない。

     いかにスマートに、自分自身のテンションや元気が上がるようなそんな生活空間・言語空間を作ることができるか。ま、男の子的に言えば、「かっこいい」ということに尽きると思いますが、欲しいのはモノ自体ではない。「カッコよく」生活をすごしたい、そういう時代への変化。社会の平均値的な欲求諮詢が、マズロー的欲求段階に上がってきているという感じでしょうか(social needとesteemの段階へ?)。

     

     で、自分で言うのもおかしいかもしれませんが、今の日本、ものづくりにも、それを支える政策にも、「冴え」がないのは、モノを作り、政策を作っている本人達の生活が、スタイル・レスだからではないか。自分自身がワクワクするような生活を過ごさず、ものづくり作業や政策立案作業ばかりやっているから、新しいライフスタイルを生み出すようなモノも政策も作れなくなるんじゃないかって。(爆

     「無印ニッポン」というエントリでも触れさせていただきましたが、ものづくりや政策づくりの一線とおぼしき大組織にいる人ほど、手続き的な仕事に追われ、生活が24時間化している。本当に自分が発案して、作りたい、やりたいことに対して忙しいなら、いくら忙しくても良いのですが、組織の中のルール、既存の事業を回すための仕事をより丁寧に進める。そのことのために時間が失われ、生活に余裕を無くしている。

     そういうメリハリのある生活をしている人が全くいないか、というとそうでもないんだと思いますが、そういうメリハリを作り出している人のところには、なかなか、そのスタイルを事業化したり、実現したりするだけの財力やチャンスがない。本来あるべき「第一線」の現場が、本当の意味での第一線になかなかならない。

     で、そういうことをするチャンスのある人達自身のメリハリのない生活が、メリハリのない志向を生み、社会全体のデザインとか想像力を著しく落としていく。そんな環境の中で、モノや政策を作っても、「冴え」が無いのは、当然かもしれませんね。。

     

       これは、大問題 ・・・

     

    2.生活は、国境を越える

     

     確かに、モノは強かった。70年代から80年代の日本経済を支えたのは、日本製品の価格と品質。自動車、家電製品、半導体、いろいろな製品が競争力を持った。僕らが、カッコ良くありたいなんて言っていられるのも、その時、日本経済が世界の競争力競争の会談を駆け上がったからだと思います。

     「貿易」。それは、まさにモノとサービスが国境を越えていくことです。モノの力が、国の比較優位を生み、その比較優位が、貿易促進への更なる原動力となった。第二次世界大戦以降、世界におけるモノの流通量は、格段、かつ、飛躍的に伸びたと思います。

     

     でも、今は、モノの力だけでは、世界では勝てない。金融っていう全く別の切り口もあるけれど、世界が欲しいのは、カッコいい生活。中国の沿岸部の方が、国内よりレクサスがたくさん売れる時代が、間もなくやってくる。ペニンシュラ・東京のお得意さまであり、100インチ以上のフラットパネルディスプレイの上得意は、既に中近東の富豪さまになっている。新しいスタイルに関心が高いのは、食べ物にもモノにも充足した国内の若い世代だけではない。

     

     この文脈で、案外大事だと思うのは、実は、ITの影響。というのも、ネットのおかげで、ライフスタイルが瞬時に国境を越えるようになったからです。

     

     70年代・80年代の日本製品が海外に広がり始めていたとき、日本人って、まだ和服・ハラキリだと思っていた外国人って、結構いたのではないか。海外の人の日々の生活を知る手段って、マス・メディアが取り上げられない限り普通には無かった時代ですから、その時代は、モノは国境を越えても、生活は簡単には国境を越えない。

     勢い、国際競争力は、モノ自体に集中することになる。

     でも今は違う。アキバであり、裏原宿であり、東京ガールズコレクションだったりといった生活シーンやスタイルは、ネットを通じてリアルタイムに海外に流れている。ウラハラ・ファッションのサイトは、同種のNYやパリのファッション・サイトより多くのアクセスを世界から集めているし、日本のアニメ・コンテンツも、ネットを通じてリアルタイムにどんどん出ていく。東京のレストランは、ミシュランに毎年格付けして貰える。

     今年の夏、パリで行われたJapanEXPOに集まった16万人のフランス人達。どうやってこのイベントを知ったか、日本のことをどうやって知っているのか、経済産業省の事業として国内からの出展と広報にお手伝いをさせていただいたものですから、その機会に、来場された方々に情報ソースを尋ねてみました。その回答の95%以上が、Web。テレビ、雑誌などは、ほぼ皆無でした。レーダーチャートにしてみると、極端なくらい、Webに特化。今や、スタイルは、マス・コミュニケーションとは関係のないところで、ネットを通じて広まるのが、当たり前の時代になったのかもしれません。

     実際、今や、Webを通じて、Japanはどんどん海外に出ている。例えばですが、AKB48も、アニソンも、今や、欧米の一部の方には、大変な人気です。

     

