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日本的な作法を大切にするデザインのミライ

2007/08/01 12:42
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松村太郎

携帯電話の機能進化が進む中、アーリーアダプター層がどのように携帯電話を使いこなし、生活がどう変わっていっているのかについて、携帯電話と社会のあり方について研究するSFC研究所の松村太郎さんが紹介します。
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INOKO toshiyuki & SAKAI naoki - Actface, KDDI Designing Studio #19 7月31日からスタートした原宿にあるKDDIデザイニングスタジオでの「ケータイがケータイし忘れていたもの 展」。入り口には「actface」、「ヒトカ」、「sorato」の3モデルが展示されていた。そして初日のイベントとして、「actface」2モデルがデザインしたTEAM☆LABの猪子寿之さんとau design projectに携わるコンセプターの坂井直樹さんによる1時間のトークセッションが開催された。今回のコンセプトモデルはユーザーインターフェイスにこだわった展示が展開されている。

 まずセッションに参加した猪子さん率いるTEAM☆LABがデザインした「actface」の2モデルからご紹介。

Play - Actface, KDDI Designing Studio #06 Rhythm - Actface, KDDI Designing Studio #07
Play - Actface, KDDI Designing Studio #06 Rhythm - Actface, KDDI Designing Studio #07

 左のモデルは「PLAY」。画面の中にアニメーションの街が再現されている様子が分かる。これが「普段の行為で成長するユーザーインターフェイス」なのだ。電話帳に登録されている人が街に住んでいる、と見立てて、日々のコミュニケーションによって街が変化することで、自分のケータイによるエクスペリエンスが可視化されていくという。

 仕事相手とばかり電話しているとビルだらけになったり、遊び相手ばかりだと森が茂ってきたり。恋人からのラブラブのメールが届けば街中にハートがあふれるし、不在着信が10件重なるとキャラクターが街を破壊して回る。使っているだけで、というよりは見ているだけで楽しいし、街でイベントを起こしたいが為に使いたくなってしまう。PLAYを使う他のユーザーとすれ違うとそのユーザーが来訪し、興味があればコンタクトを取れたり。

 一方右のモデルは「RHYTHM」。この端末が持つリズムとは、水墨画や書が書かれるときのリズミカルさのこと。普段の何気ないボタン操作に応じて、ディスプレイに次々に3Dの水墨画の線が現れる。これがまた美しい。ちょうどVJのようなインタラクションが起き、操作することがコンテンツと化すような感覚。ちなみにこの3Dの毛筆の線は、きちんとアルゴリズムが組まれて生成されているそうだ。

画面だらけにしたいけれど

INOKO toshiyuki & SAKAI naoki - Actface, KDDI Designing Studio #14 「actface」をデザインするに当たって、猪子さんは「画面だらけの光あふれるデザインにしたかった」と語る。それを象徴するように、折りたたみ型のケータイを開くと、通常のディスプレイ部に加えてボタン部分に至るまでディスプレイが仕込まれている。しかしボタン部分は完全なタッチパネルではなく、ボタンとしての突起を残すデザインを採用している。iPhoneのようにタッチパネル形式を取っていないのにも、猪子さんなりの理由があった。

 「タッチパネルには目視が必要」(猪子さん)というように、タッチパネルには突起がなく、平らな部分をボタンとして認識する必要がある。iPhoneこそ指で操作することが前提になって、今までとは違う操作方法も提案されたが、日本のケータイユーザーが通話キーやダイアルキーをブラインドタッチして使うことは出来そうにない。「配置を覚えている身体性を大切にしたい」(猪子さん)ために、電話らしいボタンを残したという。

茶道とマリオの不思議な関係

INOKO toshiyuki & SAKAI naoki - Actface, KDDI Designing Studio #17 「ケータイはクルマのように、操作することを楽しむようには出来ていない」猪子さんはそう話す。これと比較するようにして日本の茶道や剣道、そしてファミコンのマリオの話題になった。日本の茶道は、西洋や中国のそれとは違い、「おいしくお茶を飲むことではなく、茶道の作法をトレースすることに重きを置いて楽しまれている」(猪子さん)と指摘する。

 剣道も後ろから斬りつけるのはタブーだが、そもそも何のための剣術だったかを考えると、茶道のそれと共通点が見つかる。またマリオ好きの猪子さんらしい意見なのだが「本当はピーチ姫を助けるためにマリオを操作して冒険していくが、だんだんマリオを操作することそのものが楽しくなってくる」という。これらは、「日本にある、本来の目的を忘れた作法である」とまとめることが出来る。

 「actface」には、日本の本来の目的を忘れた作法と、西洋の合理性を共存させたユーザーインターフェイスデザインが展開されている。

 例えばPLAYで言えば、不在着信10回でキャラクターによって街が破壊されてしまうが、それが見たくて友人にせがんで不在着信を10回してもらったり、3Dの水墨画を見たいがためにケータイに沢山の文字入力をしてみたり。そんな触ることが楽しいケータイが、今回の「actface」が提案しているユーザーインターフェイスなのだ。

 目的を忘れて操作に熱中する、「(もう言われているかも知れないけれど)日本人って変態だな、と世界に言われたい」(猪子さん)、新しいユーザーインターフェイスは、日本人らしさ、日本文化らしさが存分に注ぎ込まれたデザインだったのである。

プロダクトの価値が減り、アプリケーションによる発展へ

 セッションの中で日本は作法を楽しみ、西洋は合理性を求める、という話題が出ていた。僕はクルマ好きでもある。日本と欧州の自動車を比べてみると、はたしてそれが当てはまるだろうか、とふと考えてしまった。

 少なくとも現在の日本のクルマには面白さがない。例えばオートマティックのトランスミッション。誰にでも運転は簡単になるが、クルマを操る楽しみは大幅に減ってしまう。別にマニュアルだから良いというわけではない。欧州のクルマも、クラッチがない2ペダルのマニュアルミッションが積極的に採用されていて、合理的に作法を楽しむというアプローチが試されたりしている。日本は、作法を楽しみながら合理性を追求できるだろうか?

 今回のTEAM☆LABが提案した「actface」は、操る楽しみから機能的な合理性を求めたプロダクトへケータイを進化させる布石になっている。この次の局面を、猪子さんはこう見ている。「テクノロジの進化、デザインケータイ、その次はユーザーインターフェイスの進化の局面。その次は、プロダクトの価値が減り、そのものが変化する事がデザインになる」(猪子さん)。

 人がケータイを使うことそのものがコンテンツになり、そのコンテンツと呼応してコミュニケーションが広がる。そんな場がケータイのミライなのではないだろうか。そのためのコンテンツを作り出すのはプロダクト以上にアプリケーションである。そのアプリケーションの姿とはいったいどのようなモノだろうか? 少なくとも、Second Lifeではないと思っていたが、「actface」を見て、その思いを強くした。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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