最終更新時刻:2008年9月5日(金) 23時13分

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青色LED訴訟から学ぶこと、学ぶべきでないこと

公開日時:
2004/02/13 17:52
著者:
kenn

中村修二氏と日亜化学工業の青色LED訴訟で、日亜側に発明の対価として200億円の支払いが命じられた件について、すでにあちこちで語られている。

東京永和法律事務所 青色LED 中村修二 v. 日亜化学

中でも面白かったのが、木村剛氏のBlogだ。

週間!木村剛<セールスは技術開発より難しい>

私の見解を先に言ってしまうならば、木村氏の論旨とほぼ同じである。強いて違いを言えば、私は中村修二氏の報酬が5%でも50%でもどちらでもよいと思っている、ということぐらいである。ただし、以下に述べるような前提があれば、だが。

私がここで殊更に強調したいのは、この末尾の一文である。

もっとも、この日亜化学工業の場合は、ひどい待遇や名誉毀損などに対する慰謝料相当分がかなり含まれているとみるべきだろう。その意味で、この判決は特殊事例だ。今後のベンチマークとして考えるべきではないだろう。

すでに語りつくされていることであるが、この事件には運命のいたずらとしか思えないような特殊な状況の積み重ねが背景にある。にも関わらず我々は、このような特殊な事件からも例えば「時代の変化を読み取ろう」などと恣意的な理解に努めようとする。

しかし、このような例外的な事件から何らか一般化可能な事柄を見出し、学ぶということはできない。むしろ、今後の産業界における技術者の待遇をマジメに考えるという観点からは、話題にしやすいからといって安易に引用しない方がよい議題であると思う。

その前提ありきで、他の判例から隔離された「特殊な」個別案件として扱う限りにおいてならば、個人的に中村氏を応援する感情からむしろ200億ぐらいは奪い取って欲しい。と、そういうことである。がしかし、もし産業界が愚かにもこの特殊事例を特殊たらしめている事情の詳細を削ぎ落としてしまい、数字を一人歩きさせようとするならば、私はこの数字については断固反対の立場である。

この判決について難色を示している右寄りの財界人の多くは、本件に関して伝え聞いた表面的な理解から似たような危惧を抱いているのではないかと思う。このことからも、すでに恐れていた数字の一人歩きが始まっていることが感じられるのだ。

今回は、このような例外的な事件に対する慎重な姿勢を保ちつつ、そこから一歩引き下がって思うところを述べたいと思う。

■特殊な事例に向かうときの心理

人々は、極端な事件に接すると何かを言いたくなる。

マグニチュード7の地震が10万戸の家屋を倒壊させたり、テロリストが飛行機をハイジャックして超高層ビルに激突して3000人もの死者を出したり、一日にして証券市場が20%以上暴落したり、1ヘクタールあたり700万匹のイナゴの大量発生に遭遇したり、我々が生きている世界ではそういった事象が突発的に起きるものである。

このような大事件を目にしたときに人々がとる行動は、およそ3つのパターンに分類できる。ある人は、このような異常な結果をもたらした犯人捜しを始める。犯人を見つけると、その事件に至るまでのストーリーを一本組み立てて攻撃を開始する。またある人は、このような事件には潮の満ち引きに相当する周期や法則があると考えて分析を始める。またある人は、神仏の仕業であると諦念をもって受け入れる。

いずれも、人類の陥りがちな思考パターン、すなわち単純な因果律が世界を支配している「はず」だという決定論的な思い込み、あるいは人類の叡智が永遠に及ばないところのものであるという思考停止の思想である。その背景に共通するものとして、理解できないものへの畏怖がある。

ある人にとって、普段接しているスケールを大きく超えた事象に接したときの反応というのは、極めて理性的に分析しているようでいて実は拒絶反応に近いものであったりする。理解できないものを理解できた気になりたいため、すでに持ち合わせているロジックに何とか押し込もうとするわけである。

今回の件でも、200億円という一般人の感覚では理解できない空前の報酬を素材として様々なドラマが巷で語られている。パスカルが「もしクレオパトラの鼻が低かったら世界の歴史は変っていただろう」と語ったように、この手のドラマをドラマたらしめている数々のきわどいシンボリックな事象との因果関係について、ゴシップとして面白おかしく語られている。この手の因果関係は再現性の低さという観点である種の文学であり、真実を炙り出そうというアプローチの対極にあるものである。

これが100億円でも、もしかしたら50億円でも、やはり同程度に話題になったのではないかと思う。日常的なスケールを超えたところでは人間の感覚は鈍いものだ。多くの人にとっては、むしろ2000万円と1000万円、あるいは1000万円と500万円の収入差の方が生々しく感ぜられる。

しかし繰り返しになるが、突出した例外的な事件ほど人々の話題に上りやすいというのは強固な真実である。そして、一般化という過程は例外を発見する過程の裏返しでもあるということも、また事実だ。

では、我々はこの例外から一体何を学び得るのだろうか。

■テクノロジーとマーケティングのバランス

私自身は技術職から販売職にゆるやかに転向しつつ両方を経験してきた身として、そのいずれにも深淵なるディティールが存在していることを理解しているつもりだ。

一般論という観点においては、日亜化学工業の言い分である「5%」という数字は感覚的にいって恐らく妥当な水準である。ただし、それは健全な意思決定プロセスと健全な資源配分プロセスに則って健全に操業していれば、の話である。(残念ながら、日亜化学工業はそうではなかった。)

