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スティーブ・ジョブズとぼく
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昨日は、何も手につかない一日でした。
ぼくにとって少年時代からのヒーローであり、人生の導きの星であった、アップル創業者のスティーブ・ジョブズが永遠の眠りについたからです。

直接の知り合いでもない人の訃報に、まさかこんなに大きなショックを受けることがあるとは思いもよらず、戸惑いました。いてもたってもいられず、サンフランシスコ市内のアップルストアへ黙祷を捧げに行ったら、たくさんの人から献花やキャンドルやメッセージが供えられていて、思わず涙がこぼれてきてしまいました。あぁそうか、世界中でこういう気持ちになってるのはぼくだけじゃないんだ、と。
あまりにたくさんの思いが去来しすぎて、込み上げてくるものが大きすぎて、うまく言葉にできませんでした。Google+やTwitterにはいくつか共鳴したものを投稿したものの、このできごとを軽率な言葉で穢したくないという思いもあって、ブログに書くのはやめておこうと思っていたのですが、やっぱりどうにも気持ちの整理がつかないので、区切りをつける意味でも書いてしまうことにしました。
ここからは、30年ほどさかのぼっての長い昔話になってしまいます。
ぼくは1975年生まれの36歳ですが、幼稚園から小学校に上がったぐらいの頃に従兄弟のうちで出会ったカセットビジョンで電子ゲームの虜になってしまい、どういう経緯からかマイコンなるものを手に入れれば自分でゲームを作ることができるということを知り、本屋へいってはマイコンBASICマガジンやログインといったマイコン雑誌を読み、そこに掲載されていた、読者から投稿された膨大なソースリストをむさぼるように読むようになりました。
ぼくの実家は、四国は香川県の、いまでもコンビニが町内に一軒あるかどうかという田舎にあります。当時、週末に家族で車に乗って30分ほどかけて高松市内にでかけていくときには、自分だけまっすぐに電器屋にむかい、そこに陳列されているマイコンをさわりにいったものでした。家族がショッピングをしている2時間ほどの限られた時間のなかで、持参した雑誌のソースリストをすばやく打ち込み、遊び、改造し、それを100円で買ったカセットテープ(当時、プログラムの保存媒体はフロッピーディスクではなく音楽用のカセットテープだった)にセーブして持ち帰り、また翌週にそれを電器屋へ持って行って続きをやる、という、「立ち読み」ならぬ「立ちプログラミング」の日々でした。
夢中でした。
友達と集まって、みんながロボットや怪獣の絵を描いてたとき、ぼくは画用紙に実物大のQWERTYキーボードを描き、「これはMZ-80っていうんだよ、クリーンコンピュータですごいんだよ」といいながら、タイピングする真似事をしていました。いわゆる典型的なナイコン族の一員でした。
そういう姿を見かねた両親が、2年にわたるおねだりの結果、買い与えてくれたのがPC-6001mkIIでした。これからもう電器屋に通って「立ちプログラミング」をやる必要がないのだから、それはもう、かじりつくようにして遊び倒す日々が始まりました。
学校の授業中には方眼紙にドット絵をかいてゲームの登場キャラクターを作ったり、ノートにプログラムを書いて頭で実行したりしていました。そして、はじめて自分で書いたプログラムを雑誌に投稿するようになったのが9歳頃、高速なスクロールを実現するにはBASICではなくマシン語を使ってビデオメモリに直接書きこまないといけないことを知り、Z80アセンブラの解説書を買ったのが10歳頃、その頃はまだ算数で「絶対値」という概念を習ってなかったので、そこに書かれてることの意味がわからなくて困ったのを覚えています。もちろんコンパイラを買うお金などなかったので、16進数を手で直接打ち込むハンドアセンブルでした。おかげで、何度もプログラムを暴走させては一日の作業をふいにしたものです。
スティーブ・ジョブズの存在を知ったのは、ちょうどそんな頃でした。雑誌では、シリコンバレーには二人のスティーブがつくったアップルという会社があって、すごいコンピュータが出てきた、という話で持ちきりでした。当時すでにすがやみつる氏の薫陶を受けていたので、アップルストーリーのような物語をよむたび、心のなかにシリコンバレーへの憧れが蓄積されていったのでした。しかし、アップルのマシンは当時非常に高価で、とても手が出るものではありませんでした。ただただ、指をくわえて垂涎の思いで写真を眺めていたのです。
ぼくは、そんな小学校時代を過ごしていました。
そして時は過ぎ、大学を受験することになったとき、それまでの田舎暮らしの独学でつぎはぎだらけのコンピュータの知識を整理することができるんじゃないかということで、、、いや、こういうときにどさくさで美化してはいけないな、自分の得意分野だから卒業するのが楽勝だろうという下心もあって、アルゴリズムや情報理論を基礎から学べる学科を選んだのでした。
ちょうどその頃、アップルは旧世代のCPUであるモトローラの68040からRISCベースのPowerPCに移行したばかりでした。当時は大学の授業でも、最先端でスケーラブルなRISCのほうが将来性があり、インテルのようなCISCを駆逐するんだ、というような論調でした(そしてそれは間違いだったわけですが)。そんなこんなで、大学に入学して最初にゲットしたのが、はじめてのアップル製品となるPower Macintoshでした。Windows 95が発売される前後のことです。
