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    CNET Japan ブログ

    ネットと生物と無生物のあいだ(改) 

    2008-05-05 00:12:00

    プロフィール

    村上敬亮

    長年、官の立場からIT業界に携わり、政策の立案、実行をしてきた経済産業省 商務情報政策局の村上敬亮氏が、日本の情報産業がさらに発展していくための課題や可能性について語ります。
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    最近のエントリー

     前回のエントリが非常識に長かったので、ちょっと構成を変えて、結論を先に出してみました。自分の中でもまだ未消化な部分が多く、散漫な話になっている点、それでもまだ長い点、お許しください。オリジナルは前のバージョンなので、一応、ネット上には、両バージョンを残してみます。

          *     *     *

     「生物と無生物のあいだ」という本を読みました。あちらこちらで絶賛されている本なので、今更僕がお薦めする必要はないのですが、確かに、こんなに説明の上手な、読んでて飽きない科学入門書は、久しぶり、と思いました。

     ちょっと変な発想かもしれませんが、実は、この本を読みながら、「ネットって、生物と無生物の間のどの辺にいるんだろう・・・?」っていうことを、考えていました。

     もちろん、ネット自身が生物学的な生物であるはずがありません。でも、街が一つの生態系として息づいている部分があるのと同じように、ネットにも、ある種息づいている部分がある。その自律性みたいなものって、どのくらいしっかりしてるんだろう。ネットは一つの進化系を作れるんだろうか?逆に欠けているものがあるとすれば、それは何なんだろうか。そんなことを、よく僕自身考えることがあるものですから、この本を読んでいる間も、ついつい、ヒントになるような発想はないのかと、と考えながら読んでしまいました。

     書いてみたら非常に長くなったので、とりあえず、自分が感じた結論だけを先に整理したいと思います。しかし、ここだけだと何となく唐突感が残ります。そこで、本書の魅力を損なうような試みで恐縮ですが、追補として、ネットとの関係を考えるに当たって肝になりそうなポイントを幾つか、要旨的に取り上げてみました。

     冒頭の感想を読んでみて、「何でこんなことを感じたんだ?」と思われた方がいらっしゃったら、長くて恐縮ですが、続きを見ていただければと思います。

     

    (1) ネットとリアル、DNAと生物

     

     本書を読んでいて改めて感じたことは、第一に、生物というのは、膨大な情報を常に再生産し、動かしている情報処理システムなんだということです。村上敬亮という遺伝子は、30億個の文字(塩基対)から出てきている。一ページ千文字で千ページ本にたとえると、3千巻ですね。膨大な情報を末代に伝えるべく、膨大な情報再生産ゲームをしている。その様に圧倒されました。

     また、情報処理のシステムという部分では、ネットと生物は非常に近いのかなとも思いました。DNAがソースコードのようなものだとすれば、DNAの遺伝子4文字で動いているのが生物。それに対して、0か1かの2文字で動くコンピュータプログラムで動いてるのがネット。人間がDNAの4文字に駆動されているなんて印象を持たないのと同じように、ネットやネットを使った社会生活でも、コンピュータを駆動しているとソースコードを意識することなんかありませんが、どちらも、その膨大な情報処理によって支えられている。まあ、これ自体は、当たり前といえば当たり前の感想ですが、非常に印象的でした。

     ただし、本書を読む限り、情報処理の仕組みとしては、まだまだ生物の方がぐっと「上」のような気がしました。例えば、ネットの場合、生物の遺伝子のような立派な相補性は無いので、ある程度当たりをつけることは出来ても、情報の間違いやプログラムのバグを簡単に補修することは出来ません。二重らせん構造のような美しい世界もまだですし、遺伝子構造を動的に平衡状態に持ち込むような技もありません。ただ、膨大な情報が、受発注などのビジネス、買い物などの生活、手続きなどの行政をはじめとして様々なリアルを駆動するために処理されている。しかも、その根っこは、基本、0,1の二進法。

     生物がDNAを通じて何を再生産しようとしているのかも、まあ、分からないと言えば分からないのですが、ネットの場合も、何を再生産しようとしているのか、ネットが広がることによって、その進化の速度の何を変えようとしているのか、何とも説明が付きません。ただ、何となく、DNAの仕組みと生物の関係は、ネットとリアルの関係(ネットで行われる情報処理とリアルの生活・ビジネスの関係)に似てるなあと思いました。

      こんな図式でしょうか・・・?    