木村剛氏が言うように、販売のための活動には研究開発に劣らずノウハウやパワーが必要である。一流の営業は、一流の技術者と同じぐらい芸術的なセンスでビジネスを獲得してくる。「あいつには動物的な嗅覚がある」とはよく言われることだ。どんなに素晴らしい知的財産も、売れなければ生き残れない。例えば、世の中には研究開発というファンクションを持たない会社の方が多いのである。基礎技術に依拠しない周辺要素、例えばサービスの質に対して社会が多くの対価を払うようになっている現在では、これは当たり前のことである。

そして、コンサルティング会社などのハイタッチなサービスを主とするビジネスでは直販営業の比重が高いが、製造業などにおける先行投資と回収のパラダイムではマーケティングの比重が高く、チャネルを通じてのセールスに後方支援を行う意味合いが強い。

流石に「いいものを作れば売れる」などというナイーブな経済感覚の社会人はもはやいないと思うが、企業活動は頭でっかちではダメで、筋肉ばかりでもダメで、心身ともにバランスよく健康でなくてはいけないのだ。

■技術者の待遇はどうあるべきか

若くて野心あふれる技術者たちは、この一件が衆目を集めることで「研究開発部門の待遇や地位が今よりもっと改善されるだろう」と短絡的に期待するかも知れない。もしくは、もっと進歩的に「会社と個人の関係が変わるだろう」と考えるかも知れない。しかしコトはそれほど単純ではない。

技術者の待遇は、正しく一般化を行えば、やはりありふれた雇用契約の形態に収まるのである。

例えば、世の中には典型的な2つの雇用モデル、定収保障型の雇用モデルと成功報酬型の雇用モデルがある(通常は両方のハイブリッドであるから、相対的にどちら寄りであるかという意味になる)。定収保障型がいわゆるサラリー契約であるのに対し、成功報酬型のモデルは定収保証型に比べて低い賃金をベースとし、プロジェクトが当たれば収入が売上・利益と連動して実入りが増えるというハイリスク・ハイリターンのモデルである。

成功報酬型モデルは、一般に企業の短期的な業績に貢献することを求められる営業職のインセンティブプランとしては有効だが、企業の中長期的な成長にコミットしてもらわなくては困る研究開発のメンバーに適用するのは極めて難しいことである。なぜなら、そこには言下に「業績が悪ければレイオフを覚悟せよ」という意味さえも含まれるからだ。そのような不穏な雇用条件下では、知的労働者は存分に集中力を発揮することができない。

我々は、サラリーをもらって安定的な生活をするという社会に慣れすぎて、「日々、安心して食べていくことができるサラリーのありがたさ」を忘れてしまい、隣の芝生の青さが気になっているだけなのだ。ここでも、行動心理学者ダニエル・カーネマンのいう「人は低い確率に対しては過大評価を、高い確率に対しては過小評価をする傾向がある」という心理が垣間見える。成功報酬というスタイルの華やかさの陰には80%の失敗談があるのだ。これを決して美化してはいけない。

■まとめ

この事件は正真正銘の例外である。従って、この事件を踏まえて制度を考えたり社会の仕組みを変えようとするのは馬鹿げている。それがここでの結論である。この事件から学べることは、当たり前のことを当たり前に再認識することだ。

つまるところ、これからの時代には技術者自身が確固たる人生哲学を持つことが必要になる。何が自分の労働のモチベーションか。どのような生き方をしたいのか。何を優先させたいのか。そのようなことを自問しつつ、世間のムーブメントなんてものは自分で作り出し掴み取るものだ。安易にルサンチマンになってはいけない。

ひとつだけハッキリしているのは、同じ組織にいて日々カネのことばかり考えているカネの亡者には絶対にカネでは勝てない、ということだ。ごく稀にCEOよりも稼ぐエンジニアがいるという会社もあると聞くが、それは宝くじと同質な「幻想によるプロパガンダ」、あるいは「モチベーション維持プログラム」の類であり、期待値という観点では絶対に勝てないように調整されている。

もし金銭的な収入が優先事項であるならば、とっととカネの亡者に職種転換するか、幻想を換金する権利(ストックオプションのことだ)を手に入れるか、自分の収入を自分で決められる立場になる(つまり起業する)しかない。

この事件は、そういった形で「自分と向かい合うこと」について考えさせてくれる。

Kelly Simonz / Silent Scream

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。シーネットネットワークスジャパン および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。

このエントリーへのコメント

1

確かに、そのへん自分でもツッコミたくなってきました。「技術者は・・・」という主語に少々違和感ありますね。

今にして思えば、全体の流れとしては技術職という括りではなくサラリーマン全般、で終着してもよかったかも知れません。技術職という定義を何となくgivenにしてしまったのは、出発点が「青色LED訴訟で技術者(研究者?)が会社に勝利した」だったのと、あとはカネのことに関して相対的にナイーブな人々、という括りの象徴としてと考えてのことだったわけですが。。。ちょっと安易だったかも知れません。

  kenn on 2004/02/15

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