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著作権を巡る議会の混乱は続く

2004/07/09 10:32
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「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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聞くところによると、ワシントンの規制屋たちはHollaar教授(計算機科学科)の最近の論文Sony Revisitedが大のお気に入りで、議会がInduce Actに夢中になっている責任の一端はそこにあるという。Hollaar教授は知的な人物だし、著作権法における二次的責任を扱った件の論文は調査の行き届いた興味深い考察だ。だがもし議会がこの論文でInduce Actを正当化できると考えているなら、そこには非常に根の深い誤解がある。この混乱には2つの原因が考えられるのではないかと思う。

(1) Hollaarは特許法における侵害「誘発」の責任理論について論じている。一部の議員には、Induce Actは単に特許法とおなじ考え方を著作権法に持ち込むだけだと思っている節がある。これは単純に間違いだ。Induce Actの適用範囲は、特許法で問題とされる特許侵害の誘発行為の範囲よりもはるかに広い。もし特許法における誘発の概念を著作権法に持ち込むこと「だけ」が議会の望みなら、法案を修正してはっきりとそう記すことができるはずだ。そうなれば、いま提案されている形のInduce Actよりも圧倒的に改善されるだろう――わたしの考え方からすれば正当化にはまだ遠いが、この法律がもたらす害を大幅に減らすことになる。

(2) Hollaarはビデオテープレコーダを合法としたソニー対ユニバーサルスタジオ事件に下された判決の目的と意味について論じている。かれの議論は技術的には十分正確であるものの(著作権は「ビジネスモデル」を守る権利だという考えは明らかな誤りとはいえ)、わたしの判断では、Hollaar教授およびInduce Actの支持者たちはソニー判例の意味をまったく取り違えている。

だれでも知っているように、ソニー対ユニバーサルスタジオで下された判断は、新技術に「著作権侵害以外の実質的な用途」に使える「可能性」があるなら、その技術のメーカーは著作権侵害の二次的責任を問われることはないというルールだ。

だが、最高裁がなぜこのようなルールを定めたのかという理由は誰も(すくなくともワシントンの誰も)理解していないようだ。最高裁が著作権侵害者の集まりで、著作権侵害を蔓延させたいと思っていたからではない。そうではなく、最高裁の判事たちは、ある技術が害を上まわる利益をもたらすかどうか判断するための複雑なバランスの問題に踏み込むことを避けようとしているのだ。法廷が述べるように、

大きな技術的イノベーションが著作権つきコンテンツの市場を変化させる場合には、常に議会の下す判断に従うという法廷の姿勢は、健全な方針としてもまた歴史的にも支持されてきた。議会には、そのような新技術が必然的に引き起こす対立する利害のさまざまな組み合わせを十全に調停する憲法上の権威と能力が与えられている。

これはただ著作権法だけについての見解ではない。これは三権の分立についての見解であり、著作権法が求める適切なバランスを「憲法に定められた範囲において」もっとも効率よく実現できるのは政府のどの部門かという意見だ。ソニー対ユニバーサルスタジオの判例が述べているのは、ある技術が違法行為にしか使えないものでない限り、その技術が規制されるべきか、またどのように規制されるべきかの決定は議会に委ねられているということだ。法廷ではなく、議会だ。

これが偉大なアイデアなのはなぜか? その理由は(共和党員には当たり前のはずだが)、新技術の経済的影響を判断する役目を果たすには、法廷は金も時間も食い過ぎるひどい存在だからだ。ソビエトで計画経済を仕切っていた官僚のようなものだ。技術革新を市場に送りだす前に、イノベータを何年も続く訴訟で生き埋めにするかわりに、ソニー事件のルールが定めたのは、「実質的な非-侵害用途にも使える可能性があるなら、技術革新に道を開くこと。そしてもし議会がより強い規制を望むなら、その技術がもたらす利益とコストを測るのは議会の仕事」。

権力の分立というこの上なく賢明な原則を無視することは、シリコンバレーに既に多大なコストを負わせている。例えばReplayTVだ。ビデオデッキのデジタル版といえるReplayTVはより効率的なだけでなく、ビデオデッキには不可能なことも実現していた。そしてソニー判決の原則(イノベーションが先、規制はあとから)の下では、法廷に妨げられることなく市場に参加できていたはずだった。だが実際に起きたことは正反対だ。コンテンツ保有企業がReplayTVを訴え、連邦裁判所に引き出されたReplayTVは長い長い期間を新技術の弁護に費やさねばならなかった。そして裁判に決着が付く前に、ReplayTVは実質的な破産を宣告されることになった。

著作権に影響を与えるあらゆる新技術がこうした未来を辿るべきだと、Hatch・Leahy両議員は本当に信じているのだろうか。未来のアップルはすべて連邦裁判所でイノベーションを弁護させられることになるのだろうか? 連邦裁判所の判事が良い技術を認定する全能の権威となり、テクノロジー企業は研究開発よりも法務部門により多くの予算を割くことを強いられるのだろうか?

業界団体のロビイストたちがこの法案について何を言おうとも、われわれが肝に銘ずるべきもっとも重要な事実がある:これは弁護士雇用法だ。テクノロジストは市場より前に法廷に立つことを強いられる。この法案は、著作権法におけるバランスを定める責任を議会から、選挙で選ばれたわけではない判事たちの手に移すものだ。

わたしと同類にとっては、まあ悪い話ではない。わたしは以前から、この問題には法廷が一定の役割を持つと考えている(著作権の範囲を制限する役割だ)。そして結局、わたしは弁護士を育てることで暮らしを立てている。だが既に過剰な規制に喘いでいるシリコンバレーにとって、これはワシントンの規制狂が棺に打ちこむもう一本の釘だ。

[オリジナルポスト 7月7日午後12時23分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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