アニメ制作のデジタル推進と作画報酬新制度で“働き方改革”--スタジオ雲雀に聞く

 アニメ制作スタジオのスタジオ雲雀が、長年根付いた慣習にメスを入れるかのように、新たな取り組みを通じて労働環境の改善を試みている。

 スタジオ雲雀は1979年に設立。設立当初は仕上げ業務が中心であったが、現在では一貫制作体制を整えている、テレビアニメーションを中心とした制作スタジオ。2011年にはアニメブランド「Lerche(ラルケ)」を立ち上げ、あわせて展開している。近年は「モンスターストライク」のアニメシリーズをはじめ、「暗殺教室」「ダンガンロンパ 希望の学園と絶望の高校生 THE ANIMATION」(Lercheブランド)などを手掛けている。

 3DCGやデジタル作画などの新しい技術を積極的に取り入れており、社内3DCG部門から2006年に発足した子会社「ラークスエンタテインメント」も抱え、3DCGを活用したアニメも制作している。制作工程におけるデジタル化も進めており、2017年にはレイアウトや原画も含めたフルデジタル化した作品作りにも挑戦。制作業務における効率化を図っている。

作画業務の新報酬体系を取り入れて制作された、7月から放送しているテレビアニメ「七星のスバル」
作画業務の新報酬体系を取り入れて制作された、7月から放送しているテレビアニメ「七星のスバル」
(C)田尾典丈・小学館/「七星のスバル」製作委員会

 そんなスタジオ雲雀として新たに取り組むのが、原画における制作費を、難易度や成果物によって設定するもの。従来の原画制作費は「1枚:〇円」と定額となっており、計算しやすいメリットもあるが、実際に作画を担当するアニメーターからすると、完成度や技量の向上よりも、速度重視や容易なものを求める傾向になり、発注する側のリテイク対応のコストも増えている現状があるという。

 この新制度の導入目的は、アニメーターに対して難易度や工数にあわせた適正な対価を支払うことで、継続性や成長性のある環境を整えること。そして、発注者にとっても適正な工数管理ができる環境を目指すというもの。この取り組みにあわせて、制作全体の予算における作画費用を50%増加し、デジタル作画で納品した場合は制作費を上乗せすることで、デジタル作画への移行もあわせて促進するという。

 ちなみにこの新制度は、7月から放送が開始されたテレビアニメ「七星のスバル」制作時から導入を始めているという。

 アニメ制作現場の現状や制作工程におけるデジタル化のメリット、そして今回の新制度の狙いなどを、スタジオ雲雀 代表取締役社長の光延青児氏と、制作部部長/チーフプロデューサーの宮崎裕司氏(※「崎」はたつさきが正式表記)に聞いた。

スタジオ雲雀 代表取締役社長の光延青児氏(右)と、制作部部長/チーフプロデューサーの宮崎裕司氏(左)
スタジオ雲雀 代表取締役社長の光延青児氏(右)と、制作部部長/チーフプロデューサーの宮崎裕司氏(左)

デジタル化のメリットは効率化だけではなく“交通事故”のリスク回避

――さまざまなところで、アニメの制作現場が厳しい環境にあると報道されていますが、実際のところはどうなんでしょうか。

光延氏:一般論として、アニメビジネスが盛り上がっていると言われている一方で、制作現場は大変な状況にあるというのは間違いありません。近年主流であったDVDやBlu-rayといったパッケージで制作費を回収し、利益を出すというビジネスモデルは難しくなってきていますが時代の移り変わりとともにスポンサーとなるプレーヤー(企業や業界)が変わっていって、新たなビジネスが成り立っているという認識です。

 ただ、制作現場には関係がなく、何十年も同じような仕組みや流れの中で作品を作り続けています。その構造に変化がないことが、大変な状況にある要因のひとつです。周りはいろいろと変化をして成り立っていますが、制作現場に関しては作品を作るだけですから。フィルムからデジタルへの変革はありましたが、中身自体はあまり変わっていません。

――なぜ構造としての変化がなかったのでしょうか。

光延氏:変えようとしてこなかったから、だと思います。変えるチャンス自体は何度かあったようにも思いますが、やはり制作会社の立場だと、自社の経営を第一に考えてしまいます。横のつながりが薄く、勝ち取った権利や成し遂げた成功事例が、業界全体に広がらなかったこともあると思います。現在もアニメ業界では、監督や制作会社が一致団結して戦っていれば当たり前のように勝ち取れたはずの権利がないままでいます。

――アニメ制作におけるデジタルへの移行は大きいものでしょうか。

光延氏:デジタル化は大きなインパクトがあります。ただ、段階として、今はアナログとデジタルの中途半端な時代で過渡期にあります。セル画に色塗りをしていた時代からデジタル化が進み、フィルムはなくなりました。しかし、作画するところは紙に描き、どこかのタイミングでスキャンしてデジタル化する、その変換作業にひと手間ある状態です。スキャン作業も何千枚となると、軽視できない時間とコストがかかります。紙に描かなくなれば、その手間もなくなりますし、作画までデジタル化することは、効率化の意味で大きいです。

 作画を紙で行うことのリスクとしては、原稿の破損や紛失もありますが、それ以上に、カット(※注)の回収のために車の運転をしなくて済むことが大きいです。カットは社内だけではなく、他のスタジオやフリーのアニメーターにも発注をするのですが、管理する制作進行の担当者が車で飛び回って集配を行う必要があります。車両管理や移動時間といったコストはもちろんですが、それ以上に恐れているのは、交通事故です。

※注:カットとは、映像制作における単位のひとつ。画面が次の画面の切り替わるまでを指す。作画を紙で行う場合、「カット袋」という封筒に入れて、各作業者へ集配を行う。

 スケジュールの都合で深夜に運転せざるをえないあり、実際にこのケースでの事故は非常に多く、弊社も例外ではありません。また人身事故に至るケースも、ほかの制作会社では起きたことがあると聞いています。深夜の集配は専門の業者に依頼する会社もありますが、私たちから見るとすごく切実な問題で、車にまつわるリスクがないことは本当に大きいです。

――2年ぐらい前からフルデジタル化にも取り組み始めたと伺っています。作画を紙からデジタルへ移行する際、アニメーターから戸惑うような意見はあったのでしょうか。

CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画特集

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]