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グローバルなバリューチェーンの再構築 と 情報の生産性

2007/12/31 01:57
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プロフィール

村上敬亮

長年、官の立場からIT業界に携わり、政策の立案、実行をしてきた経済産業省 資源エネルギー庁の村上敬亮氏が、ITやエネルギー、様々な角度から、日本の発展のための課題や可能性について語ります。
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 前回は、Reference Kitをご紹介しながら、デジタル化が「ものづくり」を分解していく様子についてエントリを書いてみました。その最後の部分で、自分は、こう書かせていただきました。

 感覚的な物言いで恐縮ですが、デジタル化は「もの」を微少単位に分解する。それだけだったらまだ良いが、今度は、ネットワーク化がそれを横に組み直す。そうして、ものも、サービスも、そしておそらく産業構造も(?)、どんどん変わり始めている。おそらく、「情報の生産性」を起点としてバリューチェーンの組み替えを起こしていくんだろうと思う。個人的には、そんな風に感じています。

  ここでも書いているとおり、自分は、今後、IT化、デジタル化の流れとグローバルなバリューチェーンの再構築が、ますます切っても切れない関係を強めるのではないかと考えています。そこで、今回は、両者の関係について、更に突っ込んでみようと思います。

 具体的には、前回のエントリが、繊維や自動車の話を引き合いに出しながらミクロの視点からIT化・デジタル化現象を追いかけたものだとしますと、今回のエントリでは、IT化・デジタル化の流れをグローバルなバリューチェーンの再構築といったマクロの視点からみる論文をご紹介し、情報の生産性という議論について、少し触れてみたいと思います。

 

1.グローバルなバリューチェーンの5つの形態

 

 米国のMITとDuke大学の先生(John Humphrey, Gary Gereffi) が書かれた、"The governance of global value chains"という論文があります。最近は、この議論に関連して、Global Value Chains Initiative というサイトも立ち上がったようです。内容に更にご関心を持った場合は、このサイトの中のConcept and Toolsのページ(英語)をご覧ください。この論文のエッセンスのプレゼンペーパがWebにあがっています。以下は、そこから拾ってきた図です。

 著者は、「Global Value Chains がダイナミックに分化しつつあり、その代表的な形態を次の5つのように分けることができる」と主張しています。

 

  従来から伝統的に議論されてきているのは、左端のMarket型と右端のHierarchy型の二つです。ところが、グローバルな競争の激化の中で、両者の中間に多様な形態が生まれつつあるというのが、この論文の議論です。もう少し具体的に見ていきましょう。

 経済のグローバル化は、生産、流通、消費など様々な局面で、企業の活動そのものをグローバルなものに変えてきました。ある時は世界各国の消費動向、ある時は世界各国の雇用条件や治安などの社会動向、ある時は通関コストや税制といった社会制度など、様々な要因によって、企業はその生産・流通構造を柔軟に変えるようになってきてきます。論文は、fragmentationという言葉を好んで使いますが、まさに、今まで統合的に一つの企業や系列関係の中で作られていたプロセスが、状況や環境に応じてバラバラに砕けていくというイメージですね。

 例えば、自動車も、70年代〜80年代あたりは、日本国内で生産するか、消費地たる米国で生産するか、その現地生産比率などが大きな話題となっていました。そして、90年代前半には、左ハンドルのホンダNSX逆輸入車などが話題をまいたりするわけです。

 しかし、今では、当たり前のように、日米欧それぞれで完成品を生産し、また、場合によっては、事実上同じプラットフォームの車を中国で、アジアで、はたまた、南米やアフリカでも生産するようになりました。また、その生産形態も、現地法人、提携企業、合弁企業など様々。従来は、国内の工場をフル稼働して輸出していた自動車産業も、今や、世界中で、かつ、様々な経営形態、事業管理形態の下、生産活動を行っているわけです。

 同様に、ソフトウエアの開発、保守・サービスは、インドをはじめ世界中で展開し24時間稼働するのが当たり前になっていますし、デジタル家電やIT機器の生産も、中国、韓国、台湾をはじめ、部品・完成品それぞれ、実に様々な形態・場所で行われています。

