お使いのブラウザは最新版ではありません。最新のブラウザでご覧ください。

CNET Japan ブログ

「見える化」は難しい・・・!? 

2008/04/13 22:30
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

プロフィール

村上敬亮

長年、官の立場からIT業界に携わり、政策の立案、実行をしてきた経済産業省 資源エネルギー庁の村上敬亮氏が、ITやエネルギー、様々な角度から、日本の発展のための課題や可能性について語ります。
ブログ管理

最近のエントリー

  「見える化」の重要性が叫ばれて久しいですね。その定義は、人によって様々だと思いますが、大雑把に言えば、「現場における目に見えない活動の様子を目に見える形(見える化)にしようとする取組」、といったあたりでしょうか。僕自身、「見える化」については、遠藤さんのお話をはじめ、多くの方に刺激を受けてきました。

 戦略的なIT投資の時代ともなれば、様々な現場をITを使いながら「見える化」していくということは、ある意味当然。企業、行政をはじめ、ほぼありとあらゆる事業組織にとって、今、「見える化」は避けて通れない課題となりつつあると思います。

 しかし、実際には、これがなかなか上手くいかない。

 今日は、この「見える化」について、それがある程度当然必要だというところから出発して、その功罪や目的を考えてみたいと思います。

 

1.議事メモで「見える化」

 

 例えば、敢えて無難な例を探しますと、議事メモ。上客に営業やインタビューに行ったときの議事メモなどは、営業活動の進捗管理・記録管理といったことを超えて、将来の商売のヒントに満ちている。そう思えば、直接その営業案件に関係のない営業マンにも、営業とは縁がなく商品開発に携わっているような人でも、広く見せる意味のある場合が多いと思います。

 そんなに意味のある議事メモなら、いっそのこと全社的に共有してしまえば良いではないか。「見える化」をそう単純に考えてしまうと・・・

 

 僕は、それで失敗しました。(苦笑)

 

 もちろん、全社的に何でも見せるという訳にはいきませんから、必要なところにマスキングをかけたり、アクセス権限を全社的に決めてしっかり管理したりするわけですが、それでも、そんなもの、上手くいかない。

 先ず、書かない。現場は面倒くさい。加えて、万が一書いてみて、面白いと自分が思えば思うほど、だんだん、タダでは人に見せたくなくなってくる。少なくとも、全社的になんて、もったいない・・・。 得意な上司、リターンをくれそうな同僚、とりあえず送っておいたら良さそうな社内のキーパーソン。そんな人なら見せても良いけど、全社的に見せて、何の良いことがあるのか。そう考えてしまう。

 だいたい、ご本人様は、自分で書いていればいるほど、「これは秘中の秘の情報だ」、だんだんそんな気分になってきます。しかし、たいていの場合、そういう情報をわざわざ渡そうと思うような人にとっては、当たり前の内容です。もちろん、それでも送ることに自体に意味はあると思いますが、もったいぶるほどの内容ではない。

 逆に、仕事が出来るようになってくると、「もったいぶるほどの内容ではない」ということも良くわかるようになりますが、今度は、じゃあ、「いちいち必要な人を見つけて情報を渡すための手間暇がもったいない。」となるし、それこそ、「それほどのもんでもないでしょ」ということになる。

 かくして、社内の知恵の輪は、そこで止まる。

 もっと深刻な場合、下手に見える化すれば、自分の失敗やミスが露見するきっかけになる可能性がある。万一そうなったら、冗談じゃない。だって、営業3課のハマちゃんの議事メモなんて、取っちゃったら大変なことになりますよね。そんなハマちゃんでも、時には、会社がびっくりするような大きな案件を取ってくる。だったら、それで良いじゃないか。それが現場主義の良さというものだ。

 業績が良ければ良いんでしょ・・・

 結局、そうなる。

 

2.封建諸侯

 

 同じ現象は、トップと現場の間ばかりでなく、役員レベルでも生じているのではないかと僕は思います。もちろん、IR上の責任、会社のルールその他もあって、自分が所管する事業のある程度の見える化は取り組んでおられます。でも、それ以上積極的に、社長に「見せて」得することって、あんまりない。

 古き良き日本企業の社長さんって、だいたい、各事業分野の代表たる封建諸侯が、業績を勘案しながら持ち回りで就任する、江戸幕府の老中のようなものだと思います。まあ、将軍がいないところが違うと言えば違いますが、各藩同士の相互不可侵をはじめ、似ているところがたくさんあるような気がします。

