最終更新時刻:2009年11月21日(土) 15時29分
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英語の世紀に生きる苦悩

公開日時:
2008/11/10 20:50
著者:
kenn

私には、英語コンプレックスがある。

米国で暮らすようになって三年が経ったけれども、いまだに思うように英語で話すことができない。むしろ、三年も経ってしまったのにこんなザマでどうしよう、という焦りからか、そのコンプレックスは肥大化を続ける一方である。

昔からそうだったわけではない。高校時代には普通科ではなく「国際科」と名のついたクラスに通い、カナダにホームステイなんかもして、試験でも一番いい点が稼げる得意科目が英語だった。むしろ、ちょっとばかり英語には自信があったほうなのである。

そのことは、私が幼い頃パソコン少年だったことと少し関係がある。当時から、コンピュータの世界の中心といえばアメリカだった。プログラミングをしていても、関数につけられた名前の英語のニュアンスがわからずに丸暗記せざるをえなかったのが、意味がわかってしまえばパァッと視界が開けて概念間のつながりや命名規則が見えるようになり、英語が母国語でないというだけで損をしてると感じることが何度となくあった。だから、中学校に入れば英語が学べるということで、たいそうワクワクしたものだった。英語だけは将来かならず役に立つだろうという予感があったのだ。

そんなこともあって、様々な経緯あっていよいよアメリカに、しかもパソコン少年の聖地シリコンバレーに行けるとなったときには、心から嬉しかったのは言うまでもない。アメリカにいけば英語もペラペラになるだろうな、一年ぐらいかな、二年ぐらいかな、なんて無邪気な期待に胸を踊らせていた。

ところが、である。アメリカで暮らし、アメリカ人と一緒に仕事をしているからといって、それだけで英語が流暢に話せるようになるわけではない。日々の生活や仕事に必要なコミュニケーションはできるようになっても、そのことと英語でのソーシャライズ、つまり親密な交友ができるということの間には無限の開きがある。

渡米して一年目ぐらいの頃は、まだ良かった。まだ英語に堪能でないのは当然のことと思えたし、「まだ日本から来たばかりなので」と外国人ヅラをしていればそれが免罪符として使えたのである。しかし、二年、三年と経つにつれ、次第に自分の学習カーブが鈍ってきたことを悟り、それまで想像もしなかったことであるが、英語に対して愛憎入り乱れた複雑な思いを抱くようになったのである。

そのようなことを一番実感するのは、パーティに招待されたときだ。とくに若くて頭のいい子たちが集まるスノッブなパーティはことさら苦痛だ。このあたりのアメリカ人は英語の不自由な外国人に慣れているから、真剣に話せばじっくり聞こうとしてはくれるのだけれど、自分たちが話すときには暗喩的なレトリックを多用しながらマシンガンのように言葉を発し、どんどん話題を切り替えていくから、聞いてるこっちは今何について言及しているのかよくわからなくなる。そうなると、気の利いたジョークのひとつでも挟もうにも、文脈がよく見えてないのでハズしてたらどうしよう、などとモタモタしているうちに口に出すタイミングを逃してしまう。そうやって、ああ、相手の心に刺さるようなことが言えていないな、自分の存在を認定してもらえてないな、というのがすぐにわかってしまう。ハイエクやアリストテレスの言ったことを引用しようにも、彼らの名前をどう発音するのかすらわからない。

仕事でつかう英語というのは目的がはっきりしているから、そのようなレトリックはそれほど重要ではない。相手のジョークがわからなければ、無粋でも堂々と聞き返せばいい。ちょっと恥ずかしくても、仕事が進むことが重要なのだと割り切ることができる。ところが、パーソナルな付き合いの場面ではそういうわけにはいかない。「日本語でなら伝えられるのに英語では伝えられないこと」のもどかしさに自分が情けなく感じられ、ストレスが溜まるばかりである。

