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特許における「発明」とは何か

2005/04/12 02:40
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先日、元特許庁審判長の丸山光信さんからメールをいただきました。

当ブログに書いた「『一太郎』訴訟にみるソフトウェア特許のぶざまな現状」および「ソフトウェアをめぐる知的財産権の悪夢」を読んで強く思うところがおありだったのでしょう、ご自身の考えを長文のメールに綴ってこられたのでした。

現場の最前線で活躍されたプロ中のプロの方のご意見、一読してこれは二人の間での議論にしてしまうのはもったいないと考え、早速このブログに掲載してもよいでしょうかと問い合わせたところ、快くイエスと応えてくださったのでここに引用させていただくことにしました。(長文なので、本エントリの末尾に全文を引用させていただきました)

まずなによりもビックリだったのは「特許制度の不安定さは『発明』の定義が明確でないことに尽きる」と結論されていた点です。

えっ、特許って発明を評価するところが出発点でしょう?

「発明とは何か」を定義できないって、おそろしく矛盾していませんか?

心配になって特許法第二条を再度参照すると、「この法律で『発明』とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」とあります。確かに改めて言われてみると明晰さに欠くツッコミどころ満載の定義です。また、同じ第二条にとってつけたようにプログラムに関する補足があるのですが、十分な議論なくとってつけたような感を抱かざるを得ません。

さらに、いただいたメールにはこのような指摘がありました。

ところで,ソフトウェアに関する発明は10年程前までは特許されませんでした。ところが法改正することなく特許されることになりました。発明の対価が数億円とも成り得る特許権が,法改正も無しに,出願拒絶されて「ゼロ」の価値であったものから,ある日突然特許となり「数億円」もの価値となることが,法治国家で許されていることに先ず危惧を抱いています。この法律でない単なる審査基準の変更の理由について,特許庁は業界からの要望だけを揚げ,今までの拒絶理由が正しかったのか誤りであったのか即ち法の執行に誤りがあったのか否かについて何も説明していません。これでは,審査,審判は法によらずに恣意的であっても良いことになり,江島さんの不安以前に,法に従う義務を有する行政庁たる特許庁が,その義務さえ放棄しているという重大事を有しています。

法の運用の真髄は「(絶対的な)正しさ」ではなく「納得性」だということを理解できるぐらいには世の中を知っているつもりですが、これでは誰ひとり納得できないでしょう。

そして、ここから展開する丸山さんの理論は、私なりにサマライズすると「具象(有体物)は特許するが、抽象(概念)は特許しない」というものです。つまり、記号列としてのソフトウェアコードは発明とみなさないが、ソフトウェアを記憶媒体に焼き込んで装置に組み込まれればそれは発明とみなす、というものです。この理論に照らして様々に事例を吟味したことがないので私自身の評価は一応保留したいと思いますが、第一印象は良さそうに感じました。「いかなる形式であれ記号は特許しない」とする考えには全面的に賛成ですし、アルゴリズムもユーザインターフェースもそれ自体では特許されないことになり、これで事実上、ソフトウェアそれ自体には特許侵害のリスクがないことが保証されるからです。

なお、丸山さんの理論の原文は以下にもあります。

実効ある特許権のために(日本弁理士会機関誌「パテント」2004年5月号より)PDF

知的財産権(無体財産権)の推進が技術立国を掲げる我国の重要政策となり,又,発明の対価が1億〜600億円と高額の価値を認められる等,知的財産権が国民から注目されている現在,その基本である特許権が必ずしも安定して機能していると言えないことは,非常に残念である。これら特許権の不安定さは結局,「発明」,「方法」,「特許請求の範囲」について,特許制度に関係する人々の間に共通認識が無い事に尽きると考える。

特許問題に関心のある方には、ぜひ積極的に評価していただきたいと思います。

さて話変わって、mixiには「ソフトウェア特許うざい」というコミュニティがあって、ソフトウェア業界の著名人たちが集まりつつあるのですが、私がいつもインスピレーションをいただいているシステムアーティストの安斎利洋さんがここで秀逸なコメントを残していたので引用させていただきます。

