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情報技術と生の管理

2006/11/14 13:37
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ギートステイト制作日誌

2045年の日本を社会学や情報技術といった視点から描き出すプロジェクト「ギートステイト」。批評家の東浩紀氏、エンジニアの鈴木健氏、小説家の桜坂洋氏の3人が「未来」の制作過程をお伝えします(このブログの更新は2007年1月4日で終了しました)。
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こんにちは。東浩紀です。

まず告知です。

『ギートステイト』の連載は、2007年1月に、講談社のウェブサイト「MouRa」で始まることになりました。物語を桜坂さんが、世界設定を僕が担当して、2人の文章が交差するかたちでハイブリッドなテクストが連載されます。イラストレイターさんも決まりました。乞うご期待です。

……と告知をしたそばから言うのもなんですが、正直、現時点ですでに1月連載開始は疑わしいかもしれません(笑)。ええ、そうなんです。そういう空気が流れています。

しかし、まあ、開き直るようですが、桜坂洋と東浩紀の読者は、僕たちがいかに遅筆であるか、よく知っているのではないかと。そして、それを知らない読者のみなさんには、これを機会にむしろ知ってもらいたいぐらいではないかと。僕たちは、たいへん仕事が遅いコンビです。本もいっこうに出さないやつらです(桜坂さん、怒るかな)。そんな僕たちだから、多少公開が遅れても、あるいは連載で進みが止まっても、生ぬるく見守ってほしい。それが、連載開始にあたって、僕からの読者のみなさんへの最大のお願いです。

そのかわり、内容だけはしっかり作りますので、ご期待ください。

なお、鈴木健さんは、本業が多忙のため、残念ながら作品版には参加しないことになりました。彼のアイデアは、僕が引き受けて発展させるつもりです。

告知が済んだところで今回の話題を。去る11日から12日にかけて、「京都SFフェスティバル」という、SF関係者が集まる年1回のイベントに参加してきました。旅館にSF関係者が100人くらい集まって、泊まりこみでいろいろ雑談したり、遊んだりするという場です。

僕はもともとSF読者ではあったのですが、若いころはファンダムにまったく接点がありませんでした。しかし、『動物化するポストモダン』の直前あたりで接触があり、それ以降は、なにか空気が合ったのか、この種のイベントに比較的積極的に参加するようになっています。今年は、5月の「SFセミナー」、7月の「日本SF大会」、そしてこの「京都SFフェスティバル」と、3つも、しかもすべて私費で(すなわち、招かれたわけでもないのに)参加しています。家族ぐるみで参加しているので、娘もすっかりSF者に馴染んでいます。

さて、当然のことながら、そこではギートステイトも話題になりました。プロジェクトの進行についての話だけではなく、いろいろと世界設定についても議論を交わしてきました。酒を片手の話ではありますが、SFファンのなかには実はドクターとか実はポスドクなんてひとが多いので、あなどれない示唆を得られることも多いのです。今回は、おもに2045年の生殖技術について、何人かの方からヒントをもらってきました。

そのヒントについては、僕のなかで暖めておきます。そのかわりここでは、なぜ生殖技術の話を聞いてきたのか、その意図をお話しておこうかと思います。

ギートステイトは、2045年の未来の日本社会を、情報技術の進歩とそれが引き起こすコミュニケーションの変化を中心に描く企画として始まりました。ギートステイトには、宇宙ステーションもロボットもヴァーチュアル・リアリティも出てきません(背景に設定されていることはありますが、それは中心になりません)。僕たちの関心は、生活環境の隅々にまで入りこんだコンピュータ・ネットワークが可能にする、コミュニケーションの新しい編成、そしてそこから見えてくる新しい社会秩序に向けられています。これは、企画の当初から一貫した方針としてありました。

しかし、企画を進めるなかで、僕個人はそれだけでは不十分だと考えるようになってきました。というのも、社会はコミュニケーションによってのみ成立するものではないからです。

21世紀の情報技術は、確かに私たちのコミュニケーションを大きく変えてしまうでしょう。そしてそれは、社会のありかたを大きく変えるでしょう。しかし、人間は、コミュニケーションの主体である前に、生物学的な身体をもっています。そして、その身体は、きわめて脆弱なものとして生まれ、必ず老いて滅びます。したがって、コミュニケーションの主体が集まって、社会が作られるときには、その前提として、必ずそれら主体の「再生産」と「維持」が必要になります。ひらたく言えば、だれかが子どもを産み、育て、「健康」な人間をつねに一定数生産し続けなければ、社会は成立しません。これは動かしがたい現実です。

近代国民国家が、その点で、公衆衛生の導入や家族の編成から社会保険の整備まで、さまざまな制度を張り巡らせてきたのは、よく知られています。それでは、2045年の情報技術は、この点にどのようなインパクトを及ぼすのでしょうか。

これは難しい問題です。新しい情報技術は、確かに、新しいコミュニケーションを生み出し、新しい欲望を生み出し、新しい市場を生み出すことでしょう。いまは、その可能性についてはいろいろなことが語られています。ブログがどうなる、動画共有がどうなる、ネットワーク・ゲームがどうなる、という話はみんな大好きです。

しかし、そこで語られるイメージは、いつも、すでにきちんと「主体」になった、つまり大人になった健康な人間同士の関係の話でしかないような気がします(未成年者はmixiに入れない、というのがその制約を端的に表しているのかもしれません)。でも、それだけで未来社会について語ったことになるでしょうか。僕たちはむしろ、新しい情報技術が作り出していく、新しい公衆衛生、新しい家族、新しい教育、新しい生殖技術、新しい保険制度についてこそ語るべきではないでしょうか。ところが、そのような議論はまだあまり現れていません。

何回か前の制作日誌で書いたように、僕はこのプロジェクトでは、現代社会の根底にあるさまざまな流れ、「情報化」「リスク社会化」「ポストモダン化」「ネオリベ化」などなどの果てに想像できる、「テクノリバタリアン」なユートピア/ディストピア社会をできるだけ総合的に設定しようと考えています。ギートステイトが考えたいのは、Googleの未来やYouTubeの未来だけではありません。僕たちは、2045年の社会で人間がどのように生まれ、どのように大人になっていくのか、そして、新しい情報技術はそこでどのような役割を果たしているのか、といった問題も考えたいと思っています。むろん、これは能力的に僕個人の手を余ります。けれども、少しでもそういうアイデアを入れていきたいと、京都では生殖技術について話を聞いてきたのでした。

情報技術とコミュニケーションの問題系から、情報技術と生の管理の問題系へ。このように僕の関心の焦点が移ってきたのは、もしかしたら、単純に、昨年僕に娘が生まれたせいかもしれません。その影響は否定しませんが、僕はもともと、現代社会の秩序は「主体の層」と「身体の層」の二層構造で捉えるべきだと考えており、以上の主張はその議論とも密接な関係をもっています。

僕のその種の議論に興味をもたれたかたは、ised@glocomのサイトに記されたこの解説をご覧ください。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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