お使いのブラウザは最新版ではありません。最新のブラウザでご覧ください。

CNET Japan ブログ

あるギートの1日

2006/09/09 04:31
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

プロフィール

ギートステイト制作日誌

2045年の日本を社会学や情報技術といった視点から描き出すプロジェクト「ギートステイト」。批評家の東浩紀氏、エンジニアの鈴木健氏、小説家の桜坂洋氏の3人が「未来」の制作過程をお伝えします(このブログの更新は2007年1月4日で終了しました)。
ブログ管理

最近のエントリー

こんばんは。東浩紀です。

こちらのほう、更新が滞りがちですみません。実はいま、ギートステイトの今後の展開をどうするか、話し合いが最終段階に来ています。本来ならば9月1日にオープンするはずだった公式サイトが開かれていないのも、そのためです。

このプロジェクトはもともと、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)の「研究計画」として始まりました。ところが、とある事情で僕がGLOCOMを辞めてしまったため、それ以降、受け入れ先を求めて流浪の旅に出たわけです。

ギートステイトのプロジェクトは、情報社会の未来予測という側面をもちつつ、同時にSFの制作でもあるという二重性をもっています(ちなみに言えば、僕がこんな企画を構想したのは、僕が小学生のころからの小松左京の愛読者だからです。彼の万博直前の多面的な活動を、僕はむかしから尊敬しているのでした)。僕は前回の投稿でそれを「未来学エンターテインメント」と名づけましたが、新しい体制でもこの二重性は維持しなくてはいけません。研究所の外に出たとなれば、必然的にエンターテインメントの側面が強くなるわけですが、アウトプットが小説だけになってしまっては面白くない。しかし他方、ギートステイトへの諸方面からの反応はたいへんに良くて、いま、「未来を再想像する」ことが求められ始めているという感触もあります。それを考えると、プロジェクトのアウトプットはできるだけ早期に、できるだけしっかりした体制で読者の目に届くようにしたい。

このような複数の要求を満たす最適解はなんだろうか、と考えて、けっこう時間を使ってしまいました。ただ、それでもようやく話がまとまりつつあります。おそらく、来週か再来週には、ここで、ギートステイトの新しい体制についてご報告できるのではないかと思います。

楽しみにお待ちください。

あともうひとつ、お詫びというか訂正です。僕は前回の投稿で、この制作日誌は「いままでクローズドなMLで行っていた設定原稿の提出やダメだし、アイデアの投稿などをそのまま公開で展開し、読者のみなさんの反応を見て」みる場として活用するつもりだ、と記しました。

そして実際にそのつもりだったのですが、そのあと、このCNETのブログではコメント欄がパーマリンクのページ内にメインのエントリとともに表示されないため(つまりコメントが別のウィンドウで表示されるため)、ひとつの投稿に対して3人で意見を言い合う場として不向きであることがわかりました。対策も考えたのですが、なかなかいいアイデアが浮かばなかったため、前回の提案は取り下げ、この制作日誌は普通に3人が持ち回りで原稿を投稿する場にすることにします。どうも、すみません。

かわりに、と言ってはなんですが、コメント欄を開放しました。意見がありましたら、ご投稿ください。

さて、こんな裏事情の説明とお詫びだけで投稿が終わってしまっては読者のみなさんに申しわけないので、以下に、僕が試験的に記した「ある20代女性ギートの一日」を引用し、それに短いコメントを加えながら、ギートステイトの世界を紹介してみます。

彼女は25歳。沖縄州で生まれ、18歳のときに南関東に出てきた。大学を中退し、いまは定職はない。

彼女は、南関東州南部のみなみさいたま市、荒川近くのマンションでひとり暮らしをしている。近隣には40階以上の富裕層向けの高層棟が林立しているが、彼女が住んでいるのは、それらに挟まれた低層住宅地に立つ5階建ての小さなマンションだ。部屋はワンルームで20平方メートル強。占有面積の割に家賃は高いが、セキュリティと生活支援サービスが充実しているので満足している。歩いて5分の高層棟エリアには、24時間営業のモールが付設されている。そのエリアに入るパスを手に入れるため、彼女は高層棟のコミュニティホールでボランティアをしている。

