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デジタルとデザイン 〜 iPodはHardware? Software? それともSenseware?

2007/10/26 23:07
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プロフィール

村上敬亮

長年、官の立場からIT業界に携わり、政策の立案、実行をしてきた経済産業省 資源エネルギー庁の村上敬亮氏が、ITやエネルギー、様々な角度から、日本の発展のための課題や可能性について語ります。
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 今回は、情報サービス産業話ではなく、iPodのお話に戻りたいと思います。

 初回の課題設定に従えば、今回は、「産業分野横断的なビジネス戦略に弱い日本。」の第一回目ということになります。ちょうど、昨日、このテーマを考えるヒントとなるような本を職場で紹介してもらいました。ちょっと直感的な内容のエントリとなって恐縮ですが、今回は、これを紹介したいと思います。TokyoFiber'07 ”SENSEWARE”という本です。

 今年の4月と6月、東京とパリでTokyoFiber'07という展示会が開かれました。このイベントは、ハイテクで成熟した知的繊維と、自動車やハイテク家電など日本の産業が強い分野における創造性とを縦横に交差させ、人間と繊維が織りなす独創的領域を構想するという試みです。百聞は一見に如かず。是非、ホームページだけでもご覧ください。こちらには、ディレクターの原さんご自身による解説があります。

 このイベントで積極的に紹介しているのは、人工繊維(=インテリジェント・ファイバー)です。従来の図式では、綿、麻、絹、羊毛といった天然繊維は高級、主として石油を減量に作られる人工繊維は、その「便利で安価な代替品」といったイメージであったのかもしれません。しかし、今の人工繊維は、違う価値を持ち始めていると、このイベントは強調します。では、何がどう違うのか。

 第一に、衣服素材としてだけでなく、人工心臓や人工血管、風力発電のプロペラや車・飛行機のボディなど、様々な強度や機能に対応する産業用資材として、人工繊維はハイテク化し、インテリジェント化しています。第二に、それは、衣服素材としても革新的な進化を遂げています。例えば、ストッキングの約5分の1の薄さである「スーパー・オーガンザ」は、「布」という概念を逸脱するほどの軽さ、そして透明感を携えた物質です。水を小さな水玉に換えてしまう「超撥水素材」や、温度に応じて色を変える「漢音変色素材」なども、これまでに経験したもののないものです。

 今回の展示会では、そうした次世代の人工繊維を使って、柔らかいボディの自動車、繊維のテレビ、空中に浮かぶ着衣など、新たな5感を提供するプロダクト提案を行っています。これらを目の前で見せて、SENSEWAREについて考えさせるのが、この催しの狙いのように感じました。

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 さて、この話が、何故、iPod問題とリンクするのか。ご紹介したいポイントは、二つあります。

 一つ目は、「デジタルとデザイン」ということです。

 この本の対談の中で、プロダクトデザイナーの深澤さんが、次のようにお話をされています。

 「繊維はまだ、レベルが低い時代のデジタルようなものだと思うんです。非常に画像の悪いコンピューターディスプレイみたいなもので、そのレベルが繊細になればなるほどあらゆる表現が出来るようになる。どんどん細かくなって細胞レベルにまで到達すればあらゆる形に変化できるという意味で、デジタルなんです。デジタルなので自由に加工できるしプログラミングできるんです。そうなると今まで一定方向にしか変化しなかったものがいわゆるオーガニック・レベルで形を可変できる可能性がある。その細胞にもしマイクロプロセッサーやLSIのようなものを組み込めば、コンピュータのチップと繊維というのは、ほとんど近いところになるのかもしれません。」

 僕は、この記述を見て、上手い表現をされるなあと思いました。
? どんどん細かくなって細胞レベルにまで到達すれば、あらゆる形に変化できるという意味で、デジタルだ。
? そうなると、今まで一定方向にしか進化しなかったものが、オーガニック・レベルで可変できる可能性がある。

 おそらく、デジタル化というのは、裏側から見ればこういうことではないか。これにネットワーク化というフェーズを重ね合わせれば、まさにこれがIT化ということなのではないか。そして、Walkmanの世界に起きた、iPodという現象も、こうした変化の延長線上にあったのではないでしょうか。

 例えば、もしも、Walkmanがアナログテープのままだったら、物理的なスイッチの形状、信号処理のチップ、それを前提とした小型化や軽量化のノウハウなどをはじめ、商品のかたちに大きな変化があったでしょうか。内部の部品の機能や性能は大きく変わる可能性があっても、プロダクトとしては、一定方向の志向性を持って市場で進化し続けたのではないでしょうか。その場合、横からiPodのような製品も出てこなかっただろうし、Walkmanが負けることもなかっただろうと思うんです。ちなみに、このセンスで言えば、MDは、デジタルでもアナログ的な世界観で作っていたのかもしれませんね。

