最終更新時刻:2008年7月24日(木) 23時08分

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エポ・ウッド

公開日時:
2007/07/12 01:16
著者:
クロサカタツヤ

ケン奥山をご存知だろうか。クルマに興味のある方は、ピニンファリーナの元デザイン・ディレクターと言えばお分かりだろう。ピンと来ない方にはこのあたりを。昨年同社を退いて日本に工房を構え、現在はクルマ以外の工業デザインに注力し、すでに鉄瓶などのヒット作品を放っている。

その奥山氏の講演を聴いてきた。著書「フェラーリと鉄瓶」をベースに、様々なエピソードを交えた内容で、いろいろ触発される話の連続だった。その一つである「モックアップ」の話を通じて、クリエイティブ・クラスの概念やプロフェッショナルのあり方について気づいたことがあった(クリエイティブ・クラスの詳細については森さんのエントリが詳しい)。

素材によるモックアップの違い
クルマに限らず工業製品をデザインする際は、開発の過程でモックアップを作る。モックアップとは、ほぼ原寸大の大きさで塗装を施されたデザインモデルのことで、それを眺めたり手に持ってみることで、細かい修正や最終的な決定がなされる。これはクルマでも同様で、モックアップを前にデザイナーやエンジニアが集まり、各部分の修正がなされるという。

このモックアップを、日本やアメリカではクレイ(粘土)で作られることが多い。これは造形のしやすさの他に、デザインの修正や復元(つまりundo)がすぐ行えるという利点がある。一方イタリアのデザイン工房は、クレイではなくエポ・ウッドという素材を用いる。木(ウッド)のような硬さや質感を持つエポキシ樹脂、というのが名前の由来だが、そもそも加工に高い技術を必要とし、また造形に失敗したらエポキシを熱で溶かして補填するという長時間の工程が発生する難物でもある。

講演時の喩えを借りれば、クレイは彫塑(肉付けする造形)、エポ・ウッドは彫刻(削る造形)で、技術の容易さや作業効率だけを考えたらクレイの方が断然いい。それでも彼らがエポ・ウッドを使うのは、鉄やアルミというクルマのボディの硬さに近く、塗装した際の質感がクレイよりも最終的な完成形に近いため、より製品をイメージしやすいからだ。実際、こだわったデザインのクルマの場合、各国のメーカーはイタリアの職人にエポ・ウッドでのモデル制作を依頼するという。

緊張感のある仕事をする仕組み
いろいろ考えさせられる話である。一義的には「効率化を進めるあまり何か大切なものを忘れていないか?」という問いかけだ。実際その問いかけは正しくて、そもそも顧客に提供すべき価値まで削ぎ落としかねない効率化は、単なるサプライサイドの論理に過ぎない。特に奥山氏が手がけてきたフェラーリやマセラティのようなブランドで、それは許されないだろう。

一方で、すべての効率化が悪いというわけではもちろんない。たとえばトヨタがそれを実現したように、徹底した効率化を推し進めることで、より品質の高い工業製品が多くの人の手に行き渡るようになった。また、かくいうフェラーリやマセラティだって、エンジンをはじめ様々な部品を共有することでコストダウンを図っている。やはり単純に効率化の善し悪しを論じることはできない。

ただ奥山氏は、こうも付け加えている。曰く、彫刻(=エポ・ウッド)という失敗が許されない手法でモックアップを作るということは、造形に失敗が許されないという緊張をデザイナーと職人の間に生む。その緊張があるからこそ、職人はプライドを持って仕事をするし、デザイナーも真剣にスタッフとコミュニケーションして図面を引く。そうした一つ一つの工程への集中が、質の高い成果を実現する。

マネジメントの重要性
すなわち、仕事の価値を本当に高めるのは、それぞれの作業工程にどれだけ集中できるか、それをどれだけ積み重ねられるか、ということである。当たり前のようなことだが、品質向上にマジックはないし、職人やデザイナーといえども一人でクルマを作りきれるスーパーマンではない。お題目のように「効率化」や「匠の技」を唱えるのではなく、目的に対する明確なアプローチとして位置づけなければ意味がない、という指摘だろう。

