最終更新時刻:2008年10月10日(金) 23時50分

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匿名性は(いわゆる)弱者だけの特権ではない

公開日時:
2006/05/16 20:48
著者:
kenn

あまりに私信の内容が楽しすぎて際限なく続いてしまいそうなので(笑)、今回で私信+αモードはおしまいにして、あとはメールへ移行することにします。

平野からの再返信コメントは読みどころ満載なので、現世に「生きにくさ」を感じているみなさま、是非どうぞじっくりご覧ください。誠実で力強いコメントがたくさんあって、ちょっとした感動モノです。

あと一点だけ絞って続けようと思ったテーマが、匿名性。せっかくDanさんからも乱入していただいたので、あと少しだけお付き合いくださいませ。

ぼくは「はてなに入りたくても入れないみなさんへ#0」から続く5本のポストで決定的にDanさんのファンになっちゃったんだけど、そのDanさんから以下のように突っ込みをいただいて、ようやく「自分が何をわかってないか」に気付きました。

ところが匿名性の達人は、弱者じゃないんだな。

お面をかぶっているのでそのお面にだまされて匿名とすら思っていないのだけど、実は「名刺」で仕事している人たちはすべからく名無し。彼ら自身の名前で勝負しているんじゃなくて、お面で勝負しているんだから。その中でも一番強力なのは「当局の中の人々」で、次が「大企業の中の人々」。

フェアじゃないのはどっちかな?

こういう風に指摘されるまで、要点が掴めてなかった自らの不明を恥じます。

それでもなお、ぼくは匿名性を弁護する側に立っていたいと思ってしまうのは、たぶんぼくは「人間なんて、みんな同じ程度に弱者だ」と信じてるからだろうな。

もう少し詳細にいうと、どんなに強がってる人間であっても、ある分野ではエキスパートとして自己充足と万能感に満たされていても、別のコンテキストでは(外の世界の広さに対して)「こんなちっぽけな自分」という弱者としての自己と向き合わざるを得ない瞬間というのは必ずあって、そのときのコンプレックスや無力感というのは一方の万能感とのギャップが大きければ大きいほど絶望的な深さになることが多いように感じています。そういうときに仮面をかぶりたくなるというのは「一般に強者と思われている」人たちにも等しく開かれた権利であるべきなんじゃないか、と思ってるんです。ステルスモードは「いわゆる弱者(だと思われている人・だと自己認識している人・だと思いこんでいる人)」だけの特権ですらないと。このへんはもう、人間観の違いなんだろうね。

Danさんの例でいえば、「大企業の中の人々」というラベルだけで彼らを「強者」だと認定するのはあまりにも乱暴だと思っていて、ぼくはむしろそんなかりそめのペルソナをちらつかせながら匿名でコソコソと本音を撒き散らす彼らのことを、自らの看板が「張り子の虎」であることに薄々気付いてしまって、それでいてそういう自己の認識と正面切って向き合い切れないという、深い葛藤に追い込まれている可哀想な人たちだと思っているんです。そしてその手の葛藤はぼく自らがさまざまな形で悩み苦しみ通過してきた道で、だからこそ今そのステージにある人たちと自分とは紙一重の境遇だと思うわけで、お節介だけど救いたくもなるのです。そもそもそういう葛藤のない幸せな人は、ぼくにとってはどうでもいい。この点では、ぼくは平野のスタンスに同じ。

だから、

しかし、漠然と社会を批判して、そこに巻き込まれている個人に非はないという語り方は、社会を絶対に変えないんだな、残念ながら。やっぱり、個人の生き方を問題にして、「だけど、それは社会がこうだからじゃないか!」と怒ってもらわないと、人は真剣に考えないものだと思う。

はとってもよく理解できるんだけれども、絶望の淵にあって生きるか死ぬかで迷っているような人たちから、生き延びるための仮面まで奪い去りたくはない。ぼく自身からして、どれだけの偶然や人やコトバとの出会いに救われて今まで運良く生きながらえてきたことか。生き延びてナンボだ。そういうケースはごく少数だろうけど、ぼくのこだわってる点は、きっとここだろうね。

そういえば、ぼくがデュルケームの「自殺論」で衝撃を受けたのは、極めて個人的な意志決定であるはずの自殺という行為においてさえ、恐るべき精度で統計的な規則性が立ち現れるという点だった。孤独な主体のひそやかな計画であるはずの自殺という決断。それが、そんなものはすべてお見通しですよとばかりに、その主体が属する社会というものがある種の絶対的な存在感をもって浮かび上がってくる。

