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    情報化屋台のある風景

    2006-10-23 07:28:58

    プロフィール

    ギートステイト制作日誌

    2045年の日本を社会学や情報技術といった視点から描き出すプロジェクト「ギートステイト」。批評家の東浩紀氏、エンジニアの鈴木健氏、小説家の桜坂洋氏の3人が「未来」の制作過程をお伝えします(このブログの更新は2007年1月4日で終了しました)。
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    おはようございます。東浩紀です。

    徹夜でこの原稿を書いていて、なんといまから5時間後には東工大で授業です。このブログの読者のなかには、授業の参加者もいるかもしれません。僕が多少眠そうな顔をしていても、許してください。まじで眠いです。

    さて、そんなへろへろな状態ですが、ギートステイトのほうは着々と進んでいます。舞台となる川口にロケハンにも行きました(ひとりでですが)。前回のエントリでも記しましたが、桜坂さんが複数の物語を縦糸として展開するなか、そこに横糸として背景知識や隠れた登場人物の動きを張り巡らすのが僕の仕事です。

    今回は、そんな横糸候補のひとつとして書き記したサブエピソード、「情報化屋台のある風景」の冒頭部分を、例によってコメントつきでご紹介します。

    2045年、みなみさいたま市かわぐち区の荒川河岸には、大規模な高層マンション街が形成されている。彼はその街区に隣接する研究所に、研究助手として雇われている。研究助手といっても、実質は雑用係である。このところ泊まり込みが続いているので、身の回り品を整えるため自宅に一時帰るところだ。

    彼が研究所を出ると、派手なマイクロバスが音楽を鳴らしてゆっくり近づいてきた。パケットビークル、通称「パケビ」だ。
     
    パケビは、低速で移動する自律走行型のミニバスである。ユーザーの位置と目的地をリアルタイムで取得し、最大の人数を運べる最適の経路を計算して低速で走る。2030年代に新しい交通機関として全国主要都市への導入が図られたが、環境計算機密度が高く、テクノリバタリアン的政策への親和性も高いみなみさいたまを除き、ほとんど普及しなかった。

    そのみなみさいたまでも、2045年のいまは、交通機関としての利用よりも、個人や法人にレンタルされて移動型のショップや屋台として活用される例が増えている。パケビに標準で搭載されているシステムを拡張すれば、ユーザーの食事時間や購買傾向をライフログ・デバイスから収集し、リアルタイムで「いま、どこでなにが求められているか」を推測することが可能だからだ。
     
    彼に近づいてきたのも、屋台に改造されたパケビだった。彼は通常は、隣の高層棟街区を通るモノレールを利用して、東京に通じる地下鉄のターミナルまで移動する。しかしこの日は疲れており、また時間を節約して昼食を取りたかったので、手を挙げて屋台を止めることにした。

     
    パケットビークルは、僕のオリジナルのアイデアではありません。これは、コミュニティーエンジンの中嶋謙吾氏が、情報処理学会に提出した論文、「50年後の情報科学技術をめざして」に記されたアイデアです。

    ただし中嶋氏の論文では、パケットビークルはもっと小さく、かつラジカルな手段で運行されています。それは「人間を2人程度載せることができる台車」で、ユーザーの個人情報を完全に握っています。たとえば、新宿のAさんと秋葉原のBさんの二人が待ち合わせをしていたら、両者が乗るパケットビークルは最適な合流地点を計算し、勝手に市ヶ谷あたりに向けて走り出すことになっています(!)。しかも、パケットビークルが大きく普及する世界が想定されているので、ギートステイトのパケビとはかなり違うコンセプトです。しかし、この論文は示唆に富み、いろいろ刺激を受けたので、感謝を込めて中嶋氏の言葉を借りさせてもらうことにしました。
     
    余談ですが、中嶋氏の論文は、情報処理学会の創立45周年記念論文として書かれ、「未来創造賞」を受賞しています。そのとき「優秀論文賞」を受賞したのが、先日NTTコミュニケーション科学基礎研究所の主催で行われ、僕も出席した環境知能シンポジウムの出発点となった論文、「妖精・妖怪の復権」でした。いろいろなところで、いろいろ繋がっているものです。

    パケビに運転手はいない。パケビの最高速度は時速20km、つまりかつての自転車ほどで、しかも自律走行支援環境が整備されている道路でしか起動しない。

    みなみさいたまでは、2030年代に、旧埼玉県を覆う公共サービスプラットフォームの大胆な決定で、市域の90%以上で自律走行支援環境が整備された。そのため、パケビもかなり自由に走ることができる。しかし、これは南関東州ですら例外的な環境である。日本全土では、支援環境は一部の高速道路や主要幹線道路に限られている。自動車の多くは、40年前とかわらず人間の手で運転されている。
     
    近づいてきたミニバンの屋根には、燃料電池の水素タンクが積んである。燃料電池のタンクのサイズは、2045年現在、かなり小さくなってはいるが、それでもまだデザイナーの頭痛の種である。この屋台では電気を調理にも利用しているため、標準よりもさらに大きなタンクが積まれている。サイドドアは外され、運転席以外の部分は全体が調理場とカウンタ席に改造されている。
     