それが逃げてはいけないストレスであることはわかっている。言語学習とは単語や文法ではなく文化まるごとの体得なのであるから、そうやって場数を踏むことだけが唯一の道である。しかし、結婚して二人で暮らしていることや元来の性分的なことなど色々に事情が重なって、その道から何度も足を踏み外し、今のようなていたらくなのである。いよいよ永住権でも申請してアメリカに根を下ろそうかと考えている今でも、英語ペラペラの見通しについては年々悲観的になっていく。アメリカに暮らすだけで英語がグングン上達するに違いないという当初の無邪気な期待はしゅるしゅるとしぼみ、このまま永遠に英語ペラペラの日はこないのではないか、というどす黒い不安ばかりが鬱積されていく。

実は、一歩退いて客観的にみれば、まったく上達していないというわけではない。とりわけ読み書きに関しては着実な成長を実感しているのだが、より難解な文章が読めるようになるにつれ、英語という言語の持つ奥深さに打たれ、知的な喜びがある一方で、同時にますます途方に暮れてしまうのだ。

よく考えてみれば、日本語でさえ、単に用件を伝えるということではない、知識人をうならせるような表現をすることは容易でない。日本語でさえ、文章では可能な精密な議論が対面ではできなかったり、口頭では伝えられるやわらかいニュアンスが書き言葉ではそげ落ちてしまう。日本語でさえ、口ごもったり、滑舌が悪くなったり、間を持たせられず、気まずい思いをすることは少なくない。だから、ガイコク語である英語で気まずい思いをすることは、理屈からいっても当たり前のことだ。そうやって自分を励ましてみたりもするのだが、そうした楽観的な解釈は「とはいえ、もう三年も住んでいるのに」の数字が増えていくにつれ、だんだん説得力を失っていく。

逃げたい。英語が話せないというハンデのあるこの世界から逃げ出してしまいたい。そういう妄想に駆られつつ、その逃げ帰る先であるところの日本語、自分にとって居心地のよい言説空間である日本語は、果たして本当に楽園なのだろうか、という板挟みにずいぶん苦しんでいた。まさにそんな頃だった。新潮の「日本語が亡びるとき」という長編の論考(単行本の冒頭三章にあたる)を読んだのである。

正直いって、最初このタイトルには惹かれなかった。水村美苗という作家のこともよく知らなかったし、よくある「上から目線の憂国論」や「英語礼賛」のたぐいなのではないか、という疑念がすぐに浮かんだ。まるでハンティントンにこてんぱんにやられたフランシス・フクヤマのような大袈裟なネーミングセンスには、心ある読者を遠ざける何かがあるように思われる。しかし、とはいえあの新潮の特別評論である。何か得るものがあるに違いない。

と、不承不承いったん読み始めると、すぐにページをめくる手が止まらなくなった。「12歳で父親の仕事で家族とともにニューヨークに渡り、それ以来ずっとアメリカにも英語にもなじめず、親が娘のためにともってきた日本語の古い小説ばかり読み日本に恋いこがれたまま、なんと20年もアメリカに居続けてしまった」という驚くべき経歴をもつ著者の体験した苦しみ、悩み、葛藤が赤裸々に語られ、いや赤裸々に語られるどころか、それを主軸としながらどんどん物語が展開していくのである。「アメリカと英語を避けるうちに、ご苦労さまなことに、大学、さらに大学院でフランス文学を専攻したりもした。さまざなま要因が重なってかくもわけのわからぬ人生を送るはめになってしまったのだが、そういう人生を送ってしまったという事実は、それに触れずには何も書けないほど、私のすべてを条件づけてしまった」という著者の語る言葉には、読む者を惹きつけて離さない磁場があった。

以前に「文字とメディアの文明史」という小論で、ヒトとサルを分かつものはゴシップとフィクションによる権力構造、平たくいえばウソで他者を洗脳する言語能力の獲得であると書いたことがある。このとき念頭にあったのはもちろんベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」で、これは国家の成立やナショナリズムという難解な概念を理解する上では避けて通れない古典であった。しかしこの著者は、多言語主義者であったアンダーソンの議論に対し、アンダーソン自身が英語を母語とする人間であったがゆえに、すでに現出しつつあった英語の普遍語としての特異性を見落としていたと批判する。「想像の共同体」があそこまでの影響力をもちえたのも、この本が英語で書かれたという事実に大いに負うところがあるが、英語で書く人間だけには、そういうことが見えてこない、というのである。