新総理として有力な安倍晋三氏は、憲法改正と道州制の導入に意欲的なようです。2020年に道州制導入、というのがギートステイトの想定でしたが、これはもう少し早めにしてもいいかもしれません。

住宅地について、「高層棟エリアにはサービスが充実したショッピングモールが存在するが、そこに入るにはパスが必要」というのは、小売業の原則に反しているように見えますが、現在のセキュリティ強化の流れを考えるとありえない話ではありません。いまの世の中の風潮を見ていると、今後は、「せっかく高い金だして高級マンションに入ったのにヤンキーやホームレスが買い物に来るのは許せん」といった意見が出てくるはずです。少なくとも、いまのように玄関でだけセキュリティ管理をするのではなく、エリア全体を管理する(ゲイテッド・コミュニティ化する)のは一般的になるでしょう。

高級住宅地だけを商圏とした大規模小売店は成立しませんが、そこは、さまざまな高級住宅地のパスが相互互換性をもつようになればいいわけです。つまりは、プチ富裕層だけが入れる安全できれいでおしゃれなスーパーマーケットと(本当の富裕層は買い物にでかけないと思うので)、だれでも入れるディスカウントストアが、社会全体でわかれていくわけですね。

ちなみに、ギートステイトの舞台は、現在の行政区分で言うと、埼玉県川口市と東京都足立区・北区の境界領域です。なぜそんなところなのか、の理由はそのうち機会があったら説明します。

彼女の生活費はおもに「ゲームプレイ・ワーキング」で支えられている。彼女は、中国系企業が提供する対戦パズルゲーム系のインターフェイスを得意としており、結果はおもに東アジア圏の企業や行政組織の意志決定システムの支援にマッピングされている。ゲームは24時間提供されているが、それが現実に結びついているときといないときがある。現実に結びつかないと賃金は発生しない。そのため、彼女の生活は意外と規則正しい。

彼女の起床はだいたい正午ごろ。昼食を取り、メールを読み、部屋の掃除をし、ときに買い物に出かけたりと雑用をこなしていると、昼下がりの数時間はあっというまに過ぎていく。

彼女の仕事が始まるのは夕方からだ。彼女は平日は、東アジアで組織内意志決定のニーズが高まり、時間賃金相場が上がる15時から23時までのあいだで、平均6時間ほどをモニタに向かい高度なパズルゲームをして過ごしている。プレイの練度が下がるので、パーソナル・デバイスは使わない。ゲームに付随するコミュニケーション機能も切って、ゲームプレイにだけ集中している。生活費をゲームプレイ・ワーキングで支えるためには、彼女の実力ではそれぐらいの集中が必要となる。彼女はときおり、これでは定職に就いているのと変わらないと感じるが、組織に入るのは煩わしいので当面はこの生活を維持するつもりでいる。ただ、将来に不安を感じないわけではない。実際、友人たちはつぎつぎとギートを止めている。

ゲームプレイ・ワーキングのシステムの説明はとても難しいです(というより、それをきちんと説明できることは新しい事業が興せることを意味しているので、そんなのは無理なわけです)。僕たちが考えているシステムでは、ネットの「こちら側」に見えているゲームプレイと、「あちら側」で現実に行われている(したがって金を生み出している)仕事の連関はユーザーには絶対に見えません。

たとえば、「電車でGO!」のゲームプレイが実際の山手線の運行に連動していたら、そんな危険な話はない。そういう危険性や、あと情報漏洩そのほかの可能性を防ぐために、ゲームプレイワーカーには、自分のゲームプレイがいかなる仕事にマッピングされているのか、まったくわからない。

