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梅田望夫と平野啓一郎の対談集である「ウェブ人間論」を読了した。基本的な感想は、この書籍の元になった新潮に対談が掲載されたときに「新潮6月号の梅田望夫×平野啓一郎の対談を読んで」にもすでに書いたし、ここやここでは平野啓一郎本人が登場するというハプニングがあったことも記憶に新しいところだ。その後に平野はほんとうに公式ブログを開設したりもした。これら一連のできごとは、とても楽しいものだった。
だけど、いやだからこそ、この件を引っ張る形でこれ以上書評を続けると知人友人ばかり持ち上げる内輪やらせブロガー的なダークサイドに堕ちてしまう気がするので、この機会に大きく踏み外してみようと思う。
ぼくが今の今まで注意深く避けてきた、グーグルの技術論について、この機会にとうとう語ってしまおうと思う。
■「過去7年におけるグーグル成功の最大の要素は『運』だった」(Sergey Brin, Co-Founder & President of Technology, Google, 2005)
世の中にあふれるグーグル評のなかでぼくが箸にも棒にもかからないと思っているのが、「ページランクっていうアルゴリズムが大発明だったからグーグルは成功したんだよ」って、線形代数さえ学んだことのない連中がいうパターンである。彼らは、ページランクの凄さも凄くなさも、本当の意味ではまるでわかっていない。ここで「本当の意味」といったのは、それを自分たちの未来へ応用できる教訓として読み解けるかどうかという視点だ。
大学の一般教養レベルの初等数学をきちんと学んだ者であれば、アイデアそのものは極めて凡庸であることにすぐ気がつくだろう。論文の被参照構造(リンクポピュラリティ)の計算なんて、教科書の演習問題にさえ載っていそうなテーマだ。
だから、ページランクの凄さは、それが画期的なアルゴリズムだったという点にはまったくなくて、1)それをウェブという将来無限に増殖を続けるであろう対象に対して向けたこと、2)素人にもイメージしやすいアルゴリズムの単純明快さがもたらした強い物語性、の2点にあった。つまり、素人さんが床屋談義でページランクを語りたくなるのはもとより織り込み済みだったってわけさ。
そして実際、将来無限に増殖する対象に対してあのアルゴリズムを適用しつづけることは、とてつもなく難しいチャレンジだった。全体の構造を知るには全体を計算しなきゃいけないからだ。全体そのものが加速度的に巨大化していくのだから、いつか計算力が追いつかなくなってある日突然サービスが継続不可能になってしまうかもしれない。
これはぼくの推測だが、彼らはこれほどのスピードでウェブが発展するとは当時全く思わなかったんじゃないか。もし未来が見えていたなら、この問題はノード数の加速度的な時間発展が加わると無理くさいぞということに気がついて、まともなコンピュータサイエンティストなら捨て去ったアイデアだっただろう。そういう未来が見えなかったからこそ、こんな困難が待ち受けてるとも知らずにふらりと一歩を踏み出せたんじゃないか。
ともかく、彼らは踏み出した。踏み出してからは、怒濤の日々だ。ウェブは常に発展してきた。それは単なるy=cx的な発展ではなくて、y=cx的な発展だった。それが意味するところは、毎日それまで存在しなかった新しい問題が出現するということだ。
そこで彼らはページランクという単純明快なアイデアをより詳細な技術的問題へと分解し、日々登場する新しい問題を丁寧にひとつひとつやっつけていきながら、なかにはMapReduceのようにPageRankそのものより断然エンジニアにとっては興味深いメソッドを生み出したりしつつ、ものすごいスピードで発展しつづけるウェブに今の今まで何とかキャッチアップしてきたんだ。
ときとして無垢は狂気にみえる。梅田さんに楯突くようだけど、彼らは神様のように未来を見通して世界政府の御用達システムをつくるぞなんて高邁な理想から逆引きでスタートしたわけじゃないんだ。彼らはとびっきり世間知らずの、とびっきり優秀なエンジニアだったっていうだけさ。一見優雅な白鳥も水面下ではバタバタと水かきをしているもんだし、昔は醜いアヒルの子だったっていうほうが、よっぽど真実に近いと思わないかい?

by x180
この節の見出しに、去年のWeb 2.0 Conferenceに飛び入りで登場したグーグル創業者のセルゲイ・ブリンの言葉を引用しておいた。「過去7年におけるグーグル成功の最大の要素は『運』だった」ってね。これが謙遜でも皮肉でもなくてリアリティを語ってるってことは、彼の率直な言葉に耳を傾ければよくわかるはずだ。(これめちゃめちゃいい内容だから、誰か翻訳してくれない?>ZDnet編集部?→早速id:fakufakuさんが翻訳してくれました)
■イノベーション=エンジニアの士気
さて、ぼくがグーグルの成功から学んだ教訓はこういうことだ。
まず、「ワタシはこの技術が絶対に次にくると思う」っていう言明には意味がない。ビジョナリーぶって色々なところにツバつけておいて、将来に「ほらね」って言いたいだけだ。悪いけど、それがどんなに先鋭的な専門分野であれ、口には出さずとも同等以上にわかってる奴はつねに100人はいる。それを論文にまとめたりブログに書いたりできるやつが10人ぐらいいて、本気でそれの実現に自分の人生を賭けるやつは1人しかいないっていうだけのことさ。
そうした意味で、検索エンジンがウェブの世界の中枢のひとつになると考えたのはもちろんグーグルだけではなかった。1990年代半ば頃、普通にちゃんと技術を見ていた平均的なエンジニアにとって、検索がウェブの世界にとってコア・コンポーネントであり続けるだろうなんて、むしろ当たり前のことだったよね?
