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ITと未来と青い空と

2006/10/27 09:00
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ギートステイト制作日誌

2045年の日本を社会学や情報技術といった視点から描き出すプロジェクト「ギートステイト」。批評家の東浩紀氏、エンジニアの鈴木健氏、小説家の桜坂洋氏の3人が「未来」の制作過程をお伝えします(このブログの更新は2007年1月4日で終了しました)。
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■ 南の国の青い空

取材のため、台湾に行ってきました。

「ちゃんと取材するんです。えらいでしょ」と編集の塩の人に言ったら怒られました。なぜ怒られねばならないのか理由を聞くと、今年の夏にすでに出版されているはずの本の取材予定が秋に入っているのはおかしい、というのです。なるほどたしかにおかしいです。ごめんなさい。

現在鈴木さんが米国でIT企業を歴訪しています。来週はそのレポートがてら2045年のビジョンを書いてくださるそうです。順番を入れ替えて今回は桜坂がエントリーを書いています。

地球温暖化がこのまま続けば、未来の日本の気候はちょうど台湾っぽくなるのではないかと言われています。いまの季節の台湾南端の空はちょっとラベンダーがかっていて、薄い水彩絵の具を何度も塗り重ねたような深みのある青色をしています。空気はちょっぴり甘く、乾いていました。温暖化が進むと、マラリアを媒介する蚊なども南方からぶんぶん飛んできて、初感染時はワクチンの不足が警告されているとか。わたしはどちらかというと、科学とそれを使う人間を信じているほうなので温暖化もなんとか回避できるのではないかと考えていますが、暑くなった未来でも日本人はそれはそれで適応して暮らしているのかもしれません。や、南国のフルーツはたいへん美味です。そのへんの店で買ったナイフ(約150円)で皮を剥いた、夜店でボられつつ購入した約400円のマンゴーが今回の旅でいちばんおいしかったです。

そんな青い空の下でわたしが考えていたのは、ラーメンズ片桐仁が出演しているマスターカードのCMのことでした。あのCMが、いまある未来志向型フィクションが抱える問題を浮き彫りにしているような気がしたからです。

CMには、ピタゴラ装置っぽいものが出てきます。「電気・ガス・水道はマスターカードで支払えるが、(ピタゴラ装置を使った)ちょっと進んだ生活はプライスレス」というのが宣伝文句です。このエントリーをアップした時点ではYouTubeで見られるようなので、興味がある人は検索してご覧になってみてください。

ちょっと進んだ生活がプライスレス。実はこれは、未来志向型のフィクションにとって相当な問題と言えます。

PC用の自爆スイッチだって通販で購入できる昨今です。その「ちょっと進んだ生活」が本当に望ましいものであれば、絶対に値札がついてどこかの店頭に並んでいるはずです。でも、現実にそんな店はありません。売っていないということは需要がないということなのです。わたしたちはDIYショップに行って材料を買い集め、自分で「ちょっと進んだ生活」グッズを制作しなくてはなりません。レイ・ブラッドベリがSF小説を書いていた時代に人々が望んだ生活は現在タダで手に入るようになりましたが、同時に、いつのまにか、誰もわざわざ金を出して買わないものになってしまっていたのです。

■ 未来の空は本当に灰色か?

SFにはサイバーパンクというジャンルがあります。誤解を恐れずものすごく端折って言うと、「宇宙に行かない人類の未来を描いた小説」のことです。「ちょっと進んだ生活」を夢想した古典SFが勢いを失った1980年代中盤から1990年代にかけてに流行しました。

日本では、サイバーパンクの勃興に先んじて公開された映画『ブレードランナー』と、海の向こうで生まれたサイバーパンクの嫡子とも言える『攻殻機動隊』(士郎正宗)の2つが有名です。現在の未来志向型フィクションを語る上ではずすことができない作品だと言えるでしょう。この2つは非常におもしろく、先進的で、ビジュアル面でも優れています。ですが、それらの作品に登場する未来社会があまりに見事だったため、以降に発表された作品の多くがなんらかの影響を受けるようになってしまいました。

サイバーパンクの生みの親と言われているウィリアム・ギブスンは、PCをまったく使わない人間だったと言います。

『ニューロマンサー』は、じつはポータブルのタイプライターで執筆されていた。それどころか、ギブスンは最近までパソコンにすら触れたことがなかった! とか……。

ギブスンはルー・リードの熱狂的ファンで、『ニューロマンサー』の文体はかれのコンサートのノリである、とか……。

(ウィリアム・ギブスン著浅倉久志訳『クローム襲撃』解説より抜粋)

もちろん、それはギブスンの物語の瑕疵ではありません。むしろ1980年当時のPCに触れていなかったからこそ、想像力の翼を広げ、先進的な未来社会を思い描けたのかもしれません。また、ギブスンは大の日本マニアとして知られています。彼の作品に、易やら侍やらヤクザやら、ちょっと勘違いした東洋文化が山盛りで登場するのはそのせいです。彼が思い描いた未来社会は、秋葉原のラジオデパートや中野ブロードウェイそのものだと考えていいでしょう。当時の世相を反映し、それら人いきれのする横丁が退廃的な灰色の空の下に広がっているのが、代表的なサイバーパンクの未来社会です。ごみごみとした街角のアジア的な屋台で、ネットに繋ぐLANコネクタを首筋に装備した未来人は、そばだかピビム麺だかビーフンだかわからないものを立ったまま啜ります。ハリソン・フォードに屋台のオヤジは言いました。「ふたつで十分ですよ」いやまったく。

わたしたちが数十年後に暮らす未来社会は、本当に灰色で、酸性雨が降っていて、ごみごみした街角なのでしょうか?