このあたりから著者の言葉は急激に切れ味を増し、宗教、科学、哲学、経済学、法学、文学などの世界で起きた史実を縦横無尽に参照しながら、あらゆる国のあらゆる人物を登場させながら、それらを可能たらしめた「言語」というパースペクティブを執拗に、それこそ完膚無きまでに徹底的にほじくり返しているのである。そして、ゴシップのための言葉、現地語としての「母国語」で学問や文学ができると信じられた時期こそが例外的な事象であって、長い人類の歴史を振り返れば、地球のほんの限られた地域で、ほんのわずかなあいだのことでしかなかったと喝破する。そして明治維新からの100年をかけて花ひらいていった日本文学という言語空間が、嗚呼、いまでは世界性から取り残された人たちのふきだまりとなりつつあるというのである。

こんな肝心のところで冒頭三章は終わってしまう。残り四章が含まれた全文は、アマゾンで購入して太平洋を渡って届くのを首を長くして待っているところである。久々に手応えのある、しかも皮肉なことに「日本語ネイティブの」文明論であった。思うに、本書は読者にそれなりの教養を要求する。タイトルのキャッチーさはともかく、内容の知的水準は一流だ。アマゾンですでに一位にランクされているようだが、この要旨が万人に理解可能だとはとても思えない。だから某所での「読むまでもない」だの「読む気がしない」だの、くだを巻いて読まない理由を見つけたい人には、そうしていただいて大いに結構である。しかし、もしあなたが本当に日本と日本語を愛し、この世界のゆく末がどうなるのかを知りたいと思っている、知的好奇心の旺盛な人であるならば、タイトルに騙されず一読して欲しい。その価値はあると申し上げておこう。

話がそれた。

ともかくそんなわけで、英語というハンデのあるこの世界から逃げたいと思いつつ、しかしそれが短期的には自分を楽にしてはくれても、長い目で見ればどうにも間違っていることのように思え、アイデンティティ・クライシスに悶々と悩まされていたところにこの出会いがあったわけである。今なおジタバタしている真っ最中ではあるが、その暗中模索にひとつ、光の差す方角を示してくれたのが本論であった。

アメリカに住むことで、より日本のことがわかるようになる、というのは逆説でもなんでもない。今まで当たり前であったことが当たり前でなくなることによって初めて、日本文化に通底していた暗黙の前提が浮き彫りになってくる。日本という国の不思議さと、アメリカという国の深さが同時に見えるようになってくる。肝心なのは、それが見えてしまうことで生じる、ある種の精神的な危機をどうやって乗り越えていくかという、現実的で具体的な問題のほうである。安易な日本批判に走るのも一つの逃げ道である。安易な米国批判に耽るのも同じことである。しかし、ここで両者のもつ価値観に対して等しく誠実であろうとすると、これはまったく容易ではない。どちら側も自分の味方につけることができない宙ぶらりんの状態になってしまうからだ。

いつも言っていることだが、渡米前に心配していたようなことはたいていが杞憂に終わり、渡米前に期待していたようなことはたいていが大きな勘違いで、渡米前には想像もしなかったようなことに悩まされたり喜びがあったり活路があったりする。そんなことばかりである。私は貧乏性の心配性なので、事前にあれこれ研究して万全を尽くしてから臨もうとするタイプの人間だったのだが、もうここまで外れてしまうと開き直るしかない。だから、これから渡米する人に私がアドバイスできることがあるとしたら、「心配しなくていいよ、どうせ心配してることは全部外れるから」ということぐらいだろう。

多くの人がうすうす感じているように、英語の世紀というのは、率直にいって、もう避けて通ることができない現実のように思われる。しかし、人生は短い。それがわかっていても、いま現在の安寧をもとめ、英語というハンデのある世界に背を向け、それなりに豊かな日本語の世界に逃げ込んだとしても、日本語が実際に凋落してしまう前に寿命を迎えて逃げ切れるのであれば、一世代の戦略としては正しい。しかしそれは、ますます今後も勢力を増すばかりの英語の世紀にあっては、子孫に負債を残すことにならないだろうか。念のためいっておくと、私はそのことに対して大上段な義憤を感じているとか、こうすべきだとか、そういうことを言いたいのでは決してない。しかし反対に、このような思いを共有し、あえて心地よい日本語の世界から一歩踏み出し、不自由な英語の世界に身を投じようとする人がいるのなら、少しでも応援したいと思い、その心細さを少しでも分かち合いたいと思い、このような文章でもものしてみようかと思ったまでのことである。