コモンズは牧草を例にしていますが、牧草のような二次元の平面を塗り分けるようなモデルで考えると、知的所有権の問題はずれてくると思います。知的財産の空間モデルは、平面ではなくて分岐構造で、どんどんルートに近い陣地をとろうとするから、ねこそぎコモンズを独占してしまう勝者が出現する。

こんな研究があります。

著作権の最適保護水準を求めて
https://www.moba-ken.jp/core/core01.html

「最適」をどういう評価基準にするか、たとえば社会全体の利益なのか、著作権をもっている人の利益なのかによって話は違うけれど、どっちにしても権利をがちがちに保護するところにミニマムがあるわけでない、という研究のようです。ちょっと違法コピーがあるほうが儲かる、というようなことも扱っているらしい。

こんなふうなうやり方で、特許の対象となる「知識」の数理モデルが研究されれば、かならず現行制度のおろかさが見えてくるはずだし、もしかすると誰もが「認めてもよい特許」という客観的判断基準が出てくるかもしれない。

うまく言葉にできていませんでしたが、まったく同じことを私も感じていました。

「コモンズの悲劇」とは、希少資源が共有された場合に生じる裏切りの連鎖が悲劇をもたらすことの、ゲーム理論的数理を論拠に私有の重要性を見つめ直すものでしたが、知識は「誰かが消費したらなくなる」という類の有限資源ではなく、相互作用(共有)によって拡張していくものです。

そしてまた、安斎さんが暗に指摘されている通り、知識とは進化生物学的な意味で遺伝性・蓄積性のあるものです。従って、この「コモンズの悲劇」の議論を知財に援用するのは根本的な間違いといってよいでしょう。

アンチコモンズの悲劇?−知識の私有化の光と影−(RIETI研究員:中山一郎氏)

「コモンズの悲劇」が発表された30年後、ミシガン大学のヘラ−教授とアイゼンバーグ教授は、同じくサイエンス誌において「アンチコモンズの悲劇」という論文を発表した(Science Vol.280 698 [1998])。彼らは、バイオ分野の研究を例にとりながら、知識の私有化(Privatization)は、コモンズの悲劇を解決はしたが、アンチコモンズの悲劇という新たな悲劇を生み出したと指摘する。米国におけるバイオ分野の研究の多くは連邦政府の研究機関や大学等非営利機関によって実施されており、かつてはその研究成果は誰でも利用できる状態(パブリックドメイン)にあったが、80年のバイ・ドール法の成立以降川上の基礎的な研究成果の私有化が進み、いまや知的財産権の蔓延(proliferation)ともいうべき事態が生じている。このような川上の基礎研究部門(例えば特定遺伝子をコードするDNA配列)における特許の乱立は、川下の最終製品(例えば薬剤)の開発をブロックしたり、ライセンス時のさまざまな条件により川下での利用に多大な負担を強いる。しかも、川上における権利は細切れで権利者は多数に及び当事者間の取引コストが高い上に、関係者間の異なる利害関係や権利の価値を巡る評価の相違等の要因が加わるため、パテントプール(複数の特許権者がそれぞれの特許をプールし、一元的に管理してその利用を図ること)といった従来の手法は有効に機能せず、結果的に資源の過少利用という「アンチコモンズの悲劇」が生じることとなる。

なんとも皮肉なことに、知識を有限資源とみなす誤謬は、アンチパテントの主張を持つ論者によって最初に書かれたのでした。「アンチコモンズの悲劇」という論文のタイトルがキャッチーだったのでサイエンス誌に採用されたのでしょうけど、以上の議論を踏まえるとこれがミスリーディングなモデルだとわかるはずです。

