『タイムマシンを胸ポケットに』 アップル iPod(Video)

Apple
MA002J/A,MA146J/A
内容:2001年に登場したiPodが、5世代めにして、ついにビデオ再生機能まで手に入れた。携帯音楽プレイヤーの枠を超えた話題の新モデルに触れてみた印象をさっそく記してみたい。

 私はいま、スティーブ・ジョブズが今年夏にスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチを聴いている。移動中の電車のなかで、このレビュー記事のために借りた新しいiPodで、ジョブズの話を聴いている。

 「Stanford on iTunes」からダウンロードできるこのスピーチの締めくくりで、ジョブズは「The Whole Earth Catalog」(*1)に出ていたある言葉を引用している。「Stay Hungry, Stay Foolish」(「満足するな、利口になるな」といった意か)というこの言葉は、この伝説的な雑誌――実際にジョブズは「グーグルが35年ほど前にペーパーバックの体裁をとって出現したみたいなものだ」といった喩え方をしている――の最終号の背表紙に刷られていたものだという。ジョブズは、自分が若い頃に影響を受けたというこの雑誌を、まさに最後のメッセージをこれから世の中に飛び出そうとする、ちょうど当時の自分と同じ年頃の若者たちに贈ることで、このスピーチを結んでいる。そして私は、この「Stay Hungry, Stay Foolish」というメッセージから、「馬鹿」(あるいは「愚かであること」)という言葉に強く、肯定的な想いを託した、もう一人の男のことを思い出している。敗戦直後の「一億総ざんげ」といった言葉が世間をにぎわす中にあって、「利口な奴はたんと反省するがいい。俺は馬鹿だから反省しない」(*2)と言い切ったのは、ほかでもない評論家の小林秀雄だ。

 若い頃に読んだ小林の文章のなかに次のような言葉があった。「美しい<花>がある、<花>の美しさといふ様なものはない」(「当麻」より)。ほかのことはほとんど忘れてしまったけれど、この言葉のことは折りに触れて思い出す。たいていは、自分の記す言葉の無力さを感じないわけにはいかない、と思わせられる相手に出くわした時だ。対象となるモノを褒めそやしたり、あるいはあげつらったりするのが、こういう製品レビューのならいだから、深刻にとらえる必要などないのかもしれない。ただし、たとえ幾千もの言葉を重ねたとしても、本当に大切なことは何も伝えられないのではないか、あるいは何かがわかったつもりでいても、実はちっともわかっていないままに言葉をもてあそんでいるだけではないか……と、そんな懐疑さえ頭をもたげてくるような、ちょっと人を寄せ付けないモノがごくたまにある。新しいiPodを箱から取り出したときに頭をよぎったのは、たしかにそんな考えだった。

 例によって、前振りが長くなった。本題に入りたい。

(*1)The Whole Earth Catalog
ニューヨークタイムズの記者、ジョン・マーコフ(John Markoff)の著した「What The Dormouse Said: How the Sixties Counterculture Shaped the Personal Computer Industry」という本に、The Whole Earth Catalogの廃刊を記念する(?)お別れパーティが開かれ、そこで主催者/発行人のステュアート・ブランドが手放すことにした確か数千ドルのお金が、後にHomebrew Computer Clubとなる団体の設立に使われた、という逸話を読んだ記憶がある。このクラブの会合に顔を出していたスティーブ・ウォズニアックが、ジョブズとともにAppleのマシンを生み出したことを思うと、不思議な縁を感ぜずにはいられない。

(*2)反省しない
あるいは「僕は無智だから反省なぞしない。利巧な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか。」と言ったとも(──だとするとだいぶ意味合いが違ってくる気もするのだが)。

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