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新聞をしばらく見ない

2007/04/12 23:23
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プロフィール

クロサカタツヤ / KUROSAKA, Tatsuya

インターネットや通信、放送サービスが大きく変容する中、産業、政策、技術開発等の最新動向や、情報通信サービスと社会の関係性を考える上での「新たな視点」を、さまざまな分野でコンサルティング活動をしているクロサカタツヤ氏がお届けします。
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8ドルのリーズナブルさ
業務の一環でニューヨークタイムズの過去の記事が必要になり、timesselectというサービスを利用してみた。同紙では名物コラムや過去のアーカイブを有料提供しており、仕方なく加入してみたのだが、記事の検索や保存、また転送など、実に使いやすい。価格設定も絶妙で、月額8ドル弱、年額でも50ドル弱。当然クレジットカード決済も可能である。失敗してもそれほど痛手ではないし、使い込めばもちろん安い。今のところ月額契約だが、次に利用する時は年間契約にするだろう。

ここでふと、日本の新聞に最近まったくお金を払っていないことに気づいた。より正確には、実家から独立して現在の住処へ引っ越して3年間、新聞をまったくとっていない。たまに新聞購読の勧誘を受けてはおり、その度にどうしようかと3分ほど悩むのだが、結果として購読に至ったことは一度もない。

基本的に活字が好きな人間ではあり、実家では毎朝読んでいた。また視認性や一覧性など、新聞というインターフェースは今でも優れていると思う。実際新聞を読むことで、関心のない分野の情報も目にすることができた。このように新聞にはまだまだ存在意義があるはずだが、そんな新聞に対してそこそこ前向きな私が新聞をとっていないという事実が、業界の苦境を如実に物語っているように思う。

高い、いらない、使いにくい
新聞をとらない理由の一つは、絶対的な価格の高さである。実際に新聞を開いてみると、全体で30ページ強あるもののその半分は広告。もう半分のうち、4割前後はスポーツやテレビ欄で、これらはそもそも関心がないか他のメディアで代替できる。すると読む対象は大体10ページ程度しか残らない。これに年間5万円ほどを払うのは、雑誌等の有料メディアと比べても、やや余計な出費に感じる。

次に、こうして残った10ページ程度の紙面に書かれた記事が、私にとって必要のない情報であることがしばしばある。冒頭で「知らないニュースが増えた」と述べたが、それは反対に「それを知らなくても生活や仕事に支障がない」ということも意味する。これはテレビのニュースなどでも共通するのだが、たとえば山口のどこかの街の一軒家で火事が起きたというニュースを知る必要は、東京で暮らす私にはまったくない。そういう視点で紙面を眺めてみると、不要な情報ばかりが目につく。

私の関心に近い記事もあるにはある。だが、余計なバイアスや何らかの意図を含んだ分析や考察がしばしば含まれていて、情報として使いにくいことが少なくない。もちろんその中には秀逸なものもあるのだが、そうした記事に遭遇する機会は減っている。それこそ自分で一次情報に直接アクセスし、またその分野に関するエキスパートのBlogや専門メディアから発信される分析を読んだ方が、よほど考察を深められるように思う。

試行錯誤の必要な時代
このように憎まれ口を並べてみたが、これらは新聞のみならず、多くのマスメディアにも共通している課題のように思われる。実際私は雑誌も高いと思うことが少なくないし、前述のとおりテレビも特定の番組しか観ない。特にテレビは無料サービスというビジネスモデルを維持するために、品質や密度を低下させた番組を増やすという本末転倒な状況に陥っているように見え、半ば痛々しさすら感じる。ただ、そうしたマスメディアの中でも、少なくとも私から見て新聞のコストパフォーマンスは総じて悪い。

新聞もつらいのだろうな、とは思う。インターネットや携帯電話の台頭によって、言論空間や消費行動における位置づけ、また生活時間の使い方等、様々な面でマスメディアの利用スタイルが大きく変わってしまった。それをきっかけに、マスメディア間でのカニバリズムの表面化やネット等の新たな競争相手を意識せざるを得なくなった。かつて「販売店網」を顧客接点としたビジネスモデルやバリューチェーンは日本の新聞業界における競争力の源泉であったが、むしろ市場変化への対応の足かせになっているような気配さえ感じる。

そうした状況を理解しつつ、それでもあえて言及すると、そこに拘泥して身動きが取れないというのは、サプライサイドの論理に過ぎない。ユーザ自身が変わりつつある以上、提供側もその変化に合わせるのがビジネスとして正しい姿だろう。新聞(あるいはマスコミ)はビジネスなのか、という議論は常に生じるが、少なくともビジネスの面「も」あることは間違いない。そもそも新聞が様々な周辺ビジネスを手がけており、ならば新聞本体が変化に対応できないというのは詭弁のようにすら聞こえる。

利用スタイルにあったメディア、メディアにあったコンテンツ
ユーザは情報を能動的に利用するようになっている。もちろん、誰しもがいつでもどこでも何でも自己決定している、というわけではないが、TPOに応じて自分で判断し、必要な時に必要なスタイルで情報にアクセスすることが可能となった今、自分の思うがままに情報を利用したいという気分は格段に高まっているはずだ。

一方、こうした要請と向かい合ってきたネットやモバイルサービスの世界では、ユーザの利用スタイルに合った導線設計や情報のアレンジは当然となりつつある。実際、こうした視点を欠いたインターフェースのサービスは、ユーザから見向きもされずにすぐ消えている。あるいはすでにそうした取捨選択の段階も過ぎており、生き残ったサービスの多くはいずれもそれなりに洗練されている。

正直な印象として、この動きに比べ新聞は何周も遅れている。ユーザの利用スタイルの変化を自分たちの事業に取り込むことができないまま旧態依然のメディアの姿を維持し、またコンテンツもそうしたメディアの硬直に規定され、どうにも使い勝手が悪く見える。もちろん新聞社の様々な試みは知っているが、どうにも片手間にやっているような印象を拭えない。その一方で、timesselectにお金を払ってそこそこ満足している。最近メディア事業開発をお手伝いすることが増えた身としても、この現実はかなり重い。

急がなければ間に合わないかもしれない
結論としては、かなりあちこちに手をつけなければならない難題であり、ここで簡単に回答を提示することは困難ではある。ただ最低限の目配りとして、

・ユーザは自分の利用したい情報を自分で制御したがっていること
・その中でも自分なりの視点で情報を整理したいユーザが少なからず存在すること
・一方でユーザが明確に自分の視点を設定することは容易ではないこと

という前提を認識しつつ、では制御や視点設定をどのように支援すべきか、そしてそれを実装する上で必要なコンテンツの作り方やビジネスモデルとは何か、という課題を、それこそできるだけ早く解いていくことが求められるのだろう。

と、ここまで書いて気づいたのだが、実は一番の問題は「早く解く」ということなのかもしれない。なにしろユーザを起点に構造変化が起きつつあるし、難題ゆえに今すぐ手をつけはじめたからといってすぐに成果が結実するようなものでもない。冒頭のtimesselectもまだ試行錯誤のように見えるが、現状のサービス水準に到達するまで数年を要しているはずだ。サービスとしてある程度安定させ、ビジネスモデルを変えていくには、それくらいの時間感覚が必要なのだろう。

さらに、こうした既存のメディアに対する違和感は、ユーザだけでなく広告主にも少しずつ広がってきている気配を、いくつかの案件から感じている。こうなるとメディアとしてもお尻に火が着かざるを得ない状態だろう。が、こうした広告主の意識が果たして妥当なのかという問題もある。この話はいずれ別のエントリで触れたいと思う。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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