考えれば考えるほど、知識とは何か、情報とは何かということが、このような権威ある一流の学者にさえ正しく理解されていないことがもどかしくてなりません。

皆さんのよいお知恵をいただけないでしょうか。

Wiener Philharmoniker with Georg Solti / Wagner: Der Ring des Nibelungen


≪丸山光信さんからのメール≫

 拝啓 始めてメールさせて頂きます。私は元特許庁審査官,審判官,弁理士で,現在は無職です。江島さんのソフトウェア特許に関する主張を読みました。江島さんがソフトウェア特許に不安を抱いていることが良く解りました。ところで,ソフトウェアに関する発明は10年程前までは特許されませんでした。ところが法改正することなく特許されることになりました。発明の対価が数億円とも成り得る特許権が,法改正も無しに,出願拒絶されて「ゼロ」の価値であったものから,ある日突然特許となり「数億円」もの価値となることが,法治国家で許されていることに先ず危惧を抱いています。この法律でない単なる審査基準の変更の理由について,特許庁は業界からの要望だけを揚げ,今までの拒絶理由が正しかったのか誤りであったのか即ち法の執行に誤りがあったのか否かについて何も説明していません。これでは,審査,審判は法によらずに恣意的であっても良いことになり,江島さんの不安以前に,法に従う義務を有する行政庁たる特許庁が,その義務さえ放棄しているという重大事を有しています。そして,その原因は,「発明」(=「技術」,私は同義だと思います)が何かその定義が明確でないことに尽きます。特許制度の核とも言うべき用語「発明」が明確で無いため,ソフトウェアだけでなく動植物や遺伝子等の発明が何時突然特許され,或いは特許されなくなるか,予測が不可能で,特許制度自体非常に不安定な現状にあるのです(マスコミで有名な中村先生の青色発光ダイオード発明の対価が,地裁と高裁段階で2桁も違ったことに,市民が大いに驚いているという報道がなされました。裁判所間で2桁も異なる判断が生じる理由の一つに,用語「発明」が明確で無いことがあるように思います。特許法ではその対価は,その「発明」によって得られた利益及びその「発明」の創作への貢献度で決定する,と規定しています。即ち,対価は,その特定の「発明」のみに基づいて決めるのですが,用語「発明」の定義が不明確で有ればその捉え方によっても大きく異なるように思います)。

 江島さんはソフトウェアについて,その構成を2つに分けて述べていますが,用語「ソフトウェア」が表現している対象は一義で無く多義である点に賛成します。但し,「ソフトウェア」が特許になるか否かという問題を解決するためには,私は,その対象を技術と非技術に分けるべきだと考えます。即ち,「ソフトウェア」であっても,発明となるものと発明にならないものがあると言うことです。そして,そのように2つに分けるためには「技術」(=「発明」)が何か誰でも容易に理解出来る定義が必要です。ところが,特許庁の審査基準を始めとして,特許法を専門とする学者(大学教授)や弁護士,弁理士が著した本でも,明解なものは無いように思います。特許法第2条の発明の定義は,発明は技術であると言っているに過ぎません。尚,米国やヨーロッパでも特許してますが,発明の定義が明確でないため,「ソフトウェア(コンピュータ・プログラム)」が発明かどうかに現在でも迷いがあるようです。

 ここに,私が現職時代(20年も前)から有し,その後審査官,審判官,訴訟代理人,弁理士において実践し,然も誰にも否定されなかった特許制度の原論とも言うべき理論があります。私の発明の定義を用いれば,多くの問題は解決するように思います。以下,私の理論を簡単に説明します(詳細については,日本弁理士会機関誌「パテント」2004年5月号の「実効ある特許権のために」の拙著を参照して下さい。同論文は同会のホームページで公開されています)。

