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CAREパッケージの復活

2006/12/18 12:00
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「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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このことについては長く考えすぎなのかもしれない。だが戦争のあと、ある国の人々から憎しみをなくすにはどうしたら良いのだろう。第二次大戦とは状況が大きく違うのは確かだ。だが興味深いことに、ドイツ人はこのことをたびたび話題にする。戦争の後、ドイツとアメリカの人々のあいだに(われわれの奇妙な言葉でいう)「友情」を再び築くため、米国が採った手段の巧みさについてだ。

実施された計画の一部は政府によるものであり(マーシャル・プランにはGDPの2%が費やされた)、一部は民間によるものだった。民間の分担の多くは「CAREパッケージ」の送付という形をとった。CAREのサイトにある説明によれば、送られたのはもともと米軍の日本侵攻に向けて準備された糧食パックの余剰品だった。このパッケージを戦争の犠牲者たちに送ろうと米国市民に向けた呼びかけがおこなわれ、当初は欧州へ、それから世界へ向け以後20年間に一億個以上が送られた。

今日の午後、ドイツ人の友人がこの話を語って聞かせてくれた。かれもまた、どうすればイラク人の怒りを和らげることができるかと頭を悩ませている。かれが強調して気付かせてくれたのは、この救援パッケージがアメリカの一般の人々から送られたものだと知ることが、ドイツ人にとっていかに大きな意味を持っていたかという点だ。国が国として支援物資を送るのではなく、アメリカ人の有志がそれぞれの時間を費やして支援を個人的なものにしていた。

現在のCAREはもはやCAREパッケージを採用しておらず、活動もまた当初の個人協力を中心としたモデルから大きく変化している。だが現代の戦争の被害者たちは、1945年の支援の再現をどう受けとるだろう。似たようなアイデアはニュージャージーの10歳の少年によって引き継がれている。だがもし米国の都市がイラクやアフガニスタン全土に姉妹都市を定め、個人によるボランティアが、われわれの親や祖父母が60年前におこなったことを引き継いだらどうだろう。

[オリジナルポスト 11月25日午前9時28分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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