お隣の渡辺聡さんのBlogで「千夜千冊を終えて、越えて」を読み、セイゴオ・スペクタクルのその後を知る。
千夜の尾っぽは、ブライアン・グリーンの『エレガントな宇宙』だった。超ひも、超ムズカシイ「M」の謎、だけど惹かれる理論物理学の先っぽ。ウィッテン・シュワルツ・グリーンときて、スモーリン・ペンローズとミーハーどころを貪るも、行けど巡れど晴れることなき素人の哀しきかな。
思えば世にはわからぬことばかり。だからこそ、生涯学び続ける喜びがあるのだろう。
不肖私儀、何を隠そう二十代の半ばまで学なきことこの上なし、読書なし弁舌なしの無知蒙昧な輩であった(今もその事実はさほど変わらぬが、気持ちだけは前向きである)。学生時代にもっと幅広く学べばよかったなぁと恥じ猛省の一方、人生は本当に日々勉強なのであって、いつ始めても遅すぎることはないと開き直ってもいる。この週末も、明け方まで友人と青臭い書生談義をしていた。こういう人生も悪くない。
もし読者の皆さんが十代の学生だとしたら、いまは目一杯遊んでもいい。ただし、人生のどこかでは、血眼になってトコトン学ぶ時期を定めて欲しいと願う。ガッコウのお勉強はつまらないかも知れない。偏差値の点取りゲームもつまらない。でも、ホンモノの学問は間違いなく面白い。歳を重ねれば重ねるほど、昔はムズカシくて諦めたり興味も持てなかったようなことが、スーッと目の前で雪解けてくることがある。この瞬間がたまらない。
具体と抽象は表裏一体なのだから、現場にも行くが沈思する時間も要るのである。ニュースも漁るが古典も読まねばならないのである。社交と孤独は表裏一体なのである。一生懸命仕事に取り組まれている皆さんこそ、一度はウェブにソースを頼ることの限界を見定めて、処方箋的なハウツー情報の喧噪から少し離れたところで濃い書籍と格闘してみるのはいかがかな、と思う。
先の渡辺聡さんのエントリでは以下のような指摘がある。
ウェブの世界で最近起きていることといえば、情報の断片化と分散化である。サーチエンジンが良く使われるようになり、位置ファイル単位で情報が流通しやすくなったことなどが原因として指摘出来るが、結果として情報の背後にあるコンテクストが薄くなった。断片的に押し寄せる情報に対してあっちとこっちの関連性を紐付ける場面が少なくなっている感覚を受けている。これは情報そのものが変わったというよりは、断片的な情報に触れる機会の方が多くなり、シェア変動が起こったことから緩やかにシフトが起きているというのが現実に近いだろう。失われたものは読み手が引き受けるしかない。リテラシーは以前より必要になっている。
ジャン=フランソワ・リオタールが「大きな物語の凋落」と形容した、ポストモダンないしハイモダンの時代。かつての数少ない情報チャンネルに「大衆」が群がる図式から、細分化された多数の情報チャンネルに分断された「分衆」が群がる図式に変わってしまった。宮台真司が「島宇宙」と定義したような小さな物語、小さなコンテクストの重要性はいや増す。
前世紀末以降、数学や物理学の理論を社会学の舞台に引っ張り出して比喩に用いると「知の欺瞞」だの「アナロジーの罠」だのの誹りは免れなくなったわけだが、敢えて類比を試みるならば。
アインシュタイン以降、絶対時間や絶対空間という考え方はひとまず無効になっている。ここでは誰もが自分自身の時計と座標系をもつ資格を与えられている。ただし、この類比には抜けがあって、相対論的変換=ローレンツ変換はなめらかだ。どんな極端な結果も、途中は常に連続している。ある観測者の時空は、別の観測者から見れば引き延ばされたり縮められたりして変形しているかもしれないが、しかしパンのようにスライスされてトランプのようにシャッフルされたりはしない。こういうところに科学者たちのエステティックな嗜好性を見ることができる。
しかし、島宇宙を縦横無尽に横断してしまうサーチエンジンは、あらゆるコンテクストをズタズタに切り刻んでシャッフルしてしまう。それゆえに、ネットを使いこなすであろう人間の側にはむしろ今まで以上にメディアリテラシー・ネットリテラシー・情報リテラシーが求められてしまう。ネットの空間は物理宇宙ほどエレガントではない。
本屋に行けばあらゆる情報が得られるが、だからといって本屋に行く誰しもが博覧強記なわけではないように、インターネットにアクセスできるというだけで可能性が広がったと考えるのは、アクセプターとしてのユーザの認知限界・リテラシー・モチベーションを見据えなければ「意味のない可能性」になってしまう。大局的に見れば、ボトルネックは道具ではなく人間なのだ。
Kenn's Clairvoyance : ネット・リテラシーと民主主義と
離散数学の様式に幽閉されたいまのコンピュータ・サイエンスでは、非マルコフ過程のようなコンテクストを背負った情報の取り回しが絶望的に難しい。計算量爆発が起きないように、まるで腫れ物に触るように丁寧に近似をしていき、どこかでバッサリ諦める。これは必要悪だ。
とはいえ、カオス理論において単純なセル・オートマトンが非線形系の挙動のある側面、アトラクタや冪乗則などの俯瞰的な秩序を再現できるモデルとなるように、シミュレーションという新たな実験物理学的なアプローチの地平はまだ残されている。だがこれとて、我々が実在を直観している「コンテクスト」というものが一体何であるかという問いには答えてくれない。コンテクストとは、より小さな秩序であり、状態の歴史と記憶のストックである。
論理・離散・デジタル・可算濃度の限界を超えて直観・幾何・アナログ・連続体濃度クラスの問題系を扱えるポスト・ノイマン型アーキテクチャの登場、グロタンディークのような破天荒な仕事の後継者が待ち望まれているのかも知れない。今のコンピュータがシャノンの情報理論だけでは成立せず、ファラデー・マクスウェルの敷衍した電気電子の物理学の進歩、シリコンや非鉄金属などの材料物性工学の進歩などを待たねばならなかったように、プランク長のミクロな世界の物理学の発展と新しい数学の合流が、次のコンピュータ革命の基盤として求められるのかも知れない。
量子コンピュータという、かすかに見えている素晴らしいアイデアも、ブール代数のような論理・離散・デジタル・可算濃度の数学パラダイムに押し込めてしまっていることが、ある種の隘路なのではないかと予感されてならない。実に惜しい。少なくとも、半世紀以上の歴史を誇るノイマン型コンピュータのイノベーションを後から追いかけていくのは経済合理的ではないだろう。
宇宙がエレガントかどうかは、ひとえに主体たる我々の受け止め方次第である。答えのない問いと向かい続けることで、果たして「何事かが幾分かは前進した」といって人生を終えることができるであろうか。ここに述べたような問題意識に対し、私やあなたは生涯を通じて一体何ができるのだろうか。
今回は敢えて「不親切」に、とにかく自由に発想したことを書き留めてみた。もちろん盲信に値することなど何もない。私の言い分を適度に相対化して受け止めてくれ、あなたの中の知性=Skepticismが目覚めてくれたなら、こんなに嬉しいことはない。
♪ The Philosopher Kings / Turn My Head Around
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B.Greeneさんはご存知のように,今年になって「The Fabric of the Cosmos」を出版されています.彼等の理論を用いて宇宙というものを説明しようとしています.L.Smolinさんのものよりも,もっと生き生きとしています.