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Gay Like Me

2005/06/10 05:57
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lessig

「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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[Jennifer Gerarda BrownによるゲストBlog]

1995年にChicago Law Reviewに掲載された論文The Regulation of Social Meaning においてラリー・レッシグは、ある言葉や行為のもつ社会的に共有された意味合いを変化させる言語装置について議論している。そうした装置のひとつに「曖昧化」があるとレッシグは説明する:「ある行為が表す意味を規制する手段として、その意味がもつ負の効果を浸食する第二の意味を付け加える」。
Straightforwardでわたしたちは、異性愛者がみずからの性的傾向に関する曖昧さを許容するとき、曖昧化を用いてLGBT(ゲイ・レズビアン・バイセクシュアル・トランスジェンダー)への平等を奨励しているのだと論じている。

1959年、John Howard Griffin という名の白人男性が、アフリカ系アメリカ人の立場を知るために思い切った手段にでた:髪を剃り、化学的な手段で肌の色を変え、放浪する黒人男性を装って二ヶ月間南部を旅したのだ。Griffinがその人種偏見と憎悪の体験をまとめたBlack Like Meはベストセラーとなり、米国の白人の多くに人種差別の悪について目を開かせるきっかけとなった。文字通り同胞の身になることを通じて、Griffinはただ人種差別についてより深く理解できただけでなく、米国の黒人とのより強い連帯感を得ることになった。

今日の異性愛者は、ゲイ・レズビアン・バイセクシャルである同胞の視点を体験できる同じような機会を手にしている(Griffinほど劇的ではないとしても)。Griffinの方法をそのまま実行できる肌の染料や身体的な目印は存在しないが、ストレートの米国人が一時でも"Gay Like Me"を体験するために、言葉や選ばれた沈黙を用いることが考えられる。

曖昧化は長年に渡って、ゲイ・レズビアン・バイセクシャルが性的傾向を隠す際に使われてきた。しかし"カミングアウト"もまた曖昧化の効果を持ちうる。なぜならカムアウトした人々は、個人としてではなくカテゴリーとして見ようとする周囲の先入観にさらされることを余儀なくされるからだ。よってカミングアウトの過程は、複数の異なる意味合いを持たせるという本来の意味において曖昧化の効果をもつことができる。同性愛者による"coming out"が曖昧化でありうるなら、異性愛者による"going in"もまた曖昧化の効果を持つことが可能だろう。この異性愛者による"going in"にはさまざまな方法が考えられる:同性愛者か否か明確にしない状態を許容する; 異性のパートナーが配偶者であると知らせる機会を見送る; ゲイ・レズビアン・バイセクシャルへの支持を、自分は異性愛者であると前置きせずに表明するなど。Griffinが一時的にでも黒人としての身分を受け入れることでアフリカ系アメリカ人の公民権を後押したように、異性愛者もまたみずからの性的傾向についてより大きな曖昧さを許容することで、同性愛者の権利を奨励することができる。

この働きについてはレッシグの論文にある、デンマーク国王クリスティアン十世とダビデの星の例を考えるとよい。伝説では、ナチスがデンマークを侵略しユダヤ系デンマーク人に黄色いダビデの星を身につけるよう命じたとき、国王クリスティアン十世はみずからの衣装にダビデの星を付け加えたという。まもなくすべてのデンマーク人がダビデの星を身につけるようになり、ユダヤ人を識別しようとするナチスの試みを挫いたとされている。レッシグによれば:

ナチスはユダヤ人に黄色い星を身に付けるように要求した。星を身につけることは誰がユダヤ人で誰がそうでないかを巡る曖昧さを排除する特定の意味を持たされ、人種的憎悪の表現として機能することになる。するとナチスの人種差別に反発するデンマーク人がみずから星を身につけはじめた。これは星を身につけることの意味を曖昧化する行為だ。いまやダビデの星はその人物がユダヤ人であるか、あるいはユダヤ人を支援するデンマーク人であるかのどちらをも意味することになった。この行為はさらにデンマーク人とユダヤ人を結び、デンマーク人はユダヤ人を支持していると見なされるようになった。

差別に反対する異性愛者が現代版のダビデの星として利用できるシンボルはあるだろうか。同性愛者の権利を支持する団体は曖昧化の機会を活用している。National Coming Out Dayには、多くの人が同性愛者への支持を表すボタンやステッカーを身につける。たとえ一日であっても、さまざまな性的傾向の人々がみな同性愛者を意味するピンクの三角を身につけるとき、人々はあのデンマーク人とダビデの星の伝説を再現している。性的傾向はこの一日に限って曖昧化される。なぜなら、三角を身につけた人物がカムアウトしているのかLGBTとの連帯を表明しているのかは明らかでないからだ。そもそも違いは重要だろうか。

