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2005/05/27 05:05
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「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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私の息子は想像力がある。二十カ月のいま、ぬいぐるみのボクサー(犬の)とプラスチックの蜘蛛が登場する遊びを一時間も続けている。蜘蛛は犬に乗ろうとし、犬は蜘蛛に鼻先を押しつける。その間じゅう、息子は弾けるような笑い声をあげている。

こうした想像は二十カ月より前に身に付くことになっているのか、あるいは後なのかは知らない。わたしは気にしない。子供の成長を見守るとき、何か新しいことができるようになるたびに、まるで危ぶんでいたかのように祝福するのは奇妙なものだ。もちろん、息子が想像の遊びで笑い声をあげられるか心配していたわけではない。歩くことや、「父ちゃん」と言えるようになることを疑っていなかったように。だが当然と思っていても、驚きは少しも損なわれはしない。その瞬間を見守るのはすばらしいことだ。それを耳にすることも。

耳にする――もちろん、わたしが体験したのはこちらだ。妻が先週わたしに教えてくれた。わたしはブルガリア、彼女はサンフランシスコで休む前に、最近ますます増えているiChatを通じた会話で。わたしは息子が犬と蜘蛛を演じさせて遊ぶ様を見てはいない。例によって旅先にいたからだ。今回は約一カ月間――オーストラリア、ドイツ、ブルガリア、ノルウェー、南アフリカで高速なブロードバンド回線に焦がれる一カ月だ。一年前の私なら、自分に趣味はないといっただろう。いまや私の唯一の趣味はiSightムービーを作ることだ。iChatから取り込んだクリップをつなぎ合わせた動画はときに可笑しく、ときにはぎくしゃくした効果のせいだけで美しく見える。

こういった旅の憂鬱はうまく表現できない。試みてこのBlogを汚すようなことはしない。あまりにも長いあいだ家族に会えずにいる――もちろん多くの人がそうだろう――と書くだけで十分だと思う。今日までの一年半で170夜をホテルで過ごし、30万マイルを移動した。今年はさらに増えるだろう。旅のほとんどはクリエイティブ・コモンズ関連だが、ただ私に会議やコンベンションや人の集まりで話すようにという依頼も多い。

今回の旅は主に代表としてのものだった。オーストラリアではイノベーションを主題にしたAlfred Deakin Lectureで講演した。また“Future Summit”でも話し、クリエイティブ・コモンズで活動する人々とも会った。ベルリンではBundeszentrale für politische Bildungで講演し、ドイツの若い学者とそのたまごに会った。またベルリン在住のiCommonsスタッフとも会えた。ブルガリアではクリエイティブ・コモンズ・ブルガリアの立ちあげがあり、日に三度の講演、ライセンスを移植した法律家たちとのミーティング、そしてCCを理解しようとするプレスとの会見だった。ノルウェーでは他のポストでコメントするレクチャーが、南アフリカではきっと素晴らしいものになるに違いないカンファレンスでCC-SAの立ち上げがある(カンファレンスの“コモンズ・センス”という名は、“Future of Ideas”として世に出た本に付けたいと思っていた題だ。[邦訳はコモンズ])。インドも訪れることになっていたのだが、行程の都合が難しくあまりに高くついてしまうため、5月末のメモリアル・デーに帰国することになった。ほぼ29日ぶりだ。

わたしはレクチャーを楽しんでいるし、目指すところを信じてもいる。わたしのスピーチを目にしたことがあれば、わたしがある種のスタイルを作ってきたことはご存じだろう。わたしは教師だ; あのスタイルはものごとを説明するためにデザインされたものだ。最近になってやっと、どうにか用を果たせているのではないかと思えるようになってきた。ようやく、ものを考える人ならだれでも理解できるようなやり方で自分の考えを説明できるようになり始めた気がしている。長い時間がかかったし、いまも思い出すのはなんとか説明しようと足掻いた最悪の体験ばかりだ。そうした記憶はまるで破ってしまった約束のようにわたしを悩ませる。もっと分かりやすくと背中を押すのはそうした記憶だ。どのスピーチも前回の経験の上に成り立っている。どのスピーチも前回に起きたことの影響で変化している。

得意というわけではない。わたしの考えはまだまだ明解ではないし、主張は不完全だ。話していて通じなかったときはいつでも分かる。心から上手くやれたと思いながら床に就けたのはこの5年間でただの一度だけだ。

だが優秀とは言えないまでも少しずつましになってゆくにつれ、興味深く時にはもどかしい現象が起こりはじめた。まず、わたしがそのレクチャーのためだけにスピーチを準備したということを信じてもらえなくなった。例えばメルボルンで起きたことだ。わたしは批判に異常に敏感なので、自分の講演について人がなんと言っているかテクノラティしない決まりにしている。ところがもっと自分を疑いなさいと誰かがこのリンクを送ってきた。わたしの「レトリック」と「使い回しスピーチ」に対するコメントだ。筆者は的確に、バランスと見識を備えつつ、Deakin lecturesのために特別のスピーチを準備したというわたしの失態について批評している。

実をいうと、この批評は肩の荷を降ろしてくれた。まず、わたしが話の内容を毎回変えているのは事実だ。同一のスピーチを繰り返すことへの恐れに取り憑かれているといっていい。おかげで一度完成させた講演内容をもっと意味が通りやすいように、伝わりやすいようにと組み直すために信じたくない時間を費やしてきた。メルボルンでもその他のすべての場所でもこれは真実だ。もちろんリミックスして使用する部分はいくつもある。大抵は一番上手くいった部分だ。だが何カ月かわたしについてまわったとしても、例えば、そう、John Edwardsに付いていった場合よりは退屈しないだろう。理由はわたしがEdwardsより優れた話し手だからではない(実際にそうだ)。