来年の3月21日にはJTPA シリコンバレー・カンファレンス 2009が行われる。これまでの至れり尽くせりな「シリコンバレー・ツアー」から趣向を変えて、今回から先着順のカンファレンス形式になった。私も当日は丸一日現地にいる予定だ。このような取り組みが、少しでも日本の人たちを明るく前向きにしていくための一助となるならば、望外の幸せというものである。

Silicon Valley Conference

Jermaine Jackson / Let's Get Serious

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。

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このエントリーへのコメント

9

 これは単に語学学習の事ではなく、文化の習得に関する問題ではないでしょうか?
 日常の話し言葉というか文化の違いの問題は、標準語やTVが普及する以前の日本国内にもあったようです。この場合、比較的効率の良い取得方法は、その地方の子供と接する事だそうです。
 子供は自分の持っているもの(文化)をそのまま表現するでしょうし、子供が相手だとわからないことを聞きやすいとかそんな理由かもしれません。
 現在でもこの方法は有効なようで、長期滞在することを前提に日本にやって来る外国人の中には、小学校の授業へ参加を希望する方がまれにいるようです。

  Porco on 2008/12/24

8

こんにちは。英国に住んで6年です。すごく良いエントリーですね!赤裸々に書かれ、かつ日本語の話もあって感動して読みました。英語に関わらず、外国に住むと、自分を裸にせざるを得ません。日本ではメインストリームでも、外国ではマイノリティーという側面もあるかもしれません。しかし、言葉が思うように使えなかったり、自分が少数民族になるというか、そういうことって、重要だと思うんですよ。一度はそういう思いをしながら生きるというのは非常に重要だと思います。逆に、あまり勉強しすぎないようにーーなーんて思ったりしますよ。人生は一度限りですから。

  小林恭子 on 2008/11/22

7

>江島さん

お返事下さりありがとうございます。遅まきながらお返事のお返事を。

おっしゃりたいことはだいぶわかってきたように思いました。そのなかで被承認欲求と"中央と辺境"についてひと言。

自分が接する、もしくは所属する集団において自分自身が承認されたいというのは、それはおっしゃるように確かに素朴なものでしょう。しかし、江島さんはアメリカに生まれ育った訳ではなく、アメリカ社会において生活していくことは、御自身の決心によって選択したことである訳です。その選択には、いろいろな動機が含まれているのでしょうけれど、今までのこのブログの記述からは、まずは職業的なものなのだろうと思われます。だから、仕事に関することでアメリカ人たちと議論していきたいということだったら、それは至極尤もで、特に異論を唱えたいとは思いません。

しかし今回のエントリの趣旨は、仕事の場を離れて、アメリカ人(といっても、若くて才能のある技術者・専門職およびその周辺という、かなり特殊な層なのでしょうけれど)と、文化的なことについて(?)対等に議論していきたいということなのですよね。そして、政治的・経済的・文化的な"中央"であるアメリカ合衆国の公用語は英語であり、アメリカ国内のみならず、全世界的に通用しているのであるから、英語の世界にさらに入っていきたい、入っていくべきである、ということなのだと理解しました。

ここで、江島さんのおっしゃる"中央"が、どういうことを意味しているのか吟味してみることは意味があると考えます。

パーティーで同席したナイーヴなアメリカ人に対して異議を申し立てたい、だから英語にもっと堪能になりたいということであれば、それは理解できます。しかしそこから、英語が中心であり、マイナーな言語に閉じこもっていては取り残されるばかりだ、という主張に一気に到達するのは飛躍であり、独断であり、さらに言えば危険ですらあると感じます。

