ラストワンマイル問題を解決する「ロボット・バリアフリー社会」は訪れるのか?

 日本では2004年にバリアフリー化推進要綱が制定され、その後生活・教育・雇用などさまざまな分野でバリアフリー化に向けた取り組みが進められてきた。

 それは、たとえば手すりの設置や段差の解消、オスメイト対応トイレの設置など多岐に渡っており、さらなる高齢化社会へと突入していく日本では、ますます対応が求められていくものとなっている。一方、これらの取り組みは当然ながら「人」を対象にしたものであり、そのターゲットにロボットは含まれていない。

 しかしながら、日常生活においてロボットを協働させようとする中で、それらのロボットが快適に活動していくためのバリアフリー化は必要ないのだろうか。そして、仮にロボット・バリアフリー社会を志向したとして、そもそもロボットが快適に活動するために必要なバリアフリー化とは、具体的にどのようなものなのだろうか。

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 ここでは、特に都市部での配送におけるロボット活用に必要な「ロボット・バリアフリー」という考え方について考察をしていきたい。ただし、先に結論を述べてしまうと、すでに陸・空ともにロボット・バリアフリーな環境を構築することが難しくなっている。その理由を解説するとともに、その上で筆者の考える解決策を紹介したい。

「ロボット・バリアフリー」とは何か?

 配送を自動化するということを考えたとき、どのようなものがイメージできるだろうか。たとえば、ZMPが提供する宅配ロボット「DeliRo」を思い出すかもしれない。

 時速6kmで走行し、幅52cm×長さ52cm×高さ40cmの商品を自動運転で輸送できる。現在ECの主流となっているアマゾンの包装状況を考えると、1台でせいぜい2箱分程度の配送になると思われる。また、これらのロボットが人間社会に合わせて走行することも基本的には難しく、人がDeliRoの走行を邪魔しないように避けて歩いて初めて成り立つものなので、これも結局、意識としてのロボット・バリアフリー化が求められる事例となってしまう。

宅配・配送ロボット「DeliRo(デリロ)」
宅配・配送ロボット「DeliRo(デリロ)」(ZMPのウェブサイトより)

 マンションのオートロックを突破し、エレベーターに乗ってユーザーの手元まで届けることは当然難しく、DeliRoが到達可能な場所まで商品を取りにいく必要もある。そもそもこのような配送ロボットがそこら中をゆっくりと走り回っている状況は、今の人間社会に最適化された都市構造の中では想像すらできない。

 それでは、ロボット・バリアフリーな配送環境というものをゼロベースで考えた際、最適な仕組みとはどういうものになるのだろうか。さまざまな仕組みが考えられると思うが、筆者の考える最速最適な配送システムは「エアチューブシステム」だ。これは、オフィスや病院などの施設内に配置したパイプの中に荷物などを封入したカプセルを投入すると、空圧により自動的に荷物を任意の相手に届けてくれる設備である。

エアチューブシステムのイメージ(出典:ブルックスジャパンのウェブサイトより)
エアチューブシステムのイメージ(ブルックスジャパンのウェブサイトより)
エアチューブシステムのイメージ(出典:ブルックスジャパンのウェブサイトより)
エアチューブシステムのイメージ(ブルックスジャパンのウェブサイトより)

 配送というのは、人と人とをつなぐ行為であり、そのつなぎ方をいかに効率化するかという業務である。その中で、人に最適化された社会空間内で移送しようと思うからこそ、配送に関する難易度が飛躍的に上がっていく。

 人の職場や住居内に入って配送をするため、エレベーターに乗ったり階段に上ったりするタスクが必要となる。輸送のために人と道路を共有するため、交通事故などさまざまなリスクに対処する必要が出てくる。店舗が繁華街にあるから人混みをかき分けて荷物を取りに行かなければならない。