そこには、個人の自由意志には還元できない圧倒的な拘束力のようなものが在り、さらにその拘束力に立ち向かうための銀の弾丸もどうやら存在しないらしいということに、激しい戦慄を覚えたものです。そして同時に、「自殺論」を学んだおかげで、社会という見えざる手に殺される名無しの一人として片付けられてしまうのはいかにもシャクだ、と我に返ったりもしたのです。死と向き合うにいたって顕名を欲望するというのも、複雑な逆説だけど。

だから、「そこに巻き込まれている個人に非はないという語り方」には怠惰な安寧に甘んじる生き方を是認するメッセージが誤って混入してしまう恐れはあるけれど、それでも確実に救われる一握りの人々は存在する、と思っているわけです。

そんなわけで、平野が「自己嫌悪的」に匿名性を批判するのと似たような意味で、ぼくは「自己恩赦的」に匿名性を擁護したいんだろうな。これは、メッセージを届けたい・救いたい心理層の違いであり、平野のいう「複数性」というフレームで包括可能なアプローチの違いでもあると思う。

それから、トラックバックくれたAnnex de BENLIの小倉さんが「匿名の陰に隠れて「上から目線」で粘着したりコメントスクラムしたり」っていうのも、そうすることでしかカタルシスを得ることができないほどに追い込まれてしまう状況というのは「誰にでも起こりうる、誰でも犯しうる過ちである」と思ってるんですね。

赤ちゃんは火傷して初めて、熱いものに触れるのが危険だと知ります。「熱い」とはどのようなことであるかを体験する機会なくして、「ストーブは危険だ」というメッセージは存在しないことと同じです。子供たちは、いつだって、かつてぼくたちが体験したのとそっくりな過ちを犯すでしょう。でも、それは前もって回避されるべき体験ではなくて、むしろ世代を超えて繰り返し反復され、忘れることなく身体感覚として刻まれていくべき過ちであると思うんです。

だから、匿名で思い切り暴れてみる時期があってもいいじゃない。匿名のくせに粘着してしまうっていうのは、匿名だからといって無傷ってわけじゃない(=成長の素となりうる)ことの証左じゃないの。名無しのくせに強がってイキがってるコメントは微笑ましいじゃないの。Danさんに喧嘩売って「お面はがし」やられて恥かくのもいい経験じゃないの。いつの時代だってドロップアウトや不良やヤンキーのような古き良き青少年はそうやってツッパって、玉砕して、恥をかきながら、たくましく大人になっていくじゃないの。ある一定の年齢を超えてからの青少年デビューはエステティックな意味で「かっこ悪い」とは思うけど(笑)、たとえば40代にもなって匿名で粘着してしまう大組織勤めの「かっこ悪い」人たちも、決して褒められたもんじゃぁないけど、その鬱屈を生み出した時代の相を鑑みて、ぼくは赦せるけどな。

そして、ぼくはこういうのはこれからのネット世代が身につけなければいけないサバイバル作法でありリテラシーなのだと思ってる。

さらにこの先には、東浩紀さんのいう「表現の匿名性」に続く「存在の匿名性」っていう議論が待ちかまえていて。つまり、自分という存在の100%を常に誰かに「見られて」いる(あるいは事実としては誰も見てなくても「見られているような気がする」)というのは、耐え難く息苦しい。「誰でもない自分」でいる平穏を確保するために「切断する」ことを望むというのは、自然で健全な欲求なんじゃないの?という話につながっていくわけです。。。って、ここで東さんの名前を出すと、平野はまた厄介なことを。。。って思うかも知れないけど、ぼくは二人とも当代きっての知の巨人だと思って尊敬しているので、敢えて二人への意地悪として。(笑)

さて、歴史的にはたとえば貨幣というメディアがそういうコンテキストの切断(匿名化)の役割を果たしてきていたけれど、ここにきてマネーが完全電子化することでふたたび情勢は顕名性(というかアカンタビリティ)へと揺り戻しつつあり、その極北の試みがスズケンのPICSYだったりすると。だよね?(ここはちと自信なし)

ぼくはぼくなりに、こういう匿名・顕名問題を含む様々な社会問題について様々なパースペクティブを抱き続けてきていて、そうした思想が多かれ少なかれ、今つくっているソーシャルソフトウェアの設計へと色濃く反映されています。