「彼ら」に対してひとこと言ってやりたいがうまく表現できないもどかしさがある、そのもどかしさは単に語学的なことに尽きるものではないように思います。「彼ら」が中央であり「自分」は中央に入り切れていないという意識、中央に所属したいが所属し切れていないという焦燥感、そこに露呈している「中央」の意識とはなになのか。同語反復的になりますが、「中央」の意識とは、自らが(世界の)中央であるという意識、つまり辺境に対する中央として、周辺的なものを予め含み込み、従属させながらそれに対する優位として自らを規定する意識とでも言えばいいのでしょうか。この場合、「中央」から見た「周辺」的なものは決して外部ではなく、「中央」意識の優越のために操作され、内部化された「周辺」です(これはあくまで意識のレベルの話であって、事実的なことを言っているのではありません)。その意味で、「中央」の意識とは文化的な権力意識、「力への意志」であり、さらに自己自身を相対化できない(「外部」を持たない)閉ざされた意識であると言えるでしょう。そうであるとするなら、そうした「中央」意識は、'pervasive'ではあっても'open'ではない、中心性はあっても開放性はないものになりはしないでしょうか。否、事態はもっと巧妙で、「中央」から疎外されているという意識そのものが既に「中央」に取り込まれていて、「自らを辺境と意識させられる」という形で「中央」意識に自らを従属させ、「中央」を強化しているとすら言えるのです。

私の方こそ議論を飛躍させているのでしょうか。そうかもしれませんが、誇張した表現は論点を明確にする利点はあるでしょう。また私は決して江島さん個人を権力主義者と論難したい訳ではなく、むしろ江島さんの記述を通して表われた一般的意識ないしは思考を浮き彫りにしたいのです。「アメリカ的」なもの、「アメリカ文化」とはそうした中心意識であり、それに触れるものに否応なくそうした思考を強制するものと言えないでしょうか。

最後に具体的な記述に少し触れておきたいと思います。「……アリストテレスの言ったことを引用しようにも、彼らの名前をどう発音するのかすらわからない」という一節が好例ですが、御存知のようにアリストテレスはギリシア人でありギリシア語で著作をものし、古典ギリシア的な思考の体現者であって、英語的なもの、アングロ・サクソン的なものとはずいぶんと異なります(大きく西洋文化のなかに位置づけられるとは言っても、それは例えば「日本文化は東洋文化に属する」と言うのと同じぐらい漠然とした表現です)。アリストテレスの思想自体は英語的な世界とは独立に成立している(歴史的にという意味ではなく現在的に。歴史的に見るなら、アングロ・サクソン文化のなかにアリストテレス的な思考も流入しているとは言える)、というこの一点だけとってみても、英語的世界が中心であるという主張がいかに乱暴なものであるかは明白です。これは、アリストテレスの著作が英語に訳されて普及したということとは別次元の話です。

  aenigma on 2008/11/20

6

うーーーん 言ってる意味は判るのですがちょっと気にしすぎでは? 私は対米20年で永住権も取りましたが、江島さんの言うようなパーティーにはほとんど行った事がありません。 いわゆる”おたくエンジニア”ですから日本語でもそんな所は行く気はおきません。
日本人は”完璧な英語”を話したがるとか、”ぺらぺらしゃべる”とか言うけど、日本語でもそんな事私にはできません。 最高のCommunicationは”男は黙って”だと思っているので、あまり気にならないのかも。 でもプレゼンとかスピーチとかは結構得意で好きなのですが、これは”ぺらぺらしゃべる”とはちょっと違うしなー。
友人に大学教授がいますが、彼と人生や科学、宗教について議論するのは面白い。 良く誤解されるのは、英語の力じゃなくて”話している内容について知らないので話についていけない”事です。 私は自分の興味の無い話題については他の人が話していても(英語でも日本語でも)あまり気にならないので、それもあるのかな? 江島さん、日本語で女子中学生の話題についていけます? 又、ついていきたいと思います?
でも現実には私も本当の意味で英語の力がついたのは、こちらの大学で学士と修士6年間やってからですね。 大学や高校をこっちで出るか出ないかは大きいですね。 勉強だけでなく、一日中英語で暮らさねばならないから。 まさしく、Survivalでした。 TOEFL600(TOEIC900)が入り口に過ぎない”のが判ったのも学生生活のおかげです。 確かに奥は深い。 英語というより、文化、歴史、その他全てが言葉にはからんでくるから。 英語をやって良かったと思うのはアメリカ人とよりも、世界中の色んなところからアメリカに来ている人々とComunicationできるようになった事で、そうなると、”完全な英語”とかは気にならなくなります。 みんな、”ひどーーーーい!!!!”英語を平気でしゃべってて、冗談も言ってるから。 日本人は気にしすぎですよ。 通じなくたってどんどんしゃべれば良いのです。 もともと母語じゃないんだから。 こっちの英語がダメなんじゃなくて、向こうが日本語ができないんだから。 と、締めたところでおしまいです。

