最近、食の安全が問題となっている。古くは「雪印」「不二家」、最近では「白い恋人」「赤福」というように。今まで、これらのブランドは「安心・安全」のブランドだった。その「安心・安全」を揺るがすような事件が続発しているのである。そこには何があったのか。
そもそも「安心」と「安全」はどう違うのだろうか。そして、この二つの言葉をセットにしているのはなぜなのだろうか。帝塚山大学心理福祉学部の中谷内一也教授はその著「リスクのモノサシ―安全・安心生活はありうるか」 (NHKブックス)の中で
では、なぜ安全と安心がセットで追及されるのだろうか。それは、一方が現実の状態を表し、もう一方が心の状態を表す、別のことがらだからであり、それに加えて、両者は必ずしも連動していないからである。もし、災害が減少し世の中が安全なものになるにつれて、人々の不安も取り除かれ安心も高くなるのであれば、両者をセットにする必要などない。政府や企業は単に安全だけを高めれば人々の安心がついてくるはずである。しかし、実際にはそうは行かない。だからこそ、安全とは別に、安心も謳っているのである。政府や企業の立場では、安心という心の状態にアプローチできなければ、政策や商品への支持につながらず、安全を高めるだけで満足しているわけにはいかないのである。(中谷内一也「リスクのモノサシ」NHKブックス)
そして、中谷内教授は「安心・安全」な生活は出来ないと説く。
「安全・安心生活はありうるか」、いいかえれば(リスク情報によって)安全・安心生活を築くことはできるか。私の回答は、できない、となる。リスク情報は将来の安全を高めるのに貢献するが、現時点の不安を高めるものである。しかも、今後、さまざまな分野でリスクの考え方に基づいた政策が提案されるならば、いっそう不安のネタを作り出すことになる。(中谷内一也「リスクのモノサシ」NHKブックス)
この「リスク情報」とは、先にあげた食の安全をめぐる報道のことである。私たちは、これらの報道がなければ、これらの食品は安全だと信じきっていた。安全という事実がないのに、「安全に違いないと思い込むこと」これが「安心」である。したがって、安心に満ちた世界、これほど危険極まりない世界があるだろうか。たとえば、俺は酔わないからといって酒を飲んで運転するようなものである。一方、食の安全に関する報道は、人々の不安を増大する。不安の目で監視するから、その安全性が保たれるのだ。人間は「安心」だと思った瞬間から、そのことに関心をなくす。絶えず、不安を掻き立てなければ「安全」を監視できない。しかし、それでも、中谷内教授は「安心・安全」が両立する瞬間があるという。
たとえば、暴風雨によりどんどん河川の水位が上がり、これ以上降り続くと決壊するかもしれないという状況にいる住民は強い不安を感じるだろう。現実としての危険が心の状態としての不安をもたらしている。しかし、決壊を免れ、風雨が弱まって水位が下がりだすと、ほっと安心できるだろう。
(中略)人々が現実の脅威に直面していて、被害に遭う可能性が当人たちにとっては自明、という点である。安全であることが安心をもたらし、危険であることが不安をもたらすというのは当たり前のことのようであるが、それには、人々がすでに災害に直面していたり、被害が顕在化していたりすることが条件であるといえる。もし、すべてのケースにおいてこの条件が満たされていて、安全と安心が連動しているならば、政府も企業もひたすら安全だけをめざせばよい。(中谷内一也「リスクのモノサシ」NHKブックス)
言い換えれば、「安心」と「安全」が両立しない世の中こそが、日本が平和な証拠であり、人々が危険に直面している世の中(たとえば、戦乱・飢餓・貧困などで人々の生命が危険にさらされている国)こそが、「安心」と「安全」が両立する世界である。という、まことに皮肉なことになる。
ところで「安心」「安全」に使われる、「安」という言葉の語源をご存知だろうか。
「安(アン)」は、宀(家)と女との形合成で、女がやたらに出歩いたりせず家の中にいれば安全であるなどと解説するむきもあるようですが、古い字形では女の腰の部分に斜線が引かれていて、これは「保(ホ・赤子を背負う意)の字の子の腰に添えられたものと共通しています。
つまりこれは女性が赤子と同じようにおむつ様のものを腰にあてがっている姿と見ることができるわけで、特殊な生理的状況にある女性が家に独居して心身の安静を保っていることが示すのが「安」の字です。今日と違って、古代でメンスや産後の女性はけがれたものと考えられて独居したり、精神と肉体を安静にする必要に迫られたと考えられます。そのためにこの文字には「やすらかにする・しずかにする・おだやか」などの意味が生じ、「やすらか・やすい・やすんじる」の訓が定着したものです。
現今では「安価・安売り」のように値段の低廉なことにこの字を使用していますが、古くは「賤(やす)い」と書いたのが正しく、後に同訓のこの文字を当てて使うようになったもので、わが国独特の用法です。(遠藤哲夫著「漢字の知恵」講談社現代新書)
「精神と肉体を安静にする」とあるが、まさに「安心(精神=ブランド)」と「安全(肉体=食品)」は離反しやすく、安静に保つのは至難の業である。
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語源学は分かりませんが、我々が普通この文脈で「安心」というときは、せの生産者なり担当者なりのやりかたの全体を信用、信頼できる、という意味ではないでしょうか。「ナニナニのリスクは10^-5です。」といわれたときに、それなりのリスクはあるけれど、その値を大幅に越えることはない、と思えること、その言った人は、きっとご都合主義の胡散臭い計算はしていないだろう、まっとうな計算をしている、という、基本的な信頼感をおくことができること、これが一般的な意味での「安心」ではないかと思うのですが。リスクが計算され、分からないときよりも不安が増すというのは無茶に思います。