その動機はきっと、匿名だの顕名だのという二元論では語り尽くせない、設計上の繊細なディティールの差異が新しい世界観をもたらす、ということを証明したいからなんだろうな。ステルスモードであることに対して極めて寛容であっても、それが単に2ちゃんねるのようにはならないという制度設計は可能だということを証明したいから。

だから、

やっぱり小説の強度は表現手段の増加に反比例するというような単純な懸念が僕にはあって、ブログで言いたいことを言って、それなりの理解を得ていると、何としてでも小説で伝えたいという切迫感が薄れるような気がする。理解の射程が違うから、問題にはならないかもしれないけど、当面は小説一点集中で力のある言葉を世に送り出したいという感じです。

これは、ぼくのブログの更新頻度が低いことにも関係あるんだよね。と言い訳してみるテスト。(笑)

小説とソフトウェア、手段は違えど自分なりの方法で一点集中して思想を表現していきたいという思いは同じやね。まるまる周回遅れだけど、いよいよ来月末ぐらいには、ようやく胸を張って世に問えるものが出せそうです。お楽しみに。

p.s.
そういえば、テクノラティCEOのDave Sifryが報告してたけど、もはや日本語圏のブログの投稿数は英語圏のそれを追い越してしまって世界一の座を占めているらしい。これには世界中のみんながびっくりしたよね。

Slide0013

これは日本人がケータイから短いブログを細切れに投稿している場合が多いということもあるだろうけど、むしろ匿名の比率が高いおかげで自由に遠慮も容赦もなく日々のことを書いてるからっていうのもあるんだろう。(そこでどうペルソナが分裂してるかどうかはさておき)

こういう日本人の世界的なプレゼンス向上は他のところでも激しく起こっていて、いま猛烈にアツいYouTubeもこれまたすでに利用者の半数が日本人になっていて、好きなアーティスト名とか作品名で検索して小一時間ほど泳いでみるとわかるんだけど、日本の娯楽コンテンツが外国人にバカウケしてる様子をみたり、つたない英語で一生懸命コメント欄でコミュニケートしようとしてる日本人をみたりしていると、なんだかものすごくハッピーな気分になってくる。(そういえばたかみーさんのPVも見つけた。ちなみにぼくのYouTubeプレイリストはこちら。趣味がモロバレですな)

まぁ、この期に及んでYouTubeは著作権がどうのとかしょーもないことを言う連中もまだいるけど、そういうのをリスクテイクというんですよ。わかりましたか?こういう荒削りなイノベーションにワクワクしてポジティブに感じる感性だけはなくさないようにしないと、倫理から入るとビジネスパーソンとしては身動きがとれなくなるからね。って最後はポジショントークで終わりかよ。(笑)

♪ Queen / Bohemian Rhapsody

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。シーネットネットワークスジャパン および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。

このエントリーへのコメント

6

敗北の美学のみが永続的だ。
敗北を理解しない者は敗者だ。
人がもしこの極意を、この美学を、
この敗者の美学を理解しなかったなら、
その人は何にも理解しなかった人である。
(ジャン・コクトー「阿片」)

ひとが強く在りたいと思うのはなぜだろう。
強く在らねばならないと思うのはなぜだろう。
弱さは強さよりも美しい。
強さは醜い。
「コンプレックスやジェラシーの裏返しとしての自慢、傲慢、自己顕示、自己正当化」は、強さへの願望にすぎない。
弱く在ることの苦しみを克服する手段が強さの獲得しかないのであれば、苦しいまま生を遂げることをまよわず選びとろう。

  kenn on 2006/12/19

5

「グーグルが無敵ではないことはエンジニアだけが知っている」から辿り着いて、この記事に触発されたのでコメント入れます。

「匿名性の達人のかぶっているお面」「ペルソナ」とはなんだろう。肩書きのこと?社会的な立場、役割のこと?確かに肩書きで仕事をしている人は多いけれど・・・それってどういうことなんだろう?

フォーマットで語るということだろうか?他人の言葉で語る、ということ?「こういう風に言うことが世間一般の常識だろう」と思われる言い方をするということ?ケインズの美人投票みたいなこと?世間ではこれが正しいといわれてる、ということを根拠に語ること?

