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文章を書くことの意味-「娘の命日」に思う

2007/03/07 21:45
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プロフィール

寺本由美子

本名とタイトルのペンネームが異なっているのはご愛敬(話せば長~い物語あり)。IT系の話題からゲームのレビューまで、自由気ままに発信します。iPadやiPhoneなど、大好きな電脳小物についても熱く語りたいですね。Twitterにも出没中。ブログへのコメントも、@kirifue へどうぞ。
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もう10年以上も昔のことになる。松の内である1月5日、次女はこの世に生を得た。年の始まりに生まれしことは、ただそれだけで神様に祝福されているかのようだ。
「待ち望んだ」「かけがえのない」一つの命..

***

「女の子ですよ」
その声を聞くまで、しばらく待たされた。
帝王切開で引っ張り出された赤子は、ほとんど泣きもしない。
「ああ、どうか元気でありますように」
性別も告げられぬまま、手術台に取り残された私は、ひたすら祈った。

そして、対面。ほんの一瞬だった。「美人だ」
一目見て、そう思った。
「よかった、無事だったんだ」
その後、娘は設備の整っている他の病院に搬送されていった。

ベッドに腰かけて乳を搾り、冷凍した母乳を夫が運んだ。そんな私の入院生活も終わりに近づいたある晩のこと、夫が話があるという。
「生まれつき骨がもろくて、骨が(4本)折れた」
「体が動かない..」
そんな内容だったように記憶している。返事はしなかった。一人部屋の窓から漆黒の闇をただぼうっと眺めていた。
ゆっくり、夫の肩に頭を預けた。

妊娠中には何の異常も見つからなかった。2人目だからという油断。こどもは元気で生まれるものという常識。

退院後、初めて娘に会いに行った。
「かしこいお子さんですよ。ほら、人を目で追うんです」
先生はそうおっしゃった。
聡明そうな瞳。スッと通った鼻筋。手と足の指先だけが、ちょこちょこと動く。

保育器に入った赤ん坊の中には、ほんとに小さな子もいる。手の平よりすこし大きいくらいの。娘は2000gもあるのに、ミルクを自力で飲み込むことができない。半透明のチューブが痛々しい。

それでも、ほんの少しずつだが娘は育った。面会日には、会いに出かける。
「今日はお風呂に入ってさっぱりしたよ」
看護婦さんとの交換日記も楽しみのひとつ。ときには、娘になりかわって、出来事を語ってくれる。つかのまの幸せだった。

夜のとばりを破り、鳴り響く電話の音。慌てて飛び起きる。いやな予感がした。
「容態がよくありません。すぐに来てください」
寝ぼけまなこの長女を着替えさせ、タクシーに乗り込む。

「何とかここまで持ちこたえましたが..抱っこしてあげてください」
あまりにももろく、儚げで、ぎゅっと抱きしめてあげることができない。柔らかな頬を指先でそっと撫で、名前を呼ぶ。

私の腕の中で、娘は眠るように息をひきとった。

***

どうにも、現実感がない。
全く、感じない。
次女が亡くなったというのに、3歳の長女の手を洗っている。

デパートで娘のために、新生児用の真っ白なドレスを買った。天国へ旅立つための。
「おめでとうございます」
店員の何気ない一言に、思わず微笑んでしまう..

でも、その日を境に、私は変わった。

今まで、何をのほほんと生きてきたのだろうと思う。ただ、自分の望むままに、ダラダラと日々を送っていた。それが我慢ならなかった。

このまま、何もしないで人生を終えるなど、考えられない。何か生きている証が欲しかった。自分の存在理由が必要だった。
人生は神ゲーだと言う人もいる。たとえそうだとしても、その目的は何? クリアするにはどうしたらいい?

娘のことを書いて、朝日新聞の「声」欄に投稿した。紙面に自分の文章が載ったのを見たときの喜び。作文を最も苦手とし、文章を書くことに苦痛しか感じなかった、この私が。

人に伝えたいこと、訴えたいことがあるから、文章を書いて公開する。メディアは何だっていい。新聞でも、本でも、ネットでも。だが、文章を書くということは、一種の自己表現でもある。それを生業とする人でさえ、自己満足を感ずる部分が少なからずあると思う。何かを書き終えたときの満たされた気持ち。また、そういった充足感がなければ、とてもでないが継続できるものではない。

ホームページを開いた。
まだ、アットホームなHPが巷にあふれていた頃。古き良き時代。家族や趣味(Macエッセイと自筆ショートホラー)のページと並べて『次女の部屋』を作った。写真、交換日記、随筆..そこには、娘との思い出がぎっしり詰まっていた。

「夢のような毎日だったね」
義姉の言葉が胸に沁みる。

次女のホームページ、今はもうない。
でも、私は娘・息子と夫、そして多くの人に支えられ、地に足をつけて生きている。
ここ、この場所で、たしかに、生きている。そして、書き続けている。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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