  おおぬか on 2008/11/16

5

aenigmaさんへ

まさにあなたがここで私に対して一言いっておきたい、と思われたように、私もアメリカ人の我慢ならないナイーブな議論を耳にしたときには「気になりますね」という切り返しをしたいのです。そういう動機を虚栄だというならば、このコメントの往復も虚栄の張り合いということになりますが、私はそうは思いません。被承認欲がどういう形をとって現れるかは人それぞれですが、それはもっと素朴で根源的なものであると思っています。

「中央か辺境か」は下手するとクラシックな水掛論になるので深入りしたくありませんが、辺境のないところに中央はなく、辺境あるところ中央が生まれるという現象の巨視的な安定性は冪乗則の示すところです。中央と辺境が相互依存しており価値中立であることはpolitically correctというよりもscientifically correctといえるでしょう。したがって、中央の価値を認めず辺境を称揚することは、辺境の価値を認めず中央を称揚することと同程度にナンセンスなことだと思っています。

あとは生に限りある個体としてどのような生き方を選択するかという地に足の着いた問題であり、私はいまのところ中央を目指すという方向を歩んでおり、それがパラダイス鎖国においては少数派であることを踏まえて、その数少ない同志を勇気づけたいというのが本ポストの趣旨です。

  kenn on 2008/11/14

4

いやー、江島さん、分かります。私も滞米20何年ですが、パティーでのネイティヴ同士のチャットにはついてけません。苦にならないという日本人はあまり居ないでしょう。たまに「気にならない」という方もおられますが、それは「自分が常に話題を提供しているから」なようです。人の話の輪に入る、というより自分の周りに輪を作るタイプの人。でも、日本じゃこのタイプだと敬遠されそうですよね。ノン・ネイティヴでもヨーロッパ系の外人は、英語はそこそこでも割と苦もなくこなしてますから、文化の違いが大きいような気がします。わたしの場合は日本文化が人格の根底に張り付いてますから、今さら変える気はない。下手にあがくと、それこそアイデンティティー・クライシスに陥ってしまいますから。

  tdahte on 2008/11/13

3

いろいろなことが書かれていて、それぞれそれなりに興味も惹かれるのですが、結局のところ「若くて頭のいいスノッブなアメリカ人と、かっこいい気の利いた知的な会話で対等に渡り合いたいのに、それができなくて辛い」ということなんでしょうか。知的なものであろうとなかろうと、虚栄は文字どおり空しいと思いますよ。「人生は短い」んですから。

個人的には英語中心の世界のみというのは実に退屈だし、それでよしとする考え方は偏狭きわまりないと思いますね。それに、事実としての英語の中心性と言っても、例えばクレオールに見られるように、支配的文化にいったんは圧倒されたように見えながら、交雑性と周辺性を逆手にとって巧みに生き延びるスタイルもある訳で、このエントリの論述はあまりにナイーヴに思えます。専門分野についてはともかく、文化的事象に関することになると、単純化と断定が気になりますね。

  aenigma on 2008/11/13

2

英語が好きだったはずが、苦悩の中憎悪に変わる。短期間でしたが私もそのような経験をしました。
パーティに誘われた時が一番きつい。そのとおりです!

  ナチュロー on 2008/11/12

1

私もシアトルに来て1年が経過しますが江島さんと同じような感情を抱きながら日々過ごしています。英語はけっこうやってきたはずがネイティブに混じって生活するには次元の違う英語力が求められることに気づき焦りながらも鈍感力に頼ってなんとか生き延びています。私もIT業界なのですがやはりソフトウェアはアメリカ中心に英語圏に牛耳られていると認めざるを得ないのでここで頑張るしかないと覚悟を決めてます。トコトンやるしかないですね。

  dragon0119 on 2008/11/12

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