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集団に知はあるのか?

2005/07/21 05:58
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「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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[Cass SunsteinによるゲストBlog]

多数の素晴らしいコメントとメールにとりいそぎお礼を。なんとか吸収しようと頑張っているところだ。さて、これまで意見や評価を集約するいくつかの方法について議論を続けてきた:ハイエク的市場、集団討議、そしてwikiだ(オープンソースソフトウェアにもわずかながら言及した)。強調した点のひとつは集団による話し合いがもつ問題についてだった。似たような考えを持つ人間同士の討議は、一般に前より先鋭的な意見を生みがちだからだ。

James Surowieckiは愉快で啓発的な本 The Wisdom of Crowdsのなかで、もうひとつの意見集約の方法を大きく扱っている。大勢の人々に質問した平均を答えとするやり方だ。多くの状況で、この方法は魔法のようにうまくゆく。瓶に大量のゼリービーンズを詰め、何粒あるかと200人に聞いてみれば、答えの平均はおそらく気味が悪いほど正解に近いはずだ。大集団による答えの平均は往々にして正鵠を得ている。

Surowieckiはなぜこうなるのか説明していないが、答えはコンドルセの陪審定理(Condorcet Jury Theorem)にある。ある集団の成員ひとりひとりの正答率が平均して50%以上であるとき、答えの平均が正解である確率は集団の規模が大きくなるほど100%に近づいてゆく(この数学的背景は非常に単純なので、われら法律家ですらほとんど理解した気になれる。答えが二つに一つではない多数決の場合となるとそう簡単ではなくなり、この法律家には理解した気にさえなれないのだが、コンドルセの基本的な洞察はここでも有効であることが確かめられている)。コンドルセの発見が関わってくる行為は多岐に渡るが、ビジネス・法律・政治の世界で十分に活用されてきたとはいいがたい。

しかし、ここにも困った問題がある。成員それぞれの正答率が(平均して)50%を下回る場合、答えの平均が正解である確率は集団が大きくなればなるほどゼロに近づいてしまうのだ(シカゴ大学ロースクールの教授陣に対して、「ケンタッキーダービーに優勝した馬の体重」「『アンティゴネ』の総行数」「最高裁が州および連邦法を無効とした判例の数」を尋ねてみた。この集団の平均回答は最初の質問については極めて正確、二番目については非常に不正確で、三番目に至っては血の気が引くものだった)。コンドルセはこの点をはっきりと意識しており、成員の大半が偏見を持っていたり誤っていると思われるときは、集団平均の知に頼ることはできないと強調している。

集団の平均による答えは、集団の話し合いから生まれる答えより劣っている可能性が高いだろうか? 答えは一概にはいえない。討論が誤りを正す場合もたしかにある(特に「エウレカ!」な問題、ひとたび正解がでれば明らかに正しいと分かる場合はそうだ)。しかし討論グループは大して役に立たなかったり、話し合う前の平均より悪化することもある。

それでは、市場は集団平均より有効である可能性が高いといえるだろうか? もっとも単純な答えはイエスだ:参加者には正答する強いインセンティブがあり、何か得るものがなければそもそも参加することがない。

[Cass SunsteinによるゲストBlog一覧]

[オリジナルポスト 7月19日午前11時02分]

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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