■ 敢えていま考える「それなりに明るい2045年」

現在、わたしたちの社会は急速に相互監視が進んでいます。カメラを置いたら犯罪が減少したなどの事例から、わたしたちは相互に監視する社会を望むようになっています。監視するのは、なんだかよくわからないマザーコンピューターや政府のエージェントなどではなく、ヒマをもてあます個々の地域住人です。ヒマ人たちが地域の問題を見つけ、ネットを介して討論したり煽ったり炎上したりしつつなんとなく合意を形成するのです。ごみごみした横丁はセキュリティー上・防災上の問題が非常に多いため、低層住宅は高層ビルになり、一方で高所得者層が住む地域はゲーテッド・コミュニティー化していくと予想されます。ゴミが管理されるようになるのでカラスはいなくなります。スラムや横丁も残るでしょうが、電子化されたマネーの流通が制限される場所が経済の中心になることはないでしょう。

また、著作権が絡むすべての商取り引きは個人のIDと一対一で記録されます。それらの情報を統轄するのがライフログです。ネットがわたしたちの生活を変えたようにライフログも生活のスタイルを激変させるでしょう。先進国では旧来型の公害は徐々に減少していきます。石油はなくなりません。完全な代替とはいきませんが、エタノールはさとうきび畑で作られ、プラスチックはとうもころし畑から穫れるようになります。地球規模の温暖化はいくぶん進むかもしれません。そのとき、日本の空は、台湾と同じラベンダーの青になるでしょう。

「ギートステイト」は、2045年の未来を想像するプロジェクトであるのと同時に、エンターテインメント・フィクションです。当然のことながら、登場するガジェットは、未来のものでありつつ、いま現在の社会を映す鏡ともなります。ITは、わたしたちにとって身近で生活に欠かせないものになっています。ITは常に進化し、生活に入り込んだ異物である状態を維持し続けています。これらのものとどうつきあっていくかが現在のわたしたちにとって重要なテーマです。

今回のプロジェクトでわたしはたくさんのIT業界の人たちとお話しし、彼らが圧倒的に明るい未来を頭の中に思い描いていることに対して非常な興奮をおぼえました。バブル崩壊以降、日本ではなぜか、明るい未来を思い描くのが流行らないというか、禁忌というかそんなかんじになっていたのですが、そろそろ、明るい未来をフィクションで考えてもいいのだ、という気がしてきたのです。残念ながら、そこで描かれる未来社会にも「ちょっと進んだ生活」は売っていません。でも、かつて思い描いた世界を現実が追い越したならば、古くなった頭の中の絵にこだわっていてはいけないのだと思います。さいわいなことに脳はハードウェアでありなおかつソフトウェアなので、バージョンアップが可能です。

わたしがガキだった頃、未来が完全なるバラ色だったかというとそんなこともなく、当時はいまよりずっと凶悪犯罪が多かったし、貧乏な人も多かったし、北の独裁国家こそ核ミサイルを持っていませんでしたが当時ソ連と呼ばれた国と米国のあいだで数万発の核ミサイルが飛んでもおかしくない状況でした。公害が発生して病気になる人もたくさんいました。でも、人々は、明るい未来を夢想していました。明るい未来を到来させたいのであれば、たぶん、まずそれを頭の中に思い描くことからはじめなくてはならないのでしょう。エンターテインメント・フィクションにはそうした役割も求められています。

だから「ギートステイト」は、ITで、未来で、青い空、なのです。

■ 中身も進行中です

chart4.jpg

制作日記と言いつつ、これまでわたしの回では物語の内容に全然触れていませんでしたが、ちゃんとプロジェクトは進行中です。上の写真は、どのキャラクターが、どの時間にどの場所にいるかを示した表です。ひとりで小説を書くときはテキストファイル上でやってしまう作業なのですが、今回は共同作業部分があるため、メンバーの皆が物語の流れをイメージしやすくなるように、キャラクターカードをつくってシートに配置してみました。会議室の巨大な机を占領する大きなシートになってしまいました。下から7段目に置いてあるのが、前回のエントリーで東さんが書かれた情報化屋台のカードです。

横幅2メートルほどのHDTVの画面がタッチパネルになっていれば、この作業もデジタルでできるようになります。2045年と言わず数年後には、こうした共同作業もPC上でやるほうが簡単で理解しやすいような状況ができあがっているんでしょうね。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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