あるいはまた、ウィスコンシン州マディソンに住むわたしたちの友人の例を考えてみよう。レズビアンで、ここではサラと呼ぶことにする。心ない破壊者が彼女の家の窓を割り、フロントポーチに掲げてあった(gay prideを象徴する)虹の旗を焼いた。サラが隣人のひとりにこのことを話すと、異性愛者であるその隣人は通りのすべての家におなじ旗を掲げて支持と連帯を示すことを提案した。旗は破壊者たちにこう告げる:「ゲイを迫害したいって? ならばわれわれ全員が相手だ」。ダビデの星を身につけた非ユダヤ系デンマーク人のように、虹色のgay pride flagを掲げた家々は曖昧化による保護と支えを提供する。
Michaelもまたわたしたちの友人で、ただひとつのシンプルな行動によってかれのセクシュアリティは話題の種になった。1996年、米ロースクール協会は「ゲイ, レズビアン, バイセクシュアルコミュニティの法教師」とみずから認める教授たちの名を掲載したリストを刊行しはじめた。そして1998年、当時中西部のロースクールで助教授を務めていたMichaelの名前が初めてリストに現れる。反応はさまざまだった。驚き:「ガールフレンドがいたはずだけど」。政治的:「連帯を示す行動として名前を載せたのかもしれない」。ポストモダン:「Michaelはセクシュアルオリエンテーションというアーティフィシャルかつ抑圧的なカテゴリの転覆を企図しているのだ」。一部には見当外れもあるとはいえ、こうした反応は人々にリストの目的について、それが表すとされているグループに加わる資格について意識させるきっかけとなった。

Michaelがリストに名を載せた意図は謎のままだろう。(リストと彼の登場について話そうとしてもMichaelは答えてくれなかった。結局、そうした会話は非曖昧化になってしまうだろう。だからわたしたちはMichaelがだれかについて明かさないし、分析は仮説にすぎず、否定的に裁こうともしない)。もしMichaelが実際にゲイかバイセクシャルであれば、話はあらゆるゴシップや分析よりもずっと単純だ。しかしここで、かれが異性愛者だったと仮定してみよう。カムアウトではなくロースクール協会の「ゲイ, レズビアン, バイセクシュアルコミュニティの法教師」リストの社会的意味を変化させるため、自分はゲイ・レズビアン・バイセクシャルの法教授を含む(が限定されない)コミュニティの一員であると宣言して連帯を表明しようとしたと仮定しよう。そうした行為はリストのもつ意味を曖昧化するだけでなく、自発的な自己曖昧化でもある。

もっと良く知られている例には、リチャード・ギアは彼がゲイではないかという噂に対して、否定したり反論することさえ拒否していることが挙げられる。かれはこう言うだけだ:「否定することは同性愛者たちを軽視することにつながるだろう」。噂に対して否定の返答さえ拒むことで、ギアは自分が認め支持する人々のグループと彼自身を隔ててみせる誘いを拒絶している。

とはいえ、曖昧化にもリスクはある。この戦略が常にどこでも適切とは限らないという事実に注意を払うことは重要だ。ときにはLGBTグループや個人の目標と反対の効果を持つこともある。そうした落とし穴を避けるために、わたしたちは以下のような問いを自問してみることを提案する。

性的傾向を軽んじていないだろうか

曖昧化は、いたずらに同性愛を軽視しているように見えれば否定的に取られることもある。これは重大な問題であり、注意を払うべきだ。

わたしがゲイ・レズビアン・バイセクシャルだと考えることで、相手はわたしを否定的に評価するだろうか

曖昧化は対象が同性愛者に否定的と思われる場合にもっとも建設的となるだろう。そうした相手に対して、みずから蔑まれるカテゴリーに身を置いてみせるとき、LGBTを支持する異性愛者はそうした蔑みの理由となったさまざまな前提をふたたび問い直させる機会を作りだす。またそうした状況は、John Howard Griffinに倣ってゲイ・レズビアン・バイセクシャルにわずかなりとも共感する機会でもある。しかしその一方、もし対象がすでに十分に同性愛者に友好的あるいは中立で、曖昧化がなんの変わりももたらさないのであれば、それは単なるゲイとしての身分の偽称にしかならないかもしれない。議論のため、中西部のロースクール教授Michaelが異性愛者だったとしてみよう。かれの曖昧化は成功といえるだろうか。協会のリストはダビデの星ではない。リストに否定的な意味はない――協会がそれを作成しているのは掲載される多くの人々のためだ。抑圧された人々からなるグループに連帯を示すことはよいが、すでに受け入れられているグループに参加してみせるのは別の問題だ。