    生物   核酸/DNA    => タンパク質/細胞  =>  生物

    ネット  ソースコード/プログラム => ソフトウエア/人間  =>  社会

     

    (2) ネットがリアルを駆動する、DNAがタンパク質を駆動する

     

     第二に、タンパク質を通じて生物を巧みに駆動するDNAのメカニズムを読んでいて、ネットも、それ自身で自己完結するものではなく、ネット上の情報処理を通じてリアルを巧みに駆動しているところまでセットで見る方が自然なのかなと、改めて思いました。

     生物の場合、DNAがタンパク質を再生産しながら、常に、村上敬亮という体を作り替え続けている。全てかどうかは厳密には分かりませんが、僕の体の中の多くの細胞は、一年とか数か月の単位で物質的には入れ替わってしまっている。DNAのたった4文字の集積が、村上敬亮というリアルをタンパク質の再生産を介して常に作り替え続けているわけです。

     ネットの情報の多くも、ビジネス用途であれば受発注や顧客管理であったり、消費者用途であれば店舗探しや買い物、チケット予約だったり、いろいろなリアルを駆動しています。いわば、情報を集めて・整理する。それによって新たにリアルを駆動する。ネットで行き来しているプログラムや情報自体に人体のような実態があるわけではありませんが、そこで処理される情報が、受発注のようなビジネス行動だったり買い物のような生活行動だったり、一つ一つのリアルを繰り返し繰り返し再生産している。

     ネットの場合、生物のようにDNAがきちんと再生産すべき情報を整理し構造化してませんから、生物のように綺麗に入れ替えるも何も、それぞれに駆動されるリアルはバラバラという感じもします。ですけれど、プログラムや情報を動かしながら、リアルで起きていることを少しづつ入れ替えている。そんな風に見ては面白いのではないかな、と思いました。

     ネットを生態系として見ようとすると、ネットだけでは完結しない。ネットは、あくまでも核酸系で、それに駆動されるアミノ酸系は別にある。生物の場合も、DNAの構造が持つ相補性と、それが生成するタンパク質の形が持つ相補性の二つの相補性が巧くかみ合って、生物を動的均衡に持ち込む様が描かれていますが、ネットにも、それが駆動するリアルとの関係でもっと巧みな仕掛けを持てば、更にその動的な均衡に磨きがかかるのではないかなと思いました。

     

    (3) リアルで起きていることの相補性/タンパク質の形の相補性

     

     第三に、そう言う意味で、リアルで起きていることの相補性が重要ではないかということです。

     健全なネットというのは、そこで行われる情報処理の結果駆動されるリアルと常に対をなす。逆に、リアルで起きていること同士に一定の歯止めをかけるような相補性があるからこそ、ネットで行われる情報処理にも暴走が起こらない。ネットが自律的に動的平衡を得ようとすれば、それに連動して起きているリアルのアクションの相補性が重要?

     これは、DNAの動的平衡が、タンパク質の形の相補性を得ることによって、より安定的に情報を伝達していることから得た比喩です。生命全体が、DNAの相補性とタンパク質の形の相補性によって動的平衡を得ているとすると、社会は、ネットという情報処理エンジンを得て、どういう動的平衡を目指していくのかなあと。

     もちろん、ネットで完結する世界というのを否定したいわけではありません。あるんだと思います。しかし、オンラインゲームにしても、ネットに閉じた匿名人格のコミュニケーションにしても、あまりリアルの世界とは関係の内容のメールのためのメールにしても、それらをはじめとした限りなくネットで閉じた世界はある。でも、実は、それらも、どこかでそこに関わるヒトの人生のリアルと連動しているような気がします。

     問題は、時間がそこに同期しない。だから、リアルと隔絶したバーチャルが存在するかのような事態が起きる。だから、時々アンバランスなことが起きる。ネットは何やら怖い部分があるという、不用な誤解を招くことがある。そうみてみてはどうでしょうか。

     

    (4) オシレータの重要性

     

     そこで、第四に、オシレータです。ある意味、コンピュータに閉じた世界では、オシレータ(発振回路)は完璧に機能しています。逆に、その処理能力を超えた時間空間が押し寄せると、コンピュータは、単純にハングアップする。非常にわかりやすい。生命の場合、オシレータがどのような単位で細胞の新陳代謝や身体の変化に時を刻んでいるのか、不勉強で分かりませんが、これが巧く機能している。逆に、そのスピードのコントロールの範囲を超えた暴走が始まると、狂牛病のような異常物質の大発生に繋がる。