     考えてみれば、僕ら日本人だって、ハリウッドだろうが、NYだろうか、ハワイだろうが、今や、どの街角に何があって、どんな風景があって、どんなモノがいくらで売っているのか、その気になれば、ネットでだいたいのことはわかります。実際に現地に行ってみても、ああ雑誌やネットで見たのと同じモノがそこにある。多くの場合、そんな感動にもならないような感動しかない。

     ネットのおかげで、生活が国境を越える。そういう時代になった。だかこそ、一層、ライフスタイルの競争力が意味を持つ。今や輸出しているモノの正体は、モノ自体ではなく、モノを通じて伝わる消費トレンドやスタイル。いずれもデザインという作業を通じて、ようやっと完成するもののように思います。仮に優れた消費トレンドやスタイルがあったとしても、ネットがなかった時代には、伝えるコストの方が高すぎて、なかなかできなかったことですよね。

     こうした事情も、モノ自体の競争力から、ライフスタイルの競争力への時代の変化を後押ししているような気がします。 

     

    3.次のテーマへ 

      

     じゃあ、どうやって、こういうライフスタイルやデザイン的なモノを広く普及させていくのか。

     こういうものって、結局は、そこで一緒に生活して、歩いてみて、感じてみないと分からないところがある。極端に言えば、基本は地産地消。同じ生活空間に身を置いてみて、体験してみないと伝わらないところがある。でも、それだけでは、市場の広がりに限界があります。それをどうやって伝えるのか。

     ソフトパワー戦略として、こういうライフスタイルを活用していこうと思うと、やはりまず最初は、アーリーアダプターを、その現場に、若しくはライブに、的確に引き寄せてこないと駄目。だけど、それだけでも駄目。

     作りの個性と、その感性に感じる使い手をつなぐ。そのつながり自体を市場化する。そこまでいかないと、ライフスタイル、デザインといったソフトパワーは、市場戦略にはなりません。生ものである「作り」の個性、それが醸し出す生活空間や言語空間自体を、市場に上手く消費して貰うためには、何が必要なのか。

     そういう視点から見てみると、コンテンツ産業の悩み、高級食材を志向する農水産業の方の悩み、エッジのたったものづくりで勝負する中小製造業の悩み、実は、みんな共通する要素を持っているように感じます。

     

     第一に、スタイルの「記号化」、「『作り』の個性を記号化する」という作業がいる。人でも良いし、イメージアイコンでも良い。ミシュランランキングのようなものもあるかもしれないし、まさにブランド作りでも良い。これら色々なモノを含めて、広義の「ブランディング」だと思いますが、実際に、その場、そのライブに身を置かなくても、そのスタイルを疑似体験できる、感じ取ることができるような、スタイルの「記号化」が必要になるだろうと思います。

     でも、それだけでもまだ駄目。こうした生活空間や言語空間自体を、市場に上手く消費して貰うためには、さらに、初期段階で、エッジのたった作り手とユーザをどう掘り起こしマッチングさせないといけないでしょう。これがまた、一苦労。

     また、その確率が悪いが当たれば大きいマッチング・ゲームに対して、どうやって的確にビジネスモデルを考え、ファイナンスをしていくかも、事業企画の観点から練らなければならないでしょう。

     またさらに、その際には、加えて、作り手の個性をつぶさないようにすることが何より大事でしょう。ある意味、変人だからこそ、個性があり創造性がある。そのエッジのたった部分に水を差さないように、うまくクリエーターをマネジメントしていかなければならない。これがまた、モーレツ社員的世界の人達には、全く理解されない。こういう世界をきちんとマネージできるような経営環境も充実させないといけないといけないでしょう。

     課題は山積みです。

     

    次回予告 

     

     で、恐縮ですが、長くなりすぎるので、この辺から、次のエントリにしようかなと、思います。(苦笑

     今回は、こんな感じで、本エントリ含め3回くらいに分けて話をしてみようと思ってますが、ご参考まで、3回シリーズ(予定)の話の流れだけ、先に、先日行った講演のレジュメを活用して、ご紹介しておきます。レジュメすら長いという問題がありますが、何卒、お許しください。

     ちなみに、今回のエントリでは、このうち、おおむね「1.」の部分について、触れたかなあという感じです。   

     

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

      

    1.モノの競争力から、ライフスタイルの競争力へ

     

    (1) 何故、ライフスタイルが競争力なのか

    ・ 「機能」は既に充足。若者の一人暮らしに必要なモノは、ふとんと携帯?
     1. 欲しいモノがない+カネもない => 市場は縮小均衡
     2. 欲しいモノがある+カネを作る => 市場は拡大均衡
    ・ 欲しいモノはどこから来るか?