「発明」は「技術」と同義です(技術思想,技術的思想も同義)。

発明とは具象手段のことです。

具象手段とは,この世に現に実在する有体物(自然人及び自然人を除く物)を手段とするものです。この場合,「有体物」はこの世に実在しますが,「手段」は人が「有体物」から人の欲求を満足させるためのものの観点から抽象する概念ですから人の頭脳内にしか存在しません。そして,自然人(の行為,「行為」とは法律用語では「精神活動に基づいた肉体運動」,特許侵害行為も肉体運動)を具象手段とする発明を「方法」の発明,物を具象手段とする発明を「物」の発明と言います(従って,「ソフトウェア(コンピュータ・プログラム)」に関する発明は,物の発明しか有りません。「ソフトウェア(コンピュータ・プログラム)」が自然人(の肉体運動)と係わることはありません)。

「方法」の発明の例として,編み棒と毛糸玉だけを用いて自然人がセーターや手袋を編んで製作する製造方法の発明があります。その他,宮大工,陶工,刀工,鍛冶工等を技術者と言って,自然人自身を具象手段と見てきたことは歴史的事実です。(現在常識となっている「方法」はその中味は何もなく誰も確信を持って説明出来ていません。と言うよりも,「方法」が何で有るか解らない人が多数であり,少数の解るという人でもその解釈によりどのような利点があるのか説明出来ません。物事の解釈は利点があって始めて意味があるのです。何の利点もない解釈は正しい解釈ではありません)

 尚,当然,具象手段に対して抽象手段が存在します。抽象手段とは,この世には実在せず人の頭脳内にしか存在しないものであって,人の欲求を満足させるためのものです。例えば,科学や文芸物です。各種法則(自然法則,経済法則,社会法則等),2次方程式の解法,情報(知識),夏目漱石の「坊ちゃん」,ベートーベンの「運命」,ミレーの「落ち穂拾い」です。両手段の効果は,大きく相違します。具象手段は有体物が有する効果であるため誰にも同じ効果をもたらすのに対して,抽象手段は人の脳細胞を直接刺激して精神活動を起こさせて始めて効果が生じるため個々の人の理解能力によりその効果が異なります。

 理解を容易にするために,携帯電話機を例として説明しましょう。携帯電話機において,具象手段は携帯電話機の有体物部分であり,抽象手段は携帯電話機の科学的知識部分です。特許出願の際必要とされる発明の明細書は,発明即ち具象手段である携帯電話機を第三者に分かり易く説明するためのものであり,その説明手段として最も合理的である科学が用いられ,科学的知識で表現されますが,これも抽象手段です。そして,携帯電話機によって人々が享受する利益の99.99%以上は具象手段によるもの(使用利益)であり,抽象手段は0.01%以下(知識としての利益)に過ぎません。要するに,携帯電話機がどのような原理で動作し中味がどのような構造から成るかどうかその科学的知識(抽象手段)を知らずに,児童から老人まで圧倒的多数の使用者は携帯電話機(具象手段)が有する便益を享受しています。

次に,ソフトウェアについて説明します。

 ソフトウェアはハードウェアに対する言葉です。しかし,ソフトウェアは,現在多義的であって必ずしも明確ではありません。しかし,元々,具象手段としてのコンピュータ装置を説明するために用いられた技術用語です。コンピュータ装置(電子回路)の構成要素で,受動素子としての抵抗R,コイルL,コンデンサCと,能動素子としてのトランジスタTrと,スイッチ素子としてのトランジスタTrの,電子回路素子をハードウェアと言います。現在の技術では,1cm角のチップに1000万個の前記電子回路素子が搭載されています。これらの電子回路素子で電子回路を形成しますが,スイッチ素子をオン,オフすることにより素子間の接続を変えて別々の電子回路を形成し,電荷を移動させることにより,信号処理しています。現在の技術では,1秒間に10億回も電子回路を変化させています。そして,このスイッチ素子のオン,オフを決定するのがプログラムです。即ち,各電子回路素子の接続関係を,プログラムで与えられた所定の順序でスイッチ素子をオン,オフさせて別々の電子回路を形成して動作させ,所定の順序で電荷を移動させ情報処理させます。このように,プログラムによって柔軟に電子回路を変えることからこのプログラムをソフトウェアと呼び,これに対して構成要素としての電子回路素子は変わらないのでハードウェアと呼んだのです。要するに,具象手段としてのコンピュータ装置を容易に理解出来るようにするため,その表現のための技術用語として,固定的な電子回路素子をハードウェアと呼び,柔軟に電子回路を変えるスイッチ素子の所定の順序のオン,オフ動作機能(プログラム)をソフトウェアと呼んだのです。即ち,ソフトウェアは装置(物)の一部の機能を表現するものです。従って,ハードウェアだけでは動作しませんからコンピュータ装置ではありません。“コンピュータ,ソフト無ければ唯の箱”と言う表現は,事の本質をついたものなのです。

