日本のIT業界は救いようがない。絶望的としか言いようがない。
IT業界不人気なんて、この業界に重くのしかかる決して晴れることのない暗雲の氷山の一角に過ぎない。はてなの匿名ダイアリーにもどうせ理系出身者なんていらねえんだよ。なんて書かれていたけど、これが現実なのだよ、学生諸君。
ちょっと補足しておくけど、ここでIT業界っていうのは、SIerのことだ。お客さんの要件をヒアリングして、その要求に沿ったシステムを受託開発するっていうビジネスのことを指している。
ぼくもその昔、その世界のループに組み込まれていた。そして華麗なるコミュニケーション能力とやらをいかんなく発揮し、場の空気を読み、生意気なぐらいのチャレンジ精神で、それなりに仕事のできるよい子だったようだ。
いや、正直に言うよ。正直に言うとだね、結構楽しかった。
だって、考えてみてごらん。お客さんのところに出向いて行って、その業界のことをじっくり観察・勉強して、業務課題を理解し、それをえぐり出してあげると、「あぁこの人はわかってるんだな」と思ってもらえる。「若いのに、社会やビジネスの構造がよく見えているんだな」なんて風に思ってもらえる。相手がそういう風に認めてくれているのを肌で感じるんだよ。
そしてさらに、それを実際に技術的な次元に落とし込んで、ソフトウェアという形にして作り上げて「ほら」と見せてあげたら、今度は「この人は、業務を知ってるだけじゃなくて、それを実際に形にすることができる技術まで持ってるんだ」っていうリスペクトまで得ることができる。
そしたら、そのお客さんはぼくのファンになってくれるわけだ。次回からは、直々にご指名が入るようになってきて、でもゴメンなさい、もう今は他の仕事で忙しくて手一杯なんです、ってお断りしなきゃいけないサイクルに入ってくる。予定表はいつも一杯で、昼間は分刻みでアポをやりくりしながら都内をぐるぐる回って、夜に帰社してToDoリストを片っ端からやっつけていく、そんな日々が延々と続いていく。
そして、徹夜に徹夜を重ねたあとにカットオーバーした瞬間の、朦朧としていく意識とともに自分の体から重力の作用がふっと立ち消えていくような、えもいわれぬ高揚感。たとえそれが半年程度のプロジェクトでも、それが終わる頃にはお客さんとはもうまるでオマハ・ビーチの死闘をくぐり抜けた戦友のような知己となっている。
この、やるべきと信じることをカチッ、カチッと片付けていく感覚、そしてその結果として他人から認定してもらえることの喜びが、幸せでないわけがない。
忙しくて忙しくて週に80時間以上働くような生活を何年もしていたけど、全然苦じゃなかったね。
それでもなお、いや、だからこそ、日本のIT業界は救いようがない。
この局所的にみれば顧客満足を見事に達成するごくまっとうなストレス→ドーパミン→ストレス→・・・のサイクルが、心の奥底にしまわれた疑念の声をより一層固く閉ざすことになっていた。まるで、後ろめたい気持ちを感じながらも依存性を断ち切れない麻薬のように。
そんな生活をしていたある日、ひと仕事終えてスターバックスでコーヒーを読みながらしっぽりウェブを泳いでいたら、なんだか得体の知れない不安感のようなものにおそわれたことを思い出す。このとき、とうとう心の底で長らく封じられていた声が聞こえてきてしまったのだった。
コンピュータの性能はこの40年で1億倍になった。当時10億円したメインフレームと同じ計算力を現在なら10円で入手できる。かつては巨大なスーパーコンピュータが設置されている電算室の前にエリートたちが列を作って順番待ちしていたのに、今ではその何万倍もの性能の端末を女子高生たちがポケットに入れて持ち歩いている。
こんな圧倒的なイノベーションが現在進行形で起きている時代にせっかく生きていながら、自分のやっていることのなんとちっぽけなことか。そういう焦燥感を覚えた。
もともと、そういう圧倒的な技術の提供者になりたくてこの世界に来たはずじゃなかったのか。前世紀末、日本が第1次ネットバブルの熱に浮かされていた頃、どうしてもテクノロジーへのこだわりが捨てられず、当時から未来はネットの側にあると感じつつも、どうしてもネットベンチャーで働くという選択肢をとれなかった自分は、こんなことを続けるためにソフトウェアの世界にとどまる決意をしたんだったっけ?
