ゆとり世代が社会に入ってきた、さあどうする?という論調の記事が最近多くみられる。
ゆとり世代とは、主に義務教育においてゆとり教育を受けた世代(ウィキペディアより)。
ゆとり教育が原因で学力の低下が言われ、また、何でも与えられてきて、就職さえも売り手市場だった彼らは、いつでも「お客様」の気分が抜け切れてないという。
会社でも、「何を教えてくれるんですか?」という発言。また、大事なこともメールで済ます、という先輩からの苦情を記事で読んだ。
幸いというべきか、新卒を採らない私の会社では今のところゆとり世代との直接の接触がないため、記事で読んで「そんなものか」と思う程度だが、実際に大手企業などで、今年大量の新卒を採用した会社では、会社を揺るがす大きな関心事の一つとなっているようだ。
20代後半の私が就職したのはまだまだ氷河期であったし、会社から与えてもらうより、自分で勉強してキャリアを切り開いていかないといけない、という意識でいた私にとっては、「会社を選ぶ立場」の彼らとはすでにスタートの段階でのジェネレーションギャップを感じられずにはいられない。
しかし、彼らと5,6歳しか年の違わない私からすると、本当に、「ゆとり世代」が間違っているのか?と疑問も感じる。
社会が大きく変化している今、コミュニケーションのとり方はずいぶん変化していることはいうまでもない。
例えば、小さいころからメールに慣れ親しんで育ってきた世代は、大量の情報の洪水に慣れていて、その処理速度も速い、ということはないだろうか?
SNSなどのオンライン上のコミュニティに出入りし、人からわざわざ聞かなくてもYouTubeで最新の情報やイベントを共有し、外出しなくても外の社会(もしくは異業種)の情報に通じて、広い視野や新鮮な情報を持っていることはないだろうか?
ゆとり世代は確かに学校教育で受けたベーシックなアカデミックの知識に欠けるところがあるかもしれないが、ひとたびそれが必要となって本人のやる気さえあれば、昔の人が学校で得られた以上の知識と最新情報を今すぐ手に入れられる可能性も秘めているのではないだろうか?
社会人として当然のマナー、特にマネジメント世代が多い50代60代のオジサマ達のルールと礼儀を理解し、それを実践することはゆとり世代にとっても社会で勝ち抜いていくために有利になることではあるが、だからといって、ゆとり世代の持っているものを全て否定することは社会のためにも本人のためにもならない。
思えば、新しい世代というのは10年、最近では5年ごとに生まれ、毎回「新人類」のような扱いを受けてきた。
社会がグローバルで大きく動いている今こそ、若い世代から次の社会のニーズや傾向を読み取って会社もマネジメントも変わっていくべきだと思う。
PR業界で働いている身として最近すごく思うのは、日本国民全員がもっともっとコミュニケーションスキルを磨く必要があるということ。
社会にはもともといろんなタイプがいるし、また社会的な出来事や景気などから、またどんどん新しいタイプが生まれてくる。
「あの人はちょっと変だ」とは言っていられないくらいいろんなタイプが出現しているのだし、きわめて常識的普通人と自覚してたはずの自分でさえも、いつかどこかで誰かの「変な人」になっているということを意識すべきだ。
このように多様化する社会の中でコミュニケーション上手になるには、言葉をただのツールとして考え、それによって達成すべき目的を強く意識した上で、相手の立場にたって物事を進めていくこと。
ゆとり世代とはうまくコミュニケーションがとれていない、と感じている方には是非、自分自身のコミュニケーションのスキルアップの問題として捉えてみて欲しい。
グローバル化への対応として英語のスキルを磨く前に、まずは身近な人とのコミュニケーションのあり方を考えることこそが、真の国際人になっていくための第一歩となるように思う。
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。シーネットネットワークスジャパン および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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さぁやさん、コメントありがとうございます。
確かに新しい才能も生まれてますよね。乗り遅れないように目を見開いていたいと思います。