 この10年間で、世界の市場は、消費地の問題はもとより、優秀な人材の確保、ファブレス戦略の普及、戦略的な資本・事業提携関係の広がりなど、実に多様な形態の国際事業展開を生んできました。世界経済のグローバル展開は、まさに、国内の雇用が維持されるとか、されないとか、そういう単純な一つの次元だけでは割り切れない複雑な事態を生んでいます。

 

2.取引費用の理論とMarket型/Hierarchy型

 

 この変化をもう少し、理論っぽくみていきましょう。

 例えば、昔は、スイスやドイツで生産される精密な機械式時計のように自社で生産し世界の貿易市場で取引をするか(Market型)、かつての家電に典型的に見られたように部品から加工・流通まできっちり系列関係を築いて世界中の顧客にしっかりと製品を届けるか(Hierarchy型)、極端なことを言えば、この二者択一だったわけです。

 これは、経済学でいう取引費用という理論で簡単に説明することが出来ます。具体的には、市場から調達しよう思っても、なかなか該当の資材、部品が見つからない、若しくは調達するための手間暇が非常に高くつくなど、取引するための費用が高くつくようであれば、系列関係を安定的に築いて、系列企業内部の取引に取り込んでしまった方が合理的です。逆に、市場にたくさん必要な資材・部品等が溢れていて、その調達も容易といったように、取引費用が安くつくようであれば、無理に内製化したり系列化したりすると、逆に高くついてしまうおそれがある。こういう取引費用が安くつく場合は、市場取引に任せた方が合理的に済む。これが、Hierarchy型かMarket型かの二者択一の構図です。

 実際、必要となる部品やその加工技術も含めて生産ノウハウが製造を担う職能工に全面的に依存する場合は、なかなか、できあがった製品・部品を外部の市場から調達するのは困難です。したがって、必要な人材・資材をあらかじめ自社内部や系列関係に取り込むのが自然でしょう(Hierarchy型)。実際、従来の自動車や家電は、職能工を囲い込みラインを作り上げることに要点があり、かつては、典型的なHierarchy型を目指していたのだと思います。

 他方、複雑に展開する製造工程がない場合や非常に単純なノウハウや原材料の組み合わせで生産できる製品の場合は、無理に人材・資材を内製化すれば、逆に高くついてしまう懸念もあります。そういう場合は、市場での調達・販売に委ねる方が効率的でしょう(Market型)。例えば、食品加工業や基礎素材産業などは、原材料や資材は市場から自由に調達できますし、顧客も市場を通じて確保できますので、無理にその上流工程や下流工程を系列化したり、内製化したりする必要がありません。典型的なMarket型で十分効率的だったのだと思います。

 しかし、市場のグローバル化によって、消費地のグローバルな変動、消費地現地市場との関係、各国の制度の相違など、Hierarchy型を志向していた企業にとって、そう簡単に系列化や内製化ができない環境が増えてきました。現地生産への要請はどんどん強まりますし、グローバルな戦略的提携の推進、他方で取引先の絞り込みや現地化など、単純な系列管理を一層難しくするような要因が急速に増しています。これまで系列として強固な連鎖を保ってきたバリューチェーンが、実に様々な要因によって寸断されがちになっているのです。

 同時に、かつては単純に資材・機材を市場から調達し製造・加工を行っていた食品加工業や素材産業にも、食品の安全性などからくる生産履歴管理など生産販売一体型の戦略や、化学物質管理など環境規制などからくるより戦略的な事業提携の必要性など、そう簡単にMarket型とは言っていられない事態が発生しつつあります。

 

3.組織学習の理論/ネットワーク理論と、バリューチェーンの多様化

 

 こうした情勢変化を受けて、国際的な企業群は、国境をまたぎ、企業をまたいで、時にファブレス、時に事業提携、時に現地法人での生産、調達先の柔軟な取り込みなど、実に器用な事業展開を始めています。しかし、考えてみると、同じことは、かつてはそう簡単には出来ませんでした。消費地がグロバール化しても、バリューチェーンはそう簡単には変わらなかった。では、こうした要請に対して、この10年間、企業が急速に応えられるようになってきたのは何故でしょうか。それが、ITが媒介する組織的な学習能力や知識管理の進歩なんだろうと僕は思っています。