    (2) 生活が楽しくない人に、モノは作れない時代

    ・ 生活の24時間化、コンビニ漬けの「何となく忙しい」生活
    ・ 「かっこいい」がスタイルの原点
    ・ 「機能」と「価格」に括り出せないと勝負できない「ものづくり体質」
      iPodも、iPhoneも、機能がスタイルに裏打ちされてこその競争力
      逆に、韓国は徹底して「機能・価格」が切り出せる分野に選択・集中

    (3) ライフスタイルが海外に通用する理由

    ・ モノだけではなく、ライフスタイルが国境を越える時代への変化
       Made in Japanは海外に流通しても、和服生活だと思われていた時代
       アキバやウラハラが、リアルタイムで海外に流通する時代
    ・ 国境を越えた世代間共通体験
      日本のアニメは世界の若者の共通体験
      (70年代のビートルズ、80年代のBritish発ロック、MJなど)
      手近に触れることのできるAKB48モデルに話題が集中。

     

    2.ソフトパワーを活かすビジネスモデル

     

    (1) コンテンツ・ビジネス構造の変化

    ? ITの影響でスマイルカーブ型に

      旧来型 :ラジオ等で刷り込み=>パッケージで回収
                        =>おまけで二次利用
      新たな形:ライブで収益=>パッケージ・ネットはそこそこ
                 =>収益源としてのタイアップビジネス
      移行期にあるのが、「製作委員会方式」?

    ? コンテンツの立場からプロデュースを

      旧来型 :メディア(流通)がコンテンツ(制作)をマル抱え
            ビジネスプロデューサーはメディア価値最大化を優先
      新たな形:コンテンツが多様な流通を跨ぐValueChainをデザイン
            ビジネスプロデューサーはコンテンツ価値最大化を優先

    ? そもそもコンテンツとは何か <ソフトパワーとの接点>

      大事なのは、狭義のコンテンツ(商業的にDuplicateするもの)
    ではなく、広義のコンテンツ(つたえたいエッセンス)
      エッセンスが伝わるようにデザインする(サザエさんのコアは?)

    (2) 作り手の感性とやる気を引き出すビジネスマネジメント

    ? クリエーターの特質を理解し、その力を引き出すマネジメント

      作り手はナイーブ。傷つきやすい存在。どうやって前を向かせるか。
      技術もビジネスモデルも嫌いな訳ではない。
     表現の可能性自体(エッセンスがどう伝わるか)に強烈な関心があるだけ。

    ? エッセンスを理解できるユーザーとのマッチング

      スタイルのシェアは、生活/空間を共有すること(地産地消)が基本。
      (全てのブランドは、Localityに根ざす)
      スタイルの記号化(ブランディング)
      ・ スタイルを記号化しないと、市場で流通しなない
      ・ 「つくり」の個性をいかに記号化するか
      ・ 流通コストの克服(e物産市の経験)、伝えることへの貪欲さ

    ? 経営環境を巡る制度等の限界
      会計・税制、業界慣行、既存流通への依存、コンテンツファンド

     

    3.ライフスタイルはどこから来るか

     

    (1) ソフトパワーとコンテンツ

      コンテンツ : 「デザイン」された「伝えたいモノ」
      ソフトパワー: ライフスタイルに根ざした「デザイン」する力

    (2) 柔らかな関係性の時代

    ? 関係性が型にはまっていた時代(<デザイン>不用の時代)の終焉

      イメージ  − < 価値 > −  イミ
      コンテンツ − <デザイン> − メディア  
      見せる  − < 作る > − 見られる   
      新たな型の例題)RPG, 連ドラ, i-Mode, SNS,ベビーリーフ,プリウス,EV

    ? 若者にとってのリアリティ、Soft Editingの時代

    リアル、マスの方が嘘っぽい。Postドリフ世代?
      ・ 「見る」・「見られる」の緊張感に耐えられない。
       柔らかな関係性にニーズが集まる時代
      ・ 「切り取る」ことにリアリティがあった時代から、
       身近な関係性の方が大切な時代。
      ・ アニメファン、アキバ男や、携帯を手放せない女子高生
    編集権がユーザに移行。全体構造が無くてもリアリティが切り出せる
      ・ ポストモダンを地でいく関係性。固定ゲートから可変ゲートへ。
      ・ 世代間ギャップを認識し、無理に理解しようとしないことが大切

    ? 産業と文化の新しい間合い

      断片化した関係性を紡ぐ、柔らかな大きな「物語」
      伝統文化を再生させつつ、かつてのスタンダードに穴を開ける仕組み

    (3) コモンズの悲劇/新しい社会資本(「物語/伝承」の再構築)

    ? 生活感のない生活とコモンズの悲劇

      規制緩和と市場合理主義の徹底 (効率化と民営化の違い)
      コモンズの共有形態にこそ、ライフスタイルの特徴と文化が出る

    ? 「公」の再構築と、マクロな価値観の「進化」 => マクロ「スイタル」

    具体的なニーズに裏打ちされたコモンズの再設計
      ・ 医療(含む高齢者ケア)、教育を支える関係性などの再設計が
       最大課題
      ・ 環境、Locality、脱物質消費文明などの価値観の再設計
    マクロの「スタイル」が、ミクロな個々の「スタイル」の流通基盤に
     

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

     

     まだまだ、ナガ・・・っという感じですが、続きもよろしくお願い申し上げます。っていうか、ちゃんと続くかな。(苦笑

     

     

    ※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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