最終更新時刻:2009年11月27日(金) 8時00分
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遅すぎたアメリカの「住宅バブル崩壊」の始まり

公開日時:
2007/08/30 01:00
著者:
earlybird

旧盆をはさんだ長い夏休みで、連日の暑さに閉口していた頃、アメリカのサブプライムローンの焦げ付きに端を発して3月頃からくすぶっていた金融不安は、欧州に飛び火し、「パリバ・ショック」によるフランスの株式相場の急落を招き、当初は「対岸の火事」視していた日本をも急激な円高・株安という激震となって直撃した。
結果として、8月17日(金)の日経平均は終値で前日比874円安の15,273.68円とITバブル崩壊後の2000年4月17日以来、7年4ヶ月ぶりの下げ幅を記録、15日から17日の3日間で1570円(9%)、約40日前(7月9日)の年初来高値から16%も下落した。
その後ある程度戻したあとも、株価はジェットコースターのような乱高下を繰り返す展開が続いている。素人には怖くて、とても手が出せない局面だ。

筆者がそろそろ危なくなってきたと感じて、つくづく「バブルだなー」と実感した2007年初夏の一日をアップしたのが5月17日だから、ちょうど3ヶ月で筆者の「不吉な予感」が的中してしまったようだ。

それにしても、「金融商品」と「日用雑貨や食品」という違いこそあれ、世界はアメリカと中国の欠陥商品に席巻されてしまった感がある。
中国の粗悪品は買わなければいいだけなので、さほど気にならないが、サブプライムローンは証券化され、別の金融商品(各種のファンドなど)に組み込まれてしまってその実態が掴みにくいため、いつ信用収縮の引き金になるか分からない不気味さが常に付きまとう。つくづく、こんな事態に陥る前に、アメリカの「住宅バブル崩壊」が始まって欲しかったと思う。

筆者は今回の危機のメカニズムをうまく説明するほどの知識も能力もないので、これ以上このサブプライム問題に深入りしたくないのが本音だが、8月23日(木)の日本経済新聞の「経済教室」で慶応義塾大学の小幡積(おばたせき)准教授がその本質に関して刺激的な見解を発表しているので、ちょっと紹介しておきたい。

タイトルは
21世紀型バブルが崩壊

冒頭の数行のサマリーのなかで小幡氏は

サブプライム問題は契機の一つに過ぎず、今回の本質はリスクテークバブルが崩壊したことにある。

と断言している。

以下に印象に残ったフレーズを列挙しておく。

・今回の危機の本質は、サブプライムや証券化ではなく、古典的なバブルの生成と崩壊だ。
・現実に起きているのは、急激な円高及びその裏にある円借り(円キャリー)取引の収縮である。そして、円キャリー取引の収縮とは、世界のリスクマネーの収縮の一例であり、本質は、リスクマネーの収縮によるバブル崩壊なのである。

・逆説的だが、二十一世紀の金融市場においては、バブルの生成、崩壊がより劇的にかつ頻繁に起こることになろう。なぜなら、高度に発達した金融市場では、むしろ、バブルは必然でありかつ利益を生み出す必須アイテムだからである。

・証券化はこのバブルを生んだ一つの手段だが、本質は、証券化という手段ではなく、リスクマネーの自己増殖願望にある。
そして、合理的であれ非合理的であれ、一定規模の投資家がリスクが高いと認識を変えた瞬間、このバブルは崩壊する。

・今回の危機は為替がカギであり、日本が動くことで日本と世界の混乱を救える可能性があった。

(以上引用終わり)

内容的には、これだけ世界を揺るがしたサブプライムローン自体に問題はないのか、あのFRB(米連邦準備理事会)ですら何もできなかった緊急事態において、果たして日本の金融当局に世界を混乱から救う機敏な行動を期待できるものなのかなど、素人の筆者には納得できないものもあるが、ストレートな物言いと斬新な切り口で傾聴に値する見解だと思う。

さて洋の東西を問わず、辛らつな意見の持ち主はいるもので、プリンストン大学教授にして反ブッシュの旗手でもあるポール・クルーグマン教授もそのひとりだ。
いまから2年以上も前にRunning Out of Bubbles(筆者訳:バブルのネタ切れ)というコラムで、迫り来るアメリカの住宅バブル崩壊を示唆しつつ、かなり辛らつに当時のグリーンスパン氏が率いるFRBを揶揄していたことを懐かしく思い出す。
そのコラムの中でクルーグマン教授は2001年の7月のあるファンドのエコノミストの予言を紹介している。

