今回はMac OS X(Macintosh)に限定されたトピックスではありませんが、Macintoshが他プラットフォームに対する大きなアドバンテージの一つとしている「Design & Publising」の分野において、その普及に多大な貢献を果たしているAdobe Systemsの「PostScript」と「PDF(Portable Document Format)」の両フォーマットについて、各々の概要と現在までの歩みを時系列的に振り返りながらまとめたものを紹介させて頂きたい思います。
1984年にAdobe Systemsより最初のバージョン(後にLevel1と呼ばれる)がリリースされたPostScript(ページ記述)言語は、文字や図形、或いは画像といったグラフィック的な要素の位置情報や座標等をベクトル形式を中心としたテキストデータによって表現し、更には「ページ」という概念を持たせる事によって、高品位な商業印刷等に対応させる事を目的としたものです。特定の構造や解像度に依存する事なく、出力機側ではRIP等に搭載されたコアが演算後の結果を網点ごとダイレクトに1bit Tiffに変換(ラスタライズ、スキャン変換)した後、製版フィルム等に露光するような仕組みが取られているので、基本的には環境に左右される事なく、常に同一の結果を得られるような仕組みとなっています(実際にはクローンRIP等の存在が、そうした汎用性の足枷になる事も少なくなかったようですが)。
そして、歴史を重ねるごとに段階的にLvel2、Level3(後にAdobeの意向で「Adobe PostScript3」と呼ばれる)とアップグレードを果たし、PostScript3ではPDFの演算等もサポートされるようになる等、機能的に成熟した感もありましたが、遅れて登場してきたPDFの普及により現在では第1線を退いた感もあります。
そんなPostScriptの「もう1つの顔」として知られているのが、同社からリリースされているベクタグラフィックスソフトウェアのワールドデファクトスタンダード「Adobe Illustrator」のネイティブファイル形式です(拡張子aiのファイル)。元々のPostScriptが、命令を1文ずつ解釈して機械語に変換していくインタプリタ型のプログラミング言語としての性格が強いのに対し、「Adobe Illustrator」のようにインタプリタを内蔵していないアプリケーションでも読込みや編集等が可能となるように、ドキュメントとしての要素を持たせたものが基本構造となっており、1985年に最初のバージョンがリリースされた同アプリケーションは、98年に登場し、その時代における1つの完成形ともいえる名作となった「Ver.8.0.1」に至るまでの間、PostScript純正アプリケーションとしての役割等も果たす事となります。更にver.5.5から保存ダイアログにもその名称が記される事となった「Illustrator EPS」は、PostScriptファイルをカプセル化した上で内容を視覚的に確認可能とする「プレビュー」情報を付加する事によって、ネイティブ形式では不可能であった「PostScriptファイルへのPostScriptの配置」といった入れ子の構造を可能としました。その結果、当時の「Illustrator EPS」は「Photoshop EPS」と共に、Adobeのアプリケーション間での連携に留まらず「QuarkExpress」「Edicolor」「Freehand」といった当時の他社製のレイアウト、グラフィック関連のアプリケーションも絡めたトータルなワークフローにおけるデファクトスタンダードとしての地位を固めていく事となります。
一方1993年に産声を上げたPDFは、当初プラットフォーム間やアプリケーション間をはじめとした個々の環境の相違等に起因したデータ受渡し時のトラブル(データが開けない、開けても製作者の意図した体裁では表示、印刷されない等)を吸収する事を目的とした、標準的な電子文書フォーマットとしての位置付けを提唱しており、翌94年には「Acrobat 2.0」のリリースと共に閲覧用のビューアである「Acrobat Reader」(Ver.6より「Adobe Reader」に改名、現在までのダウンロード数の累計は約5億本以上ともいわれている)の無料配布を開始。97年には「Acrobat 3.0」がリリースされ、ようやく日本語版の誕生となります。この頃までは閲覧用の「Acrobat Reader」、編集用の「Acrobat Exchange」、PDF作成用の「Acrobat Distiller」を総称して「Adobe Acrobat」と呼ばれていましたが、99年にリリースされた「Acrobat 4.0」より「Acrobat Exchange」は「Adobe Acrobat」に名称変更。そしてこのバージョンはPDFの歴史上における1つの節目ともいえるバージョンとなり、電子署名のサポートや、いわゆる「CJK」と呼ばれる東アジア圏の2バイト文字(Japanese、Chinese、Korean)の埋込みに対応し、真の意味でのクロスプラットフォーム化を実現。和文フォントの埋込みに関しては当時、次世代フォントとして期待されていたCIDフォントからの対応となっており、当時主流であったOCFフォントの埋込みには非対応となっていましたが、標準状態でテキストや画像に対し個別に圧縮形式を指定する事が可能となっており、フルカラーの印刷物のように高品質が求められるマテリアルに対しては「Flate」と称される非圧縮形式もサポートする等、柔軟性に富んだ仕様となったPDFは徐々にDesign & Publisingの分野においても普及の兆しを見せるようになってきていました。
尚、PDFにはAcrobatのバージョンとは別にPDF自体のバージョン(ファイル形式のバージョン)が存在しており、「Acrobat 2.0」が生成するPDFが1.1、「Acrobat 3.0」では1.2、そして「Acrobat 4.0」では1.3というように、Acrobatのバージョンと並行してPDF自体も段階的にバージョンアップを遂げる事となります。そしてこの99〜2000年にかけて主流となっていた「Illustrator 8.0.1」「Acrobat 4.0」「PDF 1.3」の組合せが、Design & Publisingの分野においては非常に安定した成果物を提供する事となり、後に提唱される「PDF/X-1a」においても「PDF 1.3」というのは1つのガイドラインとして記される事となります。そしてこの事はMac OS X主流の現在においても、未だこの業界にClassic環境から抜け出せないユーザを抱える大きな要因の1つともなっています。
