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創造的なエンジニアのための働く環境とは(2)

2006/02/11 10:43
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(前回の続き)

前回のエントリには、金子さんが『1人のプロジェクトと、チーム開発をつなぐ「鳥の目」』というポストでトラックバックをくれたけど、そこに書かれていたことが僕的にはすごくヒットだったのでちょっと寄り道したくなった。

今回は「作家と編集者」というアナロジーでいくつもりだったのだけど、ようするに作家(エンジニア)にも色んなタイプがいるってこと。

こないだCNET編集長の西田さんとも話していて、エンジニアのタイプでも最もはっきり分かれていると思ったのは、この2類型。

(1)クリエイター・ギーク系

  • 小規模なベンチャーで新しいサービスを作りたいタイプの人
  • 会社の中で認められたいのではなく、会社の外で認められたい
  • 週末も趣味でコーディングしている
  • お金、ステータスにこだわらない

(2)プロフェッショナル・傭兵系

  • 大規模なプロジェクトで手際よく美しくコードが書ける人
  • 身近な人たち(会社、顧客、家族)を幸せにしたい
  • 「つくりたいもの」よりも「ビジネスになるもの」を優先
  • 安定収入、ステータス重要

もちろん、すべてのエンジニアがこの二種類のどちらかに落ちるなんて言うつもりはないし、両方の要素をバランスよく持っている人を知っているけれど、ポイントは、両方とも優秀なエンジニアでありうるのだけど、その優秀さのベクトルがぜんぜん違う方向を向いているということだと思う。

クリエイター系の人っていうのは、オリジナルの曲をつくってインディーズでもいいからリリースして自己表現をする「ロックバンドで勝負したいタイプ」で、プロフェッショナル系の人なら、自分で何かをつくるというよりもある程度オーソライズされてきた技術分野(言語、OS、セキュリティ、サーバ技術など)で専門性を極めてその分野でナンバー1をめざす「N響(NHK交響楽団)入りたいタイプ」なんだろう。

ロックはスマッシュヒット飛ばせば一瞬で時の人になれる夢があるけど、ブームは刹那的に去ってしまうことも多い。つまりハイリスク・ハイリターン。一方、クラシック音楽はいわゆる世間一般に対して知名度が上がる機会っていうのはほとんどないけど、いったん専門領域でポジションを取れれば末永く食っていくことができる。

この二者が、同じ「ミュージシャン」という職業カテゴリーにしてはずいぶんと志向性が異なることはたぶんほとんどの人が理解できることと思う。

エンジニアにも、実はこの二種類のタイプがあると思うんだ。ところが、ここ10年ほどの間、ソフトウェア業界といったら、ハリウッドよろしく金をどーんとかけて制作費ン億円みたいなビッグ・プロジェクトばかりが注目を浴びていて、クリエイター系のエンジニアがひとりでひそかに作っていた、小さくて醜いアヒルの子なんて見向きもされなかった。映画でもゲームでも、どんな業界でも必ず繰り返す、クリエイター受難の時代だったんだな。

その状況が変わってきたのは、まさにインターネットのおかげだと思う。

ぼくがその昔、夢中になってゲームを作っていた頃には、「制約の美学」があった。

メモリは64KBしかない、画面は横80文字・縦25文字しかない、サウンドは3つしか和音が鳴らせないPSG音源、BASICのインタプリタじゃ処理が遅いから、速度を求められる描画ルーチンとかはマシンが暴走するリスクを覚悟しつつゴリゴリとマシン語でPEEK/POKEするコードを書く必要がある、などなど。

しかし、そういう制約があるからこそ、エンジニアは夢中になれた。山を登るのは、そこに山があるからだ。3つしかないサウンドチャネルのうち、ひとつはメロディに、ひとつはアルペジオを鳴らしてバックの和音を表現し、最後の一つはベースとリズムを交互に表現する、などの凝ったテクニックが流行したものだった。画面が狭いから、その画面内に収まる一行のプログラムでどこまですごいことができるかを競うのが流行ったりした。ぼくが持っていたのはスプライトがないマシンだったから、背景とキャラクターの重なりを表現するために重ねた画像パターンをそれぞれ作ったり、当たり判定を表現するために数学上のテクニックを使って自前でライブラリを作ったりした。そして、そういう全ての作業が楽しくて仕方なかった。それを解決したときの、友人からの「そうかぁ、そういう方法があったかぁ。やられたなぁ。」という一言が嬉しくて。