 これらはすべてロボット・バリアフリーな環境ではないからこそ発生するものであり、上述のエアチューブシステムのような仕組みを社会にインストールしたとすれば、配送においては自動運転など一切必要なくなり、最速のデリバリーが実現するのである。

 しかしながら、オフィスや病院などの限定された空間内であればこのような仕組みを導入し得るものの、すでに人間の生活に最適化される形で進化してしまった街に対して後付けで導入することは難しく、今からこのような仕組みを社会に取り入れるためには街づくりを根本から見直す必要が出てきてしまう。

 このように、地上におけるデリバリーは過度に人間に最適化された構造となっているため、現時点からロボット・バリアフリーな構造へと変化させていくためには大きなコストが必要となってしまう。では、「空」におけるロボット・バリアフリー環境はどのようになっているのだろうか。

日本の「空」は自由か?

 空における輸送として想定されるのは、やはり「ドローン」を用いた配送だろう。古くは2013年のアマゾンによるドローン配送プロジェクトの発表にはじまり、ドローン配送実現によるラストワンマイル問題の解決は、多くの人々を惹きつけている。

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 もちろん、足元はドローンの機体性能が制限されていたり、法制度が十分に整理されていなかったりするため、ドローン配送の実用化が現実的ではないという側面はある。しかしながら、そのような諸問題が解消された先であったとしても、ロボット・バリアフリーではない社会においては、ドローン配送がラストワンマイル問題の解決の救世主となることはあり得ないだろう。

 まず前提として、ドローン配送は大きく「着陸方式」「テザー方式」の2方式に分けられる。着陸方式とは文字通り荷物を積んだドローンが所定の場所へ着陸する形で荷物を届けるもので、テザー方式は着陸せずに上空からワイヤーケーブルで荷物を釣り降ろして所定の場所へ届ける方式である。

 マンションへの配送に関しては、ベランダのサイズからそもそも各居室へ着陸方式で届けられないため、現在はテザー方式での配送が検討されている。一方で、マンションへのテザー方式での配送も、以下の3つの理由から現実的には難しそうだ。

<安全航空問題>

 テザー方式でベランダに配送する場合、マンションという構造物に近接し、一定時間近接状態で機体を固定しておく必要があるが、そこで発生する乱気流(※)がドローンの安全な航空を阻害する原因となっている。ドローンは、一定方向からの風には強いが突発的な風には弱いという特性があり、ドローンが荷物を配送するためにマンションへ近づくと、そこで発生した乱気流に巻き込まれて墜落してしまい安全な航空が難しい。

 ※風は構造物にぶつかることで予期しない方向へ気流が変化し、乱気流が発生する確率が高まるため、基本的には構造物がない空間に比して、マンションの近くというのは乱気流が非常に発生しやすくなっている。

<測位情報問題>

 ドローンで配送する場合、基本的にGPS情報を基に運航するが、現状一般的に提供されているGPS情報はX軸・Y軸の平面情報のみとなっており、Z軸の高さに関する情報が提供されていない。その場合、マンションという高さが居室情報と密接に関連する配送先に関しては、必要な高さ情報が得られないため、所定の配送先に対して正確な配送が実現しない。

<安定受渡問題>

 ワイヤーケーブルの先に荷物を付けて釣り降ろして届ける過程で、当然その荷物も風の影響を受けることになる。それにより荷物の位置がブレるため、テザー方式の場合は所定の位置に荷物を届けることがそもそも難しい。

 このようにテザー方式でマンションへの配送を実現することは現実的には難しい。そうすると、ドローンを用いた配送は不可能なのだろうか。実はそうではなく、マンションにおけるロボット・バリアフリーなインフラさえ整えられれば、着陸方式による配送の実現可能性が見えてくる。

 たとえば、現在は洗濯物を干すための用途などにしか使われていないベランダに、ドローンが適切に着陸できるドローンポート(ドローン専用の着陸設備)を組み込むことで、気流の影響やGPS測位情報の不足、ワイヤーケーブルの不安定性などの課題を解消して、空からの配送を実現させられるかもしれない。

 しかしながら、現実的にはこのようなドローンポートについても、建設済のマンションに後付けで敷設することは構造上の問題から実現不可能で、大幅な改修工事を要するため、空からの配送に関しても、今からロボット・バリアフリーな環境を実現するためには莫大なコストが発生してしまうことになる。

ロボット・バリアフリー社会は「地方」から実現する?