受託開発の世界のどこにイノベーションがあるのだろう?
そういう疑問が堰を切ったようにあふれてきて、そして答えはどこにもなかった。文字通り、どこにもなかった。
情報という財の新しさは、ほぼ限界費用ゼロで劣化なく無限に複製できるということだ。それは理論的にはシャノンが信号を量子化する前から正しいことが知られていたが、コンピュータとインターネットの急激な普及はとうとうそれを現実のものとした。現代は新聞、テレビ、音楽、映画、本などの情報財に囲まれて暮らす豊かな時代であり、そしていまやそれらのコンテンツ産業は情報技術がもたらす価格低下圧力との仁義なき戦いを続けている。主流対主流のガチンコの戦いだ。
一時ロングテールという言葉がもてはやされたが、その頃にはとっくにアテンションのほうが稀少資源だった。情報は加速度的かつ累積的に供給が増えているが、人々が情報を消費する時間は定数で、死蔵される情報ばかりが増えていく。この定理は逆も真なりで、参入に巨額の資本を必要としない情報産業では超優秀な技術者のアテンション(集中力)だけが稀少資源で、それ以外の何物もない。その資源を使ってどれだけレバレッジの効く情報財を生み出せるかが唯一無二の戦略であるはずだ。
であるのに、受託開発の世界には、そういったエキサイティングな革命の歴史とはどこにも接点がない。
生産された財は、最も低水準なサービス財と同様、たった一人の顧客に届けられる。以上おわり。
情報財に固有の、限界費用ゼロで複製できる性質が活かされる余地はまるでない。情報財の競争は人々のアテンションを奪うためにどんどん激化していて、最先端ではもはや「対価は無料に限りなく近いもの」という次元で極限まで「広く薄く」のモデルでバトルが繰り広げられている。今の時代、無料で利用できるサービスが一番クオリティが高いというのは偶然じゃない。これは情報財というものの本質が見えていれば、競争原理が正常に機能した結果だということがよくわかる。それなのに、受託開発の世界の人たちには、そんな土俵が存在することすら見えていない。たった一人の顧客に届ける財なんて、サイエンス的にも、ケーザイ学的にも、古き良き製造業未満の存在じゃないか。
とはいえ、ぼくは、そんなところで働いている人たちに、あまり強いことも言えない。
アメリカなら、ソフトウェアの世界で本来の意味でモノ作りに携われる仕事がたくさんある。グーグルとかマイクロソフトとか、メジャーどころを足し上げていくだけでも10万人以上の雇用吸収力があるから、ごく平凡なスキルのプログラマでも大企業でそういった仕事に就く機会がある。それなりにいい給料で、ステータスもあって、定時に帰るという満足な生活を営むことができる。そういう意味では、外国人労働者との競争とかレイオフみたいな要素もあるけど、アメリカ人にとってのソフトウェアエンジニアという職業は日本に比べたらずいぶん楽できているのは間違いない。
でも、日本にはそういうソフトウェア・プロダクトを製造する会社、ないんだよ、ほんとに。ちょっと前までは日本のネット業界で技術系のベンチャーなんてほとんど皆無に等しかったし、今でもそれほど状況が大きく変わったわけじゃない。
だから、じゃぁどこに転職すればいいの?と聞かれたら、答えに窮してしまう。最も技術的にエッジっぽいベンチャーを全部かき集めても、日本でトップクラスの技術者すら吸収しきれるキャパはない。選択肢がないんだよ。