     ネット/リアルの場合、このオシレータの仕組みが不完全なような気がします。まさに、時々、リアルでは再現しにくいような暴走が始まることがある。リアルから見えないことを前提に、リアルだったらやらないような行為が、ネット上で駆動されることがある。ネットがある種の自律性を獲得していこうと思えばここが重要なポイントになっていくんだろう、と漠然と思います。

     こういうネットでのある遺伝子の暴走は、社会的規制によって止めるべきとの意見もありますし、警察権力の出番だという見方もあります。確かにそうだと思うし、それらが不用だといいたいわけでは決してないのですが、一度暴走を始めた遺伝子が、多少の禁止命令や白血球の活躍だけで止められるものとも思いません。

     できることは、異常値を起こした世界を、内部の内部に取り込んでしまい、外部化してしまうしかない。ネット社会における細胞膜のようなものですね。本書でも、この細胞膜のメカニズムの解明が、最後の大どんでん返しを演出してくれますが、こんな部分がネットにも出てくると、ネットのパワーは更に二倍増、三倍増するのではないかと。本書で言う「内部の内部は外部」。この言葉に、強くひかれるものを感じました。

     問題は、ネットは今、この細胞膜がなかなか巧く作れていない。暴走した細胞が、結構、どうどうと白昼、体の大事なところを通っていってしまったりする。これじゃあ、正常な健康体は、なかなか保てない。一つ一つ認証して交通整理をしたいといったって、そりゃ認証することは出来るでしょうが、止める方は難しいでしょう。さもなければ、通常の情報処理速度の方を犠牲にしてしまう。エコでもない。なんかこの辺にヒントのあるアナロジーはないものかと。

     

    (5) ネットも生物も不可逆

     

     ネットも、不可逆という意味では、もはや機械ではありません。ネットにも着実に時間は息づいている。しかし、本書が示唆してくれるような相補性が不足しているためか、しなやかさなし。復元力なし。常に暴走の危険と表裏といった誤解を生みやすい側面が残ってしまっている気がします。

     膨大な情報処理の道具として、もはやDNA的に情報を運ぶ役割をネットは果たしつつある。今後の我々の生活に、ネットのない生活は、おそらく考えられないでしょう。とすれば、時折、その発生が懸念されるネットの暴走の問題から僕らは逃げることが出来ません。

     しかし、ネットの情報処理システムとしての能力を底上げするためのツールは、着実に進化しつつある。例えば、Googleという巨大なネット上のコンピュータは、既にいろいろなヒトから色々な情報を集めて、整理する。そのための膨大なインフラを提供しています。いわば、ネットの世界における「相補性」を探すためのジクソーパズルの道具のようなモノ。

     Googleは、ネット全体にとって、たぶん、OSとは比べものにならないほど全く別のインパクトを持った、非常に基本的な装置として確実に普及を始めている。ネットも既に壮大な情報処理装置として、確実に進化を始めている。その駆動は、OSレイヤではなく、「情報を集めて・整理する」、いわばネット上の情報の関係性を整理するこの仕組みに握られているような気がしてなりません。ただし、それは、DNAが生物の必要な情報のキャリアであるのと同じように、僕らという現実の社会にとっては、ネットは必要な情報のキャリアであるに過ぎません。僕ら自身ではない。

     僕ら自身がネットを使いながら社会システムを進化させていくためには、ネットと実世界を緩やかにつなぎ動的な均衡をもたらす相補性を発見することが必要なのではないか。また、その作用・反作用を、ネットとリアルの双方にわたって巧くコントロールできるようなオシレータを見つけることが必要なのではないか。社会的規制や人力による不正探索だけで、ネットの負の側面を補おうとしても、無理があるのではないか。ネットを社会の仕組みとして自由に使いこなす米国や北欧を見ていると、ブロードバンド環境には優れる日本に何が肝心なものがまだ足りていないような気がします。それがリアルの側なのか、ネットの側なのかは、僕もまだよく分かりませんが。

     実際、ビジネス用途の世界では、IT投資管理にPDCAサイクルを利かせることによって、少しづつ、現実の経営問題と情報処理の同期を図る試みが、更に拡がる兆しが出てきているように思います。IT投資の生産性といわれて長いですが、経営問題としてきちんとメリハリを利かせる、ある種のオシレータ的なものがITが駆動する世界とビジネスの実世界の間で同期が取られ始めているような気がする。そう言う意味で、僕は、徐々に改善の方向に向けて舵が切られつつあるような気がしています。

