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CNET Japan ブログ

終わりに 世界中の意識をつなげるインターネット

2005/11/30 16:18
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kondo

人力検索やダイアリー、アンテナなどユニークなサービスでおなじみの「はてな」。そんなはてなを率いる近藤淳也氏が、ネットのコミュニティやサービスのあり方について独自の視点で切り取ります(このブログの更新は2006年2月9日で終了しました)。
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7月の上旬からこのブログを書き始めて5ヶ月になりました。当初の終了予定だった10月を1ヶ月過ぎてしまいましたが、今回でこのブログはおしまいにしたいと思います。

期間中、はてなでのさまざまな取り組みを紹介しながら、色々と感じていることを書いてきましたが、その根底には「色々な事をオープンにしよう」という思いが流れているように思います。

社員どうしの関係をオープンに、会社とユーザーとの間もオープンに、言いたいことがもっと言えるように、良い意見はきちんと吸い上げられるように…。そんな風に、色々なものをもっとオープンにすると結構良いことが多いですよ、というようなことをずっと書いてきたような気がします。

なぜこんなにオープンさのことばかり考えているのでしょうか。なぜそれが重要だと思うのでしょうか。それはインターネットができたからだと思います。

今年はインターネット誕生10年、といった言われ方もして「この10年を振り返りながら未来を考える」みたいな話をちらほら聞きます。それで自分も少しそういうことを考えてみたのですが、この10年を振り返ると「異様にコミュニケーション手段だけが突出して進化したなあ」と感じるのです。

10年前、IT革命などと呼ばれている革命によって起こるのは主に道具の進化だと思っていました。色々な新しい機械や仕組みが生まれて生活がどんどん便利になるような未来を想像していました。ウォークマンでどこでも音楽が聴けるようになったように、何か想像できない道具が次々に生まれてきてどんどん生活が変わっていくのではないか、と思っていました。

確かにあらゆる情報をインターネットを使って検索するようになりましたし、ECサイトから買い物をすることも増えました。こうした生活スタイルを変えるような進化が確実に進んでいますし、そこから巨大なビジネスが生まれています。

しかし、この10年間を振り返った時に自分の中で強く印象に残っているのは、パソコン通信のフォーラムであり、個人ホームページであり、MLやメルマガであり、ブログでありSNSであり、そういったコミュニケーション手段の進化でした。これらもまた人々の生活スタイルを変え、大きなビジネスを生み出しています。

この10年間、いつもインターネットの進化の一端を「コミュニケーションの進化」が担い続けていた気がします。それに比べるとOSや表計算ソフト、ブラウザなどの機能は驚くほど変化していないのではないでしょうか。

これは何故なんでしょう。きっとそれは人類がこれまで一度も試したことが無かった「人間の意識と意識が距離や時間を越えて繋がった時に何ができるのか」という可能性についての、壮大な社会実験が行われているからだと思います。

紙と鉛筆で計算していたものが少し速くなったりする進化は既にこれまでも十分に工夫されてきました。ところが、1000km離れた複数の相手と無料でどれだけでも意思疎通ができたらどんな事ができるか、という可能性についてはこれまでほとんど試されていなかったはずです。インターネットによってこうした可能性が一気に拓かれ、意識と意識、知恵と知恵を結んだ人間同士が新たな価値の創出を模索している、そういう風に感じています。

最近「Web2.0」という言葉がもてはやされていますが、その中にある本質も「オープン性の価値を正しく認識しよう」という事だと感じています。データは自社サービスに閉じるのではなくてインターネット上に公開したほうが良い、とか、APIを公開してさまざまなユーザーがアプリケーション開発に参加できるようにした方が良い、といったオープンな考え方の有効性が徐々に証明されつつあり、それを前提としてビジネスを展開しよう、という動きに思えます。

見方を変えるとこの動きは、「常識を捨てよ」という風にも見て取れます。「そういうものは普通社外秘にするものだ」とか、「そんなことをして何か起こったらどうするんだ」といった常識的考えを一度捨てて、本当に有効な方法は何なのかを真っ白な頭で一度考えましょうよ、という動きではないかと思うのです。

インターネットで今まで繋ごうにも繋ぐことができなかった人々の意識が一気に繋がってしまったために、一度頭を白紙に戻さないと対応できないよ、というスローガンのように思えます。

「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションである」とアインシュタインが言ったそうですが、これは本当にその通りだと思います。昔は常識なんてまるでなかった頃が誰にもあったわけです。

小学生同士が野球で遊ぶ時に、「生産者と消費者」とか、「上司と部下」とか、「ルールを作る人と守る人」と言った非対称な関係はありません。生産者だけが情報を知っていて消費者には知らされない、といったこともありません。誰もがルールを作る人であり、それを守る人であり、メーカーであり消費者であり、命令する人でありされる人であるという中で、楽しさの最大化を図る創造的な行為が子供の遊びだと思います。

こういう子どものこころ、遊びのこころを持つことは、インターネットがもたらす変化に対する最大の防御であり、最大の攻撃手段ではないかと思います。

子どものようなこころを持った人たちがこれからもどんどん登場して、まだまだ世の中は変わっていくと思います。そんな変化の中で、自分たちも「はてな」というサービスでそうした場を提供していこうと思っています。大きな社会の変化に加わり、あわよくばその変化の原動力に加われるよう、これからも前に進んで行きたいと思います。

近藤淳也の新ネットコミュニティ論が本になる事になりました

7月から続けてきたこの連載ですが、翔泳社から本になって発売されることになりました。発売は来年になると思いますが、インタビューや加筆の内容も加わる予定です。どうぞお楽しみに。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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