だから、あんな生産性の低い、たぶん全産業の中でももっとも生産性が低い部類の、ああいう仕事にとどまることを余儀なくされているのだろう。
しかし、本来ならそんな生産性の低い企業は市場メカニズムによって退場させられるはずなのだけど、なぜか日本ではそういうことが起きない。情報大航海プロジェクトみたいなのに代表されるトンデモなバラマキ政策などで植物状態にもかかわらず酸素だけは供給されているから、もうそろそろ死なせてあげるべき企業が死ねてないのだ。みじめとしか言いようがない。
日本のSI業界の過酷な労働条件を改善したければ、やるべきことは労基法の改正とかじゃなくて、市場メカニズムを正しく機能させることだ。日本のIT業界を発展させたければ、援助交際をやめて何もしないことだ。
その結果、そもそも本質的には供給過剰だった多くのSI企業は倒産するか併合され、おそらく数社の大手ブランドと超小規模なブティックに収束することになるだろう。そして一時的には今以上に「見かけ上のサービス供給不足」が起きるが、ユーザ企業はむしろ「無きゃ無いで、割と平気だったのね」という真実に気付かされるだろう。
今までのユーザ企業は実質どうでもいいところまで細かくオーダーメイドで作り込むことを要求しすぎていた。そのくせ、結局ユーザには不評で使われないシステムが量産されていたのだから笑い事ではない。人間の価値観は努力や根性では変わらないから、それが無駄だと気付かせるには外的要因しかない。受託開発サービスの絶対供給量が減れば、そんな無理も言ってられなくなって無駄のない落としどころで需給均衡するだろう。さらにはパッケージを使うべしという駆動力にもなり、より生産性の高いソフトウェア・パッケージやSaaSのような国際競争力の高いビジネスモデルの需要を創出する効果もある。そこへきて先のSI企業の整理統合ではじき出された優秀な人材が本来の実力を発揮して活躍できる新たな機会が登場するというわけだ。おいしい人材を一時的に外資に持って行かれるかも知れないが、低い生産性の企業に優秀な人材を張りつけていることの大罪を思えば、人材に流動性をもたらす触媒になってくれるならむしろ大歓迎だ。
ま、そんなわけで、世の中が目まぐるしく動いているのに自分は・・・という焦りを覚えている心ある技術者は、全力で受託開発の会社から逃げ出す準備を整えたほうがいい。とても残念なことだけど、そこには未来は絶対にないよ、とハッキリと言っておくのが、ぼくにとっての精一杯の誠意だ。
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
2008/09/16 17:29
2007/11/12 08:51
2007/11/10 11:59
jmok007 on 2007/12/11
ISLe on 2007/11/14
現状のやり方をベースに論じるから、そういう絶望論的な展開になると思うぞ。今まで間違ったやり方でやってきたから、こういう結果になる。だから、やり方を変えるべきである。SIもある種の製造業。もっと賢いやり方で製造している業界は他にもたくさんある。それを参考にしたやり方を踏襲すれば、絶望論にはなんらない。来年に施行されるソフトウェアハウス向けの新会計基準は良い着眼点だけど、いまいち変革にはならない。近いうちにある企業から発表されるでしょう。(ほとんどの読者は分からないと思うけど、江島さんなら分かるかな?)