     さて、そこで公共空間や消費生活空間。ここで時折心配されるネット上の暴走をどう止めるのか。若しくは、ネットを全く活用しようとしないリアルに、ネットの活用をどう働きかけるのか。かたや、ネットは既に我々に無ければならない創造性や新たな気づきをもたらし始めている。日本人にしかできない新しいビジネスやライフスタイルも沢山出てきていると思うだけに、もう一歩、その社会的成熟度を高めたい気がします。

     かように、オシレータという言葉と相補性という概念に妙に引っかかったのが、僕の読後感想でした。

     

             *         *         *

     

     本書の冒頭のストーリーを飾るウイルスは、生物の世界でも、その存在を否定されているわけではありません。むしろ、様々な動的均衡を脅かす存在としてウイルスが生き残っていること自体に、更に大きな視点から見た動的均衡を維持するための秘訣が残されているような気もします。

     人体と同様、ネットに巣食うウイルス的なものも数多い。その数はむしろ増えつつある。でも、その絶滅を目指して社会的規制を効かせようとするだけでは、ネットというダイナミズムはきっと止まらない。足りないのは、細胞膜なのか、オシレータなのか、相補性なのか。倫理といえば簡単ですが、その解明をなすことによって、ネットの持つポジティブな可能性は、更に更に広がっていくような気がしました。

     

     さて、以上が僕の今回のエントリの要旨なのですが、何でこんな風に感じたのか、そのことが以下の僕なりの要旨で、少しは感じていただけるのかなと思います。若しくは、本書自身をお読みいただいて、某か、ネットの将来を占うヒントのようなものを見つけた方がいらっしゃったら、ご教示賜れればと思います。ここまででも十分に長いので、以下は、気の向いたときにでも。

     

            *         *         *

     

     

    1.ウイルスと病原体

     

     日本では立志伝中の人物として語られている野口英世さんですが、今や彼の研究業績は全く評価されていない。冒頭紹介されているこの事実は、平均的日本人教育を受けた僕にとっては大変衝撃的でした。彼が見つけたのは、本当のウイルスではなかった。原因となるウイルスは、大腸菌や赤痢菌などの病原体よりもずっと小さい。それは、野口英世の時代の光学顕微鏡で見えるはずのないものだったのだそうです。では、そのウイルスとは?

     例えば、当時研究の題材となったウイルス性のタバコモザイク病は、本来病原体が通過できないはずの素焼きの陶板で濾過しても生き残る。その穴の大きさは、たった0.002ミリメートルくらいしかない。それで、どうも病原体とは違う、もっと小さなものが原因らしいという話になったんだそうです。実際、大腸菌をラグビーボールだとすると、ウイルスはパチンコ玉程度。本当に小さい。そんなに小さいものなのに、病気を引き起こしてしてしまう。

     ウイルスは、栄養も摂取しなければ、呼吸もしません。ただ、他人の体を借りることによってのみ自己複製を行う。ウイルス粒子単体を見れば、それは無機的で、硬質的な機械的オブジェクトのようなもの。それ自身には、生命の律動は全くないそうです。そんな存在だからこそ、小さく、人に見つけられないように、ひっそりとしていられる。自分自身には何も実態はない。ところが、他人の体に入り込むと、相手のDNAを書き換えてしまい、自らも急に自己増殖をする。古典的なコンピュータウイルス(ワームでないもの)そのものですよね。

     本書の著者は、こんなウイルスを生物だとは定義しません。では生物とは何か。生物と無生物のあいだは何で分かれるのだろうか。これが、本書のテーマとなって、次の考察へと駒が進められていきます。

     

    2.第一の秘密:DNAの相補性

     

     DNAはたったの4文字です。A,T,C,G。遺伝は全て、この4文字が紡ぎ出すコードから行われる。人類や動物が全てこの4文字から書かれた遺伝子情報によって紡ぎ出されてる。

     人の場合、そのヒトゲノムは、30億個の文字(塩基対)からなっているそうです。一ページ千文字として、千ページの本が全3千巻ですね。これだけあると、人は自分を複製するための情報を伝えられる。なんだか、これを聞いているだけで気が遠くなりそうです。村上敬亮だけで千ページの本が3千巻。