    ミニバンは彼の目の前で停車し、客席部分のカウンタの向こうから女性が声を掛けてきた。焼きそば中心の屋台のようだ。ソース、醤油、塩、上海炒麺、広東炒麺、沖縄風、ミーゴレン、パッタイ、ツォィワン、チョウメン……実に多彩な焼きそばがメニューに並んでいる。各国料理がグローバルに混淆し、新たな創作が日々試みられている21世紀半ばでは、食は国家や民族の単位で区切られるだけでなく、調理法の単位で横断的に分類されることが増えている。たとえば串焼き屋に行くと、日本の焼鳥から大陸の羊肉串、中近東のシシカバブ、そしてヨーロッパのビーフのバーベキューまでさまざまな串焼きが出てくる。

    本当ならここでは燃料電池車や自動走行の将来などについて語るべきなのでしょうが、軽い話で勘弁してください。

    ギートステイトの物語のなかで、実はこの屋台は一定の役割を果たします。屋台の登場は、僕がまだGLOCOMにいたころ、6月ぐらいの会議で出てきた アイデアです。そのときは最新の情報技術で武装された屋台、ぐらいの話でしかなかったのですが、そのあと調べたところ、現在すでに「ネオ屋台」なる言葉と流行が存在することを発見しました。僕は迂闊にも知らなかったのですが、屋台経営はいつのまにか流行していたようです。
     
    ここでのパケビ屋台は、そのネオ屋台に、前述のパケットビークルのアイデアを組み合わせて作ったものです。したがって、経営者の人生観もネオ屋台の40年後版みたいな感じをイメージしています。サブカル風、とでもいうのでしょうか。この女性店員、実はベトナム出身で、ギートに憧れて双子の妹とともに日本に移住してきたのだけど、ゲームプレイ・ワーキングの毎日が空しくなって屋台を始めたという裏設定がある(つまり、前々回のエントリーで記したギート女性と対照的な設定になっている)のですが、果たしてそんな設定まで活かせるかどうか……。すべては僕の力量次第なのですが、だんだん批評家の能力を超えてきた感じがしないでもありません。

    あと、突然出てくる民族横断的な焼きそばメニューですが、僕はソウルで、本当にこんな感じの焼きそば屋に出会いました。韓国風、日本風、中国風、モンゴル風、タイ風など各国の焼きそばが、すべて焼きそばという同じ分類のもとで売られているのです。ロッテ百貨店本店のデパ地下に入っているので、ソウル在住のひとは見に行ってみてください。韓国ではメジャーなチェーンなのでしょうか? モンゴル風焼きそばはけっこうおいしかったです。
     

    彼は屋台に入る前に、まず行き先を尋ねる。パケビの経路は、住民のライフログ・デバイスから送られてくる情報によって動的に変わる。したがって、まず現在の経路を確認する必要がある。

     
    女性の返事が目的地と一致したので、彼はミニバンに乗り込み、カウンタ席に腰掛けてPSP(公共サービスプラットフォーム)カードを認証デバイスにかざす。これで支払手続が完了し、同時に彼のIDは屋台のカスタマーリストに登録される。今後は、彼が焼きそばを食べたいと思うと、より正確には、そろそろ今日あたり昼飯は焼きそばが食べたいはずだと彼のライフログ・デバイスが判断すると、自動的にこの屋台にその情報が送られることになる。むろん、強いセキュリティレベルをかければ、リストへの自動登録は阻止できるし、ライフログ・デバイスの推論通知機能を遮断することもできる。しかし、多くのユーザーは、その状況に問題を感じていない。彼もまた同じである。
     
    女性は創作焼きそばを勧めたが、彼は無難に塩焼きそばを選んだ。屋台は音もなく発進し、高層棟群を左手に眺めながら、荒川の支流に沿った道をゆっくりと西に進んでいく。

     
    「PSP」あるいは「公共サービスプラットフォーム」は、南関東州の設定の鍵になる概念です。

    前回のエントリで記したとおり、南関東州では行政のほとんどが民営化されています。しかし、住民票管理の運営企業(住民票の管理が民営化されるわけないだろう、と思うかたは、東京都足立区のこのニュースをご覧ください)と図書館の運営企業とゴミ処理の運営企業が異なり、それぞれ登録先やIDカードも違うというのは、住民にとってはたいへん不便なわけです。そこで南関東州では、2020年代から2030年代にかけ、いちどは極度に分解した行政機能が、ふたたび持ち株会社やNPOやそのほかの形態を通して、地域ごとにゆるやかに、行政を通さないで統合されると設定しています。それが「公共サービスプラットフォーム」です。

    住民は、居住地域の公共サービスプラットフォームに登録さえすれば、そのプラットフォーム上に乗っている各種の公共サービスを、運営企業の差異を意識せずに得ることができます。それはかつての行政にきわめて近いものですが、運営母体は自治体でも国家でもありません。公共サービスプラットフォームは、運営形態も大きさも多様で、ときにサービス範囲が重なっていることもあります。南関東州でも複数の公共サービスプラットフォームが林立しており、異なったプラットフォームの領域に行くと(たいていはたがいに提携しているので問題はありませんが)自分のPSPカードは使えません。したがって、同じ南関東州のなかを移動していても、あるところでは自動販売機が使えなくなったり、セキュリティレベルが高い公園に入れなくなったりすることがあります。

    この設定は、2045年の南関東州が、複数の行政機能が同じ地理的な領域に重なりあう状態として設定されていることを意味します。これは、政治思想的にはリバタリアニズムと深く関係しているのですが、その話は今日は横に措いておきましょう。いずれにせよ、公共サービスプラットフォームについては、今後「PSPにとまどう外国人」というサブエピソードも書くことになっていますので、また語る機会があるはずです。

    ……とこんな感じで、今回は終わることにしましょう。それでは、次のエントリで!

    ※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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