 以上のように、残念ながら都心部においては、すでに陸・空ともにロボット・バリアフリーな環境を構築することが難しくなってしまっていることが分かる。また同時に、ロボット・バリアフリー化は、都市計画と密接に結びついているため、計画段階からロボット・バリアフリー化を見据えた街づくりが求められるということが明確になる。

 たとえば、トヨタが2020年に発表した「Woven City」構想はその1つの事例だろう。同社はWoven City構想において、以下を提示している。

「Woven City」のイメージ(同社のウェブサイトより)
「Woven City」のイメージ(同社のウェブサイトより)

<Woven Cityの主な構想>

  • 街を通る道を3つに分類し、それらの道が網の目のように織り込まれた街を作ります。
    (1)スピードが速い車両専用の道として、「e-Palette」(※)など完全自動運転かつゼロエミッションのモビリティのみが走行する道
    (2)歩行者とスピードが遅いパーソナルモビリティが共存するプロムナードのような道
    (3)歩行者専用の公園内歩道のような道
  •   街の建物は主にカーボンニュートラルな木材で作り、屋根には太陽光発電パネルを設置するなど、環境との調和やサステイナビリティを前提とした街作りを行います。
  • 暮らしを支える燃料電池発電も含めて、この街のインフラはすべて地下に設置します。
  • 住民は、室内用ロボットなどの新技術を検証するほか、センサーのデータを活用するAIにより、健康状態をチェックしたり、日々の暮らしに役立てたりするなど、生活の質を向上させることができます。
  • e-Paletteは人の輸送やモノの配達に加えて、移動用店舗としても使われるなど、街のさまざまな場所で活躍します。
  • 街の中心や各ブロックには、人々の集いの場として様々な公園・広場を作り、住民同士もつながり合うことでコミュニティが形成されることも目指しています。

※e-Palette……トヨタが開発する 移動、物流、物販など多目的に活用できるモビリティサービス(MaaS)専用次世代電気自動車(EV)

 上記の通り、街を通る道路を目的別に3つに分類し、効率的な移動の実現を図っていたり、街のインフラを地下化することで、空からの配送を可能にする構造を街に組み込んだりしており、まさに計画段階からロボット・バリアフリー化を見据えている事例の1つと言えるだろう(2021年初より着工予定)。

 そして、ポイントとしてこの計画は都心部において実施されているのではなく、静岡県裾野市において行われているということである。都心部における都市計画は、大手デベロッパーによりすでに10年先まで決められてしまっている。加えて、これらの都市計画は自動運転をはじめとした各種技術進歩を織り込まず既存技術の延長線上に描かれており、10年後にスタンダードとなる技術から見た場合に、非合理的な社会構造となっている可能性がある。

 その一方で、都心部ほど都市計画が進行していない地方エリアにおいては、トヨタによるWoven City構想のように10年後、20年後の技術を見据えた都市計画を今から実行可能な余地があり、将来自動運転などの技術がスタンダードとなった際には、都心部以上に合理化され暮らしやすい都市空間を実現させられる可能性を秘めているのである。

 そう考えると、地方創生とは「都心部のような地方」を目指していくのではなく、都心部ではすでに実現できなくなってしまった、次世代技術をベースとした未来志向の都市計画という、大きな絵を描いていく中で実現されるのではないかと思われる。将来、ドラえもんの「ねじ巻き都市」のようなロボット・バリアフリー化された社会が地方から生まれてくることを期待したい。

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