本屋を覗いても、テレビを見ていても、世の中は「面白」ブームである。本当に面白くても、それほど面白くなくても、頭に必ず「面白い」の文字がつく。でも、何で「面白い」という文字は、面(顔)が白いと書くのか。その語源を探ってみた。
この「面白」ブームは、実は文明の進歩と無縁ではない。ゆとりのない世界では、もっとも実用的で安い製品が要求される。ある程度経済的に豊かになると、他人とはちょっと違う「面白いもの」が望まれるという。この「面白い」という感覚は、非常に個人的な感覚だということがそこに伺える。「面白い」という言葉を英訳するときに、辞書に最初に出る文字は「interest」である。「inter」(間に)「est」(ある)というのが、その語源であるが、「面白い」という言葉も、「自分」と「物」や「人」との関係性にあることも大変興味深い。(天野祐吉「もつと面白い廣告」ちくま文庫)
「面白い」とは、「目の前(面前)がぱっと明るくなる」というのが語源である。「白くなる」というのは、顔に日がさして明るくなるという意味だ。つまり周りが明るくなれば、気分も陽気になるということからきているのだ。(杉本つとむ「現代語語源小辞典」開拓社)これから転じて、現代で「面白い」とは物や人に出会ったことにより、自分自身の心の中の疑問やもやもやが開放されて気持ちが晴れ晴れとなることを言う。(天野祐吉「広告の言葉」電通)しかし、僕自身はこの語源ではあまりに当たり前すぎて面白くない。
そこで、見つけたのは平田篤胤(江戸後期の国文学者)の説だ。それは、文字通り、顔から血の気が引いて白くなることからきたというのだ。血の気が引くとは、死ぬことである。そして「あな面白し」と言って、死者を祝福したという。死ぬことが面白いとは、これほどとんでもない話もない。(樋口清之「装と日本人」講談社)
話は、仏教や儒教思想が入ってくる以前の日本の古代にさかのぼる。その頃、人間は死んだ後、「常世(とこよ)」の国に行くと考えられていた。「常世」の国では、死者は現世(うつしよ)と同じように生活しており、「常世」で死ぬと現世に生まれてくると考えられていた。さらに「常世」にいるものは、時々魂の形で現世に帰ってきたり、「神」として現世のものたちを守護すると考えていた(谷川健一「常世論」講談社学術文庫)今、死後の世界というと暗いイメージがあるが、これは仏教や儒教で「地獄」の思想が入ってきたためである。この「常世」に行くことは、現世よりも一段高い「神の世界」に行くことであるから、祝福すべきことである。したがって、篤胤は「あな面白し」といって、死者を祝福したと考えたのである。
この「常世」の思想であるが、どんな世界であるかと言うと、「浦島太郎」伝説を思い出してもらうとわかりやすい。あの「竜宮」の世界がそれである。死者の世界のイメージは消えたが、時間を超越した世界だということは、「常世」という言葉でもよくわかる。(久野昭「葬送の倫理」紀伊國屋書店)古代人は「あな面白し」の中に「未知」への「恐れ」と「あこがれ」を含めたのではないだろうか。「常世」は古代人の抱いたスリルとファンタジーに満ちた「ユートピア」の世界なのである。現代で言えば「面白ランド」とでも言えるかもしれない。
「ディズニーランド」が面白いのは、日常世界(現世)から切り離されているためだという。しかもその世界では、あっという間に時間が過ぎ去ってしまう。つまり「面白い」とは、自分の持っている「日常感覚」とは、ちょっと違う未知の世界(面)を見た時の言葉なのだ。
「面白い」という言葉は、子供の時によく使う。それは彼らにとって現実世界があまりに未知にあふれているからだ。もし年をとってもこの「面白い」と感ずる未知への好奇心を失わない限り、人生は「面白さ」に満ちているに違いない。
追記
この(異文化文献録)のシリーズは、20年近く前にあるタブロイド紙で連載したコラムである。これは、僕の文章スタイルの原点でもある。引用文と地の文が明確でないし、ネット・メディアとはあまり関係ないと思われるかもしれない。だが、メディアは現代文化のひとつの様相であり、文献をつないで現代日本人を探る姿勢は変わらない。自分のデータベースとしては、このシリーズを載せないでは中途半端だと思っている。
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