     では、どうやって3千巻もの情報を間違えなく伝えているのでしょうか。その鍵が、ご存じのとおりDNAの二重らせん構造。そこに隠された「相補性」なんだそうです。つまり、AとT、CとGが必ず対構造をしている。だから、どこかが欠けても、影武者側を鋳型に使って簡単に本体の補修することが出来る。しかも、鎖全体を鋳型にして相方を複製すれば、簡単にDNAの鎖全体も複製できる。

     3千巻は常にらせん構造で相対しているし、どこかが壊れれば、迅速に残った方の鎖を鋳型にして自分のゲノムを常に修復し続ける。こうやって、DNAは、その膨大な3千巻を末代に伝えていくわけですね。

     なんか膨大な営みです。。

     

    3.第二の秘密:体はいつも入れ替わる

     

     じゃあ、この3千巻は、どのタイミングで、どうやって次に伝えられていくのか。一見、それは当然子供が生まれ、代替わりをするときと思うわけですが、これがまた、もうちょっと複雑なんだそうです(さすがに昔学校で習ったような気もしますが・・・)。

     そのスピードや、本当に身体の細胞の全てが入れ替わっているのかどうかは色々と議論があるそうですが、ラフに言えば、脳細胞や内蔵の細胞などから脂肪にいたるまで、人の細胞は常に入れ替わっている。村上敬亮という人間は、何ヶ月か何年か、正確なところは分かりませんが、物質的にはいつも入れ替わっているんだそうです。僕という人間は、僕という秩序ではあり続けますが、僕という物質がそこに実在し続けているわけではない。

     村上敬亮は、村上敬亮という秩序を、ゲノムを使ってずっと再生産し続けているわけです。子供が出来るときだけではない。僕の遺伝子は、僕の体の此処彼処でずっと再生産され続けている。それが、村上敬亮の人生、っというわけですね。

     絶え間なく壊される秩序。動的平衡。これが生命ということだと、著者は、本書の中で丁寧に教えてくれます。じゃあ、なんでこんなややこしいやり方を選んだのか。このこと一つをとっても膨大な議論が出来るということだと思いますが、著者は敢えて、こう簡単にまとめてくれています。

    秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない。

     もうちょっと長く引用することをお許しいただくと、こんな感じです。

    エントロピー増大の法則は容赦なく生体を構成する成分にも降りかかる。高分子は酸化され分断される。集合体は離散し、反応は乱れる。タンパク質は損傷を受け変性する。しかし、もし、やがては崩壊する構成分子を敢えて先回りして分解し、このような乱雑さが蓄積する速度より早く、常に再構築を行うことが出来れば、結果的にその仕組みは、増大するエントロピーを系の外部に捨てていることになる。

     つまり、正常なうちに、常に自分を壊し続けて再生産する「流れ」を作ってしまうことが、自分という秩序を外界から最も的確に守る方法だというわけですね。大事な部分だと思うので、更に言い換えられているところを続けて引用しますと、

    エントロピー増大の法則に抗う唯一の方法は、システムの耐久性と構造を強化することではなく、むしろその仕組み自体を流れの中に置くことなのである。つまり流れこそが、生物の内部に必然的に発生するエントロピーを排出する機能を担っていることになる。

     ということで、「生命とは、動的平衡にある流れである。」となるわけです。強固に作り込むよりも、常に柔らかな構造のまま自分を再生産し続けること、その方が結果として、秩序としては安定的だというわけです。

     

    4.第三の秘密:パズルのピースとタンパク質

     

     ここで、次の疑問が浮かびます。常にDNAを再生産し続けるのは良いのですが、そうしょっちゅう僕の体の中で代替わりをしているとすると、何かちょっとでも間違いがあったときに、その間違いが大きくなるスピードも、どんどん速くなってしまうのではないか。ただむやみやたらに再生産を続けるだけでは、逆に早々に訳の分からない方向に変化していくのを早めてしまうだけなのではないか。

     そのようなリスクを回避し、動的平衡を維持する秘密は、またも相補性にあるんだそうです。DNAの情報の安定性を生み出していたのも相補性、すなわちDNAの対構造でしたが、遺伝子から生成されるタンパク質でも、実は、この相補性が重要な働きをなすんだそうです。