 行政の場合だと、少し違って、幹部候補は有力諸藩の藩主を持ち回りで経験した上で老中に就任するような感じですかね。でも、相互不可侵の分権的体制という意味では、あまり変わりはありません。

 結局、経営トップは、列藩の代表みたいなもんですから、各有力諸侯の内部にまで、そう簡単にはつっこめない。各藩の中では、自治が厳しく守られています。

 業種業態によっては、そもそも企業が一新興藩主であるような場合もあります。そういう場合は、藩内で見える化が徹底していることも多いでしょう。でも、特にITを使って経営革新というのであれば、やはり経営から見た現場の「見える化」からは逃れられない。各工場の中では「見える化」の徹底している製造業も、経営管理と工場現場の隔絶常態は、やはり、ぼちぼち直さないと、世界の競争に勝っていけない。そんな風になってきているのではないかと思います。

 いわば、我が国企業の幕藩体制からの開放。鎖国構造でも有力産品を開発し海外に売って来れた我が国企業が、近年の競争のグローバル化の中で、いよいよ立ちゆかなくなってきた。まさ企業構造・産業構造の開国が求められている。今までのような内向きに閉じた分権的体制を維持しているだけでは、世界的なバリューチェーンの再編・競争には勝ち抜けない。まずは、局所的でも良いから「見える化」から始める。これは大原則になりつつあるということだと思います。

 問題は、これをどこまで、どうやって徹底させるべきか。ということでしょうか。

 

3.「見える化」の基本 : トップと現場の取引関係 

 

  よくコックピット経営という言葉を耳にします。社長にとって必要な社内の状況が、一瞬にしてわかるような体制を作る。工場の操業状態、トラブルの有無、現在の財務状況、商品在庫の水準など、全てを社長室に直接吸い上げるような体制を作る。まあ、これはこれで、必要であればやればよいと思うんですよね。ITがあればこそ、可能になっている話だと思います。

 でもこれで喜ぶのは社長だけ。現場には何のインセンティブもない。社内のイントラだって、いきなり出てくるページが全社ベースの情報だったりしても、個々の社員には当然(?)関心がない。社長の欲しい情報は、社員個人の欲しい情報とほとんど関係ない。なんで、協力せなあかんねん・・・

 もちろん、社長命令だからやりなさい。そうすることは可能です。でも、最後は、自発的に情報が湧き出てくるように現場を追い込んでいかない限り、知恵の泉はすぐ枯れる。それを維持するための社長さんの努力は相当なものになってしまうはずです。

 現場とトップのWin−Winといえば麗しいですが、社長さんに欲しいトップページと、各社員が見て欲しいトップページを作り分ける、社員が情報を出すことについて別のインセンティブを考えるなど、現場の見える化を継続的に実現しようとすれば、何か工夫が必要ですよね。それが、まさに今、経営に求められている内部管理戦術の一つなんだと思います。

  これが、「見える化」の基本なんだと思いますが、僕は、あと2点。「見える化」の功罪と目的について、別の角度から指摘をしてみたいと思います。

 

4.「見える化」に対する新たな視点1 : 環境管理型権力

 

 江戸時代の封建諸侯は、確かに相互不可侵であり、各藩主には相当の自由度が残されています。しかし、領民の立場から見るとどうでしょうか。各藩士・郷士からみるとどうでしょうか。実際、幕末になって、藩主の箍がはずれた瞬間、彼らはものすごい勢いで創造性を発揮し始めたわけです。待ってましたとばかりに社会の大イノベーションが始まった。

 もちろん、これは平時ではないときの話です。年がら年中、幕末状態じゃあ、社会の方もやってられません。でも、もう少し両者を混ぜるような動きは作れないものでしょうか。

 現場を規律しようと思えば、タテ型の秩序を入れるのが基本です。大きなリソースを動かさなければならない事業となってくると、ウエーバーの官僚制論議サイモンの個の限界といった議論を待つまでもなく、中間管理職を置き、タテ型で規律をすることが、どうしても必要になってきます。いわゆる「官僚化」現象が進むのは、行政組織はもとより、民間の大組織でも同じです。人間の情報処理能力を補うものとして、官僚型組織を是認せざるをえない。

 基本的にはこういうことではないかと僕も思います。今企業に問われているのは、まさに、一個の情報処理システムとしての「企業経営」の進化。ヒト、モノ、カネといった要素のグローバルな市場からの調達が当然となりつつある中、企業にとって差別化の最大の武器となるのは、社内に眠る知恵・情報。だからこそ、「見える化」を進め、企業全体として知恵・情報を最大限生かせる組織になることが重要なんだと思います。