これはいわば、徹底的に分業が進んだ世界です。ギートたちには、ネットから適当に、表面的には遊戯を装っているので「楽しい」、でも実際にはかなり厳しい単純労働が配達されてくる。自分の労働は確かに金になっているのだけど、労働者=ギートは、その成果からは徹底的に疎外されている。鈴木健さんの言葉を使えば、「新しいフォード主義」の世界です。

情報技術は、ひとびとを「エンパワーメント」する、ひとびとが「表現」「創造」する可能性を高める、という楽観的な言説があります。しばしば言っているように、僕は(これは3人の意見ではなく僕個人の意見ですが)、そのような楽観主義に強い違和感を覚えています。なるほど、情報技術は一部のひとびとに力を与えるかもしれませんが、他方でそれは巧妙な(もはや人間がその存在に気づかないほど巧妙な)「搾取」「詐欺」の道具にもなるはずです。僕としては、ギートやゲームプレイ・ワーキングの設定には、そういう問題提起の含みももたせたいと思っています。

ゲームプレイ・ワークが終わると、夕食を取って「心調整剤」を飲む。心調整剤の服用は、高校生のときある事件で不安発作を起こしてから癖になった。心調整剤は、正確には薬ではなく、経口服用型のナノマシン・カプセルである。契約医の認証のもと、ネットからダウンロードしたプログラムをインストールすることで、抗不安剤にも抗鬱剤にも抗操剤にもなる。心調整剤の値段はいささか高い。心調整剤がもたらす依存心と経済的な負担は、半世紀前のヘビースモーカーにとってのタバコに近い。

夕食のあとは、とくにやることのない茫漠とした時間が拡がる。友人の顔を見たり、おしゃべりに興じたりするのはこのときだ。ネットのコミュニティを巡回し、メールの返事を書くだけで時間は過ぎていく。出かけることもある。深夜の外出は、南関東州では決して珍しいことではない。

ナノバイオロジーの進化と精神医学への応用については、もう少し調べて設定したいと思っています。これはドラフトで、最終的にはこういう設定は消えるかもしれません。あまりにサイバーパンクっぽい印象を与えます。

とはいえ、これも意外と現実的なのかもしれません。財団法人未来工学研究所が出版している『2035年の科学技術』という分厚い本があるのですが、ここでは、さまざまな分野の技術について、それぞれの専門家へのアンケートに基づいて実現年代が予測されています(「デルファイ法」と呼ばれるものです)。

そして、この書物によると、たとえば「体内の標的細胞内部の任意の部位に薬や遺伝子を運ぶ、外部からの信号によって誘導されるナノキャリアシステム」は、2013年に技術的に実現され、2022年に社会的に適用されることに、また「統合失調症を完治させる治療法」は2020年に技術的に実現され、2028年に社会的に適用されることになっています。素人的にはほんとかよ、という感じですが、専門家はそう言っているらしいのです。そして、2045年は、それよりもさらに20年近く先です。

火曜日だけは、深夜の12時から1時半まで、高層棟エリアにあるコミュニティセンターで「沖縄語」を教えている。それが前述のボランティアである。

沖縄語は、2030年代に沖縄ナショナリズムの勃興のなかで、独立の言語と見なされるようになった。現在では沖縄州の公用語であり、正書法も確立している。2020年生まれの彼女は、義務教育で必修化された沖縄語を学んだ初期の世代にあたる。とくに特技も趣味もない彼女にとって、沖縄語の知識は意外な武器になった。彼女は政治にはほとんど興味がないが、沖縄語を教えていると、沖縄ナショナリズムの渦中で10代を送った記憶が甦り、驚くことがある。

家族との連絡はほとんどない。ときおり母親が電話を寄越すぐらいだ。60代の父母はまだ現役、80代と90代の祖父母も4人中3人が健在だ。彼女の分の「近親高齢者介護福祉税」は、いまのところ両親が肩代わりしてくれている。22歳の妹は2子を生んだため、福祉税が免除されているらしい。