(これを比喩的に広げて,現在では,コンピュータ装置(電子回路)の構成要素としてのCPU,記憶装置,入出力装置等周辺装置をハードウェアと呼び,これらを動作させるプログラム及びプログラムを使用するための環境や手引書を含むドキュメントをソフトウェアと呼び,更に広げて,建物など箱物をハードウェアと呼び,それを運用する人をソフトウェアと呼んでいます)

 このスイッチ素子のオン,オフを「1」,「0」で表現して人が読み取れるようにしたものを機械語,機械語から成りコンピュータが実行できるプログラムを目的プログラム,プログラム言語で書かれ人が容易に理解出来るように自然文に近づけた状態のプログラムを原始プログラムと言います。目的プログラム,原始プログラムの何れも,印刷して人が読んでその内容を理解出来るような状態にあるプログラムリストは,抽象手段であるから発明ではありません。他方,目的プログラム,原始プログラムの何れも,記憶媒体(内部記憶装置及び外部記憶装置)に記憶され,物化されて具象手段(の一部)となると,発明です。ソフトウェア(プログラム)が記録されたCDは処理装置として発明であり,住所録等の単なるデータが記録されたCDは処理装置としては発明ではありません。両CDは物として異なり,価値も違います。(住所録の住所は抽象手段に価値があります)

このように,用語「ソフトウェア(プログラム)」には具象手段(の一部)を(その動作機能として)表現する場合と,抽象手段即ち表現そのものを意味する場合の両方があるのです。そして,前者は特許法で保護され,後者は著作権法で保護されるのです(尤も,コンピュータ・プログラムを著作権法で保護することに疑問を持っていますが,これについては別の機会に譲ります)。但し,ソフトウェア(プログラム)は,具象手段と抽象手段が極めて近接している技術として特異である点に注意して下さい(コンピュータ装置によって,自身の一部機能である具象手段としてのプログラムを,人が読んでその内容を理解出来る表現である抽象手段としてのプログラムリストとして,容易に印字出力し作製できる)。他の技術,例えばキーボードにおいて,その有体物としての具象手段と,その表現としての抽象手段(文章,静止画,動画,模型等)が全く異なることはお解りでしょう。(実物の餅から絵に描いた餅は作れません)

 ソフトウェア(プログラム)は特許されますか,という質問は,言葉はその言葉で表現された対象が何であるか(前記例では具象手段と抽象手段)を考えていないもので,質問自体意味が明らかではありません(江島さんが「ソフトウェア」を2つの構成から成ると分けて分析され,言葉を大切にされていることで,私の理論を真摯に聞いて頂けると思い,このメールを差し上げる気になったのです)。これは,数学は特許されますか,という質問と同様です。例えば,電子回路において特定の周波数の信号を通過させ或いは遮断する部品にフィルタがあり,このフィルタにプロセッサ・チップを用いたディジタルフィルタがあります。このディジタルフィルタは勿論具象手段ですが,そのハードウェアは周知であって表現するまでもないので省略され,そのソフトウェアの特徴である部分が伝達関数を用いて数学的に表現されます。その伝達関数さえ開示されていれば,ディジタル処理するためのプログラミングは従来知識で容易に行え,具象手段としてのディジタルフィルタが容易に想定出来るので,ディジタルフィルタの発明が開示されていると認められるのです。従って,数学は表現の一部に過ぎず,発明の特徴が数学で表現されたのであり,それが特許されるのです,数学そのものは発明ではありません。これは,抽象手段としてのソフトウェア(プログラム)は表現に過ぎず,ソフトウェア(プログラム)で表現された動作機能を特徴とする具象手段としてのコンピュータ装置(装置の一部品としてのソフトウェア(プログラム)が記録されたCDを含む)が発明であり,それが特許されるのであって,ソフトウェア(プログラム)そのものは発明でないことと同じです。数学と同様に,技術に最も近い学問である工学も,科学であり表現そのものに過ぎません。