 しかし、個々の現場に眠る知恵や情報を活かすことと、タテ型の規律を取ることとの整合性がどうも、今ひとつ。上手くいかない。もう少し現場に好きなようにやらせることと、社内の秩序あるガバナンスということが両立しないものなのか。

 昔、情報経済課に在籍していた際、「情報技術と経営戦略会議」という会議をやらせていただいたことがあります。IT経営に優れた17人の経営者の方のお話を伺い、今に至る是顧客志向・全体最適・現場力といった流れを教えていただいたのですが(各経営者の方の発言を引いた詳細な報告はこちらです。)、その時意外だったことが一つあります。それは、報告には余りはっきり書きませんでしたが、約半数の経営者の方が、内部告発の話に言及されたことです。

 内部告発は、経営の進化を目指す企業であれば、一度は受けなければならぬ洗礼である。そう考えられる経営者の方が多かった。つまりタテ型でギリギリと規律するのを良しとしない変わりに、個々の現場が会社の外から見える化する状況を常態化してしまおう、という考え方です。そのためには、内部告発が湧出してくるのを押さえられないのは、通過儀礼として仕方がないと。それを押さえ込もうとすると、結局タテ型の規律を強くするしかなくなる。それは避けたい。そういう発想です。

 例えば、「悪いところには行きなさんな」と役員、部長、課長を通じて現場の課員一人一人に命じるよりも、課員の行動が外部の方から「見える」ような状況を作っておいた上で、「悪いところに行くのは望ましくない」という企業文化を徹底させる。その方が、結果として、社員が自らをきちんと律し、「悪いところ」に行かないということについても、良い結果が出るということだと思います。

 その一つの考え方のよすがとなるのが、東さんの言われる環境管理型権力という発想ではないかと思います。会社の業務命令という形で規範を内面化しなくても(例えば禁止事項を上からの業務命令で徹底しなくても)、ある文化や倫理観が浸透するの中で、自生的に秩序化の動きが起きる。外から中が見えてしまえば、ある程度、各現場も無茶苦茶はしなくなる。あとは、信号機だとか、道路標識だとか、企業の枠組みを超えてみんなが規範を守るために必要な道具だけを社会は用意すればよい。

 もし、こんなことが実現できれば、情報処理システムとしての企業は、内部のタテ割りに固執することなく、よりオープン化し、さらにその情報の生産性を上げていくような気がするんです。

 何となくですが、時代の方向性はこちらにあるような気がします。つまり、経営トップに対する「見える化」ではなく、そもそも、外部に対する「見える化」自体を志向してしまう。その方が結果として、内部でぐちゃぐちゃ言わなくても規律が効くし、現場の自由度も損なわない。

 これは、企業の経営にとっては、非常に大きな負担と責任を強いる作業です。また、その結果、どういう形で生産性がえられるのか、今のところ保証の限りではありません。また、厳密な意味での環境管理型権力とは、こんな風な中途半端な規律訓練型権力との妥協を意味しているわけではないとも思います。でも、この辺のハイブリッドに、一つのヒントがあるのではないでしょうか。

 

5.「見える化」に対する新たな視点2 : 業務プロセスの疎結合と柔軟化

 

 現場を「見える化」すると、次に考えることは何か。普通は、その成果の社内の共有です。現場を見える化すると、トップは嬉しいわけですが、当然、その成果は、横にもつないでいかねばならない。お互いが部署を超えて見える化する。いわゆるSCMやCRMといったことにも繋がっていくわけですね。

 ところが、この「共有化」段階を突き進めていくと、何が起きるか。情報をより厳密に部局を超えて活かそうとすればするほど、情報の書式の標準化、帳票類の標準化、業務手続きのルール化など、業務や情報に対する厳格な管理が進んでいきます。もちろん、それで生産性が上がるわけですから、それはそれで良いことです。

 問題は、そうやって厳密にくみ上げた社内や関係会社との部品情報共有DBやSCMのシステムが、外的環境の変化に対応出来なくなったときにどうするか。例えば、想定もしていなかったような取引相手と組めるようになった結果、今まで積み上げてきた業務のルールや帳票類を巡るルールなどを全部変えなくてはいけなくなる。全く新しい環境規制が入ったとき、全く新しい規制対応DBを今のシステムの中に突っ込まなくてはならなくなる。そんな事態が発生したときにどうするか、という問題です。

