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Second Lifeは本当に「閑散として」いるのか。---ネガ報道の裏側と「時間の問題」

2007/11/24 18:01
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プロフィール

殿岡良美

幻の博覧会「世界都市博覧会」で、インターネットを応用した公共イベント企画をプロデュースしたことが、ネットでの活動の出発点でした。しかし結果はご存知の通り。あるいはその未完の記憶が満ち足りない思いを私に残してしまったのか、ネットという愛すべきも、摩訶不思議で捉えようのないものに惹かれ続けてきました。リアルとネットが激しい火花を上げている今日。CNETでは、あらゆる前提や先入観にとらわれない視点から、BigBang的なIT論を展開したいと考えています。
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CNETに掲載された「Second Lifeが閑散としてニコニコ動画が人気なワケ--カギはユーザー間の同期性」の中で、日本技芸リサーチャーの濱野智史氏の語った興味深い指摘が紹介されている。

濱野氏はニコニコ動画の時間性について「疑似同期」という言葉で説明する。動画の同じタイミングで表示されるコメントの1つ1つは、それぞれ現実の時間の流れの中では別の時間に投稿されたものだ。しかし、動画を視聴するユーザーから見ればあたかも数多くのユーザーが同時に動画を見ているような感覚になるということだ。

濱野氏は、ニコニコ動画や、Twitterにおける時間軸の考え方として「疑似同期」という概念について述べている。つまり、実際に時間軸を共有していなくても、Twitterやニコニコ動画では、あたかもユーザー同士が同じ時間軸を共有しているような「錯覚」が生まれ、これがこれらのメディアに人気が集まる大きな要因になっているというものである。それに対して、Second Lifeでは時間軸は「真性同期」であり、ただでさえ少ない接続ユーザー数が、より時間軸にそって「分散され」余計に閑散として見えるというものであり、今後SecondLifeではこの「後の祭り状態」を克服するための工夫が求められるのではないかというものである。

非常に興味深い意見であり、なるほどとも思うが、私にはいくつかの点で引っかかるものがあった。まず、仮に現在、未来型のネットサービスというような、一連のサービスがあるとして(大雑把な言い方であるが)、それが仮にまあ、ニコニコ動画であり、Twitterであり、Second Lifeであったとしよう。濱野氏の説を押さえつつ定義を行えば、ニコニコ動画は投稿動画を共通基盤として、それへの感想コメントを「疑似同期により共有する」サービスであることになる。また、Twitterは「携帯を中心としたモバイルメディアにおいて、ユーザーの体験を「選択同期」により共有するサービスである。

で、Second Lifeについてはこの時間軸を「疑似同期できない」点が、人気のない要因とされているのだが、それは一面的な見方ではないだろうか。というのは、Second Lifeでは「3次元空間の共有」という重要な特徴があり、それは「時間軸のマネージメントに優れた」とされた先の2つのサービスでは、絶対に体験することのできない機能であるからである。つまり、これは時間と空間のどちらが大切かというような議論に近いものであり、であれば答は「どちらも大切であり」「どちらも捨てることはできない」という回答にしかならない。したがって「空間」について言わず、「時制」のみを成功の原因として分析することには、いささか前提条件が不足しているのではないか。

さらに、これら各種のネットサービスは、果たして「並立して比較される対象として」論じるべきものなだろうか。私が先のエントリー「初音ミクが、もうセカンドライフに引越しを完了している件について。(引き分けですね)」で言いたかったのは、パッケージソフトで生まれた初音ミクが、異なるメディアメディア=ネットサービスであるニコニコ動画でブレイクしたこと、そしてそれはすでにSecondLife上にも「移転」されていることであった。この例は典型的な例だと思うが、そもそも今後のネットサービスは、果たして1種類のみで、我々の拡大し切った期待やニーズを充足していけるのだろうか。ここまでメディアリッチになった世界において、それぞれが分業あるいは融合して我々のニーズを掬い取っていくことにしか未来のメディアの展開はないのではないか?

実際初音ミクというソフト単体では、時制に関するあらゆる機能は持っていないわけであるが、それはニコニコ動画という新たなプラットホームを得てこそ可能になったのである。そしてそれはSecondLifeを利用することで、今後3次元空間に、さらなる可能性を開いていくかもしれない。

つまり、今後のメディアは、旧メディアのような「テレビかラジオか新聞か」というような枠組みのきっちりとしたフレームに沿って「競合」するのではなく、それぞれが柔軟に融合しながら形を変え、「柔らかいメディア」となって共存していくのではないか。「どれが勝つか」という一本線では整理できない状況になってきているのではないか。

