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「議論」から一夜明けて

2005/11/22 05:27
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「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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活気のあるイベントだった、と聞かされた。どのようなイベントだったか、わたしは良い審判ではない。だが今朝のわたしは、この問題を巡るレトリックの誤りについてさらに確信を強くして目覚めた。そしてもちろん、明くる朝はいつも後悔の朝だ。

AAP(出版社協会)もAG(作家ギルド)も「フェアユース」の必要性は信じていると語った。もしそうなら、他者の作品を公正に利用することで利益を得る権利も認めているはずだ。そしてもしそうなら、他者の作品を公正な範囲内で利用するならばあらかじめ許可を取る必要がないことも認めているはずだ。それならば、問題はGoogle Book Searchがフェアユースであるかどうかになる。Googleはなんら間違ったことをしていないだけではなく、著者と出版社の立場からすれば特別に親切でもある――インデックスからのオプトアウトを認めている。

ただひとつの問いは、はたしてGoogleによる利用が「フェア」なのか否かだ。著作権法について少しでも知っていれば、簡単に答えが出る質問ではないことが分かるだろう。分別のある人々のあいだでも意見が分かれる問題だ。だがわたしがAAPおよびAGの立場に対して常に感じている苛立ちは、かれらの主張する「Googleの利用がフェアユースではない理由」に従えば、ほとんどすべての利用がフェアユースではなくなってしまうことだ。

たとえばNick Taylorの苦情は、Googleは他人の作品から利益を上げているというものだった。だがそれはフェアユースに該当するすべての商利用にいえることだ。もしTaylorの論法が正しければ、他人の文章を公正に引用した本で稼ぐこともできなくなってしまう。別の映画のクリップを公正な範囲内で使用した映画もだ。それは「フェアユース」の根本的な縮小となる。

あるいはAllan Adlerの訴えは、Googleがあらかじめ許可を得ていないというものだ。だがもちろん、フェアユースの範囲内で作品を利用するのに許可は必要ない。Adlerの理論が正しければ、これもまた「フェアユース」の大幅な縮小になる。

そして最後に、議論が実際の法に定められたフェアユースにもっとも近づいたとき、Googleの行為がフェアユースでない理由としてAdlerが持ち出したのは、「潜在的な市場」をGoogleが奪っているというものだった。その市場とは? 本を検索するインデックス作成のライセンスを売る市場だという。だが「潜在的」な市場などいつでも思いつくことができる。そしてまた、もしそれだけでフェアユースを否定するに足るのなら、「フェアユース」は根本的に縮小されることになる。

Adlerの最後の論点はこれまで気づかなかったことを認識させてくれた。この論争にはどちらの側にも「潜在的」という弁護がある。かれらいわくGoogleの行為は「フェアユース」ではない、なぜならその使い方をするためのライセンスを売る「潜在的」な市場を想像することができるから――現在そんな市場が存在していないだけでなく、ほんの二年前までは誰ひとり考えてすらいなかった市場だとしても。(ここぞとばかりにsearch inside bookを持ち出さないように。あれはGoogleのものとは別の機能だ。Googleは本をインデックスするが、中身を読ませるわけではない。)

われわれにもお気に入りの「潜在的」を使った弁護がある。著作権侵害でない用途に使用される「可能性のある」技術は、(使用者による侵害の)寄与責任を負うことはない、がそれだ。われわれはGroksterがそのような技術だと主張した。仮に侵害でない使われ方が実際には10%以下であったとしても。それでは十分ではない、というのが答えだった。

どちらも相手側の批判から学ぶものがあるだろう。もし市場を想像するだけでフェアユースを否定できるというのなら、デジタル時代には公正な、あるいは自由な利用などあり得ない。あらゆる利用がコピーであるが故に、あらゆる利用が著作権法に触れることになるからだ。そして市場を想像する能力には限界がない故に、あらゆることに事前の許可が必要になる。ソニーに対して持ち出されたのとおなじ論法だ――もし非侵害用途を思いつくだけで良いというのなら、二次的侵害などなくなるではないか。

われわれの側は、二次的侵害などありえないという結論で構わないと考えているようだ。またあちら側は、極めて限られたフェアユースしか存在しなくなるということに問題を感じていないように思える。

どちらの側も、この言論規制のシステムを規制する方法について根本的に考え直す必要があると示唆している。

[オリジナルポスト 11月18日午前8時19分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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