2045年の沖縄をめぐる設定は、けっこうヘビーです。なぜならそれは、在日米軍の、したがって日米関係の、つまりは2045年の東アジアの国際情勢についての設定に直結するからです。ここでさらっと「沖縄ナショナリズム」と記したものも、本当はその問題と深く関係しています。

技術的な予測と異なり、こればかりはあるていど作者の欲望を反映して設定するほかありません。とりあえず僕としては、「東アジア経済共同体」ぐらいは作っておこうかと思っています。この問題は重要なので、また別の機会ということで、後回しにしておきましょう。

ちなみに、沖縄語を日本語と別の言語と見なすべきだというのは、まったく別の理由でむかしから思っていることです。僕はむかしからプチ語学マニアなところがあって(といっても語学ができるわけではない)、言語学者になりたいと思ったことも一瞬だけあったのでした。一見似ているのだけど実は違う言語として書かれている表記というのは、それだけでときめいてしまいます。最近見つけたサイトだと、スコットランド英語のWikipediaとか、僕の趣味的にはたいへんにかっこいいわけです。だれか、Wikipediaの沖縄語版を作ってくれないものでしょうかね?

彼女は寝るまえの早朝、荒川沿いを散歩するのが日課である。林立する高層棟を左手に見て、東京特別市との州境まで歩き、また戻ってくる。30分ほどの散歩だ。州境の東京側には、昭和期に建築され、3年前に供用が終わったまま撤去を待っている首都高川口線が廃墟になって延びている。

東京特別市は南関東州よりも環境管理化が進んでいないため、その軒下には、多数のホームレスが集まり、アヤシゲな商品が売買されている。彼女はときおりそこで、古い小説や音楽メディア、映像メディアなどを買って帰る。2045年では、世界中の過去のコンテンツの多くがデジタル化され安価な値段で提供されるようになった一方、デジタルに管理できない物理的な媒体によるコンテンツの交換、すなわち古書や中古メディアの売買はほとんどが違法とされている。

現在は、デジタルデータでの情報流通は「管理しにくい」という印象があります。しかしその状況は、今後10年ほどでドラスティックに変わるのではないかと思います。2045年の世界では、むしろ、デジタル化された情報のほうが、追跡できるし管理できるので合法的で安心だと考えられていることでしょう。

実際、2045年においては、ほとんどすべてのコンテンツがダウンロードで利用できるようになり、そしてそのダウンロードごと、あるいは再生ごとにアクティベーションが小額の決済と連動して行われるようになると予測されるので(言いかえれば、消費者はコンテンツを「所有」するのではなく、再生ごとに「知覚権を購入」するようなシステムになるので)、そこでは、コンテンツをネットワークから切り離すことそのものが、潜在的な犯罪だと考えられる可能性があります。このような発想は現在でもあります。たとえば、コンビニにフルフェイスのヘルメットをかぶって入ると潜在的な犯罪者だと思われるのと、同じことです。

そのひとつの(極端な)現れとして、ここでは、コンテンツの物理メディアの売買が、古書を含めて非合法化されるという設定を考えてみました。桜坂さんからは「古書業界は政治的にけっこう強いので非合法化はありえない」という異論が出ているので(そうなんですか?)、大きく変わるかもしれませんが、これもまた現在の著作権管理強化へのひとつの問題提起として入れたい設定です。

……といった感じです。いかがでしょうか? ギートステイトへの関心が高まってくれると嬉しいのですが。

それにしても、今回もずいぶん長いエントリを書いてしまいました。次回はさくっと、そのかわりにもっと近い間隔で書きたいものです。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
運営事務局に問題を報告

最新ブログエントリー

個人情報保護方針
利用規約
訂正
広告について
運営会社