 職能工を育て、雇えるかどうかだけで、製品の品質・性能に差がついてしまう場合は、とにかくその職能工を独占することが鍵であり、事業形態にも多様性は余り期待できません。しかし、設計図はもとより、それを作るための製造装置、製造ノウハウ、品質管理、流通管理など、様々なノウハウが、特定の人材や機材に依存せずに移転可能となると、状況は変わってきます。

 何故なら、自社に人材や資材を取り込まなくても、それがあたかも自社にいるかのように戦略的に連携していくことが可能になるからです。加えて、設計情報や製造工程情報、流通・在庫管理情報などの情報がネットワークを介してリアルタイムに世界中を飛び回るとなれば、状況は更に変化するでしょう。内製化しなくても、内製化したかのように生産管理、在庫管理などが容易にできるようになるからです。更には、これらと暗黙知を含めた人材育成プロセスとが有機的にかみ合ってくれば、その生産ネットワークは、系列企業下にあろうとなかろうと、世界規模でとてもつもない競争力を身につけるようになります。

 こうした事業展開は、何も、自動車やデジタル家電、半導体などのハイテク製品に限りません。最先端の食品加工業は、今や生産履歴から流通生産までITによって常時管理するため、グローバルに最適な取引構造の構築を目指していますし、繊維産業のバリューチェーンも、中国を生産拠点としつつも、そのデザインから市場化までの流れの中では、実にいろいろな情報を組み合わせ、トータルに競争力のある製作プロセス作りが志向されています。

 今回ご紹介した論文では、従来からの取引費用の理論に、このように組織学習/ネットワーク理論を重ね合わせることで、従来の2つの産業組織類型の多様化と、合計5つの類型への多様化のプロセスを、整理しようとしているわけです。

 

4.グローバルなバイヤー 

     

 さて、この論文が、もう一つキーファクターとして重要視しているのが、グローバルなバイヤー(世界的な小売業者や有名ブランドメーカー)の動向です。これまで見てきたように、生産・流通工程は、市場のグローバル化にあわせて、どんどん多様な形態に展開してしまうわけですが、こうしたバラバラな傾向とは逆に、集約の方向性で影響を与えるのが、このグローバルなバイヤーの動向です。

 例えば、家電であれば、今や有名小売店の仕入れにどの程度食い込めるかが全体の売上に大きな影響を与えいますし、ましてやその他一般の工業製品ともなれば、有名完成品メーカーや流通店頭にどれだけ扱ってもらえるかが大きな勝負になってきます。自動車のような成熟市場では、特定のバイヤーというよりは、批評媒体・宣伝媒体が事実上グローバル・バイヤーの代わりをするのかもしれませんが、そこでも、彼らの発言・動向は、市場全体に大きな影響力を持ちます。

 また、全く別の例では、食品をとっても、マクドナルドをはじめとしたファーストフードの市場動向は、世界のジャガイモの生産・流通に決定的な影響力を与えていますし、時計、陶器といった嗜好性の強いた生活用品の世界ではブランドメーカーの動向が市場全体を大きく左右しています。

 こうしたグローバルなバイヤーの動向は、製品の売上動向ばかりでなく、最終的には、企画・研究開発そのものにも大きな影響力を持つようなります。IT化によって市場動向がリアルタイムに伝わるようになればなるほど、その影響力はますます強まります。その中で、今回のエントリでは詳細に触れませんが、「相互運用性」や「標準」といったキーワードが、更にまた大きなインパクトを持つようになるのでしょう。

 グローバル・バイヤーが、個々の製品にどういうスペックを要求するか。互換性・相互運用性などのレベルで、どの程度の期待値を需要側の市場にプリセットするか。もちろん、最終的にはグローバル・バイヤーとグローバル・サプライヤーの間のネゴシエーションや影響力の行使のしあいの中で、全体の相場が決まっていくわけですが、その形態からも、グローバルなバリューチェーンの展開が様々な形に姿を変えていくわけです。

 

5.情報の生産性

 

 さて、こうした多様なバリューチェーンの展開が、Market型でも、Hierarchy型でも、いずれでもない産業組織形態の展開を生み出す実行の鍵は一体なんでしょうか。それは、「非・価格情報」にある。そういう表現できるのではないかと、僕は考えています。