ことの本質は、いかにもオッサンたちが飛びつきそうな「俺様には未来が見えていたのさ」的ビジョナリー史観にはまるで関係なくて、検索エンジンという対象に飽きずに根気強く長期間にわたって取り組めるだけの「魅力的な問題設定」をすることが、当時の他社のエンジニアにとって難しかったということだ。
技術論やイノベーションを語る上で、エンジニアの士気や好奇心やモチベーションほど重要なものはない。てごわい大きな機能を実装するときには、まず関係のない小さなバグを2つ3つ潰したりして準備体操し、乗ってきた勢いにまかせてワーッと書く。文章を書くときだって、音楽をつくるときだって、グッとくる言い回しがひらめいたり、かっこいいリフが頭に浮かんだり、そういうときの嬉しさに乗じて一気に書き上げてしまうもんじゃない?エンジニアにとっては最も素朴な意味での好奇心がダントツに重要で、いったん好奇心が失われたら研究費を1000億積もうがどんな手を打とうが無駄なんだ。どこぞの研究所の所長さんゴメンね、でもこれが現実なんだ。
だから、グーグルの成功要因は、競合する優秀なエンジニアたちの「関心の喪失」からくる「勝手に周囲が脱落していったこと」による生き残りだったのだ、とぼくは考えている。グーグルだけが、常に興奮していられるいい玩具を持っていた。日々いじってて楽しい、ほぼ自動的に新しい問題が次々に供給されるいい玩具を。そのことの重大さに比べたら、アドワーズやアドセンスによる収益化があったからグーグルは成功したんだなんて論は、一顧だに値しない。鶏が先か卵が先かって言ったら、そんなもの、技術の世界では卵に決まってるだろ。井深大や本田宗一郎に聞いてみろ。
これは中島聡さんも言ってたことだけど、エンジニアはそこそこ遠い未来についてはおおむね正しく見通すことができる。この意味で、正しいことを言うのは簡単だ。問題は、それが本当に実現されるのがいつかということであり、もっと難しいのはその正しいタイミングで自分がそこにいることだ。
ぼく自身もこの点では何度も失敗をやらかしてきた。自分の未来予測の正しさを証明したいがために、ズルズルと見込みのない技術に執着するという愚を何度もおかしてきた。心のどこかで、これは時間がかかりすぎるということにとっくに気付いていたにもかかわらず。
だから今ぼくがエンジニアにアドバイスできることがあるとすれば、こういうことだ。1)見込みのあるアイデアを大きなものから小さなものまで常に複数転がしておけ、2)今取り組むべきアイデアは自分の好奇心に聞け、3)妄想からは何も学べないからとにかく動くものを書け、4)それで作ってみたものが面白いということは滅多にない、だから作ったものがなお面白ければそれはいけるアイデアだというサインだからとことんやれ、5)作ってみたものが面白くなければ勇気を振り絞ってボツにしてそのまま放置して別のアイデアへ行け。
いずれにせよ、ギークの描く未来には当たりもあれば外れもある。だけど、ギークじゃないスーツが高いところから語る未来には当たりはひとつもないか、当たってるとすれば退屈なものしかない。イノベーションとはそういうものだからだ。
■自分の場合にあてはめてみる
"Life is like playing a violin solo in public and learning the instrument as one goes on." - SAMUEL BUTLER
〜人生とは公共の場所でただ独りバイオリンを弾くようなものであり、弾きながらその楽器の演奏が上達するようなものである〜
ぼくはいまシリコンバレーに住んで「Lingr(リンガー)」っていう完全ウェブベースのチャットを開発しているけれど、これは心の底から見込みがあると思ってる。7歳の頃からコードを書き始めたぼくの人生これまでの経験と知見を総動員して何度も何度も自問・検証してきたけれど、常時たくさん転がしてるアイデアの中でも「このアイデアだけは間違いなくいける」と、対象に対する枯れない好奇心がゴーサインを、日々のハンパなく激しい一喜一憂を乗り越えられるだけの絶対的な肯定を返してくれるのだ。
ぼくのレーダーにかかっている面白そうなウェブ関連のプロジェクトは世界中に山ほどあるけれど(申し訳ないが日本にはほとんど皆無だね)、たとえばここでぼくがいったん自分の現在位置を忘れて、その中からひとつだけ、どのプロジェクトでもいいから自由に参加できる権利をもらったとすれば、ぼくが選ぶのはGoogleでもFlickrでもYouTubeでもDiggでもSecond LifeでもなくてLingrだ。こんなラッキーなことはないよね。
