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CNET Japan ブログ

ブログはつまらないものに「成り上がった」のかもしれない。

2007/11/27 12:43
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プロフィール

殿岡良美

幻の博覧会「世界都市博覧会」で、インターネットを応用した公共イベント企画をプロデュースしたことが、ネットでの活動の出発点でした。しかし結果はご存知の通り。あるいはその未完の記憶が満ち足りない思いを私に残してしまったのか、ネットという愛すべきも、摩訶不思議で捉えようのないものに惹かれ続けてきました。リアルとネットが激しい火花を上げている今日。CNETでは、あらゆる前提や先入観にとらわれない視点から、BigBang的なIT論を展開したいと考えています。
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佐々木俊尚より:

 11月23日、「ブログ限界論」をテーマにしたRTCカンファレンスに出席した。このテーマについてはご存じの通り、上原仁さんの事前アジェンダ設定がかなりの波紋を巻き起こし、さまざまなブログでさまざまな意見が書かれた。議論がどう広がっていったのかについ[続きを読む]

私事ながら、連休体調を崩しその前後忙しかったこともあり、「ブログ限界論」を巡る議論について後から知った。で、佐々木俊尚さんの記事からリンク先をあちこち読んでおおよその状況は把握した(と思う)。佐々木さんの続報が出てからエントリーを書こうかと思っていたのだけれど、霧笛さんにつられる形で少し。

つまりタイトルは、一言で言えばブログという表現ツールがコモディティ化したというか、大衆化したというか、一般化したというか。きれいな言葉で言うと急速に成熟化したと。で、今までのようなマーケティング手法は通じないだろうと、そういうことだと思う。

というのは、「ブログ限界論」のコアにあるのは主としてコンテンツではなく、ブログメディアの限界論であり、その限界論は個人のブログが商業的対象になり得るかどうか、つまりビジネスとしてのブログ稼業の将来性にちょっと疑問符がついているかなと、ポジション的にもコアにある人から嘆息が漏れていると思われるからだ。

霧笛さんの言われるとおり、ブログコンテンツに関して限界が出ていると思っている人は、おそらくいないと思うし、私もそうである。昔ブロゴスフィアの中心で盛んにいいコンテンツを書いていた人が最近書かなくなったからと言って、次々と新しいいいブログがオープンされているように思うし、今後もそれは続くだろう。従って、コンテンツ面での将来を憂慮する必要はないように思う。新聞の将来、雑誌の将来をメディアとしての可能性としては憂慮する声はあっても、広く押しなべてこれらメディアのコンテンツが劣化しているとは思えないし、ブログもそうであるだろう。

だが、はっきりしていることは、数年前とは違ってこの国は世界でもっとも多くのブログを量産する国になったということであり、ブロガーなど石を投げれば当たるほどになったという市場の決定的変化である。ツールとしても、いまどきトラックバックやRSSで驚嘆の声は上がらず、当たり前に受け止められるようになった。むしろトラックバック・スパムなどのマイナス面が強調されるようになったのも、このメディアが急速に成熟し、コモディティへの道を辿っているということに尽きるように思う。

コモディティ化するということが、「成り上がった」のか「成り下がった」のかは、私には俄かに判断できないし、ブロゴスフィアへのそれぞれの関わり方によって異なると思うが、例えば、梅田望夫氏の「ウェブ時代をゆく」では、自分や自分の業務領域がコモディティ化することだけは、とにかく要注意だというようなことが書いてある。梅田氏の言う意味は多重であり、ここで深くは論じないが、1つには一般的にサービスがコモディティ化することで、低付加価値化への道を辿るということがあると思う。それは、ブログを商業的な対象とする立場からは、望ましいことではないが、実は一般のブロガーや読者にはあまり関係のないことではある。