吉政忠志 on 2007/11/14
http710 on 2007/11/12
江島さんの言うこともわかるんですが、その世界観では、ハイパープログラマーみたいな突出した人しか生き残れないし、必要ない、ということになりませんか?賃金低くても、週160時間労働でも、情報の流通性を生かし切っていない仕事ばかりとしても、多くの経営者は、「これで何千人規模のプログラマーを20年くらいは食わしているんだ。放っておけばヒッキーになるような連中を養ってるんだぞ」と開き直ってるんじゃないですかね。今後も、全体としてのニーズやら仕事の量は大して爆発的に増えないのであれば(そう決めてかかっているのが思考停止かもしれませんが、リスクを冒してでも市場拡大を狙ったイノベーションをしかけることはしないという経営判断は間違っているとは思わない)、一人あたりの生産性が低い方が、多くの人に仕事を割り当てることができる、という考え方もある。才能豊かなクリエーターやプログラマーがその能力を十二分に発揮できて一人あたりの生産性があがる。それは結構ですが、「そこそこの人」は淘汰されていいのか?「ムダが人を養う」ということの歴史はとても長い。確かにそれは不健全だけど、あまりに長く続いてきたことを考えると、その不健全を好むのが人間(日本人?改革に対する抵抗勢力?)の本質とも思わなくもない。
一人あたりではなく、全体としての生産量をどうあげるのか?突出した一人が活躍する可能性を広げることが、市場を爆発的に拡大させることにつながる、と考えているのか?(←多分に楽観的で飛躍してると思いますが)
「未来がない」というのは簡単ですが、「あるべき未来」をどう考えてらっしゃるのか。江島さんは要するにアメリカ型の市場原理主義者なのか?という印象を持ちました。
matzanism on 2007/11/12
日本は、どこの業界でも同じ問題を抱えてるのかも知れないが、とにかく日本は諸外国に比べて基幹業務の生産性が低いです。
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/a/79/index2.html
一度、IT業界の再編成を進めて、SAP等のERPパッケージの導入を進めるべきです。
taka21st on 2007/11/12
レバレッジの話、まったく同感です。外出中に携帯から読んでいて、出先なのに頭の中でずっと感想文を考えていました。笑
感想をブログにまとめましたのでご連絡させて頂きます。
(ここへのトラックバックの送り方がどうしてもわからなかったので・・)
http://chikura.fprog.com/index.php?UID=1194812865
chikura on 2007/11/12
業界の構造という問題については、どこの業界でも同じことで悩んでいると思います。
ある意味資本主義ならば仕方のない結果だと思います。
製造業にしろ、建設業にしろ、2次、3次の下請けに仕事は流され
大手のやっていることは基本丸投げです。
IT業界がことさらいわれるのは、その苦しんでいる人たちがWebという公な発言場の利用方法に精通しているからだと思われます。
2次、3次の製造業の現場の方がIT業界の同じような階層の人に比べてそういったものに精通していないのは明白ですし。
また、他業種に比べ大学などを卒業したような比較的学歴というものを持っていると思われる方々がそういう現状におかれていることにも起因するかもしれません。
これについても、製造、建設の設計現場においてはまったく構造は同じです。
いずれにしても、エンジニアリングがからむ業界において自ら手を動かさずにマネージメントと称した丸投げをやり始めたらこうなることは自明の事実だと思います。
Renzo on 2007/11/12
江島さん はじめまして
私は現在中小の受託開発系の会社で
仕事をしていますが
「受託開発」 であろうと
「パッケージ販売」 であろうと
「パッケージ導入による開発」であろうと
特に関係ない気がいたします。
================================================
よく話題になる生産性ですが、
中小に流れてくる受諾案件の発注費が
適正価格よりかなり低い為、
売上ベースがあがらないために言われている事だと
いつも感じで降ります。
================================================
上から流れてくる系以外の案件で
普通に営業でとってこれる案件に関して言えば
★富士通等の大手に頼むと高い、
=>中小で安く
という案件しかなく
その時点でかなり低いにもかかわらず
さらに出来るだけ値切ろうとする
(しかし
・規模は縮小しない
・カスタマイズ率が高い
(SI Web Shopping 等の
パッケージも使用したことが在りますが
顧客の業務仕様によるカスタマイズ率が高すぎて
パッケージを使ったから楽できるわけではない。
逆にパッケージが制約になったりします)
・追加費用を積まずに新規仕様、業界常識による仕様を
突っ込んできる(ついでにやっておいて OR バグだと押切られる)
・遅延による損害賠償契約等を結ばせる
)
だけで、
安く利益を上げるために外人で回している所より
かなり質のよいものを提供している自負はありますが
今の売り上げ形態の仕事だと、一人で2-3個仕事を抱えないと
利益が出ない状態です。
(その割には
「1案件ごとに作業する時間が、
価格に反比例して年々増加している」
気がいたします。)
顧客の意識に
「安物買いの銭失い」
の感覚が実感できない限り、まじめに開発してくれるSeirは
どんどん少なくなってくるでしょう。
==============================================================
■志望者側
そう苦労する割りには
経営者側から見ると売り上げが低い
=>赤字部署だ,生産性が低いと非難される
=>開発部の社員の評価は下がることはあってもあがらない
=>社員のモチベーションが上がらない
というのも
「苦労の割には評価されない業界だから志望したくない」
という風潮があり
■中小の経営者側
「2,3個仕事を平行できるようなベテランじゃないと雇用できない」
という状況もかなりあると思うのですが
いかがお考えでしょうか?
