前項「未来の読み間違い」を書いていて、その間違う理由は「経験」であることに気がついた。たとえば、ソニーが薄型テレビ参入に遅れた理由は、フラットテレビである「ベガ」の成功体験にあるし、東芝がHD DVDに固執したのも、東芝自身の技術経験に基づいている。また、任天堂でもWiiというまったく新しい商品を売り出すにあたっては、おそらく社内の「経験」者たちの反対にあったことは想像に難くない。世界のどこにもない商品を説明することは難しい。日ごろ、ゲーム業界で働いている任天堂でもそうであろう。
宮本 ゲーム産業を例えると「大きな村」なんです。しかも、その村の中心、ゲーム産業のいちばん元気があるところにいたら、外の世界がなかなか見えなくなってしまう。中心にいたらチヤホヤされたりするし、すぐ周りには熱狂的な人もいるし。でも、数年前から任天堂が「中心から少し外れましたよね」って世間から言われるようになって…。でも、そのことは逆にゲームマーケットそのものが、実は世の中からずれてきているということに、早く気づくチャンスにもなったわけです。
─ なるほど。端っこに行かないと全体の世界は見渡せないですからね。
宮本 ずっと冷静に見ていて、それはゲーム業界がダメになってるとかではなくて、村社会を超えた、もっと広い世界の渦の中で、任天堂をどういう存在にしたらいいのかを考えるチャンスがいっぱいあったんです。それはよかったですね。そこで出した回答のひとつが「5歳から95歳まで楽しんでもらう」というキャッチフレーズだったわけです。もちろん、今のゲームを否定するわけではないんですが、「ゲームは難しいからやりたくない」という人が増えてるし、「ゲームは自分に関係ない」と考える人がものすごく多くなっているんですよね。
(中略)
─ DSのいい流れをWiiでも継承していくんですね。
宮本 そうですね。まったく同じではないですけど、そこにあっても邪魔にならない、どちらかというと、“そこにあったほうがいいモノ”になることがすごく大事なんです。かつてのゲーム機は、“そこにあったほうがいいモノ”という地位を獲得していたんですよ。それがいつのまにか、“なくてもいいモノ”にどんどんなっていって…。そういった問題についての議論をせずに、業界では「RPGの次にはシミュレーションがはやるのか?」とか、「ゲームの遊びのジャンルは何か?」とか、「誰がつくったのか?」ということばかりが話題になっていって、本来の娯楽としての根本を見失いつつあるんじゃないかと。だから、Wiiを開発するにあたっては、もう1回、「家の中に置きたい据え置き型ゲーム機って何なのか?」ということから、しっかり考えようと。そんな意外と素直な意見から、Wiiの開発が始まってるんですね。
(ニンドリドットコム宮本茂時雨殿でWiiを語る)
僕は、「ものづくりは人づくり」で『ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する 』(W・チャン・キム著/レネ・モボルニュ著/有賀 裕子翻訳/ランダムハウス講談社)の著者、W・チャン・キム氏の言葉を引用して、こんなことを書いた。
任天堂も(Wiiの前世代の)「ゲームキューブ」を発売したときは、ソニーやマイクロソフトとの激しい競争の中で、レッド・オーシャンにおぼれそうになっていた。任天堂を含むどの企業も、ゲーム機の主要な顧客を10代後半だと考え、この層を満足させるために、画像処理の性能など機能面で競争してきた。
任天堂は、「なぜもっとほかの層にゲームで遊んでもらえないのか」と自らを問い直した。複雑になりすぎたゲームではなく、もっと簡単で操作を覚えやすいゲームを作れないかと考えた。そこで、「Wiiリモコン」を開発。ゴルフやテニスなどの手の「動き」という新しい要素を「付け加える」ことで、新たな市場を創出した。
このことは何を意味するか。つまり、人と違った考え方をしろということだ。ソニーはかつてそれが得意だった。ところがいつの間にか、アメリカが追いついてきた。ポータブルオーディオ市場は、ウォークマンからipodへ、ゲーム市場はPS3からWiiへ流れた。消費者は目先の変わったものに流れてゆく。成功体験に酔っているうちに、抜き去られてしまう。かつて、ベガが好調なときに各社は薄型テレビに力を入れていたように。
私たちはどうしても、今乗っている流れの中から考える。一度、その流れから身を引いて、外から全体を眺めるのも必要だ。しかし、経験者たちはそれを拒否する。新たな経験が怖いのである。
それはなぜか。大企業ほど経験者が多いからである。多くの抵抗勢力を前に、いくら勇気をふるっても気持ちがなえてしまうのも十分理解できる。僕は、「イノベーションのジレンマとソニー」に書いた破壊的イノベーションの法則から。
1)企業は顧客と投資家に資源を依存している
顧客と投資家を満足させる投資パターンを持たない企業は生き残れないため、実質的に資金の配分を決めるのは顧客と投資家である。業績のすぐれた企業ほどこの傾向派が強く、すなわち、顧客が望まないアイデアを排除するシステムが整っている。その結果、このような企業にとって、顧客がその技術を求めるようになる前に、顧客が望まず利益率の低い破壊的技術に十分な投資をすることはきわめて難しい。そして、顧客が求めてからでは遅すぎる。
2)小規模な市場では大企業の成長ニーズを解決できない
破壊的技術は、新しい市場を生み出すのが通常である。このような新しい市場に早い時期に参入した企業には、参入の遅れた企業に対して、先駆者として大幅な優位を保てることが実証されている。しかし、こういった企業が成功し成長すると、将来大規模になるはずの新しい小規模な市場に参入することがしだいに難しくなってくる。
3) 存在しない市場は分析できない
投資のプロセスで、市場規模や収益率を数量化してからでなければ市場に参入できない企業は、破壊的技術に直面したときに、身動きがとれなくなるか、重大な間違いをおかす。データがないのに市場データを必要とし、収益もコストもわからないのに、財務予測にもとづいて判断をくだす。持続的技術に対応するために開発された計画とマーケティングの手法を、まったく異なる破壊的技術に適用することは、翼をつけた腕で羽ばたくようなものだ。
4)技術の供給は市場の需要と等しいとはかぎらない
競合する複数の製品の性能が市場の需要を超えると、顧客は、性能の差によって製品を選択しなくなる。製品選択の基準は、機能から信頼性へ、さらに利便性、価格へと進化することが多い。
(クレイトン・クリステンセン著/玉田 俊平太監修/ 伊豆原 弓翻訳「イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき」翔泳社))
大企業ほど、綿密に「未来を読む」必要がある。プロジェクトに莫大なコストと人を賭けるためである。しかし、経験者が多いため、新機軸の商品を作ることが難しい。動きが鈍くなり、より保守的になる。果たして、任天堂はいつまで巨大企業にならないでいられるだろうか。それともすでに巨大企業か?
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