2002年10月、わたしは上院商業委員会の前で「ネットワーク中立性」について証言した(証言のなかで触れている記事はこちら。議会が「ネットワーク中立性」という用語を耳にしたのはこれが最初だと思っているが、メッセージはわれわれの多くが1998年ごろから「インターネットの”エンドツーエンド”原則を守る」として主張してきたものから続いている。
証言のあと、あるエコノミスト/ロビイストにこう尋ねられた。「ブロードバンドネットワークを所有する企業が、流れるコンテンツや利用できるアプリケーションに差別をつける恐れがあると本当に信じているのか? 結局、1. どの事業者も結果を恐れずにそんなことができるほどの市場力は持てないし、2. 仮にそこまでの市場支配力があったとしても、コンテンツ / アプリケーションに差を付けるインセンティブはどこある?」
このとき、「これが理論家というものか」と思ったのをおぼえている。かれらは人がどのように振る舞うかについて単純な理論を信じている。これとロビイストとしての多額の報酬が組み合わさると、だれかが理論から外れた行動をするなどとは想像もできなくなってしまう。
Pearl Jamの一部の反ブッシュ的歌詞を検閲したAT&Tのとてつもない愚かさは、どんな理論なら説明できるのかわたしには分からない。
とはいえ重要なのは:
(1) これこそ、e2e/ネットワーク中立性を支持するわれわれがほぼ10年に渡って警告してきた行為だ。問題はこうした分かりやすいやり方だけではない。もっと深刻なのは、コンテンツやイノベーションがAT&Tの利益となるような方向にさりげなく誘導するやり方だ。(2) これこそ、ケーブル回線企業がその誕生以来つづけてきたのとおなじ行為だ。ケーブル企業は、みずからが所有する回線を流れるコンテンツ/アプリケーションについては絶対の権利があるという文化を持っている。それがケーブルの普及に良い影響を与えたか否かにかかわらず、インターネットのイノベーションに対しては致命的だ。
(3) これこそ、携帯電話産業でアプリケーション分野のイノベーションをおこすコストを上昇させた環境だ。何人ものベンチャー投資家がわたしに説明してくれたように、携帯電話のアプリケーション(使い方)分野でのイノベーションは非常に難しい。どのようなイノベーションもまずネットワーク所有者の許しを得なければならないからだ。
ここでもケーブル業界と同様、結局はスティーブ・ジョブズが正しく、携帯電話産業にとってはそのほうが良いということも考えられる(わたしはそうは思わないが)。しかし携帯電話ネットワークの文化をインターネットに持ち込めば、回線所有者の利益を増やす一方でネットのイノベーションを損なうことになる。
AT&Tの「手違い」であったかどうかはともかく、今回の検閲事件はネットワーク中立性を支持する運動の攻め所のひとつとなるべきだ。政府がインターネットの約束を守るため(とうとう)なんらかの手を打つ気になるときまで、なんどでもこの事件を思い出させることにしよう。
