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    Reference Kit と「ものづくり信仰」

    2007-12-15 21:46:43

    プロフィール

    村上敬亮

    長年、官の立場からIT業界に携わり、政策の立案、実行をしてきた経済産業省 商務情報政策局の村上敬亮氏が、日本の情報産業がさらに発展していくための課題や可能性について語ります。
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     ぼちぼちと、「産業分野横断的なビジネス戦略に弱い日本企業」というサブテーマから、「iPod型か亀山型か」というテーマへと、話を移していきたいと思います。

     

    1.「顧客中心ではなく、製品中心に考えてしまう」ということ

     

     前回のエントリでは、熊澤さんのお力を借りて、「価値連鎖のマネジメントをどう再構築するか」という視点に、比較的ミクロな組織論から触れました。そうしたら、今度はちょうど、ミクロの組織論とは対局の観点から、この問題に、バサッと別の答えを出してくれる本に出会いました。今回は、その紹介から入りたいと思います。

     

     ご紹介するのは、T.レビットの「マーケティング論」(有賀裕子訳)です。T.レビットといえば、この世界では超有名なマーケティングの大家(06年に逝去)なわけですが、つい最近、25本の論考をまとめた和訳本が刊行されました。僕はご大層に「iPod問題」を唱えているわけですが、この本、最初のたった半ページで、この問題を切って捨てるような台詞が書いてある。久々に、がっかりしました(苦笑)。

     こういう切り出しから始まります。

     主要産業といわれるものなら、一度は「成長産業」だったことがある。いまは成長に沸いていても、衰退の兆候が顕著に認められる産業がある。・・・いずれの場合も、・・原因は、市場の飽和にあるのではない。経営に失敗したからである。

     そして最初に触れられているのが、鉄道会社のケースです。

     鉄道が衰退したのは、旅客と貨物輸送の需要が減ったためではない。それらの需要は依然として増え続けている。鉄道が危機に見舞われているのは、鉄道以外の手段(自動車、トラック、航空機、さらには電話)に顧客を奪われたからでもない。鉄道会社自体がそうした需要を満たすことを放棄したからなのだ。鉄道会社は自社の事業を、輸送事業ではなく、鉄道事業と考えたために、顧客を他に追いやってしまったのである。事業の定義を誤った理由は、輸送を目的と考えず、鉄道を目的と考えたことにある。顧客中心ではなく、製品中心に考えてしまったのだ。

     本の冒頭を飾るこの論考、"Marketing Myopia"(「マーケティング近視眼」)というマーケティングの世界では非常に有名な論文なんですが、最初に発表されたのは、なんと1960年です。昔から、課題は変わらないんですね(苦笑)。例えば、この表現を模して、「新・三種の神器」(DVD、デジカメ、フラットパネルTV)を中心としたデジタル家電を一つの産業と見るなら、さしずめ、10年後にこんな風に書かれているといったことなのでしょうか。

     日本のデジタル家電が衰退したのは、家庭におけるエンターテインメントや生活情報への需要が減ったためではない。それらの需要は依然として増え続けている。デジタル家電産業が危機に見舞われているのは、デジタル家電以外の手段(パソコン、携帯電話、さらには携帯ゲーム)に顧客を奪われたからでもない。デジタル家電会社自体がそうした需要を満たすことを放棄したからなのだ。デジタル家電会社は自社の事業を、エンタータインメント提供事業や生活情報提供事業ではなく、デジタル家電製造事業と考えたために、顧客を他に追いやってしまったのである。事業の定義を誤った理由は、エンターテインメントや生活情報提供を目的と考えず、デジタル家電を目的と考えたことにある。顧客中心ではなく、製品中心に考えてしまったのだ。 

     顧客中心ではなく、ものづくり自体を中心に考えてしまう。こうした誤りは、何も「iPod問題」に始まったわけではない。昔からよくありがちな経営戦略の問題、ということでしょうか。もちろん、テレビがなかなか姿を変えられず、DVDの世界がテレビ番組を中心とした録画媒体であるのは、メーカ自身のものづくり信仰が強すぎるからだけではありません。例えば、放送業界、広告業界など幅広い利害関係の連鎖の中で、現実の選択肢が限られているからといった側面もあります。しかし、現実は、なかなか厳しいものだと思います。

     次の図の右側は、家電量販店の店頭販売にしめる関連製品のシェアの推移です。これを見ると、実際、テレビは、既にPCに「顧客を追いやって」しまっている。まさに「家電」であるという事業の縛り自体が、戦略上の選択肢を狭めている。ものづくりが大切なことには異論はありませんが、その思想は、得てして家電そのものを目的にしてしまいやすい。「ものづくり信仰」が強くなりすぎると、「ものづくり」の強み=「家電」の強み、という定式にはまってしまいやすい。「帝国海軍とiPod」でも出てきましたが、戦略立案に現場が強い影響力を持つ日本型組織では、どうしてもこうした傾向が出やすいんだと思います。もちろん、製品のフレームそのものを変える戦略が必要だということは、みんな頭では分かっているんだと思います。でも、そのために何をすればいいのか、組織の側に知見がない。その悪い部分を避け、何とか戦略的に次の手を打つ環境を創るためには、まずは、今の「ものづくり」の弱みをこそ、トップと現場がともに熟知することが必要なのかもしれません。