     DNAの場合、情報そのものに相補性があり、AとT、CとGが常に対応するというシンプルなルールの上に成立をしていました。タンパク質の場合、これが、「文字(情報)の相補性」ではなく、「かたちの相補性」になるんだそうです。タンパク質には、その表面に、ジグソーパズルの凹凸のような細かな形の違いがある。故に、このタンパク質は、ここにしかはまらない、そういう場所のようなものがあるそうです。だから、まちがって変なタンパク質ができちゃっても、体の変な部分に誤ってはまってしまったりしない。

     DNAを構成する核酸には、A,T,C,Gの4種類しかありませんが、タンパク質を構成するアミノ酸は、20種類ある。タンパク質は、それが更に数珠玉のように繋がってでてきる。二つのアミノ酸が連結しただけででも、20*20の400通り。それが数百個繋がって出来るのが普通のタンパク質ですから、その順列・組み合わせは天文学的な数ですね。

     この鎖は、ありとあらゆるせめぎ合いの結果、ある安定した形に落ち着くんだそうです。構造が一義的に決まる。そうすると、実は、あるタンパク質の表面の凹凸が自然と決まってくる。この凹凸が決まると、実は、組み合わせられるタンパク質の種類は、まさにジクソーパズルのように、膨大な数から自ずと数か所に決まってしまう。このタンパク質同士しか隣り合わせになれない、みたいな。

     ここで生まれる相補性は、一組とは限らない。一つのタンパク質に対して、複数の相補性の高いタンパク質がある。しかし、これが3次元展開するわけですから、そう滅多なことでは間違えないでしょう。体中が壮大な相補性のネットワークのようなものになっている。この柔らかな相補性のネットワークが、結果として人の秩序を安定的に維持する重要なバランサーになっているんだそうです。

     生命の秩序の安定性を補足的に支持しているのが、このタンパク質の形が体現している相補性。次から次へと作られる新しいタンパク質のピースは、自分の形が規定する相補性によって、自ずと居場所をきめられる。熱運動によってランダムな運動を繰り返し、欠落したピースの穴と自らのピースの相性を試しているうちに、納まるべき場所に納まる。

     なんとも、うまくでてきますね・・・

     

    5.第四の秘密:オシレータ

     

     こうした柔らかな相補性のネットワークは、結果的に大変柔軟性に富んでいます。常にタンパク質を分解しては合成するというプロセスを行い続けている中で、DNAに生じる誤りを修正し、異常分子を除去する方が、結果として秩序を安定的に維持できる。一見壮大な非効率性の固まりに見える膨大なDNAとタンパク質の再生産作業ですが、実は、「柔よく剛を制す」のための仕組みには必要だというわけですね。巧く考えたものだと思います。

     しかし、この仕組みも万全ではない。ある種の異常では、異常を抱えたタンパク質の蓄積速度が、全体の新陳代謝のスピードを上回ってしまうことがある。その典型例が、狂牛病やヤコブ病などに代表されるタンパク質のコンフォメーション病なんだそうです。逆に言えば、生命は、外界との関係で、変化できる可能性もあるということです。このスピードの管理が、ある種の肝なのかもしれません。

     難しい表現なので、そのまま本文を引用します。

    システムの構成要素そのものが常に合成され、かつ分解されることによって担保される重要な生物学的概念がある。それは合成によって緩やかに上昇し、分解によって緩やかに下降するという一定のリズムを連続的に発生することによって振動子(オシレータ)を作り出すことが出来る、ということである。

     オシレータの別名は時計です。サイクリンというタンパク質が正確なタイミングで合成と分解を繰り返し、細胞分裂サイクルをコントロールしていることが分かってきたそうですが、この細胞の明滅のタイミングが、あるタンパク質の総量の増減を的確にとらえるきっかけを作る。その変化を柔軟に捉えて、増産・減産などの指示にフィードバックする仕組みが、生命には備わっているのだそうです。

     僕は、オシレータって、すっかりコンピュータの発振回路のことなのかと思ってましたが、違うんですね。でも、意味はよく似ています。細胞分裂・再生の脈動を司っているのが生物のオシレータ。コンピュータの中で情報処理の同期をとっているのもオシレータ。

     実際、生物の中では、DNAとタンパク質による相補性の確認と柔らかな連続的繋がりなおしが、恐ろしいまでのスピードとスケールで行われている。例えばインシュリンだけで、我々の体内に何億枚と存在し、それが2万数千種類積み上がってタンパク質を作り、しかも何億枚ものインシュリンが全身の血液を駆けめぐり、様々な細胞表面にあるインシュリンレセプターとの間で、あらゆる微分的な時間において明滅を繰り返す。そのような相補性のネットワークが、僕らの体の中で、オシレータによって時間を刻まれながら、天文学的数学を遙かに上回る規模で幾重にも輻輳している。

