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GNU GPLは違憲か

2004/01/23 12:51
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「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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憲法に関するDarl McBrideの空論への前回のコメントでは、SCOのFUDに繰り返し現れるある主張について触れないでおいた。それがあまりにも馬鹿げていたからだ。だが、SCOのネバーランドではそれがいつまでたっても跳ねまわっているようだから、その主張がなぜたわごとに過ぎないのか、数パラグラフほどで完全にはっきりさせておこう。

12月4日の公開書簡で「SCOは、GPLは合衆国憲法違反であると主張」した(が根拠は示さなかった)ように、McBrideは議会へあてた1月8日の手紙の中でも「GPLは……先年最高裁がエルドレッド裁判へ下した判決と……真っ向から矛盾するものであり…」と同じ主張をより間接的に繰り返している。さらに、それゆえ議会と政府はGPLがアメリカの著作権産業を「浸食しつづける」ことを許さぬようできる限りの手段を講じるべきである、とつづく。

しかし、この議論はカテゴリー・ミステイクを犯している。合衆国憲法が規制するものは政府であって個人ではない(個人に直接適用されると思われる修正13条を例外として)。たとえば、もしMcBrideがRichard Stallmanを監禁して発言を禁じたとしても、McBrideはRMSの「言論の自由」の権利を侵害しているわけではない。「言論の自由」を侵害することができるのは政府(もしくは政府の権威のもとに活動するもの)だけだ。同様に、もし仮にMcBrideがRMSのコンピュータを取り上げたとしても、それは憲法修正5条に違反する「接収」にはあたらない。窃盗にはなるだろうが、すべての窃盗が憲法違反というわけではない。

GNU GPLについてもおなじことだ。GNU GPLは著作権ライセンスだ。一個人の考案したものであり、政府が定めたものではない。契約条項を書くだけで個人が憲法違反など犯せるわけがない。この議論は憲法がどのように機能するかについて著者がなにも理解していないことを示している。

あるいは、McBrideが違憲だと主張しているのは「GNU GPLを法的に有効なライセンスとして執行すること」――なぜなら作品を“フリー”にすることが可能な著作権法は憲法の著作権条項と矛盾しているから――と考えることもできるかもしれない。これならば、前者と違い憲法違反の主張として一貫はしている。が、一貫しているだけでやはり誤りだ。このような主張は、議会は著作権をどのような財産権にでも定めることが許されているという伝統的な憲法解釈からの根本的な離脱となるだろう。著作権を主張しないという選択を議会が許しても、どこにも憲法上の問題はない。この伝統的解釈に反するSCOの主張によれば、著作権者がその権利の一部を主張しないことも許容する著作権法を制定した議会の行為こそ違憲だということになろう。

だがこれもまた、憲法のばかげた曲解にすぎない。それ以上に、これがEldredへの最高裁判決の解釈だというのはまったく何の根拠もない。もしEldred判決になにか意味があったとしたら、それは「憲法に明確に記されている制限の範囲内で、議会は著作権の権利をどのようにでも定めることができる」ということだ。憲法の著作権条項には、作品をプロプライエタリにすることを義務づける制限など存在していない。

SCOは失態に失態を重ねている。もしこれが持てるすべてなら、すぐに忘れられた存在になるだろう。

[オリジナルポスト 1月22日午後3時43分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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