     

     

    2.Reference Kitの衝撃

     

     左側の写真、この実物を最初に見せていただいたときに、僕は何となく、ショックを受けました。 「あ〜、これは、多少の努力じゃ駄目だなあ」と。まさにこれこそ、日本のものづくりの「弱み」になるのではないかと、直感的にそう感じたんです。

     このジュラルミンケース、中身は、PDAの歩く立体設計図です(写真は、少し古いものです)。蓋を開けると、デジタル家電を創るための配線図と部品が、ひょっこり顔を出します。要するに、これさえ持っていれば、あとは、必要な部品さえ調達できれば、デジタル家電は作れてしまう。作り方を隠しようがないわけです。そして、実際、これと同じようなものが、多くのデジタル家電についてアジアに出回っていることは、ほぼ疑う余地はないでしょう。

     今、日本政府は、技術流出の防止に躍起になっています。実際、ある他国では、日本の技術を巧妙に引き出しながら、他方で、同じことを第三国にやられるまいと、情報管理を非常に強化しています。国内に競合メーカが少なく政府による統制が効きやすいためか、我が国より実効的な流出防止策となっているようです。それはそれで大きな問題なんですが、しかし、技術流出の側面だけ見ていても、判断を間違えるような気がします。

     実際、iPodの作り方は、分解すればすぐ分かる。それでも、アップルの業績は良い訳です。無為に技術流出を促す必要はありませんが、問題の根っこは、戦略の問題であったり、優秀なエンジニアの処遇の問題であったり、それを支えきれない経営形態の問題だったりするわけですから、政府が技術の流出だけを躍起になって押さえても、市場の問題はどんどん先に進んでいってしまうのだと思います。

     

     どうしてこういうことになるのか。これは、「デジタル化」ということの一つの本質なんだと思います。「我が国は、ものづくりには強くても、システムや戦略の設計には弱い」。これは数十年来経営学者の間で言われてきたことですが、デジタル化によって、この問題が更に深刻化しています。「デジタルとデザイン」のエントリで若干触れましたが、デザイナーの深澤さんが、こういった表現をされています。

      繊維はまだ、レベルが低い時代のデジタルのようなものだと思うんです。非常に画像の悪いコンピューターディスプレイみたいなもので、そのレベルが繊細になればなるほどあらゆる表現が出来るようになる。どんどん細かくなって細胞レベルにまで到達すればあらゆる形に変化できるという意味で、デジタルなんです。デジタルなので自由に加工できるしプログラミングできるんです。そうなると今まで一定方向にしか変化しなかったものがいわゆるオーガニック・レベルで形を可変できる可能性がある。その細胞にもしマイクロプロセッサーやLSIのようなものを組み込めば、コンピュータのチップと繊維というのは、ほとんど近いところになるのかもしれません。

     上手い表現をされるなあと思ったのですが、まさに、デジタルということは、 「どんどん細かくなって細胞レベルにまで到達すればあらゆる形に変化できる」という特性を持っているんだと思います。ちょっと感覚的な連想ですが、例えば、次のような連想も出来るのではないでしょうか。

     自動車のダンパー一つとっても、コイルバネしかない時代は、乗り心地やサスペンションの踏ん張りの良さは、その加工・調整技術のみに依存する。でも、空気バネになり、その強さをソフトウエアによって随時設定出来るようになると、コイルバネの作成と調整に優れているだけでは、この分野で勝てなくなってしまう。そうこうしているうちに、乗り心地や踏ん張りの良さは、サスペンションだけではなく、操舵やエンジン出力などとトータルにコントロールされるようになってくる。4輪制御もエンジンの出力制御も同時にソフトウエア化を進めているわけですから、課題は、だんだん、トータルな車のソフトウエアの設計の問題になってくる。更に連想を進めれば、そのうち車は道路も含めたトータルな交通システムの一部に取り込まれてくる。今でも正面衝突を回避するための安全システムは実車に実装されていますし、研究開発レベルでは車線を認識して自動運転できるシステムも既に完成していますから、ジオミトリーの設定を交通システムの側でしてしまうという話は、何も夢物語というわけでもない。

     感覚的な物言いで恐縮ですが、デジタル化は「もの」を微少単位に分解する。それだけだったらまだ良いが、今度は、ネットワーク化がそれを横に組み直す。そうして、ものも、サービスも、そしておそらく産業構造も(?)、どんどん変わり始めている。おそらく、「情報の生産性」を起点としてバリューチェーンの組み替えを起こしていくんだろうと思う。個人的には、そんな風に感じています。

     僕がReference Kitを見て、「これは大変だ」と感じたのは、単に技術流出という問題ではなく、「こうやってものづくりのノウハウが分解されていくんだ」と感じたからなんでしょう。

     

     最後の部分に、ちょっと、乱暴なフレームを提示しましたが、次回以降は、もう少し丁寧に、ものづくりのデジタル化、その結果生じるオープン化ということについて、見ていきたいと思います。

     

    ※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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