自分の頭で考える。自分の言葉で語る。ということは相当に難しいことであるように思う。自分がそうである自信はない。そうありたい、とは思うけれど。

匿名性への擁護論への反論
匿名性の陰に隠れてルサンチマンや社会への敵意、あるいはコンプレックスやジェラシーの裏返しとしての自慢、傲慢、自己顕示、自己正当化をどれだけ吐き出しても、どれだけの量のそれを積み重ねても、そこからその本人が救われることはないのではないか。

そんなルサンチマンからの唯一の脱出口は、自分を肯定すること。自分の情けなさを受け入れること。自分のありのままを受け入れること。その上で、将来の可能性を含めて自分を肯定すること。つまりは普通に言う現状認識をすること。

そこからしか始まらないのではないか。

他人をうらやんでばかりいて、自分の弱さを認められない、そんな立場に身をおきながら、匿名性に隠れてどんなに吠えようと、同じ場所で堂々巡りするだけではないだろうか。

まあ、弱い自分を認められるようになるまでは吠え続けるしか方法がないのかもしれないけれど。

だがしかし、自分の弱さを認められない弱さ、弱者であらざるを得ない自分のあり方を時代のせいにしてはいけないと私は思う。いつの時代であっても自覚的に生きている人間の数は少数であったと思うし、世の中の大多数はエピゴーネン=コピーであったのではないかを思う。それは時代のせいではない。

他人のコピーとしてではなく、個人として生きることはとても難しいこと。

けれど、自分の不満を他人のせいにしたり、他人の足を引っ張ることで自己満足を得たりしていても、それで自分が救われることはないように思う。

匿名性がルサンチマンへのソリューションではないのでは?


こんな投稿を匿名で投げる自己矛盾を感じつつ。

  くろめがね on 2006/12/19

4

あらら。
どなたかのコメントが削除されちゃったみたいですね。ちょっと記憶にないのですが、そんな問題になるようなものではなかったのでは?>編集部の方
私自身が忘れてしまってるぐらいですし。。。

この3年半で、スパム以外では1件しかコメント削除がなかったのがウリだったんですが。(「お前は虫みたいな顔のくせに偉そうなことを言うな」みたいなコメントだったので、まぁこれは速攻で編集部削除をくらったのも仕方ないかもとは思いましたけど。それでもぼく自身なら削除しないですね。)

>さいとうさん

「蓋を開けてみたら、いい年したおじさんが小学生の発言に腹を立てて反論してた」って、絵になってて面白いじゃないですか。

そういう思いがけない赤面シーンみたいなのに、ぼくはワクワクするんですけどね。いい年こいての赤っ恥っていうのは、むしろ誰も諫めてくれなくなって道端でも転ばなくなった大人がすり傷つくって成長する貴重なチャンスだと思う。そこに予防線が張られてたら、なんかつまんないなと思っちゃうんですよ。

だから、ここに直接コメントするんじゃなくて、はてブみたいなところで匿名的・間接的にコメントを残すっていうのは、とても面白い現象だと思うんですよね。匿名性・間接性が促進したアウトプットの増加というか。

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://blog.japan.cnet.com/kenn/archives/002824.html

  kenn on 2006/07/05

3

匿名性といってもレベルがあると思います。
誰からも個人が特定できてしまうようなガチガチなネットは勘弁ですが、年齢・性別くらいは公開した方がいいんじゃないですかね。
蓋を開けてみたら、いい年したおじさんが小学生の発言に腹を立てて反論してたなんてこと、結構あると思うので。

ネットのあちこちで(匿名で)で論争してる人たちが現実の世界で一堂に会したら、きっと面白いことになるんじゃないかな。

  さいとう on 2006/07/04

2

CNET Japan編集部です。

読者のみなさまが寄せてくださったコメントのうち、不適切な表現を含んだものが1件ございましたので勝手ながら削除させていただきました。

今後もCNET Networks Japanをよろしくお願いします。

  CNET Japan編集部 on 2006/06/27

1

すごく興味深い内容だっただけに最終回を迎えて、非常に残念です。

私はまさに新しい文学の誕生の瞬間を見たような気がしました。書簡形式の文学があるなら、当然ブログ形式の文学もあっていいはず。(既にブログ形式の文学があるならこの認識は全く違っていますが)

電車男は偶然が生んだ物語りではあっても、意図のある文学とは言いがたいと勝手に思っていましたが、今回のものはそれとは全く異なるといってもいいものでしょう。

高潔な真実を語ろうとする者の主張を、俗っぽく対話する中で(失礼^^)分かりやすく解き明かしていくという美しい形態!

しかもブログという形態にふさわしく、交わりのない第三者とのやりとりも生じてきて。。。

絶賛です!
続きが見たいというのは一介の観客のわがままですね。ないものに不満を抱くのは本意ではないので、ただ、目の当たりに出来た事に感謝致します。

ありがとうございました。

  ふくちゃん on 2006/05/18

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