「FRBがやろうとしていることはただ単に一つのバブル(筆者注:ITバブル)を別のバブル(筆者注:住宅バブル)で置き換えることに他ならない」

また別なアナリストの

「FRBは2001年以降うまくやっているように見えるが、それは錯覚にすぎず、(実際は)将来の災いの種をせっせと溜め込んでいるだけだ」

という言葉を紹介しつつ、彼(アナリスト)が間違っていることを望んでいるが、FRBのバブル(筆者注:「バブル転がし」といったほうがいいと思うが)はネタ切れになりつつあるようだと結んでいた。

今から2年以上前といえば、まだ日本でWeb2.0という言葉が普及する前で、IT関連の情報は全く新味に欠け、面白くなかったので、ほとんど無視して、BusinessWeekやThe New York Timesのサイトで経済関連の情報を読み漁っていたことを覚えている。

前述のクルーグマン教授のコラムもThe New York Timesで見つけたものだ。
2年以上前のあの頃、アメリカの住宅バブルがこれほど長続きするとは思いもしなかったわけだが、遅すぎたバブル崩壊が始まった今となっては、当時想像していたよりも遥かに大きなダメージを実体経済に与えることを覚悟しておいたほうがいいように感じている。
予断だが、FRB(連邦準備制度理事会)については同じく経済学者のガルブレイスもその著書「悪意なき欺瞞」(原題:The Economics of Innocent Fraud)のなかで以下のような辛らつなコメントを残している。

おそらく、私たちがやるべきことは、彼らの役割が無意味なことを理解したうえで、その存在を「仕方のない」ものとして許容することだろう。

今世界を騒がせているサブプライムローンがアメリカで普及し始めたのは、2004年頃からだそうなので、もっと早く住宅バブルが崩壊していれば、今日ほど世界中に「災いの種」がばら撒かれることはなく、これほどひどいことにはならなかったのではないだろうか。ともあれ、アメリカが「バブル転がし」で問題を先延ばしできた時代は終わったと見るべきだろう。このあとに何が来るのか分らないが、とても心配だ。

何より悲観的にならざるを得ないのは、日米両政権の歴史的にも稀な「同時レイムダック化」だ。今週発足したばかりの「安部”崖っぷちの再チャレンジ”内閣」と「ブッシュ”そして昔の取り巻きが誰もいなくなった”政権」ではとても有効な経済政策は期待できないだろう。

政治的な混迷と政権の無力化は、往々にして利己的な個人や企業の目に余る行動をも誘発する。
今回アメリカの住宅バブルが引き起こしたサブプライム問題もこうした行動のひとつといえるのではないだろうか。
即ち、いずれ焦げ付く可能性大だがそのときまでに債券化して売り抜けてしまえば、後は野となれ山となれ・・・というアメリカ金融業者の身勝手な行動だ。

こうした身勝手な行動を「インセンティブトラップ」というらしい。
出典は以前このブログで紹介した「大いなる代償」(原題:The Great Reckoning ジェームス・デビットソン、ウィリアム・リース=モック共著)だ。
それによると

「インセンティブトラップ」とは、
個人にだけ利益があって集団には害があり、そしておそらく長期的にはその個人自身にも害があるような状況のことである。資源の枯渇、公害、赤字、ゴミ、戦争、犯罪、人間のおぞましい行為の中には必ずインセンティブトラップがある。

(前掲:「大いなる代償」より)

今も燃え続けているギリシアの「地上げ山火事」も、欲に目がくらんだ人間たちが引き起こしたおぞましい「インセンティブトラップ」の好例だろう。
 
本当にひどい時代になってしまったものだが、悲しいかな、これが我々が直面している冷徹な現実だ。
こうした現実を克服できるのは国や共同体といった集団の強制力も勿論だが、我々ひとりひとりの人間の心の持ちようが大きいように思う。「インセンティブトラップ」は、欲や執着心に囚われたひとの弱い心の隙間に忍び込む「誘惑の罠」でもあるからだ。
21世紀が哲学と宗教の世紀だといわれる所以であろう。

はるか昔の古代ローマ時代の賢人皇帝、マルクス・アウレリウスは北方の異民族との戦いに明け暮れる毎日のなかで著わした「自省録」のなかに、珠玉のような言葉をいくつか残しているが、筆者が最も共感しているものを紹介して、結びの言葉としたい。

何人も過去や未来を失うことはできない。人が失い得るのは今現在のみである。

この覚悟さえあれば、ひとは大抵のことは恐れることなく冷静に対処していけるはずだ。たとえこんなひどい時代でも。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。

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