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1980年代のチャットルーム

2006/05/11 06:16
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「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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初めてチャットルームを体験したのは1988年のことだ。トロントのあるグループが立ち上げていた“Free Access Network”,またはFANというネットワークで、インターネットではなく100やそこらの電話回線を使うダイヤルアップだったが、その名の通り、本当にフリーだった。

FANは最高だった。そこそこ色々なことを試してみたわが人生でも一番病みつきになったものかもしれない。あのころ15歳だったわれわれ――リサ、カレン、クエイドやみんな(オニールはいつも懐疑的だった)――は授業が終わるなり家に急ぎ、空き回線を掴もうと必死にFANを「ウォーダイヤル」したものだ。モデムのキャリア音にはパブロフの犬のような条件反射が身についてしまった。その音を思い浮かべただけでぞくぞくするような興奮を感じたほどだ。

余談になるが、作家でBoing-Boingのエディターとしても知られるCory DoctorowもFANにいた。Coryとわたしはおなじ小学校に通っていて、一度は一緒に短編映画作りに取り組んだこともあるのだが、高校以来は離ればなれになっていた。FANで最後にかれを見かけたのはロバート・ハインラインが亡くなったとき、1988年の5月8日のことだ。もちろんCoryは周囲に向かって、くだらない雑談は止めていま起きたことの重大さを考えるように呼びかけていた。再会するのは10年も経ってからだ。

FANについて。われわれを惹きつけたのは何だったのだろう。恋愛ごっこの楽しさがあったのも確かだ。15歳にとっては、なにかと面倒なデートに妨げられない魅力があった。だがわたしが惹かれたのはもっと別のこと――圧倒的な機会が広がっているという感覚だった。あの不思議な、思うままにグランドキャニオンを降ったり、ニューヨークの街角を歩き回ることだってできるような、何が見つかるか、何が起こるか分からないという感覚だ。あの単純なテキストには想像力を羽ばたかせる何かがあった。まるでBlack Rock Cityの砂のように。あれは何だったのか、いまも不思議に思う。

それが当時の、インターネットがアイデンティティという厄介からの脱出を約束していたころの感覚だ。あの頃のインターネットはたいてい、「リアル」あるいは「ミートスペース」から連れ出してくれるものだった。

ほぼ20年が経ったいま、あのころのビジョンはどこに行ってしまったのだろう。たしかに一部はまだ残っているし、特にSecond Lifeのような場所ではもっと洗練されているかもしれない。最近のバーチャルワールドは最盛期のFANよりもはるかに多いユーザを持ち、ずっと奥が深くなっている。だが変わったのは、インターネットの用途のほとんどがエスケープでも自己を変容するものでもなくなったことだ(eVITEへの返事を書くのが自己実現とでもいうなら別として)。ときどき少し残念に思う。電子メールにはもう1993年のようなスリルはなくなってしまった。あのころ「メールが届きました」といえばまるで燃える柴からのメッセージが届いたような気がしたものだ。

この長い間に何が起きたのかは興味深い。ネットワークの原則的なデザインが、結局はアプリケーションの力を上回ったのだ。これは目立たないが、ネットの統治について非常に大きな意味を持っている。

初期のインターネットの使い方はアイデンティティ変容を伴う逃避的なものが多かった。そしてそれが、ほとんどの問題は自己統治によって解決できるという強い感覚につながっていた(現在のSecond Lifeがそうであるように)。こうした認識はACLU対リノで示された最高裁の判決にさえ見ることができる。判事たちはインターネットをこう表現した「利用者には“サイバースペース”として知られ、地理的にはどこに存在するわけでもないが、誰でも利用できるユニークなメディア」。

だがインフラとしてのインターネット、基本的なプロトコルデザインそのものは決して自己統治を前提としたものでも、法からの自由を奨励するものでもなかった。そうではなく、単に多様性に対して寛容だっただけなのだ。それが時が経つにつれ現実側の複製、すなわち銀行、ebay、amazon、orbitzといった用途を呼び込んだ。現実世界から離れるのではなく向上させるためにデザインされたアプリケーションだ。それは法によるコントロールの強化を求める声を呼び、さらにはわれわれの本の題材にもつながっている:政府による介入の拡大であり、時としてやむを得ないものだが、良い効果も悪い効果ももたらす。

結論をいえば、ネットの創造者たちは、そうすることも可能だったかもしれないが、実際にはみずからを律するようにネットワークを設計したわけではないということだ。かれらはネットワークを何にでも、同時に多くのものにでもなれるように設計した。それが現在のネットの姿だ。

[オリジナルポスト 5月2日午後11時40分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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