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なぜフィンランドはケータイ大国になったのか

2003/10/20 15:28
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mori

マイクロソフトやマッキンゼーで情報通信分野の戦略立案に携わってきた森祐治さんが、通信・放送業界やエレクトロニクス産業に関連した時事的トピックスについて、アカデミックな視点から分析していきます(このブログの更新は2004年4月9日で終了しました。続きは<a href="http://japan.cnet.com/column/mori/">コラムによる連載</a>をご覧下さい)。
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前も書いたと思うが、今、携帯先進国フィンランドにおける携帯利用の社会学的考察を行った「The City In Your Pocket」の翻訳を数人で分担しながら進めている。翻訳そのものは大方終わり、現段階では日本との比較を書き下している。僕が担当してる部分は産業論で、フィンランドにおける携帯産業を考察している

現在、Feel Finlandなどのイベントキャンペーンを通して、フィンランドは日本での認知度を上げようとしているが、ちょっと前まではスウェーデンなどと同様に福祉国家というイメージくらいしかなく、その国情などについてほとんど知られていなかったといっていいだろう。だからこそ、今「なぜフィンランドが携帯大国になったのか」を知るのは、あまり知られていない国の事情を単なる好奇心というレベルで知るにも、また経営的・学術的な視点から異なる国でありながら日本と同じようなサービスが成立し、大きな産業になったことの異同を知るのも、興味深いのではないかと思っている

では、なぜ、フィンランドでは携帯産業が伸びたのか。結論から言ってしまえば、早くからモバイルとデジタルという点で先行したフィンランドの通信産業(行政、通信事業者、通信機器メーカ)が、EU統合と通信自由化、そして移動体通信の一般化の流れにうまく乗り、EUという一種の「半内部経済市場」に直接的に拡張することができたということだ

しかし、この説明では産業論としては十分かもしれないが、今ひとつ納得がいかない。なぜ、フィンランド携帯産業は先行しており、うまく時流に乗れたのかについて、わからないままだからだ。これに答えようとすると、産業論の範疇から逸脱することにはなるのだが。すなわち、なぜフィンランドの社会や文化が携帯電話というサービスを待ち望み、携帯文化なるものを自ら積極的に構築していったのか、を知らなければならないからだ

わかりやすい仮説として「フィンランドでは他国にも増して携帯電話が必要だった」ということが考えられる

「刺激しなくとも活性化する需要がそもそもある」ということは、商品の早期確立には必要不可欠な条件だ。彼の厳冬の地では長い冬の季節、人々は家に閉じ込められる。一方、夏ともなれば、数万とも言われる湖がある湖水地方の別荘にでかけることがあたりまえなのだ。また、産業では林業や漁業といった1次産業がかつては多く、それらの中心地は、別荘同様、受信も発信もできないという社会的コンタクトが不可能な場所ばかりだったのだ

もともとフィンランド人にとって季節的な移動や職業的な移動が一般的であり、固定電話では十分に需要に応えることができなかった可能性が高い。加えて、家屋に閉じ込められる時間が長い冬季には1家庭に1本という固定電話だけでは不十分なことも多かったに違いない。通信そのものの便益は十二分に理解できても、それが場所に縛られるという点で、不満が募ったのだろう

すなわち、最近の日本における商品開発で多く見られる、金持ちからゆっくりと普及するものに典型的な「あったら便利」といった「余剰ゆえの需要」ではなく、フィンランドにおける携帯電話への希求は根本的に「ないと不便」という「必須という需要」によるものではないかということだ(このあたりは、翻訳中の書や「絶え間ざる交信の時代」のフィンランド編などからも読み取れる)。つまりは「必要は発明の母」というやつだ

# 「あったら便利」という「余剰ゆえの需要」の場合、消費者を啓蒙する必要があり、そのために有効な手段として「テクノロジー・ドリブンではないR&Dの可能性」で明らかにしたように、メディアや口コミなどのコミュニケーションの流れにEarly Adopterを露出することでChange Agentとして活用するという方法があった。しかし、すでに需要自体が成熟した、「必須という需要」であれば、価格や利用可能エリアなどの純粋経済学的な変数のみで普及を議論することができるのではないか

フィンランドの移動体通信の歴史などは、この仮説を十分にサポートするものだと思うのだが

では、もうひとつの携帯大国である日本ではどうか。興味深い議論ができそうだ。どうもフィンランド同様「必須という需要」という理由ではなさそうな気もするが、これについてはまだ十分な考えができていないのも正直なところ。今後、何らかの考察を少しづつでも加えていきたいと思っている

また、携帯電話のアプリやサービスの中で「必須という需要」はまだ隠されていないか。あるいは、メディアやITの世界でも、「必須という需要」は掘り尽くされていないかどうかのリアリティチェックをすると面白いかもしれない

# 早稲田大学GITIのCOEセンター研究室にて

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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