     今、目の前にある一台のノートパソコンが、どのくらいのスピードでクロックを刻み、どれくらいの情報処理をこなしているのか、紙テープやマイコンの時代には手に取るようにわかった情報処理の脈動が、だんだん僕ら素人には見当もつかないほどになってきました。きっと、人の体は、それを遙かに上回るスピードと量で、クロックを刻み、遺伝子を外界との関係を処理しながら再生産している。

     人体って、ある意味、すごい情報処理マシーンなんだと実感しました。

     

    6.第五の秘密:内部の内部は外部

     

     さて、そこで最後の疑問にたどり着きます。そんな頻繁に情報を書き換え、タンパク質を分解しては合成するという作業を繰り返していて、体の方は本当に壊れないのでしょうか。相補性のネットワークといわれると、そうかなという気がしますが、実際には、何かを壊しながら再生産を続けるわけですから、壊している間の僕らの体の中は大丈夫なの?という疑問が湧いてきます。僕らの体内の細胞は、そんなにしょっちゅう姿を変えてしまっているんでしょうか。

     ?遺伝子の相補性、?絶え間なく壊され再生される秩序、?タンパク質がもつ形の相補性、?オシレータと来たわけですが、ここで、これらに並ぶ、最後の秘密登場となります。それが、巧妙な仕掛けの細胞膜。答えから言うと、?「内部の内部は外部」という仕掛けを活用しているらしいのです。

     いきなり細胞ごと変化をさせてしまうと確かに大変。始終細胞自体が変わっているのでは体の安定が得られなくなってしまいます。そこで登場するのが、細胞より小さい単位の小胞体。新たに作られたタンパク質は小胞体と呼ばれる小さな球体の膜の中に納められる。そして小胞体ごと、従来の細胞の中に入りこんでいく。細胞の中に入り込んだ小胞体の内部は、ある意味、細胞にとって、内部の内部ですから、外部になってしまうわけですね。そこで慎重に内容を確認しながら、必要なモノを出し入れし、小胞体は再び、細胞の外へと出て行く。そうやって少しづつ、細胞の中身を取り替えていっているらしいのです。

     こうすれば、細胞の秩序をいきなり壊すことなく、少しづつ、でも確実に細胞内の成分の新陳代謝を起こしていくことが出来る。というわけですね。内部に内部を作ることで、少しづつ、体の中を取り替えていたというわけです。

          *       *       *

     そこで筆者らは、この内部の内部を作り出す巧妙な作りの細胞膜。小胞体が細胞に入り込んでタンパク質の新陳代謝を進めていく仕組み。この細胞膜がどのようにして作られるのかに焦点を当てていき、GP2という特殊なタンパク質の存在を発見します。

     このGP2というタンパク質は、 ある特定の化学的条件の中で互いに結集して、膜のような形を作り出す性質を持っている。そこでもまた、このGP2というタンパク質の形の相補性が、球形の膜を作る上で重要な働きをするんだそうです。こうして、分泌すべき物質を抱えた小胞体が完成する。そしてこの小胞体が、細胞の内部に内部を作り、必要な物質の代謝を進める。

     ただし、学術的にこのGP2の働きを実証するためには、更に進めて、このタンパク質を決定するアミノ酸の配列を決定し、これが未知のモノであることを証明する必要があります。けれども、その大きさから500個くらいのアミノ酸の組み合わせと考えられるGP2のアミノ酸配列を一つ一つ20個のアミノ酸から決定していくことは、ほぼ不可能に近い。

     そこで考え出された実証方法は、遺伝子の構造を読み解くこと。GP2に関わる遺伝子情報を探し出せば、そのアミノ酸の配列も特定できる。しかし、今でこそ、ゲノムプロジェクトの終了により、人の遺伝子のどこに何があるかはだいたいわかっているそうですが、当時の状況では、ヒトのDNAの中から、GP2に関わる情報が記録されている部分を探し出すのは、本当に大変なことだった。それをやり遂げて、彼らはGP2を特定することに成功したんだそうです。

     

    6.生命の秘密は、再び遠のく

     