 出願発明が記載された特許公開公報が審査前に公開されても特許制度に影響しないことは,発明の本質がその具象性(具象手段)にあってその表現(抽象手段)に無いと言う私の理論が正しいことを裏付けています。従って,抽象手段としてのソフトウェア(プログラム)を公開しても特許侵害はあり得ません。しかし,具象手段としてのソフトウェア(プログラム)を作製する(プログラムを外部記憶装置に記憶させる。理論的には,内部記憶装置に記憶させる)と物の生産行為として特許権の侵害となります。勿論,具象手段としてのソフトウェア(プログラム)を公開すると,譲渡の申出行為として特許権の侵害となります。

 猶,ビジネスモデルが方法発明として特許されるか否かが現在問題となっていますが,前記した私の発明の定義に依れば特許されません。それらの「方法」は何れも特許法が定める「方法」に合致しません。問題の解決はいたって簡単です。もし,ビジネスモデルを実行するのに便利な具象手段が存在すれば,その具象手段が物の発明として特許されるでしょう。

 次に,特許法2条の(発明の定義)の「自然法則を利用した技術的思想」は,具象手段を言い換えたに過ぎません。ニュートンが自然現象を万有引力の法則を用いて認識し,解釈し,判断し,表現するよりも,ずっと昔から,人類は万有引力という自然法則を利用した技術を使用してきたことは周知の事実です。流体力学に関する諸々の自然法則を知らずに,昔から水力を動力とした技術は沢山ありました。特許庁の審査基準でいう「情報処理(例えば,データ圧縮処理)自体が自然法則を利用」するは,その文章自体誰も理解出来ないでしょう。情報処理自体は,プログラムに従って処理されるのであって自然法則とは無関係です。前記審査基準を引用して,情報処理中に万有引力の式「f=K×(M1×M2)/R*2」を用いていれば,自然法則を利用しているという審査官や特許関係者がいます。しかし,これが誤りであることは特許と直接関係ない方々にとっては容易に解ると思います。前記式を利用することと,万有引力の法則を利用することとは全く別ですし,万有引力の法則の利用は自然現象そのものとしてです。「自然法則の利用性」に関しては,特許法を専門とする学者(大学教授)や弁護士,弁理士が著した本でも,容易に理解出来るような説明はありません。

 要するに,物事を議論するためには,共通認識のある言葉を用いる必要があります。しかるに,特許の世界では,その中心的言葉である,「発明」,「技術」,「方法」の何れにも定義さえなく,共通認識のある言葉とはなっていません。まるで,自国語しか解らない日本人,韓国人,北朝鮮人,中国人,ロシア人,米国人が6カ国協議を真面目に行っているとしか,言いようがありません。冗談であれば,そのまま放っておけばよいのですが,特許の世界の人は真面目な人が少なくないだけに,始末が悪いのです。そのような出鱈目な状態で何か主張しても,相手に本当の意味が伝わる筈もなく,物事が解決することはあり得ません。

 以上述べたように,特許に関する諸問題の大半は,前記用語を明確にすることで解決されます(動植物や遺伝子等の発明が特許されることは,それらが具象手段として存在でき,私の発明の定義に合致しますから当然です)。そして,現在私の知る限り私の理論以上に明確なものは無いようですので,先ずはそれを採用してみれば良いと思います。それでも,ソフトウェア(プログラム)について問題点が有れば,そこで考えれば良いでしょう。意味不明な無限定の言葉を用い何ら整理することなく各分野で個々の問題を作り出しても,問題が増えるばかりです。唯,混乱に拍車を駆け,問題は拡散するばかりです。