確かに、Second Lifeにおける「空間の共有性」が、ハードウェアの限界や1SIMあたりのログイン人数、あるいは過度に強調された企業参入ラッシュと実際の「閑散とした」状況のギャップにより、疑問を呈されていることは事実である。実際、Second Lifeの日本人アクティブユーザーは確かに少ない。(35,841人/2007年10月3日現在)企業SIMの多くが閑散としているのは紛れもない事実である。しかし、SecondLifeの将来性を見るときに、1日本という島国で、春以来展開された偏った参入報道とその結果だけを見ていていいのだろうか。

私はここ1ケ月ばかりの間で、多くのSeconLife体験デモを人に見せる機会があった。その中で来場者が決まって求めるのは、新聞や雑誌に報道された有名企業SIMに行って見せてほしいというものであった。私は承諾するが、必ずその前に「行ってもそこにはほとんど人はいませんよ」とお断りを入れてから見せるようにしている。実際、大規模参入が大きく報道された企業SIMに行っても、1人のアバターに会えればいいほうである。閑散とした空間を見て、来場者が嘆息をする様子が薄暗いプレゼン会場でもわかる。

だが、私はそのあとで必ず、Second Lifeの中で始終人の絶えない空間を案内して、その差について考えていただくようにしている。特に大きな企業経営者の方たちに対しては強調してそれを語るようにしている。
1SIMあたりのログイン限界がせいぜい上限80人程度にも関わらず、Second Lifeにはいつも満員でめったに入ることのできないような人気SIMがある。もちろん風俗関連や、camp(踊ったり座ったりしているだけでLS$がもらえる)関連も多いのだが、それだけではない。たとえばMagSLtokyoのAKibaなどは、誰もアバターがいない状況など見たことがない。campが多いとはいえ、japan_resortは世界でも屈指の人気エリアであり、24時間人が絶えない。先日デモを行っていた時には、ちょうどSIM・Blue Coreからイタリア人の歌手のライブコンサートが始まるというNoticeがタイミングよく入ったので、早速移動して、デモの参加者にも超満員のコンサート会場をお見せすることができ、「これは凄い世界だ」という感嘆の声が会場から上がっていた。
もしも私が、有名企業の閑散としたエリアだけを見せてデモを終わっていたら、参加者には昨今のSecond Lifeへのネガな意見と同じ感想しか残らなかっただろう。サービスの紹介者の紹介の仕方で印象はがらりと変わる。

こうした経験を通じて思うことは、SecondLifeであれどこであれ、人が集まらなければ、集まるサービスやコンテンツを考えればいいことで、インフラの不備ばかりをあげつらってもしょうがない。ニコニコ動画もヒットする投稿がある一方でほとんど誰も見ない動画がどれだけ埋もれていることだろうか。そもそも、人の来ないホームページがあるからといって、原因はインターネットの構造に問題があるからだどという人は今でこそいないだろうが、インターネット草創期には、それすらもインターネット自体の限界として混同して論じる風潮があった。それを私たちは既に忘れているのではないか。

報道というものには、いつも一方的で波がある。持ち上げられたものは、必ず落とされる。特に我々日本人にはその傾向が強い。知ってはいるのに踊らされる。今年の年頭から「つくられた」SecondLifeブームに踊らされたのも間違いかもしれないが、その反動で手のひらを返したように、この爆発的な力を秘めるサービスを悪しざまにばかり言うのも間違いであろう。実際、我々の日本で繰り広げられた一瞬の喧噪は、海外に対してそれほど影響を及ぼしていないし、人の集まる理由のあるところには現在の能力のぎりぎりのところまで、ちゃんと人は集まっている。そこがあまりにも論じられていないように思う。ましてSecond Lifeの抱えている問題はハードウェア的な問題が解決すると解消される性質のものが多い。それこそ「時間の問題」なのである。

ただ、だからここでやっぱりSecond Lifeだと言い張るつもりもないのであって、先にあげた「疑似時制」についていえば、今後Second Lifeユーザーは面白い経験をしたら、どんどんニコニコ動画にあげていきましょうなどと呼びかけるのも一案であろうか。そうした形で連携融合ができることが、将来成功するサービスとしての必要十分条件ではないかと思うし、その連携融合の中からこそ、新しい成功は生まれてくるように思う。実際「時間を超える」ことはSecond Lifeよりは、ニコニコ動画が得意とすることであれば、それをユーザーは利用すればいい。いつも万能のただ1つのサービス、何でもかなえてくれる唯一無比のサービスを我々は求めているわけではないし、その必要もない。もちろんニコニコ動画に対しても、Second Lifeに対しても同様である。

【その他参考記事】
なぜ「ニコ動」は盛り上がり、「Second Life」は過疎化するのか(ITmedia)

 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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