kimurak on 2007/11/11
ご無沙汰です。
この話はSIerには限らないと思います。SIerが10年も前に歩んだ道を、Webサービスの大手は今になって歩もうとしています。両方を通過してみて情けない気分になります。
確かに会社は大きくなってきて内部統制が必要になりました。だからと言って、トップダウンで工程管理をして、企画者である経営層と現場が社内外注みたいな関係になりエンジニアは買い叩いて駒ばかり数を揃えて、それでいて昔のような無茶なスピードばかり要求されてというのではまともな物が出来るはずもない。面白い物を皆に提供して使ってもらい何か日々の生活を便利にすることに寄与すると言ったイノベーションへの意思はもうどこにも無く、雑誌を作って広告を貼る事に終始しているのはテレビの悪い縮図のように見えます。受託から逃げたところで、日本で建設的なことをやっていて商売になっている会社はどこにもないんじゃないですかね。
xana on 2007/11/11
「広告業界の現状と未来を語る」ヤフーブログのyassyluckyと申します。業界は異なりますが、広告業界も類似構造があると感じます。仕事もそこそこに遊んでいる人間はさておき、仕事が出来るという評価の営業であれば、まさにストレス⇒ドーパミン⇒ストレスの繰り返しです。それを続けることは難しくだからこそバーンアウト症候群、鬱病、最悪の場合自ら命を絶つケースもあるのです。
迫り来る既得権益の崩壊に目をつぶり、業界構造改革が進まない現状では、将来が本当に危ぶまれます。私は大手にいるよりも自ら改革の実践をする道を選びました。非常に参考になりました。
yassylucky on 2007/11/11
先のコメントで書き足りなかったことをブログエントリーにまとめてみました。私にとっては、「まだ絶望するのは早い」と感じているので、それについて述べています。
【IT業界進化論: 絶望する前に”SIer 2.0”を目指せ】
http://japan.cnet.com/blog/0040/today/2007/11/10/entry_25001452/
吉澤準特 on 2007/11/10
江島さん
こんにちは、朝之丞です。
私自身は、20数年前から現在(多分今暫くの未来)まで、邦文に有るような状況下に身を置いております。
以前、吉澤さんもお書きになられておりましたが「やらされ感」が蔓延しているのでは?、と感じております。
その中で、私自身は「未だに?いている」のですが、少しだけ希望の光が見えるような投稿も今後させて頂きます。(業界内のSEの横断的なやりとりなど)
以上、今後とも宜しくお願い申し上げます。
朝之丞 on 2007/11/10
私はSIという領域を狭く捉えすぎている人々がSIerの要職に留まっていることがIT業界の問題だと思っています。
江島さんがおっしゃる「受託開発」だけを専業にしている会社は確かに未来がないと私も思いますが、昨今、一部のSIerはそこから脱出しようと必死にもがき始めています。名だたるプライムベンダーがコンサルファームを取り込んでいる動きが象徴的でしょう。
受託開発の案件であるとしても、そこから一歩踏み出して戦略的な提案ができるケイパビリティを持つことが出来れば、そのベンダーの未来は明るくなるはずです。
私が危惧するのは、このエントリーを見て、イメージ先行の学生達がますますIT業界から遠ざかっていくことです。先にも述べているように、少なくともプライムベンダーは変わり始めています。その点を無視して、「IT業界は終わっている」、「SIerに未来はない」という考えを持つのは好ましくないのではないでしょうか?
吉澤準特 on 2007/11/10
今駒哲子 on 2007/11/09
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まったく同感です.鍵はユーザ企業のITの使い方にあると思います.日本のボトンアウプ型組織は効率にITを生かせないため、IT技術者をだめにする道に送りつつである.
http://www.thinkit.co.jp/free/article/0609/14/2/