だからこそマネジメントが重要となる。それぞれの工程に集中するだけでは、ゴールまで到達できないからだ。工程への注力は全体の中でのバランスで決まる。そのバランスを調整するのがマネジメントの仕事なのである。それこそマネジメントの欠如は、「エンジンやデザインはいいんだけど、雨漏りするし窓も開かない」といったかつてのイタリア車のような事態を招く(もちろん現在はそんなことはない)。

ここでいうマネジメントは、「セルフ・マネジメント」や「プロマネの重要性」のような、個人のメゾッドやポジショニングでの解決ではない。おそらくこの問題は、そうした単純な方法では解決できないのだ。このあたり、かつてGMのデザイン研究所所長というプロマネの立場にありながら結果を残せず、ヒラのデザイナーとしてピニンファリーナの一般公募を受け、切磋琢磨の末に再びディレクターの地位を得た、という奥山氏自身の経緯も、問題が複雑であることを物語っているようである。

クリエイティブ・クラスという「態度」
結論としては、おそらく試行錯誤をするしかないのだと思う。スーパーマンもマジックもない以上、とにかくあれこれと試みながら可能性を探り、うまくいきそうなものを育てていく、という方法しかないのだろう。あまりに愚直で身も蓋もない。だからこそ少なからぬ人々が、メゾッドやポジションに依存したり、あるいは何もかも諦めてアパシーに陥ってしまうのかもしれない。

これを乗り越えるにはどうすべきか。奥山氏の指摘を援用しつつ、私のつたない経験から言えるのは「コミュニケーションとデザイン」の重要性だ。すなわち、各工程のパフォーマンスを最大化するためのチームメンバーやステイクホルダーとの徹底的な「コミュニケーション」であり、またチームを全体のゴールに導くための戦略を具現化する「デザイン」である。地道で単純なアプローチだが、それゆえに特別な技術はいらない。

実はこれこそが「クリエイティブ・クラス」そのものなのである。クリエイティブ・クラスとは、分業化と専門化の積算によってとかく発散しがちなプロジェクトをまとめていくために、マネージャ(あるいはマネジメント・チーム)が常に心に留めておくべき態度なのである。そしてクリエイティブ・クラスに求められるコミュニケーションやデザインの能力は、専門教育やマネジメントの現場だけでなく日常生活の中でも十分培える。だからこそ「普通の人による試行錯誤の現場」で活きるのだ。

プロに求められるもの
ただ、話はそこで終わらない。奥山氏は講演の最後に、こうしたアプローチの重要性を解いた上で、それだけでは足りないと指摘した。それはあくまで必要条件であって、本当のプロフェッショナルにはさらに「プロジェクト遂行に必要な予算や体制を用意できること」が求められると断言していた。

もちろん、それができる人だけがプロ、というのではない。ただプロである以上、より質の高い成果を求め、(自らの稼ぎも含め)それを実現できる環境を構築しようとするのは当然だ。それに前述の通り、クリエイティブ・クラスというアプローチ自体はアマチュアにも十分可能である(ITの発達によって、デザインの作業自体にプロとアマの差はなくなったとさえ述べられていた)以上、プロとアマの違いはそこにしかない、ということだ。

この厳しさが、奥山氏を世界で勝ち残らせた要因なのだろう。そしてこの厳しさがあってこそ、クリエイティブ・クラスというアプローチがより説得力を有するのだ。私自身、これまで何となく理解していたが腑に落ちていなかったこの概念とその意義が、ようやく理解できた瞬間だった。年明けに独立してから、幸いにして様々なプロジェクトに恵まれてきたが、改めて自らの進むべき姿を考えさせられる契機となった、そんな講演だった。

追伸、
なお奥山氏はクルマのデザインを手がける予定は当面ないそうです。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。シーネットネットワークスジャパン および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。

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