こうして考えてくると、例えば「アルファブロガー・アワード」のような催しは、徳力さんたちが使命感を持ち、実際にこの国のブログシーンを切り開いてきた歴史的意義は認めるが、コモディティ化するブログシーンにあって、これ以上の継続に関して意味的な限界が近くなってきていることは確かだと思うし、それは認識されるべきだろう。ブログ草創期には、ブログという名前は知っていても、どこの、誰のブログを読めばいいのかわからず、いわば安心できる質の評価がされたガイドブックが必要だった。アルファブロガーの称号を持つ人たちのブログをRSSリーダーに登録しておけば、ひとまずは安心できたのである。

つまり、「アルファブロガー・アワード」は、明らかに未成熟の商品が市場に導入されるときのマーケティング策としてはきわめて有効であったと思われるが、その商品が大衆化し、一般化し、日常品となったときには、その注目度や価値は低減する。特に「アルファブロガー・アワード」は広くノンジャンルにブログ界というもはや、大海原どころか宇宙のようになったブロゴスフィア全体から誰かに賞を与えようというのだから、ミシュランガイドよりも評価基準は茫漠とならざるを得ない。2005年や2006年の草創期に選ばれたならともかく、今後は下手をすると「アルファブロガー」はモーニング娘。と同じ道のりを辿る危険性があると思う。というか確実にそうなるだろう。

こんなことはおそらく、主催の方々は十分に承知しておられるとは思うが、今回の騒動のコアが、商業市場としてのブログシーンが予想よりもブレイクしないことへの苛立ちのようなものが、滲んでしまっていたところが気になった。ブログに今後良質のコンテンツが期待できないのではないかという危機感と、それに大して十分な期待していたほどの商業敵対価が付与(授与)できないのではないかという危機感とは質を異にするからだ。

私は、米国でのブログ事情にはそれほど詳しくないからそれ以上論評できないが、企業ブログはともかく、個人のブログに対して対価を還流させるマネーフィードを日本でマネージメントするのは、限界があるように感じている。米国でも注目シーンはブログよりもFacebookやMySpaceなどのSNSに移っているように思う。セッションでも話題になっていたが、優れた書き手、高付加化価値を持ったコンテンツを作り出せる書き手の前には、ブログに限らず様々な活躍の舞台が用意されるようになったし、また全く対価を得られなくても、仕事における名刺代わりとして、信頼を獲得するための、非常に有意義なビジネスツールに働くことも、先の梅田氏も前著の中で指摘しておられる。アフィリエイトのような個人完結型の収益モデルは、今後もそれなりに(小遣いの範囲で)動くだろうし、ロングテールとしての市場モデルは今後もアリなのかもしれないが、それを越えた高額のフィードバックが今後も個人ブロガーになされる仕組みがあまねく実現できるとは、どうも私には思えない。

勢いそれは、最近問題になっているトラックバック型のスパムや、企業のやらせブログと同一視される危険を逃れづらいし、その微妙な境目のところをおやりになっていくのが、そうしたビジネスモデルの「チャンス」でもあるのだろうが、どうだろうか。オピニオンリーダーとしての個人ブロガーというものがあったとして、優秀であればあるほど今後はより新しいメディアにおける発信の機会が増えてくる以上、ブログという1つのメディアにおける立居地への付加価値も、今後は適度な水準に均等化されてくるのではないだろうか。

ただ、ここで印象的だったのは、それら商業的な位置づけとかけ離れて、今回「ブログはつまらなくなった」という見方に対して、猛反発の声をあげていた人たちの多くは、それで儲けられるとか、商業的フィードバックを今後も期待できるというような理由ではなく、ブログからもっと根源的な力、生きるための力、生きていくための力、助けていくための力、働いていくための力のようなものを得た経験を持っている人が多いように感じた。そういう人であればあるほど、ブログの未来を強烈にまだ信じている。

で、その未だ無尽蔵のエネルギーを大切にしていくこと。それをまず正面から直視して、ブログ成熟時代の新しいビジネスモデルはその後ゆっくり考えても遅くないように思う。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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