そして当時、アルバイトをしていた大学生協主催のインターネット接続サービスで、アップル好きの同士がたくさんいることを知り、そこでリース切れになった名機Macintosh SE/30を譲り受け、同時にUnixやデータベースのことも学び、それがきっかけで、理系の就職といえば推薦してもらって歴史ある日本の大企業に行くのが通例だったところ、オラクルという当時まだ関西の学生の間ではほぼ無名だったシリコンバレー企業の日本支社に就職することを決めたのでした。もしかしたら、シリコンバレーに転勤なんて話もあるかもしれない、と淡い期待も持っていました。大学での研究内容がデータベースにまつわるものだったということを差し置いても、当時Mac雑誌を何種類も読んでいたぼくには、オラクル創業者のラリー・エリソンがスティーブ・ジョブズの親友だということは知っていて、オラクルという会社は馴染みのある存在だったのでした。
そんな折でした、アップルがNeXTを買収してスティーブ・ジョブズがアップルに復帰する、という衝撃のニュースを知ったのは。
ちょっと話が横道にそれるのですが、当時ぼくはバンドをやっていて、ロックやジャズなんかが大好きだったのですが、アメリカのロックバンドというのはメンバーの入れ替わりが激しくて、バンドの顔であるボーカリストやギタリストさえ抜けてしまうことがあります。終身雇用じゃないのは企業文化だけじゃないのです。しかし、自分で作った会社を謀略で追い出されて、ふたたび請われて戻ってくるなんて、あまりにドラマティックで、しかも暫定CEOに就任するときには自分の年俸を1ドルしか受け取らないなど、もう何もかもが常識はずれで、まるで映画でも見ているかのようでした。アップルをどん底に追い込んだ歴代CEOのなかで最後にバトンを握っていたギル・アメリオが、数十億円もの退職金を受け取ろうとしていたときのことです。
そして1998年、ボンダイブルーの鮮やかな初代iMacが登場しました。スティーブ・ジョブズが誇らしげにベールをはいで、名匠ジョナサン・アイブの傑作を披露して聴衆を沸かせたあのときから、アップルの復活劇ははじまったのでした。
会社で使わせてもらえるコンピュータといえば、当時すでにWindowsとIntelが全盛で、LinuxかWindowsという選択肢しかありませんでした。そんな中、不良社員だったぼくは個人所有のPowerBook 2400cを会社に持ち込んで、UnixとMacだけで生きていける道を探っていたのですが、その初代iMac発表のニュースを、就職したばかりの会社で、そのMac上で知ったのでした。
そして興奮さめやらぬまま、幕張メッセで行われたMacWorld Expo/Tokyo 2000でキーノートスピーチのため来日したジョブズを見に行ったのが、ぼくにとってはじめての生ジョブズ体験でした。あのときの感動は、いまでも忘れられません。普段はおとなしいはずの日本人聴衆が、ジョブズのつくりあげる現実歪曲空間に魅せられて、大興奮の歓声を上げる光景を目の当たりにしたのです。
そしてその後、会社の立ち上げ期にあったインフォテリアでは、まだオラクルで働きはじめて1年にも満たないにもかかわらず、世界をターゲットにしているテクノロジーベンチャーで働きたいんだという情熱だけで、むりやり頼み込んで働かせてもらえることになり、シリコンバレー進出のときにはここぞとばかりに手を挙げ、いよいよアメリカに移住してきたのでした。あこがれのスティーブ・ジョブズがいる、このシリコンバレーに。
そして今、ぼくはアメリカの永住権を手に入れ、ここサンフランシスコに暮らしています。この地で、スティーブ・ジョブズが、iPodでミュージックプレイヤーの歴史を塗り替え、iTunesで音楽業界のあり方を変え、iPhoneで携帯電話を再定義し、iPadではとうとう約25年前に自らが創り上げたパーソナルコンピュータそのものを作り替えてしまうのを、ずっと見てきたのです。
スティーブ・ジョブズがアップルに戻ってきた1997年当時、どん底にあった会社を鼓舞するために、Think Differentというキャンペーンがはじまりました。
Think Different - Apple CM 日本語版
「彼らの言葉に心をうたれる人がいる
反対する人も 賞賛する人も けなす人もいる
しかし 彼らを無視することは誰もできない
なぜなら、彼らは世界を変えたからだ」
これはまさに、あなた自身のことだったんだね、スティーブ。
あなたが2005年にスタンフォード大学の卒業式で行った、伝説のスピーチ。
「君たちの時間は限られている。自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。」
この言葉が、いまの自分に向けられているのを感じます。
あなたを失ったことは、ぼくにとってものすごく大きいことだけれど、ぼくはあなたの人生を生きてるわけではない。
この文章を書き終えて公開ボタンを押したその時から、ぼくは自分の人生に戻ります。
今までこの世に存在してくれていて、ありがとう、スティーブ。
あなたのおかげで、ぼくの人生は夢と彩りのあるものになりました。この恩は生涯忘れません。
本当にありがとう。
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