いまのWebの世界でいえば、ブックマークにJavaScriptを書いてユーザが見てるページに対してアクションが起こせるBookmarkletなんて一行プログラミングそのものだし、ブラウザの互換性の低さもまた、ハードウェア間の互換性が低くて結局みんな一番普及していたPC-9801を基準に作っていたのとそっくりだ。HTTP以外のポートがどんどん閉じられたから、かえってHTTPがどんどん汎用のトンネルとして機能しはじめ、HTTPのさまざまな限界を乗り越えようとこぞってハックしてしまうのも、これまた「制約の美学」にほかならない。そういえば「7行で書くWiki」なんてのもあったっけ。また、ブラウザ上でページ遷移のないアプリケーションがこんなに楽しいなんて、しかもそこそこの規模で作れるなんて、つい最近まで誰も思わなかった。その前提がくつがえった途端、猛烈な勢いでエンジニア間の開発競争が始まって、発掘したトリックの自慢大会が繰り広げられている。これが、いわゆるWeb2.0ムーブメントへとつながる道筋となった。

こういう、やけにディティールでつぶしの効かない知識を競うことを、高林さんが言ったように「バッドノウハウ」とか「奥が深い症候群」だといって切って捨てることはたやすいだろう。でも、ちょっと待って欲しい。ぼくはこの教訓にひとつだけ留保をつけたいと思っているのだ。

ぼくは、「バッドノウハウ」を読んで爆笑するけれど、それは過去の技術にしがみついている人たちを思い浮かべるからだ。フロンティアにある技術を追いかけるとき、バッドノウハウ開拓はエンジニアのモチベーションであり、その深さとパワーは競争力の源泉だ。それはぼくがコーディングを始めたパソコン黎明期の20年前と何も変わっていない。だから、最先端の技術を扱っているときに限っては、「バッドノウハウ」はとてつもなく重大な意味をもつ。問題は、自分が獲得したバッドノウハウにしがみつき始めたときに起きる。最先端の技術を追うことをやめた直後から、その人の持っていた技術的なノウハウはだんだん色あせて、いつしかもっとシンプルな技術の登場によって徐々に置き換えられていく。それは、この世界が新しい世代への新陳代謝を維持するために巧妙に仕込んだチェンジ・エージェントなのだろう。

そして、こういう原始的でディープな技術的お楽しみは、どっぷり浸っている人にしか見えない・理解できない。

ぼくがゲームを作っていた頃も、たとえばうちの母親には何が面白いのかまるでわからなかった。なんせ一番最初に作ったゲームなんて、主人公の絵が「(@@)」で敵が「(&&)」みたいなアスキーアート以下の次元で、8ピクセル単位でカクカクとしか動かないような代物だったのだから、そうとう想像力がたくましくないと現実世界のものとマッピングして理解できなかった。だから、作った作品を自慢する相手といえば、もっぱら同じことをやってる友人たちだった。

うちの母親が、「ゲームってすごいんだねー」というようになったのは、プレイステーションのような高級なハードウェアが出てきて、ハリウッドばりにリアルな3D映像がグリグリ動くようになったからだ。その時差、約10年。市場がそんな風に規模の競争になってから参入したって遅すぎるって。

つまり、いまはクリエイター系のエンジニアの出番が急激に増えてきた時代だっていうこと。そしてそのフロンティアは、まちがいなくWebにある。しかも、誰でもタダでブログが書け、自宅に引き込んだブロードバンド回線にサーバを立てるコストなんてたかが知れている。チープ革命万歳だ。

こういうフロンティアをつきつめるときに、中途半端にすぐお金になるビジネスプランをセットにして考えてしまうと、その一番大切な何かを失ってしまう。もちろん、最後の最後にはビジネスとして成立しなければいけないけど、おそらく普通の人が想像しうる限界を超えてロングタームなものであるはずだ。

とくに初期は、一般人には不細工でしょぼく見えてしまうかも知れない、ちっちゃいアプリケーションにフォーカスしろ。最初から色々使えそうな汎用なものを作るな。入れるかどうか迷う機能は外せ。新しいモノ好きの仲間内でウケるものを作れ。バカは無視しろ。限界ギリギリまで一人または同じレベルの少人数でつくれ。それがうまくいけば、すぐに規模はデカくなる。あとから小さくすることはできない。

そういうことがなぜ重要かを実感レベルでわかるのは、エンジニア出身者でしかありえない。そういうことを、最近つくづく思うようになってきたのだ。何というか、空気の読める人・読めない人としか説明のつかない人生体験の差異を感じるのだ。

だから、たとえばビル・ジョイのような正真正銘ギーク出身のベンチャーキャピタリストがいるシリコンバレーはこういう局面で圧倒的に有利だし、梅田さんの心配ももっともだな、と思うのだ。

何かを選ぶということは、何かを捨てるということだ。両方できるけど、片方の可能性に賭けて100%コミットする。フルコミットしなければ絶対に勝負にならない分野を選ぶ。やってみてダメだったら、やること自体を変える。常に一つのことに集中する。同時に二つのことをやらない。それが選択と集中ということの意味であり、両方やれば一方は成功できたかも知れない可能性を捨てることをリスクテイクという。

そんなわけで、日本と米国にまたがって色んなタイプのエンジニアと一緒にモノ作りを楽しんでいる。はやく紹介したいのだけど、それは時期がきてからのお楽しみということで。

♪ Goldfinger / 99 Red Balloons

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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