 自社内に全てを取り込むか、市場を通じて取引をするかというテーマは、結局は、価格をシグナルとして低い情報処理コストで最適資源配分が出来るなら「Market型」で、それが無理なら、「Hierarchy型」になる。しかし、最近、それ以外の中間形態が生みだされてきているということは、まさに、価格には表せない、ユニークな非価格情報が、内製化・系列化しなくとも、市場機能全体の中で更に重要な役割を果たし、伝わるようになってきているということ。そういうことではないかと僕は感じています。

 言い換えれば、非価格情報を生産・蓄積・フィードバックする知恵とスピードが確保されるようになってきたことで、それを最大限活かすような組織形態が考えられるようになってきた。いわば、「情報の生産性」とでも呼ぶべきものが、今後、バリューチェーンの再編を巡る中心的な議論となってくるのではないでしょうか。

 ここでは、また、製品のデジタル化とはまた別の意味で、企業活動のIT化の在り方が問われてきます。

 こうした戦略的知識管理問題について、伝統的なIT投資論議は、よく、組織横断的なITの連携・共有のために標準化が重要であるとか、IT投資をする際にはシステムの導入だけではなく組織改革を伴うことが必要だといった論陣を張ります。しかし、ITを活かすために標準化や組織改革を語るというのは、僕は順番が違うと思う。大切なことは、目指すべきグローバルなバリューチェンの絵姿と、そのために必要な非・価格情報の生産・蓄積・フィードバックの在り方についてしっかりとした設計をすること。そのことがあった上で、それを実現するための手段として、人の育て方、組織の作り方、ITの使い方を考えていく、そういうことなんだと思います。標準化や組織改革は、その結果、必要となる場合がある必要条件の一つに過ぎない。

 当然ですが、したがって、ITの設計のことを情報システム部門や国内の生産現場だけに考えさせておいても限界が来る。大切なことは、非価格情報の生産・蓄積に着目しながら、取引関係のパターンの最適化を考えることであって、そこに戦略性がなければ、レントも獲得できない。これは、単にオープンとかクローズとかいう問題ではないのではないかと思うのです。

 生産工程も、商品設計も、どんどんデジタル化が進む。生産工程も、商品設計のノウハウも、デジタルによってどんどん極小単位まで分解されていく一方、広がる高速ネットワークと国際的な人・事業のつながりは、グローバルバイヤーの動きに応じて、柔軟にその組み方の絵姿を変えようとし始めている。更には、彼らの一部は、自らがグローバルバイヤー自身と相互に影響力を及ぼしあうことで、市場をロックインする術を身につけようとしている。だからこそ、そこで再び、ITの戦略的活用の仕方が問われている。

 日本は、まだ、そんな市場感覚が全く広がっていない。そう感じるのは僕だけでしょうか。でも、情報サービス産業が本当にソリューションビジネスを名乗るのなら、こうした戦略的なバリューチェーンの再構築の在り方をこそ、IT業界は議論していなければおかしいと、僕は思います。それをユーザ自身に考えろと言うなら、それは、ソフトウエア開発サービスではあっても、ソリューション提供サービスではない・・・。

     *     *     *

 市場のグローバル化は、マス媒体・営業活動と価格だけでは伝えられない生産工程や商品設計に関する重要な非・価格情報の活用法で、競争に差がつく市場を作り上げようとしています。そこで問われているのは、まさに、情報の生産性。IT化・デジタル化の進展によるグローバルなバリューチェーンの再編が、翻って再び、製造業・サービス業に対し広く、非・価格情報という形での情報の生産性を厳しく問い始めている、そんな気がするのです。

  別にだから、今の情報サービス業が、このままで良いとか悪いとか、そういう議論をしたいわけではありません。今一度、産業構造という視点から、ITの有り様を考えてみる必要があるのではないか。また、その必要性を、製品やサービス自体のIT化・デジタル化が加速度的に高めている、そういう構図を、まずはしっかりと共有していく必要があるのではないかと思っているのです。

 

 長く難解なエントリで、今年の幕を引くのも大変恐縮ですが、来年は、もう少し、わかりやすく、短く書けるように頑張ってみたいと思います。みなさん、良いお年をお過ごしくださいませ。

 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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