 しかし、デジタルになった。プロダクトの枠組みを超えて、iTuneという外部のネットと連携した。アナログ時代の物理的・構造的な制約を取り払い、音楽という情報素材を新しい形に編集し、デザインし直してしまった。そして、直感的に、「使ってみたい」と思わせる何かを喚起した。

 では、こうした切り返しを可能にするのは何か。それが二つ目のご紹介ポイントである、SENSEWAREです。

 本プロジェクトのディレクターである原さんは、SENSEWAREのことを「人類をその気にさせる媒質」と書かれています。原さんのご説明の要点を拾うと、次のような感じです。

 例えば、白い紙。今でこそ白い紙は当たり前ですが、太古に遡れば、身の回りにはアースカラーしかなく、「白」は、骨や卵の殻といった生物の生死の際や、水しぶきや雪、花弁などのはかないものの周りにのみ偏在していました。しかし、紙の原料となる樹皮もそのものは生成色ですが、その繊維を叩解して水中人分散させ、すくい上げて天日に干すと真っ白な紙が出来る。ここに発見された「白」は、人の感覚に大いなる活性化をもたらしたはず。白は汚れやすくはかないものですが、その良さ故にとても尊いものに感じられます。また、白は膨大な成就を予感させる未発のときめきをたたえています。壊れやすい美しさとともにある繊維で真っ白な枚葉に、墨で黒々と文字や図を描く。そのコントラストの中に、人類史上最もめざましい感覚の覚醒があったはずです。 ・・・(中略)・・・ 紙は書写・印刷のメディアであると同時に、白さと張りで人類の感覚を創造へと駆り立てたSENSEWAREでもあるのです。

 これを読んで、僕は、iPodのあの操作ボタンをはじめとするUser Interfaceは、ここでいうSENSWARE的なものなのかもしれないと感じました。やや牽強付会かもしれませんが(苦笑)。
 また、すぐ思い出したのが、初代Macが採用したGUIのことです(Smalltalkをとりあげるべき?)。あれも、みんなが、「そうか、その手があったか・・・」。それまで、多くの人にとって、弾道計算をはじめまさに計算機として存在してきたコンピューターというものの意味が変わった。若しくは、電子計算機室に鎮座している大きなBigBlueの機械というイメージの何かが変わった。ユーザは、見てみて、少し使ってみただけで、Macintoshに、従来の電子計算機とは別の可能性を直感することができたのではないでしょうか。

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 初回のエントリで、自分は、日本の産業に見られがちな傾向として、こう表現させていただきました。
 「『製品』として縦に市場を区切られて品質競争に持ち込めれば圧倒的に強くても、横断的にビジネスを統合しデザインしていく戦略の部分ではなかなか勝てない。」

 今や、PCはもとより、自動車、家電あらゆる分野でデジタル化現象が浸透しつつあります。その結果、日本の産業の随所で、縦に発展してきたものが、急速にヨコ向きに変われる可能性を秘めてしまった。これは決して、繊維産業だけの問題でも、IT産業だけの問題でもありません。だからこそ、SENSEWAREとしての一撃の有無が、今後の我々にとって死活的に重要な課題になってくるんだと思います。

 日本の産業は、技術で一定方向の進化を加速させることには強い。でも、それだけをいくら追求しても、有機的な産業のヨコ連携は生じない。
? デジタルが、オーガニック・レベルで形を可変出来る可能性をもたらす、そのことに対する気づきが弱い。
? 仮に気付いたとしても、発信するものにSENEWARE性が弱いために、形を変えた新しいヨコの繋がりを築き、太くしていくことができない。
 この二つの課題の解決無くして、世界市場における新たな製品・サービスの主導権回復はあり得ない、iPod問題は、そう置き換えて表現することもできるような気がします。

 今や、市場競争の根幹は、個々のモジュールの品質・性能というよりも、それを取り囲む市場全体のアーキテクチャデザインに関する主導権の確保と、アーキ全体に対する信頼の確保にあることは、一部の人には、強く意識されているところです。しかし、新たにアーキを造り、次世代の市場を主導していくには、このSENSEWAREに対する圧倒的な市場支配力が必要です。

 デジタルの本質に気付き、SENSEWAREの発揮を促す。そのことに適した、会社のかたち、人材の育成などを急がないと、日本の産業のあちらこちらが、更に弱ることになるのではないか。また、厭でも既存の殻を突き抜けてしまいたくなるような「おもろい現場」を回復しないと、僕ら自身が、弱り、自信を失い、そして元気をなくしてしまうのではないか。そんな焦りが、個人的には非常に強くあります。お互いの欠点をたたき合って、飯の種を作ってる場合じゃないと思うんですよね・・・

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 さて、既に訳が分からないというご指摘を頂いているのに、極めて直感的な内容のエントリを書いてしまいました。申し訳ございません。ちょうど紹介された本に触発されてところだったので、ブログであるということもあり、今回はお許しください。まだ入り口的な内容ですので、次のエントリでは、同じテーマについて、もう少し、論理的に解説的な奴を書いてみたいと思います。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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