そして2000年〜2001年にリリースされた「Illustrator 9.0.2」「Acrobat 5.0.5」「PDF 1.4」によってPostScriptとPDFは大きな転換期を迎える事となります。重要なキーワードは「透明機能」。「Illustrator 9.0」から実装された新機能の中でも透明機能やアピアランスは、デザイン面において様々なアクセントや利便性を齎し、数多のデザイナの創造欲を掻き立てる上で非常に重要視された機能となっていました。しかし当時のPostScriptやEPSでは正確な表現ができなかった(ネイティブでサポートされていなかった)ため、従来までの「Photoshop EPS」→「Illustrator EPS」→「QuarkExpress」というスタンダードな工程ではPostScriptRIPが擬似的な処理しか行う事ができず、更には「Illustrator 9.0」の初期値設定の曖昧さ(「書類設定」>「透明分割」の設定で「中画質」がデフォルトになっていたため、本来ベクトルデータであるべきオブジェクトに透明機能を絡ませるとラスタライズされてしまい、ビットマップのような荒さの目立つ状態で出力されてしまっていた)も加わって、時として(透明機能の使われ方によっては)出力結果が著しく損なわれるといった致命的な問題を抱える事となります。そしてこの問題はリリース時にユーザに周知徹底されていなかった「Illustrator 9.0より、ネイティブファイル(ai形式)がPostScriptベースからPDFベースへ変更」といった事が大きな要因の一つとなっていました。つまり透明機能をネイティブでサポートしているのはPDF 1.4以降であり、PostScriptやPDF 1.3以下では正確に表現できないため、必然的にPDF 1.4をサポートしていないアプリケーション(当時でいうと、Adobeの最新バージョン以外のソフトウェアは全て該当)との連携においてはIllustrator 9.0は「使えないアプリケーション」との烙印を押されてしう事となります。
尤もこれらの問題も、より良い技術の普及に向けた転換期における一つの過程として捉えると、Classic Mac OS→Mac OS Xの移行時にも様々な問題が噴出した事が思い出されます。結果的にはMac OS 9単独での起動と、開発、サポート等の打切りによって、半ば強引にユーザを導いた形となりましたが、歴史の長いメジャーなアプリケーションの進化の過程では必ず何処かで大胆な変更を強いられる時があり、今にして思えばIllustratorやPostScript等にとっては、Illustrator 8〜9への移行時が正にその時だったのではないかと考えます(Creative Suiteの導入は製品ラインの変更に過ぎない)。同様に本年からリリースされているIntelベースMacintoshにおいても、最初の数年は幾つかの問題が起こり得る可能性も拭いきれませんが「将来的な大きなメリットを得るための、短期的な痛み」と割り切って考える位の心構えが必要なのかも知れません。
このように新たにPDFをベースとして採用し、1つの過渡期を迎えたIllustratorは、2001年後半には非常に短いスパンながら次期バージョンとなる「Illustrator 10」をリリースする事となります。このバージョンでは前バージョンにて不評を買っていた動作速度やレスポンスの改善、初期値設定の見直し、或いは透明機能の使用状況や、それによって影響を受けるオブジェクト等を視覚的に確認可能とする「分割プレビュー」をプラグインとして導入する等、様々な不具合修正、及び改善といった意味合いを強くもっていましたが、仕様面においては「Carbon API」の採用や「Open Type Font」のサポート等により「Photoshop 7」や「InDesign 2」と共に初のMac OS X対応バージョン(Classic OSで利用可能な最後のバージョン)となる等、移行期における重要な役割を果たしたバージョンとなっていました。
現在のMac OS X、及びAdobe Creative Suiteを中核としたPDFベースのワークフローは、標準規格でもある「PDF/X」の制定に伴い、普及率も格段に上昇しているのではないかと思われます。実際にAdobe製品におけるネイティブファイルのPDF化により、アプリケーション間のファイル互換は非常にシンプルなインターフェイスとなり、書体や画像も埋込形式が標準となってくると、完成したIllustratorのaiファイルがそのまま印刷工程に回せる完全データと成り得る利便性も伴ってきています。更に2003年にリリースされた「Acrobat 6.0」では、セパレート時のイメージをモニタ上で確認できる「印刷プレビュー」(Acrobat 7.0より「分版プレビュー」)や、ヌキノセのイメージを同様に確認できる「オーバープリントプレビュー」、或いは指定した条件に合致しているか(トラブル無く印刷工程に持っていけるか)をアプリケーション上にて確認可能とする「プリフライト」等の導入により、PDFの必要性は飛躍的に向上。そしてこれらの機能の恩恵を受けるために必要な最新設備導入の促進にも一役買っているといえるでしょう。
更に「Acrobat 6.0」「PDF 1.5」の組合せでは「QuickTime」や「Flash」ムービー、或いは「WindowsMedia」や「MP3」等のオーディオファイルの埋込み等がサポートされ、「Micosoft Office」との連携やセキュリティ等の強化、付帯情報層(注釈やスタンプ等の付加的要素を別レイヤとして扱う機能)や変更履歴のバージョン管理等の導入により、ビジネス用途での必要性も増してきています。そして現バージョンの「Acrobat 7.0.7」ではそれらの機能を煮詰める形で、処理速度やアプリケーション自体のレスポンス等が飛躍的に向上(このバージョンより起動時のスタートアップが廃止される)。完成度を増したAcrobatとPDFは今後もPostScriptを超えたハイブリットなユニバーサルフォーマットとして進化と発展を遂げていくものと思われます。
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。シーネットネットワークスジャパン および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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