現在のやり取りや議論と性的傾向は無関係だろうか

曖昧化は性的傾向を伝える信号にノイズや歪みを持たせる。もしその対話にとって「本当の」性的傾向が重要であれば、曖昧化によるノイズは混乱を招いてしまう。反対にもし性的傾向の信号がゲイ・レズビアン・バイセクシャルを抑圧したり無力化するために用いられるならば、それに干渉することが善である場合もあるだろう。これについてはすでに双方の実例を取り上げている。ロースクール協会のリストにノイズを乗せるという意味では、Michaelの登場は実際にはリストの目的に反していたかもしれない。反対に、マディソンのSarahの家が荒らされgay pride flagが焼かれたとき、周囲の家がおなじ旗を掲げたのは、安全な生活を送れるか否かから性的傾向による差を除外する助けになったといえる。

自分自身の性的傾向のうちにあるかもしれない曖昧さについて考えられているだろうか

ストレートかゲイかによらず、わたしたちはみな同性愛に関して否定的なメッセージを受けとっている。曖昧化の過程や根拠がそうした否定的なメッセージについて考えたり時には解消することにつながるのであれば、その過程は建設的だといえる。だが多くの人にとって、そうした問題を自らに問うことは困難だ。曖昧化のひとつの鍵は、それが正直な真実であるべきことだ。みずからの同性愛傾向を否認し隠すことや、その行為が要求する欺瞞は多くのものを傷つけてきた。たとえ高貴な目標のためでも、欺瞞による解決は避けなければならない。

Lambda (LGBTへの偏見の問題に取り組む非営利団体)は是認するだろうか

軽視や自己顕示のための曖昧化はLGBTコミュニティに受け入れられにくい一方、真の内省に基づくもの、本来性的傾向とは無関係なはずの場面での問いに対して曖昧化を用いるものは是認されやすいだろう。ここに列挙している問いは、ある意味でコミュニティの抱く懸念の反映といえる。これを量るにはLambdaのような特定の組織を思い浮かべて、あなたの曖昧化の試みがどのような反応を受けるか想像してみることだ。

実際の曖昧化

最後に、もし問題がないとして、曖昧化は実際にはどのように行われるのだろうか。以下の一覧は、曖昧化の効果を生みだすためにできる行動についての助言の一部だ。ここに挙げた例はすべて実際に嘘を申告するのではなく、性的傾向について疑問のままにするものであることに注意。そうした質問へ解答しないことが許さるのであれば、性的傾向を問うことが適切なのはいつ・どのような場面かと人々が再考するきっかけになるかもしれない。

1. 「夫」や「父」のようなジェンダーを特定する語を避け、「連れ合い」や「親」のような言葉を使う。

2. gay pride flagを掲げたり、車にステッカーを貼る。

3. ピンクトライアングルのボタン(バッジ)やその他の同性愛者肯定のシンボルを身につける。「同性結婚賛成」とかかれたTシャツを着るだけでも強いメッセージを送り、考えのきっかけになりうる。

4. ゲイの人々やその立場について話すとき、自分自身の性的傾向をはっきりとは明らかにしないまま同性愛者を肯定する言い方を試す。たとえば、「われわれのなかでもゲイであれば、同性カップル家庭で子育てが行われることはないといった想定を不愉快に思うかもしれない」。特に聞き手に反同性愛的感情をもつ者がいた場合は、あなた自身を同性愛者と同列に並べるとも取れる発言には効果があるだろう。

5. 誰かがあなたの性的傾向を勘違いしていることを示す発言をしたとき、直ちに訂正する前に慎重に考えてみる。訂正がその人物のあなたへの評価を上げる場合でも、疎んじられているカテゴリーに留まった方が良い場合もあるかもしれない。

これらの例すべてに共通する大切な要素は、性的傾向が割り当てられておらず様々な可能性があるより広い側に身を置こうとすること、異性愛者の人々が相手をゲイ・レズビアン・バイセクシャルではないと識別するためにより長く深く考えるきっかけになることだ。

こうしたリスクを引き受ける意志をもった異性愛者を一定の臨界数以上に増やすことは、21世紀の同性愛者の権利運動の中心的課題のひとつたりうるだろう。

Jennifer Gerarda Brown

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[オリジナルポスト 6月4日午前4時30分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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