だがこの批評は、どのイベントでも毎回なにか新しいことや別のことを喋る義務があるかのように感じるのがいかに馬鹿げているか気付かせてくれた。わたしの人生は自ら課したばかげたルールに満ちている。それも後から考えてみればなぜそんなことを思いついたのか訳が分からないようなルールだ。これもまたそんなルールのひとつだといまやっと気付いた。わたしは一度に一万人の観衆に向かって話すわけでもないし、全国ネットのテレビ局でレクチャーしているわけでも、全国的な広告キャンペーンや政治運動のためにメッセージを伝えているわけでもないのだ。一体なぜ自分のスピーチが、例えば選挙の候補者の演説よりも毎回オリジナルでなければならないなどと考えたのだろう。受け入れてもらおうとする見方や考え方はある。だがなぜ毎回別の言葉をつかわなければならないのだ?

(この愚かさのもっとも良い例は、わたしの初めてFlash!化されたスピーチだ。2002年のOSCONでおこなった基調講演[日本語]で、OSCONのために用意した。Leonard LinがFlash版を作成したとき、これで二度と同じスピーチはできないぞと自分に言い聞かせたものだ。そしてその通りにしてきた。この伝え方が特に優れているからではないし、これ以上改良できないからでもない。そうではなく、反復すべからずというルールに取り憑かれていただけなのだ。ルールの起源はもはや窺いがたい。)

ベルリンでもまた独自の興味深い批判があった。質問者のひとり――友好的でメッセージを支持している――が、わたしの語りの「力強さ」を批判したのだ。質問者はわたしが「理解されるように」していることは評価しつつ、また自分の国の教授たちは論点を分かりにくくすることに注力しているようだと嘆きながら、主張をあまり雄弁にしすぎることに懸念を表した。「説得しすぎる」「巧言」ではないかという。友人の隣に座っていた女性は「プロパガンダ」と呼んだ。

これは目覚ましい批評だ。意見の対立ではなく、文化的なスタイルの違いからくる批判であるからだ。私のスピーチに応えてUCLAのPeter Baldwinが話したが、スタイルという点からは完璧なスピーチだった。論点を示しつつ、しかし必ずしもそれが彼の信念からくるわけではないと強調する; 中立を崩さずに大いに真実を伝える。講演のあとの質問セッションでこの点について直接議論できなかったのは残念だ。もちろん、この反応の原因は一部には私、一部には聴衆にある。わたしは後者についてぜひ理解したかった。後になって尋ねた相手は、「私たちはかつて雄弁に誘惑された。だから巧みな言葉をもはや信用しないのだ」といった。この言葉には虚を突かれたが、理由を説明しきれているのかは分からない。このことに関しては、許されていた時間で理解できたよりもはるかに多くの学ぶべきことがある。

とはいえ、この文章の目的は旅の様子を報告することではない。批評に答えることでもない。目的は今この場で、おおやけに、献身と価値観についての重要な決意を表明することだ。

わたしはこうした活動をもっと減らしたい。減らさねばならない。自分の息子をiSightのカメラ越しに見る笑顔ではなく抱いた感触や涙を通して知りたい。わたしのすばらしい妻からひとりで親業をする重荷を除きたい。TSAと呼ばれる丁重な人々のために靴を脱いでみせる必要のない一週間を過ごしたい。一杯の水を飲むために5$支払うべきか否か悩む必要のない夜がもっとほしい。

だからそうすることに決めた。二度としないわけではなく、より少なく――すでに引きうけた約束を足し合わせるだけでも十分に多忙になるだろう。(OSCONのスピーチでは、もう講演はやめると述べた。あれは言い方が間違っていた。わたしが意図していたのは、エルドレッド裁判の弁論に備えるあいだはやらないという意味だった。あのスピーチの時点では、リタイアを決意していたわけではない)。

しかしいま、他の場所にエネルギーを使わなければならないと決意した。われわれの運動は決定的に重要だ。そして世界中で――とくにブルガリアのような場所で――それが花開いてゆく様を目にするとき私が感じる喜びはきっと想像もできないだろう。さまざまな立場のすばらしい人々が、さらに他の人々にメッセージを広めてゆく。5年前のわたしには思いもよらなかったことであり、この運動がさらに広がってゆける理由だ。

だからこそ、多くの人々の手で、この運動はそれ自身で歩んでゆかなければならない。わたしの関与を、少なくとも個人としての私の関与をもっと減らす必要がある。それに協力できて幸せだ。わたしはいま応じる招待を厳しく制限しており、またこれまでに製作したプレゼンテーションのすべてを共有できる形にまとめる作業に取りかかっている。誰でも好きに使えるようにOurMediaに置くつもりだ。リミックス、リプレイ、批評してほしい。スライドと音声と同期するのも(録音が見つかった場合だが)、Flash!やそのフリーソフトウェア代替に移植するのもいい。メッセージをコピーするなり嘲笑するなり、なんとでも好きなように。わたし自身よりも他の人々の方がずっと上手くやれると信じている。手にとって改良、あるいはねじ曲げて改悪しよう。自由な文化にはその両方が必要だ。そしてわたしの関わりをもっと減らすことも。

たしかに疲労困憊の結果ではある。最初はもっと強い人間になることで対処しようとした。すると紛れもないホームシックがとって代わった。ここ30年ほど忘れていた感情だ。だがなんであろうと、何になろうと、われわれはみな大切な物事を尊重する線を引かねばならない。わたしが望むのは、息子と一緒にボクサー犬とどんな遊びができるのか探求することだ。

[オリジナルポスト 5月22日午前10時00分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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