 最後に東京地裁の「一太郎」判決について,簡単にコメントします。結論として,この判決は「発明」を正しく理解していないので,賛成できません。問題となった用語「アイコン」について,裁判所が技術を無視しているように思うからです。明細書を読めば容易に理解出来ることですが,特許発明の用語「アイコン」は,スクロールバーや「メニューメッセージ」(という言葉)をも「第2のアイコン」と呼んでおり,又図面にはアイコンそのものの図は描かれていません。つまり,表示画面上に表示された実行機能付きの記号等普通「アイコン」とは言わないものも含め,それらを用語「アイコン」で代表していることは明らかです。情報処理技術用語としての「アイコン」より広い意味で用いられていることは容易に解ります。その技術的内容とそれを表現する用語に乖離があるのです。当該特許発明の目的,効果は,実行機能付きの「記号」が有する機能の説明を,簡単な操作で表示することです。「記号」の表示形態は発明の範囲外です。要するに,機能の説明を表示処理する装置が具象手段であり,用語「アイコン」は「記号」を代表して表現する抽象手段に過ぎません。簡易一太郎は「?」だけだから「アイコン」で無いので侵害せず,一太郎は「?」と「絵」から成るから「アイコン」であり侵害する,という判決は,発明(具象手段)を審理せず,「記号」の表現(抽象手段)を審理しているのです。特許と無関係の方々が可笑しいと感じているその原因は,此処にあるのでしょう。猶,用語「アイコン」のままで特許した特許庁も非難されるべきです。尚,本件発明が特許されるべきであったか否かですが,「技術」,「発明」が何か理解出来ない人がその容易性を判断出来る筈もないでしょう。コップに技術的に意味の無い突起を付加することが容易であると思いますか。人の意味の無い行動は予測不可能です。

 この事件と同じ例を付け加えます。東京地裁判決 平成16(ワ)8967号「着信表示方式」です。この特許発明は,着信した電話の相手方を表示する電話装置であって,予めメモリに電話番号と名前をその重要度や緊急度に応じてグループ別に記憶しておき,グループに対応する色或いは音等で表示するものです。この件は,特許請求の範囲に記載された用語「ランク」が争いとなりました。判決は,広辞苑を引用して,用語「ランク」は「順位」を観念するが,グループには「順位」という観念は無いと述べています。しかし,発明の詳細な説明の欄では「ランク」付けするのは人間であって,電話装置ではありません。具象手段としての電話装置は,装置自身に「ランク」付け機能は有りません。即ち,用語「ランク」には技術的裏付けがありません。「ランク別」と「グループ別」は技術的に同じです。用語「ランク」は抽象手段の問題であって,具象手段の問題ではありません。結果として,判決で否定された被告の主張が正しいのです。技術的裏付けの無い用語は技術用語でありません(「ランク」の意味を広辞苑を引用して決定していますが,広辞苑は技術用語辞典ではありません,尤も,出願人,特許庁もそれで良しとして,記載し特許していますので,裁判所だけの責任ではありませんが)。

以上のように,判決の両方共に,用語と技術内容に乖離があります。酷い言い方ですが,判決は技術を無視した言葉遊びに惰しています。これは,技術が何か理解していないためのように思われます。要するに,技術を具象手段と定義し,その具象手段を表現した抽象手段と峻別すれば,上記のような特許と無関係の方々が可笑しいと思う,技術的に非常識な判決は生じないでしょう。

 だいぶ長くなりましたが,私の理論を説明させて頂きました。お役に立てれば宜しいのですが。何か疑問,質問があったら遠慮なくメールして下さい。

2005.4.7 丸山光信

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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