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itojunさんの訃報に触れて

2007/11/02 09:38
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プロフィール

クロサカタツヤ / KUROSAKA, Tatsuya

インターネットや通信、放送サービスが大きく変容する中、産業、政策、技術開発等の最新動向や、情報通信サービスと社会の関係性を考える上での「新たな視点」を、さまざまな分野でコンサルティング活動をしているクロサカタツヤ氏がお届けします。
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※ちょうどBlogシステム更新の時期にあたったため、再投稿します。

昨晩、itojunさんの訃報に触れた。

日本を代表するネットワーク・ハッカーの一人であり、KAMEプロジェクトの中の人であり、IPv6エンジニアリングの第一人者である。MacOS XはBSDベースだから、最近のMacを使っている人なら、そのマシンにはitojunさんやKAMEの人々が作ったプロトコル・スタックが必ず入っている。

率直に言って、itojunさんと私はそれほど近い間柄ではなかった。IPv6の普及活動に携わるという共通点こそあったものの、生粋のハッカーであった彼に対し、私は一介のコンサルタントに過ぎず、活躍の場所もその重みもまったく違うものだった。そんな私にもitojunさんは、お会いしたりやりとりするたびに、お互いできることを精一杯やろう、と話しかけてくれた。

僭越な物言いなのは承知の上で、IPv6の普及活動というのは、ある面で「幽霊が見える」と言い続けるのに似ていると思う。IPv6の必要性を感じ、何らか普及を促進すべきと考える人は、それを常に言い続ける。一方その必要性を感じない人からは「幽霊なんかいない」と反駁されるし、あるいはそれ以前に「ああ幽霊ね、子供の頃はいると信じてたよ」とか「幽霊なんてもう忘れちゃったな」という話に終始することも少なくない。

私なんぞでもそう感じたのだから、実際にBSD向けにIPv6のプロトコル・スタックを実装したitojunさんにとっては、ある意味で孤独な戦いだったのだと思う。もちろん彼一人で全部をやったわけではないが、ひょっとするとこの人はいろいろな戦いを一人で背負おうとしているのではないかと、何か話をしている時に感じたことがたまにあった。それこそ今春にあったセキュリティホールの対応は、かなりの部分を一人でこなされたようだ。

伝え聞くところによると、IABの仕事も相当にタフだったようだ。出張頻度
だけは前職の私も張り合えるようなところもあり、これは本当に心身ともにきついことだということは私も分かる。もちろん彼と私では負わされる責任の重さは比べものにならないのだが、背負うものが軽い私ですらつらいのだから、彼はどれほど苦しかったのだろうかと想像すると、身につまされる思いがする。

しかし、そんな苦労をされたがゆえに、itojunさんの評価を海外で聞くことは少なくなかった。たとえば米国の省庁などとミーティングを持った時も、日本のIPv6研究開発の成果として、KAMEUSAGITAHIを「先方から」挙げられることがしばしばあった。またIPv6とは異なる案件で世界中のあちこちに出張した際も、現地のエンジニアとの雑談で、BSDとKAMEの話題が出ることもあった。ナショナリストという意味ではなく、誇らしい思いをさせていただいたものである。

そんなわけで、私は随分とitojunさんにお世話になっていた。正直、私のIPv6での活動なんぞ、ほとんどフリーライダーのようなものだ。一方私は、彼らの成果の上であぐらをかくばかりで、itojunさんに何ら貢献できなかった。そしてそのことを、彼の死によって改めて痛感させられた。彼の活動にまったく追いつけず、またまったく間に合わなかった。そのことが何よりも情けなく、また悔しい。

しかし、ここで立ち止まってはいけない、と思っている。遺された者は、その責務を果たしていかなければならない。今もなお、一人でコツコツと何かを作り、成果を上げている人があちこちにいるはずだ。それはエンジニアかもしれないし、ビジネスパーソンかもしれない。そんな孤独な戦いを強いられている人をいかにしてサポートしていくか。itojunさんは遺された者に「ぼくはここまで精一杯やったよ、君はどう?」と問うているのではないか。そう思っている。

そしてこれはIPv6だけにとどまらず、様々な分野でも同じことが言える。本当に助けられるべき人が孤独な戦いを強いられ、反対に本来ならば自立できるはずの人が誰かの庇護を受ける。そんな歪さがもし現実にあるのだとしたら、それに対して異議を申し立てることが必要だ。そして自立できる人の自立を促し、助けるべき人にその資源が行き渡るように、何らかの行動を起こさなければならない。また、もしその実現にカネやチカラが必要なのだとしたら、恥ずかしがったり格好をつけずに、それを獲得するための努力を怠ってはならない。

私はコンピューティングが好きだし、最近はほとんど手を動かしていないが、一応日曜プログラマのはしくれを勝手に名乗っている。しかし私がどうがんばったところで、今さらitojunさんに追いつけるわけはない。ならば私は私なりのやり方で、彼の戦いを受け継いでいかなければならない。そして凄腕のハッカーである彼が成し得なかった「生き残る」というタスクを完了させなければならない。おそらく私は、そこでしか彼を超えることができないから。

改めて述べておくが、私はitojunさんとはそれほど近しい仲ではない。だから私は彼のほとんどのことを知らないし、逆にハッカーとしての活動だけが彼を苦しめたとも思ってはいない(し、いろんな意味でそうは思いたくない)。また私の中で勝手に美化しているかもしれないし、そう捉えることを不快だと思われる方がいらっしゃったら本当に申し訳ないと思う。

ただ私自身の仕事を振り返った時、仮にitojunさんがIPv6を触っていなかったらどうなっていただろうか、と想像すると、彼に感謝すると同時に、彼の遺したメッセージを何かしら感じ取ろうとせずにはいられない気持ちに、今でもかられたままでいる。

ご冥福をお祈りします。

 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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