 もし取引先や情報の交換先が、全部自分のグループ会社で、経営のガバナンスが完璧に効く範囲であれば、そんな心配は無用です。業務はどんどん密結合してもらって、厳密に決めた業界内標準や企業内標準などをしっかり共有していけばよいと思います。しかし、このグローバルな競争の激化の時代、それで済むでしょうか。相手にもそれなりに主張がある。そんな企業と与していかなければならない局面も、今後どんどん増えてくるはずです。

 現状を見ると、我が国企業のIT投資で、この「柔軟化」の段階にまで経営課題を進めることが出来ている会社は、まだ、ほとんど無いという印象です。セブンイレブンをはじめとした流通業界にせよ、全国規模で統制の効いたシステムの構築を迫られている金融業界にせよ、どちらかといえば、しっかりとした品質の高い密結合した業務・システムを作ることが優先課題となってきているような気がする。これが我が国大企業に置けるIT投資のベストプラクティスに近い線だと思います。

 しかし、世界の優秀企業は、特にものづくりのような現業現場を持たなければ持たないほど、業務の柔軟化を進め、外部環境の変化に対応した柔軟な情報活用組織への脱皮を目指しているような気がします。ソフトウエア工学用語をお借りすれば、いわば業務自身のモジュール化とその疎結合の実現ですね。

 ところがここで一つ問題が浮上する。一部に誤解があるようですが、ソフトウエア工学的に言えば、モジュールの疎結合を進める上での本質は、隠蔽です。いわば、「見えない化」ですね。ある意味、「見える化」とは真っ向から対立する概念です。

注)疎結合については、正直なところ、Web上にも余り良い解説がありません。この本は、評判がよいようですね。SOAの話になってしまってますが、この「結合」に対する解説は比較的良いと思います。

 逆説的な説明をすると、僕のいる経済産業省をはじめ、きっと多くの企業で起きていることは、ある意味究極の疎結合。個人単位で業務が「モジュール化」されているということ。行き過ぎた疎結合によって出来上がる強くて見えない現場。それはそれで、×ですね〜。

 冗談はさておき、グローバルな競争の激化と市場環境の変化の速さを考えると、最終的には、「見える化」と「見えない化」はある程度バランスさせる必要が出てくるんだと思います。そう言う意味で、「見える化」万歳と単純に議論するのが言い訳では決してない。企業経営者と現場や現場同士がWin−Winの関係になるような中で、その目的を明確にしながら「見える化」ぶ取り組んでいくことが必要とうことなんでしょう。

 ただ、現状から言えば、全体的に、圧倒的な「見える化」不足。SOAなどという技術論に振り回されて、業務や情報自身の「見える化」をさぼっていると、最終的に技術としてのSOAが必要になる局面にもたどり着けない。そういうことなんだろうと思います。

 

5.分権的グローバリゼーション

 

 かように「見える化」は重要だと思うわけです。が、今日は最後に一言、そうだとしてもなお、「見える化」、「全体最適」でトップダウンを目指すことが、我々にとっての最終的なゴールなのでしょうか。話が右に行ったり、左に行ったりで恐縮ですが、そこは一つ、待ったをかけたい。

 欧米と同じことをしていても、最後は勝てない。70年代80年代の日本の強さだって、トヨタのカンバン方式から、赤尾先生のQFDなどをはじめ、日本に独自の現場の取組を打ち出してきたからこそ、競争力を持てたのではないか。CatchUp万歳では、日本は国際競争力を回復できないのではないか。そう考えると、日本流の分権型の全てが悪いわけでもないんだと思います。 

 現状を見れば、まずは「見える化」が必要だし、まだまだ「全体最適」志向が必要だとは思います。ですけれど、最終的には、トップダウン万歳、全体最適万歳ではなく、ある種の分権型グローバリゼーション、そんなようなものが目指せないか。 

 そのための戦術作りのヒントが、日本的な環境管理型権力の導入であったり、業務の疎結合化戦略にあったりするんだろうと思いますが、問題は、いずれの心配も、ある程度「見える化」が進んだ後での話。とりあえずは、「見える化」に邁進しているしかないということなんですが、そうこうしながら、日本流のベストプラクティスに取り組む現場を、早く探し当てて陽の光を当てたい。そんな気分であります。

 

       *      *      *

 

 今日はいきなり複雑なところに入ってしまいました。が、日本にiPodが作れるか、作れないのか、ということに絡んでも、オープンな経営管理の実現とものづくり現場の融合という視点から、今日のような考え方は、避けて通れない話だと思っています。

 前後のつながり、具体論とのつながりなど、ぼちぼちと、また書いていきたいと思います。

 

 

 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
運営事務局に問題を報告

最新ブログエントリー

個人情報保護方針
利用規約
訂正
広告について
運営会社