最終更新時刻:2010年2月10日(水) 16時01分
14

ホルコンと病的賭博

公開日時:
2009/11/16 16:38
著者:
eriwilde

私の父は昔からパチンコが趣味で、幼かった私をホール内に連れて入り、台に座らせたことさえあったことを覚えています。店員さんが、ガラスを開けて、私の台のヘソに10個くらい玉を入れて、大当たりを引かせました。すると父がその台に座り、ニコニコしました。これはもう数十年以上前の事ですので、時効でしょうから(笑)告白しています。 

私はそれ以来、合法的年齢になるまでホールに行くことはありませんでしたが(本当です)、堂々と入店することができるようになってからは、家族で正月に初打ちに行くことが、結婚前は一家の儀式のような年始のイベントでした。今思えば、勝てる訳がない日でしたが。父は、数万円も勝った日には、私にお小遣いをくれていました。なぜ父はそれほどパチンコに強いのか、私には、つい最近までそれが謎でした。父は、自営の会社が経営不振に陥った時にも、パチンコで経費をやりくりしていたほどでした。 

韓国ドラマの「チャングムの誓い」の大ファンの私は、「冬のソナタ」のブームが落ち着いた後しばらく封印していたギャンブル欲求を抑えることができなくなり、先月、あるホールのイベントの日に、「少しだけ」と台を選んで腰掛けました。それがたまたま、いわゆる「アピール台」だったらしく、いきなり16連荘という人生最高記録を達成しました。 

その後、依存症ギリギリのようにホール通いが続いていますが、普通の人々は、この段階で負けが続き、借金をしたりしてまで続けるそうです。しかし、父の血を受け継ぎ、かつコンピュータを学んでいる私には、話が違っているようです。それは、「ホルコン理論」に巡り合い、その存在を信じたことが原因です。「冬のソナタ」を打っていた時には、愚かにも、様々なボタン操作などの「攻略法」は試していましたが、そのころは「ホルコン」などのようなものには考えが及びませんでした。しかし、「チャングムの誓い」の54話までが見たくてしょうがないという、どうしようもない欲求がきっかけで、必死でネットを検索した結果、この「ホルコン理論」に辿り着きました。 

今や、日本の唯一の「合法的」ギャンブルであるパチンコは、今やコンピュータにコントロールされているという、都市伝説のような物語を、私は信じることを拒みません。これが事実であることを社会が受け入れないのは、「ホルコン」自体が違法であるということが原因です。ホールは、「ホルコン」の存在を聞かれると、異口同音に、全台が「完全確率」であると主張するからです。ここで言う「ホルコン」とは、ホールの利益の管理だけでなく、ホールの大当たり数の管理も行うコンピュータです。ホールでは、一日の大当たりの回数の上限や、大当たりを出す時間帯などが日毎に決められており、それを理解している人としていない人との間には、この「ギャンブル」との付き合い方が全く異なるのです。 

「ホルコン」は、人々の嫉妬心を煽るように設定されています。同じ機種の中で一台だけ、何十回も連荘する台を混ぜ、他の台にもそのような事が起こると錯覚させます。又、大当たりの上限を既に超えている台ほど、ピカピカ光ったり、激しい音を鳴らしたり、派手な演出で客を引きとめます。又、かなり嵌って打ちこんだ後、有り金が無くなって台から離れて数分後、他の人が座ると、即座に大当たりになったりします。これは、台の上皿にセンサーがついており、玉の存在をホルコンが常に確認し、大当たりが続いている客が、さらに続けて大当たりを引くことを抑制しており、大嵌りした空き台に、大当たりを忍ばせるからです。 

これらの匠みなマインドコントロールにより、人々は踊らされ、騙され、止められなくなっていくということです。よく、「コンピュータに支配された社会」は、SFの題材に取り挙げられます。スピルバーグ監督のデビュー作の映画もそうでした。このような虚構は、遠い未来に起こる可能性が少しはあるのかもしれないと、まことしやかに人々が想像している世界です。しかし、日本のギャンブルは、既にコンピュータによる洗脳技術によって、支配されていると言っても、過言ではないのです。実際に、大金をパチンコにつぎ込んで、精神病の一つ「病的賭博」と診断され、治療を受けている人々が、日本に大勢いることが、報道されています。私には、どうやったらそんなに負けることができるのか、かえって不思議でなりませんが、それが現実だそうです。 

私が続く大当たりを当然のことと台を眺めている隣で、ガンガンとボタンを殴ったり、台のガラスをドンドンと叩いたりする、立派な大人を見ると、こみ上げてくる笑いを堪えるのに必死になるのと同時に、悲しくもなります。私の父も、警察に、「この店は遠隔操作をしている」と訴えに行ったことさえあります。それ以来父はそのホールには二度と行っていませんが、皮肉にも、私はそのホールで、がっぽり稼がせてもらっています。昔は殆ど負ける事が無かった父も、今は時代が変わり、勝ちにくくなっているようで、私が勝てるのは、「最近のホールは女性に甘いからなぁ。」と行っています。でも、それは違うと思います。「遠隔操作」ではなく、「ホルコン」によって、現在のホールが支配されるようになったからであり、それを私が読むようになったからであると、数週間前に一日で30回大当たりを引いた結果、強い確信を抱いています。おかげ様で、「チャングムの誓い」を54話まで楽しみ、これでしか見られない「NG集」も見ることができました。ホールには、負ける客が勿論必要ですが、勝つ客、つまり、アピール台に座ってくれる客も、もちろん必要です。それを理解し、ホールの店員や経営者とではなく、ホールコンピュータと闘うつもりでホールに行くようになれば、パチンコというギャンブルは、この上なく享楽的な息抜きとなるのです。 

選ばれし者の恍惚と不安二つ我にあり」とは、太宰治も引用した、有名なヴェルレーヌの言葉ですが、勝った後ホールを出る時、「恍惚」と共に、「不安」にも襲われます。日本では、コンピュータ識字により、ギャンブルという「娯楽」さえ、「生業」に変えることができるというのも頷けます。しかし、このコンピュータ識字が、喩えどんなに卓越したものであろうとも、又、この「生業」が、たとえ「ふるまい」という身内への好意で正当化されるとしても、全く威張る価値がない収入であるという劣等感に、益々はまり込んでいく、私という存在があることも、「ホルコン」が生んだ日本の罪であると感じます。それでも、このおかしな「出稼ぎ」依存症を、私はもう暫くは止められないでしょう。 

もし「依存症」に苦しんでいる人々が、この「ホルコン理論」を知り、信じ、実践すれば、借金地獄などに陥る心配もないし、もし世の中に勝つことしか考えない人々しかいなくなれば、ホールは採算が取れなくなり、つぶれるでしょう。私も止められるのにとも思います。全ては、これは他の何に関しても言えることですが、確かな情報を選び、それを信じるか信じないかにかかっている、ということです。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。

このエントリーへのコメント

ブログにコメントするにはCNET_IDにログインしてください。

この記事に対するTrackBackのURL: 

CNET_ID

メンバー限定サービスをご利用いただく場合、このページの上部からログイン、またはCNET_ID登録(無料)をしてください。