     しかし、ここで最後のどんでん返しが待っている。本当に、物語のように進行していく本ですね。

     著者のグループは、GP2の重要性を更に証明するために、GP2が完全にノックアウトされたマウスを生み出そうとします。GP2の無いマウスが出来れば、GP2がどれだけ重要な働きをしているか、完全に実証することが出来る。ちょうどES細胞が発見されたとき。そこで、ES細胞を活用してGP2がノックアウトされた遺伝子を作り出し、GP2ノックアウトマウスの育成に成功する。

     ところが、その結果は著者たちの期待を全く裏切るモノだったんだそうです。確かに、マウスは、GP2がノックアウトされたマウスになっていた。しかし、細胞膜は正常に作られ、GP2ノックアウトマウスは、何の支障もなく生活ができたということなのです。

     GP2は壊されたはずなのに、タンパク質の新陳代謝を進める分泌のメカニズムの基礎が壊されたはずなのに、何故・・・?

     ところがここで、筆者は別の研究チームから新たな事実を突きつけられます。狂牛病の際に異常型になり様々な症状の原因となることが知られているプリオンタンパク質を研究しているチームが、似たような経験をするのです。すなわち、プリオンタンパク質を完全にノックアウトした牛を作り出し、プリオンタンパク質の異常を意図的に発生させれば、症状は必ず出てくる。そう思ってしたはずの実験だったのに、プリオンタンパク質をノックアウトした牛には、やはり、何の異常も発生しなかったというのです。

     ところがこのチーム、少しだけ変わったことをやった。すなわち、プリオンタンパク質の遺伝子を、完全に壊してしまうのではなく、一部だけ損傷する、という不完全に壊した形で、プリオンタンパク質がノックアウトされた牛に戻すという実験をしてみた。そうしたところ、異常が発生したのだそうです。

     つまるところ、完全にあるタンパク質がないのであれば、生命は対応ができる。おそらく、何らかの形で、ないものを補ってしまう力がある。しかし、不完全に抜けていると、ダメージを及ぼす。部分的な欠落の方が破壊的なダメージをもたらしたわけです。生物学で言うドミナントネガティブ現象。この結果をどう見るべきか。

     筆者はこう整理します。

    ある場所とあるタイミングで作り出されるはずのピースが一種類、出現しなければどのような事態が起こるのだろうか。動的な平衡状態は、その欠落をできるだけ埋めるようにその平衡状態を移動し、調節を行おうとするだろう。その緩衝能が、動的平衡というシステムの本質だからである。平衡は、その要素に欠損があれば、それを閉じる方向に移動し、過剰があれば、それを吸収する方向へ移動する。・・・・・(中略)・・・・・ある遺伝子をノックアウトしたにもかかわらず、受精卵から始まって子マウスの出産までこぎつけることができたというこは、すなわち、動的な平衡が、その途上で、ピースの欠落を補完しつつ、分化・発生プログラムをなんとか最後まで折りたたみ終えたということである。リアクションの帰結、つまりリアクショニズムとして新たな平衡が生み出されたということである。

     そして、こうした動的平衡から織りなされる生命と、非生物としての機械との違いを筆者は持ち出します。その大きな違いは、時間の有無だと。

    機械には時間がない。機械の場合は、原理的にはどの部分からも作ることが出来、完成した後からでも部品を抜き取ったり、交換することが出来る。そこには二度とやり直すことのできない一回性というものがない。機械の内部には、折り畳まれて開くことの出来ない時間というものがない。

     しかし、生物には時間がある。

    その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折り畳まれ、一度、折り畳んだら二度と解くことのできないものとして生物はある。生命とはどのようなものかと問われれば、そう応えることが出来る。

     時間概念そのものを正確に議論し始めると、またいろいろな批判もあるのだと思いますが、言いたいことはよく分かるような気がしますね。最後に著者、畏敬の念を込めて、GP2ノックアウトマウスの実験の結果をこう評します。

    私たちは遺伝子を一つ失ったマウスに何事も起こらなかったことに落胆するのではなく、何事も起こらなかったことに驚愕すべきなのである。動的な平衡が持つ、柔らかな適応力となめらかな復元力の大きさにこそ、慨嘆すべきなのだ。

     

              *           *           * 

     

     こうして、冒頭、翻り見るにネットは・・・、という自分の感想に戻ってまいります。

     連休中ということもあって、大きく出てしまいましたが、どうでしょうか。売れない未来作家のようなエントリで申し訳ございませんでした。次回は、もう少し堅実なネタに戻りたいと思います。あ、あともう少し、短く・・・(苦笑

     

    ※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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