チャットはただのチャットだとみんなが思っているけれど、ぼくはチャットが検索と同じぐらいウェブのコア・ライフスタイルのひとつになるということを本気で信じている。検索が主役の「知的、整理、公的」な世界観とは正反対に、チャットというのは「(笑)、脱線、プライベート」を旨とする、ブログからSNSへと向かうその先にある、よりすそ野の広い世界だと見ているからだ。コミュニケーションの質としては学会と居酒屋ぐらい違う。
まだ妄想は続くよごめんね。それでいて、世の中を変えたテクノロジーがすべからくそうであったように、チャットは娯楽性と実用性とが高い次元で調和する。さらに、知的なものを整理するのが大好きな知的な人にはなかなか興味がもてないという、先に述べたエンジニアのモチベーション論に照らして強力な参入障壁もある。Cometという基礎技術レベルでのブレークスルーもある。だから、このプロジェクトを進めていく中で、今やってることはこの世界のなかでぼくたちにしかできないことで、ぼくたちがやらなければいけないことなのだ、という使命感にも似たものがちょっぴりあったりする。そして何よりも、作っていてめちゃくちゃ楽しいのだ。
ぼくにとって「自分がいけると思うこと」と「自分がやってること」がここまで完璧にシンクロしたのは人生初(当社比)で、しかもメンバー全員がそう思っているという状況で、「天の時」「地の利」「人の和」がストレートフラッシュで揃ったような霊感を得てるわけ。
おいおい自画自賛もいい加減にしろよってところだろうけど、作ってる人間がとことん惚れ込んでるっていうのは、いい作品が輝きを保つための絶対条件でしょ?(Lingrをご存じない方はこちらの紹介をどうぞ)
もちろん、同じぐらい高い確率で人生最大の壮大な勘違いである可能性もあるけれど、それは歴史がいずれ裁定を下すんだから、1-2年は待ってもらいたいな。
■教養とは優しさである
とまぁ、こんな感じでひとしきり宣言(というか宣伝)もしたところで、やっぱり「ウェブ人間論」に戻りたくなったんだけど、それはふとなぜか、教養というものについて触れてみたくなったからなんだよね。
ぼくは、梅田望夫という御仁は狡猾だな、と思う。グーグルのことをあそこまで絶賛し、脳味噌にコケがむしかかった日本中のマネジメント層にガツンと一発くわせておきながらその一方で、ちゃんと「グーグルが次の10年以降も主役かどうかはわからない」と念押ししてあるじゃないの。
論理で考えればどこをどう切ってもスキのない無敵のグーグルだが、一方でそれを永久に続くものとまで断言してしまうようなナイーブな発言については差し控えておかねばならないという一定の留保を置くだけの冷静な認識が彼にはある。そしてその認識は正しい。市場支配力があるということと時代の寵児であるということとは別の話だからだ。
エクソンモービルやGEはとんでもないゴリラだけど、これらの企業について最後に誰かと話したのはいつのことだっけ?かつてグーグルと同じように全方位無敵を誇ったマイクロソフトが、まさかグーグルを競合として認定しなければならない時代がくるなどとは、誰が予想できただろう?一気に色あせて、まるで水道局や電力会社のように老いさらばえて見える時代がくると?
梅田さんは、その無敵の論理で既得権益にあぐらをかいている強者どもを脅迫すると同時に、新しい世代のチャレンジャーたちには論理を飛躍したところで開かれた未来の存在をほのめかそうというのである。「もはやグーグルがあるからね、君たちにはもうチャンスはないんだよ」とは決して感じさせない。いやはや、大した役者だ。
つまりね、僕がいいたかったのはこういうことだ。
教養という読み、書き、考え、語る力(すなわちフォース)は、弱者に対する思いやりに向けられるときにのみ社会的な意義をもつ。弱者を守るためならば強者に対する攻撃にも実質的な意義がある。それ以外はすべて衒学趣味にすぎない(さもなくばダークサイド)、とね。
本書ではテーマがウェブだったから、梅田さんの基礎情報量が圧倒的に多くて平野が主として引き出し役に回る形になったのはまぁ当たり前だけど、平野の応じ方があらゆるタイプの読者の疑問、とくに「ウェブ進化論」を読んだときに読者が感じたであろう疑問の部分を、かなり網羅的に適切なタイミングで、しかし執拗に代弁してくれているおかげで、ときにはウェブ進化論以上に念入りに詳細に立ち入りつつも、テンポよいラリーが続いて一気に通読できるスリリングな展開となっている。それでいて、いままさにイノベーションに取り組んでいるぼくのような弱者に勇気と希望を与えてくれる「教養書」としてのちからも通底しているのだから。
でも、もしあなたが起業家なら「シリコンバレー精神」が一番のおすすめ。不安と葛藤に悩みながら異国を生き抜いてきた一人の日本人・梅田望夫の日々の思考の断片が克明に記されている。今のぼくにとってのバイブルです。
あ、なんか結局書評しちゃったよ。
♪ 四人囃子 / 一触即発
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