お使いのブラウザは最新版ではありません。最新のブラウザでご覧ください。

CNET Japan ブログ

結婚と新しい選択(異性愛者むけ)

2005/06/12 05:25
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

プロフィール

lessig

「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
ブログ管理

最近のエントリー

[Ian AyresによるゲストBlog]

一年と少し前、マサチューセッツ州最高裁は2004年のGoodridge事件への判決で、同性カップルに結婚という新しい選択肢を認める歴史的判断を示した。この判決がもたらした論争(そして州憲法を修正する動き)については誰もが知るところだろう。関心の多くは同性カップルとその選択に集まっている:結婚するために他州からマサチューセッツを訪れるだろうか? 結婚したカップルは同性婚を認めようとしない地元の州に持ち込もうとするだろうか?

注目されていないのは、異性愛者カップルに提示された新たな、そして難しい選択だ:性的傾向に基づく差別をしない地域で結婚できるようになったいま、差別の残る州で結婚するのは異性愛者として道徳的といえるだろうか?

このジレンマを理解するには、異人種間結婚を禁じていた頃[〜1967年]のヴァージニア州に住んでいることを想像してみよう。もしあなたが同じ人種の誰かと結婚を望んでいたとしても、差別をしていない隣の州で結婚しようとは思わないだろうか。

今後は結婚を考えるすべての異性カップルがこの質問に向き合わねばならないだろう。マサチューセッツで結婚しても、かれらの新しい関係は地元州でも完全に認められる。異性愛者同士ならば、同性カップルのように1913年の忌まわしい"reverse evasion"法を楯に追い返されることもないだろう。[地元州で認められない結婚は認めない法律。異人種間結婚を妨害するために制定]

結婚の準備はそれだけでも十分に大変で、そのうえ長い距離を移動することなど非現実的というかもしれない。だが多くのカップルにとって、マサチューセッツはほんの少ししか離れていない。道一本を隔てているだけだったら? あるいは10マイル先だったら? どこかの時点で、平等について気にかけるカップルにとって足を伸ばさないのは恥ずかしいと思える距離になる。

さらにいえば、すでに昔からカップルたちは旅行先で結婚式を挙げてきた。たとえば景観のためにハワイで、あるいはキッチュ目当てにラスベガスで。いまや平等という別の価値観のために旅することもできる。Cape Cod やBerkshiresそしてBostonといった歴史ある土地にとって、結婚式と披露宴は魅力的な収入源となるだろう。州知事Mitt Romneyはマサチューセッツを「ゲイ結婚」のラスベガスにはしたくないと述べた。だが同性婚の合法化には、差別的な州を避ける「抵抗する異性愛者」たちを招き寄せることで、マサチューセッツを平等を支持するストレートカップルのラスベガスにする効果もある。

マサチューセッツ州の結婚の平等から生まれた選択は旅行計画だけではない。差別の残る州で結婚するカップルにも決められることがある。式の招待状のことを考えてみよう。ほとんどのLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)たちは異性愛者である友人の結婚に際してこの話題を持ち出そうとは考えもしないだろうが、祝福を求められているまさにその儀式から除外されていることに不安と痛みを感じても無理はない。一部の地域で同性婚が許されていることで、そうした痛みや怒りは和らげられると思うかもしれない。しかし差別のない場所で式を挙げることが容易にできるにも関わらず、差別的な州で結婚することを選んだという事実が、負の感情を余計に深くすることもあるだろう。

ゲイやレズビアンの友人への招待状には個人的なノートを添えるのはどうだろう。友人には結婚を許さない州や教会で結婚することの謝罪や、あるいは病身の親がいてマサチューセッツまで旅行できないといった説明も助けになるかもしれない。

カップルは式についてあらゆることを決める。たとえば祈りや祝福として、結婚を許されないゲイやレズビアンの恋人同士の愛情と献身を認め支持する言葉を含めることもできるだろう。

結婚するカップルは、いくらかの時間と金を変化のために寄付することもできる。ハネムーンをマサチューセッツで過ごすことで、結婚の平等をおおいに促した州に報いてはいかがだろう。招待客には結婚祝いの代わりに、マサチューセッツでの判決を勝ちとったfreedomtomarry.org Gay & Lesbian Advocates & Defendersへの寄付を求めることもできる。こうした団体はいまも結婚の平等のために戦いを続けている。新郎新婦が求めなくとも、招待された客がカップルの名誉のために進んで寄付してもよい。トースターやテーブルクロスを贈るにしても少しだけ小さなものを買い、残りを不当に結婚を禁じられている人々のために使うのは意義のあることだ。

聖職者たちにさえ選択はある。たとえば2003年には、コネティカットとマサチューセッツの12名ほどの聖職者たちが、同性カップルのあいだの結びつきが法的に認められるまでは異性カップルの結婚許可証にもサインしないと決断した。聖職者たちの意図は差別から利益を受けることを拒むのではなく、みずからの手で差別を助けることそのものを拒否することだった。別々の扱いを終わらせるには常にふたつの方法がある。同性カップルの結婚を許さない場所ではだれの結婚も認めないこともそのひとつだ。

今のところ、マサチューセッツ州のイノベーションはわたしたち全員になんらかの選択を与えている。同性愛者の権利を支持する人は、その性的傾向にかかわらず、かの州の進歩的な立場に報いたいと思うかもしれない。否定的なボイコットではなく、草の根の結婚「買いコット」をはじめるべきだ。2005年の夏はマサチューセッツを訪ねるちょうどよい季節だろう。

マサチューセッツというひとつの州が、性的傾向によらない結婚の権利という真にグローバルな公共の利益をもたらした。わたしたちはいま、ふさわしい反応を求められている。

Ian Ayres

[Ayres & BrownによるゲストBlog一覧]

[オリジナルポスト 6月6日午後2時39分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
運営事務局に問題を報告

最新ブログエントリー

個人情報保護方針
利用規約
訂正
広告について
運営会社